日曜日, 5月 06, 2007

バイクでいつものコースを走って新しい季節を感じる

5月4日は急に暑くなってきた。

いつものバイク周回コースは途中で休まなければ2時間半で走れる。

6時には壊れたパソコンを業者が引き取りにくる(これは自分のノートPC
VPN設定されているので、これが壊れると非常に困る。だからこれは妻の
PCで書いている)

2時過ぎにバイクで家を出た。

いつもの道があっちこっち自動車で渋滞していた。

こんな細い、すれ違える場所も少ないような山道にたくさんの自動車が
何十台も詰まっているのを、すり抜けしてきた。

山の北側、南側、風邪の通り道、暖かい(熱い)空気のたまっている場所。
バイクで走ると、そういうものの差を感じ取れて、嬉しい。

バイクはほとんどを50km以下のゆっくりしたスピードで走った。
ゆっくり走るのが楽しい。エンジンの鼓動を楽しめるバイクだし、
自分もゆっくりと辺りの風景を感じながら走るのが楽しい。

大垂水峠のてっぺんの湧き水ラーメンでお汁粉を食べて、
自宅に戻ってた。

6時には予定とおり、家にかえると、PCの引き取り業者が
きた。

それから、妻の友人の家にいき、豚しゃぶを食べ、
ビールを飲み、山崎12年(このウィスキーは香りがなんとも良い)を
のみ、旦那さんとたくさん話をした。

疲れているときには元気になるまで眠ろう

ゴールデンウィーク前半の引越しでかなり疲れたようで、
長時間ぐっすり眠った。疲れているときには、何もする気に
なれず、そういうときに考えごとしたり、無理に何かしようとすると、
ロクなことないのである。

それで、2日間ほど長時間眠ってちょっと散歩したりしていたら、
また元気になってきた。

義理の父が遊びにきたので、娘二人も一緒に4人で、多摩御陵まで
散歩してきた。

昭和天皇のお墓の前に立って墓の背後の木々を眺めると、
何種類もの木々が折り重なるように配置されていて、
その全体の醸し出す雰囲気がなんとも美しい。

ぐったりしている心が蘇ってくる感じがした。

バイクで山の中にいっても何度も感じたけど、
杉ばかりが植林された山より、何種類もの木がある山、
特に広葉樹の山は美しい。

なんでそれを美しいと感じるのかの理由はわからないけど、
なんとも心に沁みるように美しかった。

玉砂利の山道を歩くのも足の裏にも下肢全体にも
心地よい刺激を与えてくれる。

玉砂利から、アスファルトの上になると、足にジーンと玉砂利の
感覚が残っていた。

散歩途中の道では隣町の町会の人たちが、
焼そば、焼鳥、フランクフルト、ビール、その他を売っていた。
中国の人が餃子と、餃子の具を入れたお好み焼みたいな食べ物を売っていた。

それをそれぞれ、ちょっとずつ買ってきて、いくつかは家までもってきて妻も食べた。

義父は5歳のときに多摩御陵に来たことを話していた。義父はもうすぐ70歳になるから
65年も前のことをよく覚えていることになる。

そしてそのあと、またたくさん眠った。

水曜日, 5月 02, 2007

会社の引越し作業が進んでいくらかホッと

昨年、私が入院中にある人が見舞いにきてくれて私の会社の移転先にある場所を勧められた。
いわく電源設備がとてもよく停電しない。これはサーバーをもっていかなくてはいけない 僕には殺し文句だった。
それに、実際に死にかけた僕のところに見舞いにまできてくれる
くらいの人だから、その言葉にウソはないだろうと判断した。

結果は最悪だった。電源はわずか500wしか使えず、それをこえるとブレーカーが
あがり、しかもビルの古い全体の電源設備を増強しないと、それは変えることができない
ということで、自分の会社は大半のサーバーの電源を入れることすらできなくなってしまい。
ニッチもサッチもいかなくなった。

しかも退院一ヵ月後の引越し作業もかなりまいった。

どうしてこう俺は騙されやすい大馬鹿野郎なんだろうと嘆きたくもなったが、
嘆いていたもどうにもならないから、早くも次の移転先を見つけて、仕事の終わった後、
不動産屋をいくつもまわった。

そして漸くみつけたのが、新宿区の便利な場所にあり、家賃も安く、大きい窓もあって
部屋も明るく、よさそうな部屋だった。

そして、そのひどすぎる場所
(それでも意外にしられたインキュベーション施設だから恐ろしいことだ、
インキュベーションとは孵化させるという意味らしいからそれと逆なのに)
から、新しい場所まで、自分の自動車を計5回半かな往復させて
身内に手伝ってもらって自分でものを運んで引越し作業を行った。
4日間連続で午前3時くらいまでは起きていることとなった。

自分の失敗をよく知るためにも業者に頼みなくなかったし、
もう荷物も減ってきていた。サーバーとPCを計15台も捨てざるを得なかった。

なんかこの空しい作業で、何度もイヤになったのだけど、カミさんは坦々と
作業を進めてくれるし、自分もやらないわけにはいかない。

義理の弟にも半日手伝ってもらい、新オフィスでは、インターネット回線も
新しくひいて、サーバーも70%くらいは立ち上がってきた。

新しいオフィスで一緒にやるはずだった会社は急に業績悪化したそうで、
取り止めとなり、敷金礼金等も全部自分の負担となってしまったが、
完全に自分達の場所となったことが嬉しい。

そうこうするうちに、自分が勤めているほうの会社が日本の拠点を
そこにもってきたいというので、そっちからも家賃をもらえることになった。

冴えない状態は続いているけど、もう無理だと思いながらどこまでも
続いていくのである。このままでは面白くないけど。

会社が借金してないから、つぶす理由がないとも会計士さんにいわれて
なんか苦しいけどそういうものかと、続くのである。

新しいとこで、新しい計画作って楽しくしてやりたいなあ。

そんなわけで、しばらく、いとしの、バイク、水泳、ゴルフ、音楽からバイバイしていた。

引越しで忙しくしていると、また心臓の鼓動が不規則になって、
ちょっと心配だったり、逆に生きていることを実感させられたりした。

今の僕がいうと負け惜しみみたいな響きもあるけど、
僕は別に大企業の経営者も死ぬほど健康体の人にも憧れているわけじゃないんだ。

自分の今の状況を楽しみたい。

日曜日, 4月 29, 2007

自分の会社があること

僕は自分の会社をもっている。

もともとは、外資系の日本法人の代表の仕事を引き受けたことからこうなった。
普通の人では引き受けないような困難な状況の会社の代表を、
危険を承知で引き受けた。

引き受けた翌月の自分と社員の給料を払う金もなく、設立後過去8ヶ月間売上0だった。

絶対絶命のような状況から当時の社員も頑張ってくれ、自分も必死で
大企業相手にも引き下がらないで交渉条件を詰めて、
会社は急に売上が上がってきた。

そのときの喜びはとても大きかった。

金が入ってそれを何かに使えるからではない。
自分のやっていることで成果がでることが何より嬉しかった。

成長していること。
共に頑張ってくれる社員がいること。


それが、あまりに嬉しくて、自分の過去の失敗や、様々な経験は
このときのためにあるとすら思えたほどだった。

ただ、それは継続できなかった。色々な理由があるけど、
一番わかりやすいのは、本社の調子が悪いことだった。

他の海外法人を閉鎖していることは僕には知らされず、キミならやれると
本社の社長から励まされ、馬鹿で単純な俺はその気になってまた困難の
多い道を走り続けていった。躓きつづけていたというほうが
実際にちかいかもしれない。

紆余曲折をへて、さらには本社から、日本法人の株式を私が買い取った。

自分は現在他の会社に勤めることすら必要な状況で。

昨年、入院したことも今までの無理も関係しているように思っている。

無理に無理を重ね、馬鹿なことをしているように思える自分にも
良かったと思えることがある。

最近、妻に素直に感謝できることが多くなった。自分の会社を
助けてもらっているからありがたい。

それと、うまくいってないときの過程で、僕は世の中の色々な人の気持ちを
以前よりもはわかるようになった。

もし僕の仕事があっさり良い状態を継続できていたら、僕は
仕事がうまくいってない人を、努力が足りないだけと軽蔑する
ような人間になっていたかもしれない。

自分がどうなりたいかを43歳でもわからないまま 目先の問題解決に
追われるままである。

もっと気持ちよい汗をかくには、自分がなりたいものを決めて
それに近づけるための努力の中で汗をかく方がよいと思って
いながら、なりたいものはわからないまま。

僕はこのまま汗をかいて生きよう

このブルーハーツの歌詞を知ったのは高円寺のライブハウスで
ボーダーという漫画を読んだときだった。

とても面白い漫画で、持っている人はこの本だけは持ち続けようと
するらしく、古本屋にも滅多にないし、ぼくもまた読んでみたいけど、
もうずっと目にしてない。

安アパートの共同便所だったところを改造した部屋に住んでいる
主人公が活躍するのだけど、その主人公がときに世界一カッコ良く
みえるんだ。だから自分の価値観を揺さぶられるような気がした。

あっち側でもこっち側でもない、ボーダーを生きる人たちの話だ。

だから、ボーダーであるということは、実質上、少数派として
この世の中を生きるということにもなるのだろう。

僕はおそらくは自分の頭の悪さと、生まれもっての性分のせいで、
何回も難しい状況に陥ってしまう。

別に自分だけが苦労しているわけではないだろうけど、
冷汗、脂汗、うなされるなんてことは毎日のことだ。

こいういう生活から抜け出したいとおもうこともしょっちゅうある。

でも、もう僕はこのまま汗をかいて生きていこう。

と覚悟して割り切ったほうがよいのだろうとも思う。

それでも、できるだけ気持ちの良い汗をかけるようにしたいが。

月曜日, 4月 23, 2007

レイ・クロック自伝 成功はゴミ箱の中にを読んで

52歳からマクドナルドのフランチャイズビジネスを始めた男の自伝を読んだ。
レイ・クロック

失敗や下積みの苦労が少しも彼の心の若さを失わせず、
彼の真っ直ぐに突き進むガッツはすこしもへこたれない。

一体、どうしてこんなに仕事を楽しんで、前向きに突っ走り
続けられるんだろう。そればかりを考えさせられた。

彼自身の生まれ持った性格によるところが大きいのだと思うけど、
正直であること、率直であること、誠実であることを貫いているから、
自分の魂を疑うことがなく、それが彼の心の輝きを保っている
理由の一つにはなっているのかと思う。

人妻を好きになってまず、自分が離婚して、相手は結局離婚できなくて
自分のところにきてくれなくて、がっかりするところなんか、
仕事でのエピソード以上に凄いなあと思わされた。

自分に正直なんだなあ。

でも、僕はマクドナルドは好きじゃない。食べるといつもなんか微妙に気持ち悪いような
気がして、余程でないと食べたくない。

自分も食べ物くらいは正直にいきたい。

日曜の神田と自宅のネットワーク環境変更と

仕事で用事があって、神田駅の近くにいってきた。
日曜の午前はまるでゴーストタウンのような雰囲気だった。

かえってきて、自宅は、ヤフーBBのADSLから
NTTのフレッツ光への変更工事と、自分での設定変更(不精者の自分には苦手な作業)を
行った。

説明では、10メガから80メガへと通信速度が上がったということなんだけど、
動画をみたときにネットワーク環境(曖昧な話だが)全体の調子が良さそうな
ときは、確かに速くなったと感じるのだけど、ログインするときのスピードなんか
かえって遅くなったようにも感じる。

今一つ納得いかないけど。まあいいか。

最近2人の娘が一段と私の面倒をみてくれる。これじゃあ寝たきり老人みたいな
響きだが、今日はまだ10歳と7歳の娘の作った、カレーとホットケーキを大変おいしく
いただいた。

暖かく、天気もよく、特にそんな何気ない一日だった。

土曜日, 4月 21, 2007

宇多田ヒカルの歌でちょっとおもったこと 音楽って詩も大切だ

曲名もしらないけど、しばらく前までよく
宇多田ヒカルの歌のこの歌詞を色んなところできいた。

「ありがとうといわれると、なんだか切ない」

本当にそうだ。とっても身近に感じている人から
ありがとうといわれると、かえって距離を感じてしまうんじゃないだろうか。
この歌での歌声が切ないからそんな風に想像されるのかもしれないけど。

宇多田ヒカルの昔のプロモーションビデオは何度もみた。
トラベリングの歌自体はそれほど面白くないのに、
ビデオでみると、とても良かった。

バイクに乗れないなあ

今日は良い天気で、休日でバイクに乗ってみたかったけど、
結婚式もあったりしてのれない。

しょうがないから、カバーをちょっとめくって、メッキのフェンダーをちょっとみて、
バイクに乗っているときの感じを妄想してみた。

ああああああバイクはいいんだよな。違う世界が味わえる。
バイクに乗ってると、乗ることに自然に集中して他のこと
考えず、考えられず、オフロードや峠は特に次々に
判断をしていく必要があるから、とっても頭も身体も
スッキリするんだ。

友人の結婚式に参加して乾杯の音頭をとった

久しぶりに結婚式に参加した。
自分の同年代の友人達は30台前半くらいまでにはパラパラ結婚していたけど、
この10年間くらい、自分と同年代の人の結婚式に参加することがなかった。

30代も後半に入ってくるともう独身でいいやって人が多いんだろうか?
それとも自分の友達がたまたまそうなんだろうか?

結婚式は落ち着いた、派手すぎず、地味すぎず、特に新郎新婦の
家族が、しみじみ喜んでいる感じが伝わってくるような。

よいものだった。

隣の席の有望な会社の社長さんとたくさん話した。
パワフルで前向きな勢いを感じさせる社長さんとの会話に
今の自分にこういうものが足りないんだなあと、思った。

前からきいていたけど、花嫁の顔が僕に本当に似ているのは
驚いた。お兄さんみたいだとか、言われて、自分はそんなに
整った顔でもないので、花嫁さんに悪いような気がした。

さらにヨッパになっても何か書けるか試してみる

さらに日本酒を追加して飲んで、もう座ってることもできないで、
寝転がってこれを書いている。

あーあ酔っ払うと気分良いなあ。俺って酔ってないとさあ、
仕事の心配なことばかり思い出しちゃったりさあ、
神経キリキリしてヘロヘロになってパワーも落ちてダメダメに
なっちゃうからさあ、酒必要なんだよな。なんてアル中的だな。

ああダメだ意識薄れてきた。おしまい。

自宅でかなり酔っ払いながらふざけたことと真面目なことを書いてみる

自宅でビールと日本酒を大量飲酒して、かなり酔っ払っている。

こんなとき僕は何をかこう。

ふざけた想定シーン

えらくステキな女の子とホテルに泊まった次の日の午前
居心地のよいカフェーで彼女がトイレにいって戻ってきた。
なんだか嬉しそうな顔でニコニコしながら思わせぶりな表情を
したあとこういうわれる。

「ねえ、XXさん。とてもついているのよ。」

「あの昨晩のこと?」

「それがね、私たった今生理になっちゃったの、これが12時間前
じゃなくて本当にXXさんはついているでしょ。」

「あれ、それと同じ話、俺今まで7回くらいきいているよ。なんでだろ」

「へーー。よっぽどいつも幸運なのね。」

「そう俺は世界一幸運だし、自分のリズムに相手が合わせてくれるんだ。」

なんのこっちゃ。こういうことふざけて書くだけでキモイとか言われそうだけど、
もういいいや酔っ払いだしどうせ読んでいる人あんまりいないし。

ところで、酔っ払うと、心の芯に近いところの思いもでてくるみたいだ。

43歳にもなってさ、やっぱり俺って本当に何を一番したいんだろうと
自問自答し続けてしまう。

今一番やりがいあることってなんだろう。

地球温暖化対策に命をかけること。ウーン、なんか現実的な手ごたえをうまく想像できない。

なんだろう。なんだろう。

夏の間は北海道をバイクで旅し続けること。ああ面白そうだ。社会的意義はないみたいだけど。

綺麗な海でたくさん泳ぐこと。ああ面白そうだね。

でも単純に面白そうだけじゃ、深さがたりないような。

おれは何がほしいんだろう。本当に本音の心の深いところでは。

生まれてから僕にとって一番大きいことは子供が生まれて育って
いることだと感じている。俺ってそんなくらいのもんなのかとも
思うのだけど、それが生物の使命だからそんなものなのかもしれんなあ。

なんだかなあ。

金曜日, 4月 20, 2007

ライブがはねたら

NOKKOの昔の

「ライブがはねたら」

というの歌が好きなのである。

まあ彼女の透明な意志を感じさせるかのような声が好きというのもあるが、
この歌のはじまりの

「今夜のライブが終わったら、待っててねご馳走をつくるから。」

という歌詞を聴くと、ああライブが終わったらとっても疲れているだろうに、
彼のためにご馳走を作ってあげるような健気な女の子の歌なんだと
思ってなんか、この歌が好きなのだ。

火曜日, 4月 17, 2007

完全に深夜の水泳と頼りない練習方法

昨晩はスポーツクラブについたのが、深夜の12時だったが、
さすが午前1時までやっているだけあってまだやっていた。(あたりまえか)

先日このクラブの練習会に出て再認識(前からしっていたけど)して
ハッキリ確信した僕の弱点は、キックだった。

それは前からわかっているのに、不精でやらないままにしていた。
中学校のときから気づいていたから、かれこれもう30年も気づきながら
やらなかったということになる。

でもビート板もって、一人で黙々とキックする気にもなれず。
腰をそってやると腰痛になりそうだし、キックはすぐ息が苦しく
なるので、また脈がおかしくなるのも勘弁してほしい。

それで、苦肉の策として、背泳ぎの姿勢で手を伸ばしてキックをすることとした。
これなら、顔が上向いているから、息はいくらでもできるし、身体もまっすぐを維持できる。

それも、今はそんなに続かないので、25mキックしたら、25mクロールで
往復して、何本もやってみた。

こんなんで速くなるのかは、やってみないとわからないけど、
明らかな欠点を強化すれば、何らかの効果は期待できるのではないかと。

それでスポーツクラブを出たのが午前1時、そこから家かえって、本を読みきって。

朝、目が覚めると、足というか脚がちょっと暖かくて力が入る感じがした。

どこまでも自己流やなあ。

一瞬の風になれ という本

一瞬の風になれ という小説
全3巻を昨晩、夜中の3時に読みきった。

高校の3年間を陸上短距離に熱中した主人公の独白調で話は全部展開していく
3巻である。 独白調がときどき読みにくく追っていきにくいのに
一気に読んだ。

凄く評判の良い本らしい。読んで感動したとか涙が出たという書評をインタネット上で
いくつか読んだ。そういう僕もほとんど一気に読んだ。

文章は今風の高校生言葉でずっと書かれているから、読みにくかったのだが。

陸上競技に熱中し、速くなることをもとめ、友情あり、純情な恋愛あり、良い先生あり、
家族あり、で読ませてくれた。

決して洗練された小説ではないと思いながらこれだけ読んでしまえる理由を考えた。

1.主人公の速くなりたいという夢への気持ちがストレートでそのためにストレートな努力をすること。
2.夢を共有できる仲間がいること。

それを忠実に書いている小説だからなんだろう。人が本当に熱くなれて、夢中になれて、感動できるのは。やっぱりそういうことなんだろ。

夢とそれを共有できる仲間。

俺はどうすればそれがもてるんだろ。今から。まず自分の夢を小さなことでもみつけよう。
仲間は夢が本物ならできるだろ多分。

月曜日, 4月 16, 2007

ただ寝てた。夢をみても身体はグッタリ

日曜の早朝に、数週間ぶり、久しぶりにゴルフ練習場に行ってみた。
このブログにも買いた。凄く飛ばす野球やっていた人をみてから、
いってなかった。

水泳で身体が疲れていたのと、やっぱり自分が頑張っても全く
打てないような凄い球打っている人見て、拍子抜けしてしまったからだ。

早起きして、そっと家を抜け出すつもりが、上の娘にみつかり、
一緒にいきたいというので、久しぶりに一緒に連れて行った。

練習場では身体もかったるく、しばらく練習場にもきてないだけで、
球もほとんど芯に当たらず、全然面白くない。娘も面白くないらしい。
一打席の早朝優待分300球を2人で交替で打ってさっさと帰ってきた。

家では昼からちょっと本読むくらいで、ただただ眠りつづけ、
夜も早寝して、朝も早く起きず、ボンヤリと過ごした。

勝手に過ごさせてくれる家族に感謝する。

身体が疲れているときは長時間眠っていても身体は心地よいのだけど、
頭は必ず、変な夢をみてしまい、かえってまた疲れてしまう。

さらに長時間眠っていると、もう何にもしたくなくなってくる、一段と。

もう仕事なんかしないで、ニート中年にでもなってやろうかとベッドの
心地良いボアシーツの中で思ったりしても、子供にそんなだらしない
姿みせて、子供もそうなったらまずいので、モタモタ起きだす。

髭そって、背広を着ると、かなり気分がしゃっきりしてきた。

また新しい週が始まった。良い週にしようっと。

日曜日, 4月 15, 2007

がばいばあちゃんに学ぶ幸せの知恵袋という本

がばいばあちゃんって人間が本来もっていたい、賢さ、強さ、優しさをもって生きていた人なんだな。
自分の孫に向けていった言葉の立派さだけでなく、その言葉の裏にどれだけ深い愛情を
もって孫を励ましていたかがしのばれた。

「普通でも、十分に幸せじゃないか」

「人間は欲が深いから、幸せになろうとばかりする。
でも、そうせんでも、普通でも十分に幸せじゃないか」

ということもこの人はいっていたそうだ。

他人と自分を比べることだけでなく、人生アップダウンがあるから、
過去の調子の良かったときの自分と今の自分を比べることも
良くないんだな。 普通の生活のありがたさは、戦争経験や入院経験を
すると理解できるのかもしれない。

「人間は死ぬまで夢を持て! その夢がかなわなくても夢だから」

怪我して野球をあきらめざるを得なかった若き日の失意の島田洋七を精一杯励ますために、
ばあちゃんがそのとき いった言葉だそうだ。

これだけ健全な賢さのある深い愛情を注がれた島田洋七の子供時代は
貧乏でも幸せであるだろうし、彼が今またそのばあちゃんの家の
近くに住んでいるのも、そのばあちゃんの尊さを感じているだろなあ。

こういうばあちゃんと2人で小学校、中学校時代を生活できたことは
普通以上のことだと思うけど。

土曜日, 4月 14, 2007

マスターーズ会員登録と深夜の水泳とバーとサイクリングと会食と

入会したばかりのスポーツクラブが自宅からの最寄り駅の
線路の向こう側にさえ行けば大して遠回りにならない場所にある。

しかも夜中の1時までやっている。

それで、仕事の帰り、疲れていて歩くのも、面倒なのについ寄る。

ジャパンマスターズに出ようと思いながら、脈がまだ乱れたりして
マスターズ会員登録自体をまだ、躊躇していた。

そのスポーツクラブでは、マスターズ会員登録やら試合への申し込みも
代行してくれるので、まず会員登録を100歳登録 2万円でした。
毎年払うのだと1500円だけどそれだと、面倒だし、また今年だけですぐ
やめてしまいそうなので。

最近はすっかりウェートトレーニングもしてない意思の弱い俺。

プールで泳いで、そうだ、こないだ書いたマフェトン理論だと
首筋や手首で脈をはかると、なんだかまた怪しげなリズムで
脈が不規則なのだ。前ほど不規則ではないけど。

それで、プールを歩いたり、少し泳いだりとかをして、
こんなんでマスターズでてどうなっちゃうのかなあと思うけどそれでもでたい。

ジャグジーからプールを眺めていると、
50メートルを1分サークルで毎回40秒でもどり
それを10回以上はこなしている女性がいた。

その後も、それと同じくらいの強度の練習をこなしている
女性がいた。

まあ自分はビリでもいいから一定のペースで泳げるよう
やってみよう。

意外なことがわかった。僕は軽い負荷での練習を提唱している
マフェトン理論での脈拍よりも少ない脈拍数で泳いでいたということ。

脈が100以内で泳いでいた。スピード自体はそんなに遅くないから、
僕の泳ぎの効率自体は意外とよいのかもしれない。

またプールを12時ででると、これが、金曜の夜ということもあり、
プールのあとはビールを家以外の場所で無性に飲みたくなるので、
また、今週一度いったバーにちょっとよる。

家に帰って、また本読んだりして、結局3時にねて、
翌朝9時に目が覚めてもまだボンヤリしていた。
でも天気が良くてボンヤリしていることがもったいないけどだるい。

妻は自動車(こないだの修理工場が良い仕事を安くやってくれて自動車は前より綺麗になっていた。
父が30年以上前に頼んでいた工場で、愛車をこんなに綺麗にしてもらって嬉しい)で
買い物に出かけたので、娘2人と自分で自転車3台で、母の家までいってみた。
途中できたばかりのトンネルをとおり、25分くらい。

そんなことが楽しい、下の7歳の娘もその距離を問題なく走れた。

そのあと、妻の友人家族と一緒にサイゼリヤで食事をした。

水泳で激しく泳ぐときと、仕事でイライラしているとき以外は
大体脈は規則正しいこともわかってきた。

金曜日, 4月 13, 2007

他人と自分を比べないためにトキドキ思い出したいこと

他人と自分を比べないとか言いながら、ついつい、比べそうになってしまうことがある。

それで、こんなことをときどき教訓として思い出してみようとしてみる。

自分くらいでも、人に羨まれたり、ねたまれたりしたことがあるんだけど、
そんなとき、思ったんだ

「一体、全体、俺が楽しいだけじゃなくて、キリキリするほど神経つかって苦しんで
いること、奴らはしっているのか?」

そう、その人の気持ちはその人でないとわからないことが多い。
本人ですら、自分の気持ちを良く理解できてないことさえ多いのではないだろうか。

だから、勝手に、社会的成功している人や、金持ちや、凄く自由に生きているように
見える人を羨んでも、その人の心のうちはわからないわけで、
それと比べて、自分を情けないと思うのは愚の骨頂なのだ。

逆に他人の苦労を理解してあげることは大切だと思うけど。

前書いた渋谷の靴磨きのおばさんのところに今朝は、
ホームレスみたいなおじさんが笑顔で近づいてきた。
そのおじさんのが笑顔がその靴磨きのおばさんと一緒で
子供の笑顔みたいに何の屈託もないんだ。

僕は驚いてその表情を見ていた。

彼らこそ、他人と自分を比べないことを自然に、できているんだろうなあ。

そのまわりにはしかめっつらの人がたくさんいた。

陸上競技をやっていた女性と蕎麦屋の親父

泳いでスポーツクラブを出るともう12時だったから、そのまますぐ帰ればいいのだけど、
漂泊する気持ちが抜けずに、今年に入ってから3回いっているバーにまたいった。

カウンターに女性のバーテンがいた。僕が汗かいているのが(泳いだあとの熱気が消えず)
妙だったから

「暑いですか?」

と聞かれ、ついさっきまで泳いでいたことを話すと、

「私は陸上競技を中学校、高校とやっていて、陸上のために水泳も練習したことがあります。」

とのこと、妙に気を使ってくれる、女性バーテンだった。

それと他にもう一人いたお客さんが、常に全国でベストテンからもれたことが
ないという蕎麦屋のオヤジで、蕎麦屋とは、もともとは江戸時代
懐石料理和食のようなものをたべて、酒を飲んで、締めにそばを食べる店のことだった。
自分はその江戸時代の蕎麦屋を忠実に再現しようとして、その空気を蘇らせようと
しているという、話をきいた。

古い文化の中にはきっと良い気分を醸成するための、歴史的に蓄積された手法が
あるのだと思う。その蕎麦屋にもいってみたいとはおもったのだが、ちょっと
オヤジの話は長すぎて、疲れてきたので、適当なところでかえってきた。

スポーツクラブだけでなく、我が家の近くには意外なお店が色々あるのである。

スポーツクラブ入会してプールで一人

家の近所の小さなスポーツクラブに早速入会した。

それで、そのクラブで一番レベルの高い水泳クラスに参加してみた。

男俺だけジャン。

練習時間は1時間、僕は息が上がって、苦しく、ついていって最後まで
やるのがやっとだった。おばさんたちは強い。
マスターズの試合も出ている人達で、最高スピードでは僕のほうが
ハッキリと速いのだが、彼女達は一時間にわたって、まるっきり
練習中のスピードが変わらないのだ。

根性論抜きに、冷静に自分の今の体力、健康レベルを考えると
まだこのレベルでインターバルもいれた練習をしてはいけないと
判断した。

クラス終わるとその方々はほとんどすぐかえってしまった。

そのプールはなんと夜中の1時までやっている。

特に10時からが空くのだそうだ。10時から僕は25メートルプールに
一人きりになって、プールをゆっくり、静かに泳いで、ボンヤリした。

一人は寂しいけど、心地良い。

プールに一人で、自分の動きだけが波を起こしている、
静かにユックリと、なるべく 
波も、泡も、音も たてないように
泳いだ。

それでとても気持ちよく泳げたんだ。

バイクで楽しむ遅れた桜

東京の桜はもう、ほとんど散ってしまいましたが、
僕はまだ楽しみにしている桜がある。

バイクで月夜の晩、陣場山の近くの和田峠まで走ったとき
街灯などない、夜の中に、月明かりに照らされて、
浮かび上がる、とても綺麗だけど、幽霊が出そうな桜を見た
ことがあって、毎年、もう一度あれみたいなと思いながら
それっきりになっている。

今年こそまたみてみたい。

陣場山はそんなに高い山ではないけど、それでも桜は確か
ゴールデンウィークの頃が見頃だったと記憶している。

桜って特別に季節の中の特定の時期、冬と春の境目を
意識させてくれる花だから、それをゴールデンウィークに見ると、
ほんのちょっとだけタイムスリップした気になれて、
ちょっと面白い。
バイクで30分くらいでいける場所で、それを味わえるから。

木曜日, 4月 12, 2007

マフェトン理論と水泳

ヨガの話とも関係していると思っているのだけど、
マフェトン理論というのがある。

非常に簡単に言えば、

「無理しない強度で運動するのが健康によく、それを続ければ
結果的には自分の最高レベルのパフォーマンスも上げられる」

ということらしい。

非常に高いレベルの運動選手はもうこの理論の上にいっているのかもしれないが、
自分の場合は多分これに従うのがよいと思う。

心拍数=180-年齢

くらいを保って運動するということらしい。

またそのくらいで練習するのが多分一番気持ち良いんだな。

この歳になるまで気がつかない俺も遅いんだけど、
気持ちよい、快感である、ということはとても大切で
そういうものがないと、結局は何事も長続きしない。

少なくとも、心から喜んで行い続けることはできない。

稀に変わった趣味の人もいるようだけど、僕は全くのノーマル、ストレートだからな。

仕事も、勉強も、人付き合いも、そういう視点で見直したい。

そんなことは多くの人は自然にやっていることだよね。
僕は頭で考えすぎて自分が楽しいと感じていることを
素直に認めて、それを追いかけることを、ずっと良く理解できなかったという
ことなんだろう。まあいいやこれから変えていこう。そのほうが楽しそうだし。

ところで泳いでいるときは、簡単に脈拍はかれないハズだけどマフェトン理論
実践するには、多分ゆっくり泳いで、自分の気持ちよいペースを維持して、
たまに止まって脈計って(それがまだ不整脈だったりするトホホ)やってくのかな。

ああ結果的には雑な考え。でも大枠はこれでいいはずだからこれでいってみよう。

初体験のヨガで自分の水泳とバイクを思った

先日、MIXIの水泳コミュニティーの人達と東京体育館で一緒に泳ぎ、
その後、なんと初対面なのに6時間も酒飲んで色々話をした。

みんな、純粋な良い感じの人達で水泳という趣味も共通しているので
話が途切れないのであった。

そして、色々、話した中で、自分もどこぞのスポーツクラブに所属するのが
水泳のマスターズ出るにはやっぱりよいみたいだなとわかった。

やっぱり一人でトキドキ泳いでいるだけじゃあねえ。

それで、今まで 何で気づかなかったんだろうという、家の近くの小さな
スポーツクラブも見つけ出し、そこに体験で入ってウロウロしていたら
水泳でなくて、ヨガのコースに誘われて、そのまま初めて一時間半の
ヨガのコースに参加した。参加者は女性が圧倒的に多く、先生は
多分自分の母親くらいの(60代後半くらいの)女性だった。

その先生が、色々僕に話をしてくれて、その中でも一番印象深かったのは

「ヨガは他人と比べるのでなく自分の快、不快、の感覚にしたがって行うものです」

「自分が心地よいと感じるくらいのところまで身体を曲げてポーズをとればよいのです」

というのであった。

ああ、そうか、僕の水泳も、バイクも、他の趣味も、そいういうことを大切にしていけば
いいんだなあと、変に競争したりそういうのでなく、仮に試合にでても、自分の感覚の
中で自分なりに気持ちよく、納得できる、泳ぎができたか。

バイクだって、速いかどうかは関係ない、気持ちよく走れたかだ。

ゴルフだって自分なりに気分良くできればいいじゃないか(コースいってないけど練習場だって)

そして、大げさな話かもしれないけど、人生自体だって、自分が快と感じられて、
自分で納得できて(というかそれに近づけて)、自分なりによいと思えたら
それを誰と比較することもしないで、自分の絶対感覚に従うのが
よいのだと、(なかなか十分にはできないけど)思った。

月曜日, 4月 09, 2007

無心になりたい

ここのところ、落ち込むことが多く、そんなことでボンヤリ過ごしていると
さらに落ち込むので、無心に活動しよう。

今朝はまず、5時半に起きて、早く仕事を開始した。

無心に、やるべきことをやって、早起きして、頭も身体も疲れて
夜は今日は良くやったなあと安らかに眠れればそれでよい
というようにもっていこう。

すぐに自分をムヤミに責める自分の心の傾向を変えていきたい。
そうでないと、活動力が無駄に落ちるだけで、よいことはないから。

ただ、実際に俺もそれなりによくやっているよなあと心からおもえる
結果がどうしても欲しい。

もっと歳に応じた現実性を身につけるべきかもしれないが、
そんなこと考え出すと、また無心から遠のく。

仕事に集中しよう、無心になろう。

金曜日, 4月 06, 2007

キラクに趣味のことばかりといかず

あんまり仕事のことで頭一杯にならずに、

趣味のこと
バイク、ゴルフ、水泳、音楽のこととかを書いていこう
というのが このブログなんだけど、

最近、頭の中に占める仕事の割合が高くなってしまい、
どうしたものかと、思っている。

仕事のことで頭一杯になるときも必要なんだよな。

でも、どうもそのことで頭一杯になっても、きちんと
良い方法を見出せていないで、堂々巡りで無駄に
頭疲れているように思えることが多い。

参ったなあ。

趣味のブログで書くだけでなくて、
自分が仕事で考えていることもメモや文章化して
なんで堂々巡りしているのか、どこに突破口があるのかを
整理してみようと思う。こんな早朝に。

水曜日, 4月 04, 2007

低くて小さくて達成できる目標とファンキーな気分

最近、色々方法を変えて、何とかしようとしている。

1つは低くて、小さくて、きちんと頑張ればまず達成できる目標をいくつもつくって
やっていくこと。そして1つできるために 「よしよし」って自己満足でもして
次の目標を設定すること。

それとそういうことばっかやっていると、それでも変にまっすぐばかりで息詰まる
かもしれんので、パーッとキラクなファンキーな気分でバーっとなんとかならあと
適当な気分で過ごす時間も確保すること。

四六時中マジでマジメール書いていると、疲れるがな。

自分がやる気になれるようなとこまで、自分をうまくのせていけるようにするところまで
なんとかしようとしている。

月曜日, 4月 02, 2007

小さな自動車修理工場の親父から聞いた親父の話

自動車のドアをぶつけて壊してしまい。ディーラーで見積もりとったら、この古い
自動車をそこまで金かけてなおすのももったいないので、
たまたま近所の小さな自動車修理工場にもっていった。

ちょっと親父さんと話して、連絡先書いといてくれと言うから
名前、住所、電話番号と書いていると、

「お父さん、XXやっていた。あのXXさんかい?」

というので、僕は驚いて

「そうですよ。でももう30年以上前に死んでますよ」

というと

「バイクの修理でよくきてくれてたんだよ」

とのこと、そうなんだ。よく30年以上も前のこと覚えていてくれたなあ。
とても嬉しかったので、その工場に頼むことにした。

日曜日, 4月 01, 2007

鈍感力というか達観かな

鈍感力 渡辺 淳一  という本が本屋で平積みになっている。

でも僕は買ってないのだけど、もともと鈍感な俺が鈍感力必要なのかは疑問だ。

ここのとこまた、体調、すぐれず、どうしたもんか、つい考えてしまうのだが、
こういうときはぼんやりしていたほうがいいのかなあ なんて思う。

ここで、あれこれ考えてもしょうがないし、また水泳から遠のくことも悲しいし、
仕事も踏ん張らないといけないのだけど、妙案ないし。

こういうときは鈍感力だか達観だかしらないけど、ぼんやりと今できることを
やっていってあとは天命を待つのがよいのではないかと思うことにした。

今日は、スタッドレスタイヤをノーマルタイヤに交換してもらった。
確かタイヤ交換は無料で対応するときいてその店でタイヤ買ったのだけど、
言われるままに工賃をはらった。これも鈍感力の鍛錬だね。ヤレヤレ。

土曜日, 3月 31, 2007

娘のインフルエンザとタミフルと

娘がインフルエンザで熱をだしていたけど、
タミフルのんでから熱もすぐさがり、そのままもう
今日は十分うるさいほど元気なので、治ったらしい。

良かった。

タミフルは色々問題も報告されているらしいが、
随分と、効く薬らしい。

たしかほんのちょっと前(20年前くらいか)まで
ウィルスを直接攻撃する薬はなかった。

史上初のウィルスに直接的に効く薬として騒がれたのは
インターフェロンだった。

ここで、僕みたいな素人は混同しやすいのだけど、
抗生物質はばい菌にきくものであって、
ウィルスには効かないということだ。

でも、風邪でも抗生物質を処方されたりするから、
全ての風邪はウィルスが原因のハズだから、
不思議だなあと思っていた。

あれは、風邪ひいて喉とか炎症しているときは
そこで、ばい菌により炎症が悪化していることも
あるから、それに効くから抗生物質を処方されるということらしい。

それに良くわからないけど基本的に、ウィルスは細胞の中に入り込むことでしか
繁殖できないらしいから、ばい菌に入り込むようなウィルスがあるなら
抗生物質は間接的にウィルスに効果あるということなんだろうか。

それにしても、この数十年あまりでの、医学の進歩は、長い人類の歴史の
中でも突出しているということではないだろうか。

だって、CT、MRIだって、自分が子供のころはなかったのだから。

娘は調子の悪いあいだは、自分の調子の悪さを訴えかけるような
瞳で僕をみて何かあると、僕にしがみついて、甘えていた。
それもいつもと違って、弱々しいけど、しっかりとしがみついてくるような
感じで、ああ、こいつは俺が守らないといけないなあと自然に思わされる
のであった。実際の面倒はほとんどかみさんがみていたけどね。

子供って不思議な力をもっていることを、良く感じさせてくれる。

金曜日, 3月 30, 2007

弱い自分を認めて、うまく付き合いたい

僕は自分の弱さ、情けなさ、愚かさ、そういうものをそのまま認めて
それでも自己嫌悪することなく、そこそこは進歩できるように
飄々と生きてゆきたい。

俺ってなんてだめなんだろうと思うことが多く、
落ち込むことも多い。

でも、それが自分だからうまく付き合っていくしかない。

物事がうまくいかない原因が全て自分にあると認識することは、
うまくいかない原因を改善する鍵が自分の手の中にあると
考えるための前提となると長いこと思ってきた。

でもそれは心をつらくしてきた。

僕は、そういったものを忘れるために、ここで、
バイク、ゴルフ、水泳、音楽、スキーだとか
趣味のこと書いている部分がある。

逃げといえば逃げ、本業うまくやらないと、趣味なんて心からは
楽しめない。ああ仕事頑張ろう。

木曜日, 3月 29, 2007

バタフライ・エクスタシー

こうかくと、H系の変な話のタイトルみたいだなあ。

僕はバタフライという泳ぎには特別な思い入れがある。
ジャパンマスターズで唯一メダルを取れたのはバタフライ100mだった。

自由形はレベルが高くとても僕が勝てる区分ではなかった。

そもそも、僕は体力も技術も水泳習った経験もないんだから。

バタフライは、まず参加者が自由形より圧倒的に少ない。

僕が昔でたころのジャパンマスターズでは(今は知らんが)
ありがたいことに7位までメダルをくれるのに、
20代後半区分で100mバタフライに出場したのは10人くらいだったと記憶している。

僕はきっちり7位でメダルをとった。タッチして横をみると、ニュージーランド人が
僕と同時にタッチしているように見えた。でも、この人は8位で、ちょっと悲しそうな
顔して、僕は心の中で 「スマン」 とつぶやきながら、でもメダルもらえることを
喜んでいた。

その頃からしっかり、過剰な馬鹿だった自分は、バタフライばかり練習して
きっちり、起き上がれないほど、腰を痛めてしまった。

でもバタフライには僕でも勝てるかもしれないという魅力以上の
危ない魅力があるのだ。

僕の泳ぎが不器用なせいなのかもしれないが、僕の場合、
クロールなら、他の人と同じようにスピード調整ができる。

50%の力でも30%の力でも泳ぐことができる。

ところが、僕のバタフライは、80%以上の力を出し続けることでしか
泳ぎ続けられないのだ。

(まあ他にもこういう人いるかもしれないけど)

さらに、そのリズムとタイミングを維持するために、他の泳ぎでは
到達できないところまで、体力をギリギリまで、
バタフライというダンスに自然に吸い取られるように、
自分から捧げるように、使えてしまう。

しかも、それが、あるところから、気持ちよいエクスタシーのような
ものになってしまう。

俺はこのリズムでバタフらっているためなら(そんな言葉ないか)
また腰が砕けてもいいんだもんねえーーなんて危ない領域のスイッチが
入ってしまう。

これが僕が経験したバタフライ・エクスタシーなのだ。

やっぱり自分が馬鹿だからそうなるだけのことなんだろうか。

その昔、マーク・スピッツという天才スイマーがいたが、
あれほど上手にバタフライを泳げる人すら、脊椎分離症になっていたと
いうことを何かでみた。

今で言えば、マイケル・フェルプス は他のスイマーから頭一つどころか
身体1つ以上も抜け出たスピードでバタフライを泳いでいる。

今のバタフライは昔より上下動もしなければ、身体にくねりもいれないらしい。
それにはおそらく腹筋と背筋が強いこと、肩周りの柔軟性と筋力、
くねらせないでも、リズムとタイミングを的確に刻める能力がいるのだろう。
くねらせない分、昔より腰への負担は少なくなっているかもしれない。

それできちんとバタフライを泳げれば、ストローク全体を通じての進行方向からみた
身体全体の前面投影面積を減らせるわけだから、水の抵抗も少なくなる。

でも、そんなことより、マイケル・フェルプスが泳いでいるときどんな感覚の
中にいるのだろう。

正確な機械のように泳ごうとしているのだろうか。

それとも誰も味わったことのないほどのバタフライ・エクスタシーを感じているんだろうか。

水曜日, 3月 28, 2007

レックス・ホールディングス株主総会参加で質問までした

初めて、上場企業の株主総会に参加してきた。

レックス・ホールディングスのおそらく、上場中最後の株主総会だ。

西山社長は途中で涙をこらえきれなくなり、
最前列中央でそれを見ていた俺も泣いてしまった。
(初めて出たからよくわかんないけど、そんな株主総会は珍しいんじゃないだろうか)

この会社はいきなりMBOを宣言し公開株式買い付けを始めたけど
その買取価格が他社の計算方法に比べて低く、多くの株主は
納得いかないまま、上場廃止で処分できなくなることを
恐れて(というか脅されて)この株を既に売ってしまった。

創業社長の西山氏と今回彼と組んだアドバンテージパートナーズ以外の
全ての株主は、この公開買い付けに応じるか、裁判で買い付け価格を
上げるべく争うかしかないことが、今日、株主総会にでてよーーくわかった。
法的にということだけでなく、西山氏もそれを覚悟してやっているらしいことから。

まだこの会社の株式を保有していることは投資家としては馬鹿なのだろうが、
株主総会での質問をきいていると、質問者の大半は、問題の本質を理解し
共有できる方々だったようにみうけられた。

ただこれを書くと長くなる。こっちにまとまっている。が、これは特に被害者意識の
高い集まりだから、 今日の株主総会の雰囲気とはまた同じではない。

http://www.geocities.jp/kanebou1620/index.html

株主からの質問の中で、年配の学者風の方が、これだけ株主優待も作った
ということは本来そういうことをやる会社の社長は非常に優秀な良い経営者だと
思っていました。ということをいった。冷静に朴訥に話す方で、その言葉と
それをきいて西山社長がこらえきれず泣く姿をみて、僕まで泣けてしまった。

社長の大変さは社長しかわからず、彼もこの1年間で20KGもやせたそうだが、
会社の楽しかったころを思い出すと今の状況はそれはつらかろう。

自分を糾弾しかしない株主の前では男は泣かない。
自分の思いをわかってくれていたような話には泣くことをこらえられなかったということだ。

さて、そこから彼はは持ち直し、事務的に、株主総会の議事長をつとめ、議事を進行していった。

これを最後の質問にしますということで、僕も漸く手を上げた、そして僕が最終質問者として
発言した。それで、とうとう型どおりだけの回答ではなく、ほとんどの受け答えをしていた
取締役が これは私見ですがと言った上で、 自分の考えも少しは入れて発言してくれた。

彼は、損してもいいから株を持ち続けたい という株主が多くいること
株主への対応をすることで、よく知っていたことを初めて口にした。

その彼も涙をこらえて、口を震わせていた。

多くの株主が今日言いたかったことは、なんで選択肢が
二つしか用意されなかったのか ということに尽きるのではないかと思う。

それがMBOでありTOBというものかもしれないが。

また、涙まで流した西山社長も、自分の資産はきっちり100億円以上
残せるようにした うえで、アドバンテージパートナーズの大株主にも
なるということらしく

「焼け太り」

となじられていた。 (でもほとんどの人間は所詮そんなもんだ)

僕は被害者意識もないのに被害者の会に事務的に入会するしか
自分にはもう選択肢がない ことをこの株主総会で理解した。

アドバンテージと西山氏で90%以上の株式をもったから、特別決議が、
参加している 株主達が

「反対」

と叫ぶ中でドンドン

「過半数の賛成を得ました」

と議長の西山氏に宣言され承認されていった。

僕の左のいくつか空席の無効にいた、整った顔立ちの、
やせた若い、株主も えらく冷静に鋭い質問をしたが、何も言わなくなった。
こういう若者が、将来資産家になっていくのではという雰囲気をかもし出していて
気になった。

普通のおばさんにしか見えない株主も質問していたが、質問内容は問題の本質を
見事に女性の感覚でついたもので全然普通のおばさんではできないような
話をしていた。

わずかの株しか持たない私も、上場企業の社長相手に堂々と質問する
権利をくれるんだから、株って面白いもんだなあと、実感した。

雇われ社長なんて、株主に雇われた契約社員みたいなもんともいえるしなあ。

株はこの株式会社中心で回っている資本主義社会で人々の欲望を
最も直接的に反映しているのかもしれない。

この株主総会で午前中の3時間を使ってしまった、昼飯ゆっくり食う時間も
なくなったので、渋谷駅の地下のフードショウ(デパ地下みないなもの)で
寿司をかった。レジで気がついたが、その店は

成城石井でこれもレックスの子会社だ。

AMPMも牛角も

アドバンテージパートナーズがこれからやろうとしていることで考えられる
ことの1つとしては、例えば、AMPMをセブンイレブンに、成城石井をイオンに
とか切り売りすることもあるのではないだろうか。それで十分TOBにかかった
以上のお金を分解して売ることで回収できるという試算がされていたりして。

まあ それは憶測にすぎないけど、確実に何かがおきていると思ったのは、

新しく会社法ができたことで(昔は商法の中で規定されていた)
その中で全部取得条項付株式を発行してこういうやり方で
会社をのっとれるようになったことだ。(昔はなかったと思う)

私は法律も良くわからないわけだが、これからもおそらく、個人または
少数の仲間で世の中を渡り歩くつもりなので、法律は大切に理解して
おく必要があるのだなあとまた思った。

レックスは今日の株主総会を受けてほんの数時間で
この発表をしている

アドバンテージパートナーズがもう全てを決めているようだな。

ああもう書いてると色々でてくるのでここまでにしよう。

勉強にはなったし教訓ももらった。

火曜日, 3月 27, 2007

3人で花見

結局、この時期みんな仕事忙しく急にこれない人たちもいて、
相棒のオーストラリア人の願いをかなえるべく、彼とその彼女と私の
たった3人で代々木公園で花見をした。夜の7時くらいから。

自分は、水泳どころか、昨日はまた不整脈で動機と息切れがあり、
風邪もまだ治ってないようだし、仕事もあったのだけど、
ここまで一緒に苦労してきた男の小さな願いをきかないわけには
いかない。それでいいのだ。

しかも 明日(現時点からは今日)からまた外国いっちゃうし、一緒に花見して酒飲むことにした。

前回かいた彼の彼女は良くできた人で、彼女にとってはまだ慣れていない
日本で、一生懸命買い物して準備して、4個くらいのバックにたくさん荷物を
詰めて、(どうやってもってきたんだろ)原宿駅の前で待っていてくれた。

代々木公園の桜は7分咲きていどで、夜なので暗く、あんまりよく見れなかった。

丁度真上に、半月があった。 (上弦の月じゃないかなあ)

地面に彼女の買ってきた6枚のバスタオルを(下は湿った土)を敷こうとしているので
僕はあわてて捨ててあるビニールシートを見つけ出して、しいてその上に
タオルをしいた。彼女がもともとは5人用用意しておいた、ソーセージ、ビーフジャーキー、
カマンベールチーズ、ビスケット、おにぎり、、、、、、、と次々にだしてくるので、
しかもその下にはスノコの小さいようなものまで用意している。
さらにコップも上手における、紙のお盆みたいな皿みたいなものも用意してあった。

そして、最後にカンガルーのぬいぐるみを横にチョコンとおいて、これが
”オーストラリアン ピクニック”ですと説明してくれた。

付き合って3年半とかいう話なのに、アツアツなので、僕は自分が邪魔になって
ないかちょっと気になったけどそういうわけでもないらしい。

「最後の夜だからさあ もう帰ったほうがよくない?」

ときいたら 英語でなんと言ったののかよくわからなかったけど
昨晩十分したから、もう今日はいいんだ。みたいなこと言ったようで、
彼女は顔を赤らめていた。 (暗いのに俺は見えたのか?)

僕たちは3時間ほど色々な話をして、彼女が用意してくれたシャンパンを
飲み干し、赤ワインを飲んだ。

彼の先祖はスコットランド出身だということでスコットランド風の学校で
バクパイプ吹いたり、スカートみたいなのはいたりしていたけど、
良く調べたら、どうもアイルランド出身らしいことが急にわかったはなしとか。

アイルランドいって、ビアホールで、自分と同じ名前の人いるかきいたら、
その男が笑ってみんなに大声でその名前を呼んだらみんな手を上げた
話とか。今まで聞いてなかった、楽しい話をきいた。

そのほかのも僕たちは本当に楽しい時間を過ごした。
それも、ちょっとなんか切ないような、こんな変わった組み合わせの3人で
こんな風な時間はもう2度と過ごせないんじゃないかとちょっと切なくなるような
良い花見をした。

二人が一生幸福にいてくれることを願わずにはいられなかった。

月曜日, 3月 26, 2007

他人の彼女と話して面白かったこと

一緒に働いているオーストラリア人の、彼女は、ちょっと前まで
シンガポールの出版社で働いていたんだそうだ。

ジャーナリストということだけど、内容をきいてみると、女性向け雑誌の
恋愛相談みたいなのもやっていたようなことをいっていたと思うのだが
それもジャーナリストなんだろうか。

短期間で日本語も少し話せるようにになっているのが凄いが、
まだなんとか僕は英語で会話した。

会話の中でつい

「僕は、昨年健康を害して、なんか安全に生きようとしてしまっているけど、
そこには凄い矛盾を感じているんだ」

といったら

「それはどんな矛盾なの?」

というので(僕の英語ではうまくつたえられないかもと思いつつ)

「冒険をしないと、男は本当の生きる喜びをみいだせないように思うから、
長く生きるために、安全に生きることはこのことと矛盾すると思っているんだ」

といったら、すぐに通じただけでなく、彼女はこう言ったのだった。

「私のお父さんはいつもそれと全く同じことを言っていました。」

彼女のお父さんが、中国生まれのシンガポール育ちか、
シンガポール生まれのシンガポール育ちかしらないけど、
同じようなことを感じているだけじゃなくて、それをこの娘さんに
話したりして、良く話し合う親子なんだろうなあと、
妙に感心してしまった。

僕は今からでも、英語を勉強しようと思った。

水泳も英語も、今のレベルが低いから成長の余地がたくさんあるのが、
逆によいのかもしれない。私の場合は。

日曜日, 3月 25, 2007

絵本とりんごと枕の日

下の子が頭が痛いというので、本人の希望もあって
ベッドで絵本を読んで聞かせた。頭痛いからか
今日はしおらしく良く聞いていた。

熱を測ると37.8度。

子供をもってから、自分以外の人に何かをすることが、
前より嬉しくなった。

熱があっても、りんごなら食べたいというので、
りんごをむいたりしていた。熱あるのにりんごは
2個分食べてくれたので、ほっとした。
思えば、自分は幼稚園時代はしょっちゅう熱出して、
熱出したときは何故かりんご摩り下ろしたジュースをのまされていたっけ。

妻が、新しい枕をかってきた。テンピュール枕ではないが、
http://www.tempur-japan.co.jp/t_goods/pillow/pillow.html

それをもう少し硬くしたような感じの西川の枕
http://www.e-sleep-style.com/item/pillow/functional_pillow/rc0041-kkpl74.htm

多分快適な枕なんだろ。

我が家では、寒い時期は、これも妻のかってきた、ボアのとても寝心地のよい
シーツをつかっている。とても良い。唯一の問題は、朝起きたくなくなることが
あること。

今日は僕としたの娘は一歩も家からでなかった。

僕もなんだか疲れが十分に抜けないのでしょうがない。

明日は、熱心に日本語を勉強するオーストラリア人の彼の
要望で、花見をすることになっている。

水泳を向上させることは、のんびりやっていくしかなさそうだ。
仕事もなんとか 適切な目標設定だけでも見出したい。
これがなかなかできないうちに、今年は1月ダッシュして
3月でもうダレてしまっている。

ダレはじめると、さらに怠惰になりかねないので、気を引き絞めよう。

月曜日, 3月 19, 2007

風邪と仕事

こうやって熱もあるみたいで、風邪で頭が朦朧となりながらまだ仕事していると

参りますな。ハァ。 フゥ。

「ばあさんや、ワシャあもう駄目じゃ。」

「ゴホゴホ」

なんてこと書いてないで仕事するしかないんだな。
なんか自分の段取り悪いからこうなっているような気がするけど、
それを今考えると、余計に風邪悪くなりそうだからやめとこ。

左側の瞼がピクピクしてるなあ。

水泳は3歩進んで2歩下がるだなあ、トホホ

風邪も引いているようで、体調もすぐれず、水泳できないし、トレーニングも
多分無理にすると、さらに、体調悪くなりそうなので、もう一週間以上してない。

スキー、水泳、ウェートトレーニング、2つの仕事と、無理を重ねすぎて
しまったんだな多分。

そんなわけで、これじゃあ、水泳あんまり速くなれそうも(少なくとも当面)
ないのだけど、

無理して水泳するより

水泳好きな気持ちを大切にしようということで、

のんびりやってこう。いいんだ、別に速くなれなくってさ、しょうがないさ。

もっとこう、自分の身体の状態を自分でうまく把握して、うまく付き合えるように
なるのが大切だなあと、わかりました。

若いころ腰痛になったことが何度もあるけど、腰痛については、
最近うまく付き合えるようになってきた。

多少腰に違和感あると、どんな動きや、どんなストレッチすれば、
その違和感を消せるか、経験的にわかってきたから、ほとんどの
場合腰痛にならないですむようになってきた。

こういうことを増やして、自分の身体ともっとうまく付き合えるように
なっていこう。

こういうノウハウ他の人と共有できるといいなあ。

金曜日, 3月 16, 2007

人を好きになると思い出すこと

なんつって、今特に好きな人もいないので、良く思い出せないのだが。

人間は感情の生き物だと、自覚する。

小学校5年生のときに転校した。2学期から。

クラスの男の子たちが僕に話をするとき、みんなある
女の子のことになると、非常に熱っぽく話すし、長く話すのだ。

でもその女の子はそんなに僕の印象に残るような女の子では
なかった。

だから、なんでみんなその子に夢中なのか不思議でだった。

でも一緒に同じクラスで時間を過ごすと、僕もその子のことが
ダンダンと気になってきた。 

何でだろう。

例えば、その子のおじいさんが死んだとき、彼女はそれを作文に
書いて、授業で読んだ。作文も心を打つものだったけど、
今でもおぼえているのはそれを読んでいるとき彼女が涙を流し、
鼻水をたらしたことだ。

そのとき、クラスメートは息を詰めて、彼女を見て、彼女の声を聴いていた。

彼女の心が、自分の中に入ってきてしまうように感じられたと記憶している。

僕は人を好きになるとき、このときのことを思い出す。

それから、10年後の冬のある日、電車の車両の一番端の席に座って
何故か、隣の車両をガラス越しに見ていると、その彼女がいた。

隣の車両なのに、彼女が僕に気がついた。

そして、重い荷物を引きずるようにして、車両を移って座っている僕の
前まできてくれた。

彼女は一流大学の学生となっていた。
スキーに電車で行った帰りだった。

彼女と話をして、僕は天にも昇るような気持ちだったけど、
表向きは冷静に話をしていた。

凄く意外だったことが二つあった。
彼女が自分はもてないと本気で思っている らしいことと、
彼女は日記をつけていて、その中に僕は良く登場していて
小学校と中学時代の僕が忘れていたことを彼女が話してくれたことだった。

特別な美人ではないかもしれないし、彼女の素晴らしさは、転校したばかりの
僕がそうであったように、短時間ではわかりにくい。

僕は、そのとしになっても僕が転校してから中学校卒業するまで、
彼女のことで頭が一杯だったことなんて、少しも話せなかった。

駅を降りて、階段を昇るとき、彼女の重い荷物を持とうとしたら、
大丈夫といわれて、結局、持たないであがってしまった。

何であのとき、無理にでも荷物を階段の上まで運ばなかったのだろうと
ときどき思い出す。

それが、彼女をみた最後だった。

木曜日, 3月 15, 2007

バレンタインデーとホワイトデーにまつわる冴えないできごと

中年親父は義理チョコしかもらってないので、
お返しもしないで、終わってしまった。

まあいいか。

最近は、パンとかチョコレートとか、随分とおいしいものが出回っているような気がする。
昔からあって 僕が知らなかっただけかも知れんけど。

この和光のチョコとオリージーンヌとかいうチョコは特においしかった。でも高すぎ。

http://happy.woman.excite.co.jp/love/valentine2005/chocolate/chocolate03.html
http://happy.woman.excite.co.jp/love/valentine2005/chocolate/chocolate04.html

さえない話だが、チョコもらってお礼をいったら

「大丈夫です。あれはちゃんと業務精算できましたから」

と即座に返答され、なんかそこまで説明せんでもええのになあ。と思った。
その経費は、マーケッティング予算なのか営業経費なのか。どうでもいいか。

我が家では、和光のチョコは上さんがかってきて、家族はその味を知っているが、
オリジーンヌのチョコは知らなかったので、ホワイトデーである昨日、
妻、娘X2 計3人に それぞれ一箱づつ買っていった。

娘達は目を輝かして喜んでいたが、妻は特に反応がなかった。

それより、娘(10歳)にホワイトデーのプレゼントを贈ってきた男の子がいて
その子に娘がワザワザ寝室までいって隠れて電話していて、
自分が背広着替えにその部屋にいくと、色白の顔をピンク色にして
電話をしているのを見て、あーーーーあ、もうそうですか。と。

昔は

色々あったけど、もう僕はこういうこと現役じゃないですね。

水曜日, 3月 14, 2007

グッタリしてる

先週の金曜日 3月9日に仕事のミーティングの直後そのミーティング出席者(お客さん含む)と
ビールを飲み、話が弾んで、2杯か3杯飲んだ。

話がとても面白かったのは、一緒に飲んでいる人が、あっさりとプライベートを
語ってくれたからもある。

最近、仕事であった人が、あっさりと、非常にオープンに自分のプライベートも
教えてくれることが、楽しくもあり、良く考えると、驚くことでもある。

だって、しばらく前の自分の記憶では、みんなオープンになるにはそれなりに
時間がかかるか無理だったから。これも時代の変化なのだろうか?

離婚の話、元彼の話、色々きいてその話の内容よりも、そういうことを
オープンに話せる人間関係をもてることが楽しかった。

さて、まだ、チームに所属してないので(マスターズはチーム所属が必要)
本当に出れるかわからないジャパンマスターズだけど、今の状態で出場すると
かなり惨めな結果になるのがわかるので、酒飲んだ後に、また東京体育館にいき
またウェートトレーニングをして、泳いだ。でももう泳いでも身体が冷たいまま。

ビールは飲んでも飯をくってなかったことと、疲れがたまりすぎていたのが原因らしい。

それでも無理矢理こなして、そのあと軽くまた人にあって、
西八王子到着は1時くらい、それから、余りに腹すいているのもまずいかと
カレーのおいしいバーでカレーをたべた。このバーは高円寺のライブハウスと
昔協力してライブもやっていたけど、西八王子では営業大変で今はライブは
ごくたまにしかやってないとのこと。

普段は肉体労働に励んでいる若者がパートタイムでバーテンやっていて
しばらく私の様子をみてから朴訥に語りかえてくれた。とても素朴な
さわやかな印象の人だった。

マスターと高円寺のライブハウスの話をしていたら、私が一時期毎日のようにいっていた
ライブハウスのマスターが先月死んだということだった。まだ50代だったろうに。

僕が30歳の誕生日の日にそのライブハウスにいったら、マスターが僕にちょっとバーテンの
真似事させてくれて、アイスピックの握りかたとか、氷の割り方とか教えてくれて、
僕の作ったカクテルをうまいといって飲んでくれたっけ。

結婚していて、30歳の誕生日に、この店に一人できている僕が何故来たかはきかずに
ちょっと気がまぎれそうなことをさせてくれたのかもしれないし、流れでたまたま
そうなっただけかもしれない。

ギターがとても上手な人だった。不思議なことに多分そのマスターが死んだ頃
僕は高円寺でおりてそのライブハウスをドアのガラスからのぞいたけど、
中に入らずかえってきた。懐かしいけど、もうなじまない感じがして。

それから家に2時くらいにたどりつき、眠れずいて、4時頃寝た。

翌日土曜は、夜に、仕事一緒にやっているオーストラリア人が中国系の彼女を
つれて、我が家まで遊びにきて、夜尾遅くまではなしたあとに翌日早く
富士見パノラマに娘達も一緒にスキーにいった。
一日中スキーした。

そこで、昔の同僚と再会し(これが一番の目的だった)、あまりに懐かしく
嬉しく、思わず彼の肩を握って揺り動かしたら、あまりに軽く動いてしまった。

彼は体重が50Kgないのと、僕が感激してつい力が入ってしまったことによる相乗効果で。

彼は、今はテクニカルライターとして活躍し、この数年はスキーに夢中になって
急速に上達している。

彼に紹介してもらったMIXIのスキーコミュニティーの人達が

「自分達は20年間もすべってここまできたのに、4年とか3年であの滑りされちゃあねえ」

といっている言葉を聴くのが、自分を褒めてもらったかのように嬉しかった。

彼の今までPCと軍事にばかり重点的にいっていた情熱が、初めてスポーツに向った
途端にそれだけ上達しているのが、自分のことじゃないのに

「すごいでしょ」

と自慢したくなるような妙な感じだった。
20代後半一緒に仕事したころにやったことが、これだけ世の中に広まったのに、
僕達は今その会社とは関係ない。でもそのころの僕達は随分熱いものをもっていた。
だから今までスポーツしてなくても、彼がその情熱の一部をスキーに向ければ
凄いスピードで上達してくれたというのが、とても嬉しいのだ。(でも自分は下手なままだが)

帰りは、温泉によって、帰ってきたが、この日は家にたどり着いてすぐぐっすり眠った。

でももう、無理がたたったのか、今週は、もう身体がグッタリして、とても調子が悪い。
何にもする気になれない。仕事だけはむりやりアイドリングしてる感じ。

水泳も、ましてやウェートトレーニングなんかとてもする気になれない。
腑抜け君だ。

マスター死んじゃったんだ。悲しい。1つの魅力的な文化がなくなったような。
たしかあのライブハウスの名前は、マスターの実家がその昔、東北で映画館を
やっていて、その映画館の名前をもらったとか誰か言っていたっけなあ。

自分はオカルトや心霊現象なんて全く信じてないのに、マスターの死を知った
このブログの一つ前に個人の死についてブログに書いていた。
偶然だけとも思えない。

木曜日, 3月 08, 2007

個人の死と世の中 (選手全員交替してもゲームは続く)

何回か死を意識したときに、自分が死んでも、世の中は変わらないという、
当たり前のことが不思議に思えて仕方がなかった。

何故当たり前のことが不思議に思えるかというと、
自分は自分の感覚と脳みそだかで、外界を認識しているから、

世の中というものは
自分がいるから、
自分が感じることができてこそ
それが存在している。

という大きな錯覚をしてしまうからのように思えた。
でもその錯覚は個人的には現実かもしれない。

僕は新宿駅と渋谷駅を毎日のように使っているが、そこでみる
大勢の人も、150年もたてばもう誰もこの世にいなくなっているだろう。
(医学が進歩して、もっと伸びることもあるかもしれんが)

それでも、世の中は、続いている、より若い世代が引き継いで
社会というものを継続していく。

それはまるで、ほとんどの人には関係ない、ゆっくりした、それぞれは個別に進むのに、
全体としては壮大な規模で進む選手交代のように。

僕の知る限り、個人がなくなって一番、日本国内で大きく報道されたのは
昭和天皇の死 崩御(というのでしょうか)だったが、それでもその前後でも
時代は同じように連綿と続き変化はしても連続的なもので、唐突な変化とはならなかった。

個人にとっての死は一大事だけど、世の中にとっては、そんなもんなんだね。

水曜日, 3月 07, 2007

スポーツは勝つためにあるのか楽しむためにあるのか

なんて、簡単に結論でないことタイトルにしたりして。

実は、水泳は速くなりたいものの、仕事をやりながら、追い込むように
トレーニングしてしまうと、楽しいのレベルを超えてしまう。

でも、ハードにやらないと速くなれない。マスターズスイムのレベルは高いのである。
大体が楽しめないレベルのハードなトレーニングは健康にも良くないように思う。
それで、その辺のバランスをとって、エッチラオッチラやっていくことにしようかと。

最近のトレーニングの甲斐があって、50mくらいはダッシュできるようになってきた。
かなり嬉しい。スパートをかけられるだけの身体になってきた。それはとても嬉しかった。

でも楽しいということでいえば、子供達をスキーに連れて行って、
上の子が

「パパ見て」

というので何かとおもったら、ただ身体を大の字にして手を広げて山の自然を精一杯感じながら初心者なりに滑っているのをみたことと

下の子がスキー初めてなのに、異様に鋭いハの字ブレーキをかけるのを見ているときだった。

昨晩も上の子が、下の子のこと

「・・・ちゃん 不気味だよね」

というので、妹のことを不気味とはひどいこと言うなあと、注意して確認したら。
あんなに急なブレーキかけられるなんて不気味だよねえというのであった。
たしかに、いくらまだ小学校1年生で、体重も軽いにしても、初めての
スキーであんなにギュッととまれるブレーキがかけられるとはどういうことなんだろうか?

よく見ると、ハの字(プルークボーゲンとかいうのだろうか)になっているスキー板の
内側のエッジを鋭く立てているようだった。本人はわかっているのかどうかわからないけど、
ともかくえらく鋭いブレーキをかけて、初めてのスキーにも関らず、止まれることを武器に
滑りたいだけ滑って、スピードが出過ぎたら、ギュッと止まってまた滑り出す、ところを
見ているのも楽しかった。

やっぱりスポーツは楽しむほうがよさそうだなあ。でもそれだけでは勝てないなあ。

レベルの高い競技スポーツで勝てるくらいのレベルまでいける人は
何らかのオタク的な要素をもっているということなのではないだろうか。

僕の場合は、こんなに水泳好きなんだから、他の人よりもっと速く泳げないと
納得できないとか、そんな気持ち。でもそのために、身体壊してよいと思うほど
馬鹿にもなりきれなくなった。つまらないことに。

それでもスパートして、かなりのペースで泳いで、隣の高速コースで泳いでいる人に
追いつくことができたのは、楽しかった。 東京体育館のプールの高速コースは
レベルが高いので、僕も随分短期間で進歩したらしい。

苦しいんだか、楽しいんだかわからない。

嬉しいんだか、悲しいんだかわからない。

生きたいんだか、死にたいんだかわからない。(何、書いてんだか)

感情は相反するものを両方感じることで、それぞれの感情を知ることができるということなんだろうか。

スキューバダイビングしているときに僕も両手を広げて、海の中の全てを自然にリラックスして
感じられるようにしたことがある。それもとても楽しい経験だった。
これは、何かの苦しいものの対局にある嬉しさとは違う、ただ、ただ単純に楽しいことだった。

楽しみ、喜びには、誰かに勝てて嬉しいというような優越感に起因する相対的なものと
それとは関係ない、絶対的なものがあるということなのかな。

火曜日, 3月 06, 2007

最新プリンターのコストパフォーマンスに驚き喜ぶ

HP インクジェットプリンタPhotosmart C5180を買った。
http://h50146.www5.hp.com/products/printers/inkjet/ps_c5180/index.html

大昔と違って、今はUSBケーブルでラクじゃのう。わしも年をとったものじゃのう。

昔はMS-DOSでカナカンのメモリーを解放しないとネットワークボードもインストールする
ことができないような不自由な時代があったけど、今からすると、信じられないほどの
不便な状況だった。 でもその前はもっと不自由だった。

それが、もうこのプリンタときたら、接続が簡単なのは今や他のプリンターも
同じだろうけど、この値段、19800円で、(しかも年末かったレッツノートのヨドバシポイントで
支払いなし)ここまで便利で、画質も文句なく、コピーも簡単にとれて、画像も試しに印刷したら
完全に写真グレード。

俺が、古いのか?

ノートPCも今や仕事上スペック十分だし。

ストレージも今やこんなことになっているし。

http://buffalo.jp/products/catalog/storage/hd_lan.html#lan_02

3TBが26万円って しかもNAS、確か15年前くらいはただのHDが1MBあたり1万円して
100MBはだから100万円したと記憶しているけど。それでいったら、3TBは300億円くらいに
なっちゃうよなあ。コストパフォーマンスが10万倍くらい良くなったということか。
えーなんか計算間違いしているような、でもそうだよなあ。

USBメモリだって、凄く便利で、大容量で、安い(昔の感覚でいうとというか昔はUSBメモリ自体
なかったけど、GBがあんなペンのキャップみたいなもので持ち歩いて挿すだけなんて)。

ここまで容量とコストパフォーマンスとが何桁もかわってくると、もう質も変わってくる。
使われ方も、用途も、ドンドン変わってくる。

賢く使うにこしたことはない。

個人が、大企業に負けないITインフラを持てるようになってきているということなのだろうか。

だとすると どんな面白いことができるのだろう。グーグルのような会社ができてきたのも
おそらくは安いハードを巧みに使って、構築して運用して、システムを作り上げていることにも
一因があるのだろう。

さて自分には何ができるんだろう。

それと、そうやって、個人がある種の強大なパワーを得ることができるように
なったのと同時に、やっぱりブランド価値は増大している。

実際、僕が昨日買ったプリンターはとても良かったけど HPという大企業のもの
レックスマークとかいうプリンターメーカーがあったけど、もう見かけなくなった。

だから、大企業か小企業 ブランド力があるかないかにこだわらないで
選ばれる要素が大きい製品やサービスを これらのやたらにコストパフォーマンスが
高くなった機器を使いこなして 提供すれば、個人にチャンスがくるのだろうか。

でも問題はコンテンツの中身と一緒に考えないと。

若い人たちは、この環境があらかじめ元から自然にあるわけだから、
もともと頭の柔らかさ以上の柔軟な発想ができるかもしれない。

ああ僕には、何ができるんだろう。

日曜日, 3月 04, 2007

ゴルフ練習場に驚きの人出現

疲れているはずなのに、朝は5時から目が覚めてしまい。
そのまま、妻が用意しておいた釜に火をつけて米をたいたりして、
一人で早い朝飯をとり、ゴルフ練習場に出かける。

早朝優待は、日曜の天気の良い朝はすぐ一杯になって
入れなくなってしまう。

でももう、いい加減疲れが、限界で、クラブの振りもひどいものだ。
練習場には、僕が話をする中では一番上手な人がきていて、
隣の席で打っていたら、僕の惨状に見かねたらしく、少し教えてもらう。

教えてもらって、自分が脇を空けたスイングをしてしまっていることに
気がついた。

ひょっとすると、無意識に水泳の動作がでてしまっているのかもしれない。
脇があいてしまうと、左右の腕を一般の動きとして協調させることができないのだと思う。

さて、その上手な人と親しげに話している若者が現れて、その若者は隣の隣の
打席に移動してきたのだが、彼の打球をみて、唖然、呆然、

この練習場であれだけ飛ばす人は今までいなかったのではないか。
僕だけでなく、他の人も、彼は圧倒的だといっている。

自分が絶好調のときの最高の球と同じ距離をかれはあっさりと
4番ウッドで打っている。それも、スチールシャフトだ。

聴けば、ヘッドスピードは55m/sec だとのこと。

その僕のしる上手なひとの友達の息子さんとのこと。

野球選手だそうだ。

やっぱり、一番運動能力高い人は野球とかさあそういう分野にいるんだよなあ。

彼の球の弾道をホレボレみていた。

そのあと自分が打つと、もうしょぼくてつまんなくなってしまうけど、
あんなに飛ばすのを間近にみれて嬉しくてしょうがない。

もっているクラブも、無茶苦茶に重いものだった。

自分ももっと飛ばせるように、それももっと安定して飛ばせるように
なりたいとしみじみおもった。

彼は、コースではウッドを使うことも、飛びすぎてあまりないそうなのだけど。
あんなにとんだら、どんなに気持ちよいだろうと。

そのあと、総額1万円ほども食品を買い込んで家に帰ってきた。

それから、ものすごく深い眠りの昼寝をして、今日は昨日ほどは
色々できなかった。これがおじさんの限界だ。

なんだか、身体を鍛えたい欲求にあわせ、脳が、僕の身体を
変化させるよう命令をだしていて、眠っている間に身体が変化しているような気がする。

だから激しい運動をするほど(特にウェートトレーニング)今までにないほど
深い、深い、眠りに落ちていくみたいだ。

明日からまた忙しい一週間が始まるなあ。

ゴルフ 実家 バイク ラーメン 水泳 サイゼリヤの日

土曜 は朝から、ゴルフ練習場に行った。
ウェートトレーニングと水泳で自分の身体が変わってきて、
かつ疲れがたまっていることで、全然フィーリングが変わってしまっている。
しかも練習不足もあって、またまた、まともに球が飛ばない。

ウェッジ類と5番ウッドだけは、しばらくうっていたらまともにあたってきた。
ウェッジ類は、短くて、距離も欲張らないですむのでまともにあたってくるらしい。
5番ウッドは下から打つので、ヘッドを球の前後をなるべく水平に動かしたく、
そのため、膝と腰の角度と高さを一定にして丁寧に振ろうとするから
それで、うまくあたって飛ぶらしい。なぜかこの日は知っている人が
ほとんどいなかった。

5番ウッドは250ヤードの看板の前にかなり正確に落とすことが何回もできた。
練習場で何回もうっていればそういうこともあるのである。

そのあと、実家によって、母親に昼飯を食わせてもらって、パソコンの
使い方を教えて、かえってきた。一人暮らしの母親は最近夜は毎日
パソコンでゲームをやっているそうで、何時の間にやらゲーマーになって
しまったようだ。大丈夫かいな。

もともとは明日のジョーのタイピング練習ソフトをあげたら、かなり熱心に
練習を始めて、毎日母親が 丹下ダンペイに

「お前って奴は 何度いやあわかるんだ」

なんでお母さんが怒られないといけないのといいながら、練習してたということだ。
笑える。

それから、家に帰ってくると、家族がいない。
まあいいかと、ちょうど子供もいないし、あわてて、バイクにのって、
山に向かう。(今年の初乗り) ああ久しぶりのバイクはなんて嬉しいんだ。
まるで世界が、急に新鮮になってみたいだ。

峠で、オフロードバイクから降りた可愛いネーちゃんが軽く挨拶してくれたので、
さらに嬉しくなってしまったが、彼とのツーリング中であった。

20号線にでたあと信号待ちですり抜けして、青になったのと、自分が最前列に
来たのと同時くらいになってしまい。足を路面についたところで、
ワンボックスカーのタイヤが丁度足の甲の上にのってしまった。

とても引き抜けない。自動車ちょっとバックしてもらって、足抜けたところで、
バイク全開加速で逃げるようにその場を立ち去った。

意外に足はそれほど痛くなく大丈夫だった。でも轢かれるだけじゃなくて丁度真上で止まるとは。
それにしてもバイクややっぱり危ないのである。

そのあともう1つの峠の店で休憩をとろうと思ったが、
お上さんが買い出し中で、今なにもできないんですよと
マスターにいわれ、でも少し休みたいので、ゴルフ好きのマスターの
ゴルフ談義を聴いて、質問してまた聴いてと繰り返す。

http://homepage3.nifty.com/miyamakougei/fuziya%201.htm

このラーメン屋(富士屋の湧き水ラーメン)は3年前くらいにできたんだと思うけど、
そこに水道もないとおもわれるのに住居もつくって、ご夫婦ですんでいるらしい。

しかも、マスターも奥さんもとても上品なのである。

奥さんなんか、モデルみたいである。コーヒーサービスで出してくれたりする。
でも奥さんなかなかかえってこないので、またバイクで走り出し、
でもラーメン食いたい気持ちだけは残ったので

20号沿いの

「凛として」 高尾店に行く
http://www.rintoshite.jp/

八王子で、これだけ建物とインテリアにこったラーメン屋を
こんなに人通りの少ないところに建ててどうするんだろうと
おもっていたが、案の定、お客さんはいつも少ないみたいだ。

でも、何故か、とても接客態度のよい若者達と、
かなりうまいラーメンと
やたらに居心地のよいインテリアによってしまうのである。

一度ここで、本を2冊読んだことがあるが、とても良かった。

ラーメン屋でここまでインテリアの価値を教えられるとは。

実はここの坦々麺にはまっているのだ。

セキが止まらないときにここの坦々麺くってむせて、のどに自分の息で
辛いスープが吹き付けられたたら、喉が無茶苦茶に痛くなってしまって、
しばらく悶絶していたのだが、それでもここの坦々麺が好きなのだ。

網みたいなスプーンまでついてきて、スープの中のひき肉をすくって
たべられるのもとてもよい。

それで家に帰ってから、近所のプールにいき2時間真剣に、
プールを歩き、泳ぎした、随分泳げるようになってきた。

そのあと、家族が新宿に買い物にいっていたということなので、
自動車で駅までいって、家族を拾いサイゼリヤでまたたくさん食べて
かえってきてねた。

充実した一日だったけど、僕は仕事から逃げているような気もどこかしていて、
本当にこれでいいんだがわからない。でも止まっているよりいいんだろう多分。

VPNで自宅で仕事

金曜日は、木曜夜の帰りが遅く、いい加減疲れがたまっているのと
人の会う予定がなかったこともあり、自宅で働いた。

VPN設定されているノートPCを自宅に持ち帰って仕事をすると、
そもそも人にあう予定さえなければ、なんのためにオフィスいく
必要があるのか、ないんじゃないかと思えてくる。

しかも自宅のほうがリラックスして、考えられるので、
文章もいつもよりまとまるようだ。

実際は、この日は、仕事での海外とのメールのやりとりが
多く、自宅にはいたものの、かなり忙しくなった。

自分のような英語が苦手な人間でもやるしかないのである。

高校生のとき英語のテストの成績が学年でビリから2番だったことがあり、
そのテストが英語の教科書の文章が虫食いになっていてそれを
埋めるというもので、すっかりやる気がなかったのだけど、それでも
あんまりひどくて、いまでも苦手意識が消えない。

それでもやるしかないので最近ときどきやっているのが、
自分の書いた英語の文章を、翻訳サイトで、日本語に
翻訳して、まともな日本語で論旨もとおっているかチェックして
だめなら、翻訳された日本語がまともになるまで、英語を直して
文章を組み立てるようにしている。

そうすると、随分スッキリした英文となる。
でもそれがビジネスの問題点の本質的な部分をついた
メールとなってしまうと、それが、素朴であるほど、
シンプルでわかりやすい返事はこない。
わけがわからないほど、長くて、わけのわからない内容のメールか、
返事がこなくなる。

これは英語の問題ではない。

長いこと、自分の英語力不足で理解できないかと思っていたが
そうではないらしいことが、最近よくわかる。

英語圏の人も本質的な問題点はごまかしたい人が多いのである。

さらに言えば、そこで、正論を何とか英語で書けるようになっても
それで仕事が進まなければ意味がない。

やっぱり僕は、まだまだ、本当に、とっても未熟なビジネス能力しかないのである。

下の娘を学童保育に迎えにいき川沿いの道をあるいていると

「二人で歩くのもいいねえ」

とのこと

COOPにいって買い物をして、

ブリを焼いて、オマール海老の殻を使ったグラタンみたいなもの(オーブンで暖めるだけ)
それと中国産ハマグリをどうする門か迷ったままとりあえず、塩水につけて
砂だししていた。

夜に、妻の友達がきていたので、ハマグリの汁に、簡単に塩と醤油と昆布とカツオのだしを
加えて、適当にやったらそれなりの味になったので、だしたら少しは喜んでもらったみたいで
嬉しかった。

料理はたまにしかやらないけど、なんか化学の実験みたいで面白い。
でも本当に上手になろうとおもったら、料理を喜んで食べてくれる人に
何回も何回も作らないと駄目だね。

フリーウェイトでのトレーングとその後の水泳

木曜の夜に8時過ぎに会社をでて、東京体育館に向かった。

先日組んでもらったウェートトレーニングのメニューを初めてこなす。
ベンチプレスと、ダンベル使った胸の筋肉を鍛える動きは
フリーウェイトウェイトで行うことになった。

マシンに比べて敷居が高い感じがするのだが、マシンより圧倒的に
有利なこととなるのは、可動域に制限をうけないということらしい。

自分の場合、まだ、スクワットはやらずこっちはマシンでやったほうが
いいらしい。まだ足の筋力がたりないのと、柔軟性もまだスクワットを
きっちりやれるレベルでないらしい。

それでも、負荷を40kgから60kgに セットを10回2セットから
10回3セットに増やされているので、全体のトレーニングを
こなしたら、身体がつりそうになり、汗も流れた。

でも、水泳のためにやっているウェイトトレーニングなので、
そのあと泳がないわけにはいかない。

そのあと1500mほど泳いだが、身体もそれなりになれてきたのか、
なんとか泳げた。あれだけのウェートトレーニングのあとに
それなりに、というかちょっとまえなら体調良いときでも
あのペースでは泳げなかったので、自分がかなり進歩しているのがわかる。

つくづく実感するのが、スポーツは、それなりのパワーがついてやっと
技術とかみあって、それなりに動作できるようになるということ。

まあ技術もまだたりないわけだが。

その後、新宿11:15分発 中央ライナーのグリーン車 (700円)にのる。
それで高尾駅までぐっすり眠った。最近こういう小さな贅沢がとても嬉しい。
今まで小さな贅沢を拒否していたのと、自分が年とったからかもしれない。
ともかく通勤がらくになるのは、多少お金かかってもたすかる。

木曜日, 3月 01, 2007

水泳とウェイトトレーニングの途中経過

ウェイトトレーニングにより、筋肉量は増加し、脂肪はへり、パフォーマンスは大きく向上している。


ハズだった。


メニューまで作ってもらい。それをほぼ忠実に実行して、そのメニューをつくってくれた
トレーナーとメニューの見直しと、体重、体脂肪率の測定をしてもらったら、
なんと、体重は3Kg増加して、筋肉量はかわらず、(要は脂肪が3Kg増加ということ)。

オイオイ、測定器壊れてないか?

でも体重が増えているのは間違いないらしい。

普通、あんなトレーニングしたら、やせるものなのにこれでも肥るとは。

トレーナーはかなり気まずそうだった。でも彼はかなり真面目に上手に指導して
メニューも作ってくれている。

それで、メニューを作りなおすのだけど、いきなり負荷を1.5倍くらいにされ、10回 2セットを
10回 3セットにされた。

「あのー あんまり苦しいと、僕仕事に逃げちゃうんですけど。仕事第一ですから」

とかもう言い訳をしている俺。

「試合でるんですよね。もう追い込んでいかないと」

と逃げを許さない真面目なトレーナー

「健康第一だから無理はしたくないんですが」

とまた言い訳をする俺

「大丈夫ですよ、ちゃんと筋肉触って診ているから、まだまだ余裕があるのがわかりますよ」

やっぱり、やるしかないようだ。

実際泳ぎは、技術の向上はなくても、パワーの向上で、いくらかでも良くなってきているのを実感できている。

それで自分の身体のデーターシートをみると、僕の体脂肪率がかえって上がっているのをきにしているとそのトレーナーは思ったようで、

「大丈夫ですよ。このメニューはかなりハードですから、これでも体重増えるようなら、僕はまた勉強して考えますから」

(そうですか)

水泳はもっとうまくもなりたければ、速くもなりたい。技術とパワーを向上させるしかない。
でも、僕は体脂肪率もさることながら、去年あんな入院生活経験したくせして、筋肉量も
現在でも自分と同一身長の標準より多いことがわかった。おまけに僕は身長が185cmある。体重が
重いのは当たり前なのだ。 筋肉の重量だけでも、普通の男性の体重くらいあるとでている。

K1の試合みていて、化け物みたいな奴らがでてきて、ああこいつらこれでも同じ
人間かあ なんてみていて、身長と体重のデーターがでると、俺一緒ジャンと
軽いショックを受けたりしていたのだが、これで自分が思いっきりトレーニングしたら、
本当に、さらに、人間離れしてくるのではないかという、心配がある。

それに体脂肪率へらせたところで、人間の身体はやっぱり大きくなりすぎると
健康上も望ましくないらしい。例えば膝は構造上そんなに重い体重に対応するように
できてないとか、心臓も、大きすぎてもよくないとか。

肺も調べてもらったら、僕は肺活量がとても大きいのだけど、呼吸器内科の
先生いわく、肺もおおきければよいというものではなく、大きすぎると、肺の中が
つぶれやすくなるのでいいともいえいないとのこと。

でもやり始めた以上、トレーニングはまだやってみるかなあ。なんか不安だなあ。

火曜日, 2月 27, 2007

大学時代の友人達とスキーに行ってきた。


先週金曜日は、前日の飲み会での二日酔いを引きずったまま、
夜から、大学時代の友人達と蓼科のほうにスキーに行ってきた。

自分でもよく覚えてないのだけど、確か僕は大学の1、2年に3回くらいスキーに行っただけで
その後まったく滑ってないはずなので、(スキー場までいって滑らなかったこともあった。)
今年は、23年ぶりくらいにいきなり、スキーに3回も行っていることになる。

それで、金曜の夜もビールを大量に飲んでしまい。

さらに二日続けての大量飲酒だけでなく、睡眠不足で、なんか気持ち悪いまま
車山高原スキー場につれていかれた。

ここで一番簡単なハズのコースも子供達といった小海リエックスの初心者コースよりもは
かなり急なのだった。ただ、コースがとても広いので、緩やかに回れるように
斜め方向にズーっと滑ってなんとかターンしてまたズーっと反対側の端っこまできて
とかを繰り返していた。

友人達は、上級者コースでも問題ない人たちなのであった。

それでともかく一度一番上までいって、山頂で記念写真をとるから行こうということで
内心、やばいなあと思いながらリフトにのって一緒にいった。

車山高原のてっぺんは凄い風で、飛ばされそうで、ちょっといるだけで、
頬が痛くなるほどの寒さだった。

記念写真は無事取れたが、問題はそこからどうやって降りるかである。

でも、初心者でも降りられるくらいの傾斜のコースを選べてそれと
狭くてターンが苦しいときは、スキーをわざとエッジと立てないで
斜め方向にも滑らしてスピード落とすような感じで、何とか降りてきた。

そして、初日は一回も転ばないですんで、ホットした。転ぶと余計に疲れるし。

その晩は、みんなは酒をまた飲んでいたが、僕は酒はやめて、ジュースとかをのみ
宿のカラオケでバカ騒ぎしたが、僕だけ夜中の2時に部屋に戻って寝た。

翌日はビラタス蓼科にいった。

またレンタルショップへいって、道具をかりて、こんどはリフトではなく
ロープウェイで一気に一番上までいって、そこから滑ってくるのだけど、
もう昨日の疲れで腿の筋肉痛がひどくて、駄目。

どうってことないところでも、腿の筋肉痛で自分からあきらめるように転んでしまった。
(あーあ一回も転んでなかったのに)

落ちたゴーグルをかっこいいパトロールの女性が拾ってもってきてくれた。

「大丈夫ですが」 (笑顔がキラ、かわいい、だけど、どうってないところで無様にこけている俺)

即座に

「大丈夫です」 (確かに筋肉痛と疲労以外は大丈夫だが)と答えた。

さて、僕のスキーのうまい友人達にはわからなかったらしいが、
ピラタスは、てっぺんまでいってしまうと、初心者向けのコースにも難関があった。

ボーダーもスキーヤーもその手前で

「ここだけ怖いんだよなあ」

とかいって、止まっている。

怖い前に疲れて身体が動かない。初心者らしい女性のボーダーと僕だけがなかなかそこから
動かなかったのだけど、しょうがないから、すべりはじめたら、案の上、ターンの途中で真下向いた
ところで、ターンできなくなり、スピードがましてきて、もう面倒臭くなったように転んでしまった。

疲れた親父は、若者と違って、もうあきらめて、もう転がりながら滑るままに、脱力しながら
任せていたら、下まで、身体で滑ってしまった。

何とかなるじゃん。

スキーよりラクに降りられたじゃん。

そこからはなんとか転ばずにリフト乗り場まで戻ってきた。

でもその日はその一回だけとしておいた。

スキーも結構面白いじゃないかと今頃になって思った。

大学時代の友人達は、まあお互いに気心がしれているので、
キラクに過ごせるところがよいのであった。

そんなわけで、このブログのタイトルの
バイク、ゴルフ、水泳、音楽 だけでなく

スキーや、たまにやってきてスキューバダイビングやら、
他にも楽しそうなことがあれば、手を出していこう。

何歳から初めても、楽しめればいいや。

友人も、昔の友人との関係も大切にしながら、
新しい、友人もいくつになっても作っていきたい。

僕は友人作るの下手なままだけどそれもいくつになっても遅すぎることはないと。

でもこないだ見つけた、アルゼンチンタンゴの無料講習会はかなり興味がありながら、
やっぱり恥ずかしくて行けなかった。

次はピラティスとヨガでもやってようかな。

ヨガやって呼吸法を学んで、リラックス方法を学んで 身も心も不必要な力が入らないようにしたい。

若い人たちと飲んだ

先週木曜の夜に、8人で酒を飲んだ。女性が二人いてしかも僕の両隣に座ってくれたのと、
他の人たちも、話も面白ければ、感じもよく、楽しくなって飲みすぎてしまった。
普段飲んでないから、多分ビール1.5リットルくらいのんだのではないかと思うけど
かなりよってしまい。翌日はかったるい上に頭も痛かった。

それでも、若く、感じよい人たちと酒飲めて、楽しく、ああこれからはもう、
年下と付き合うことが一段と多くなるんだよなあ。

僕だけとっても年上であった。思えば自分が彼らくらいのときと
比べるとはるかに彼らのほうが大人で、今の自分と比べても
彼らのほうが大人のようにみえたのだった。

僕の左隣に座った女性に対して、
「あの僕立候補します」
とか確か二人の若者が手を上げて、
半分マジなのはわかるが、半分、余裕があって、

そういう感じで楽しく飲めるところが、いいなあと。

俺はそういう余裕がないままの若い時代であったような。記憶もあいまいだが。

水曜日, 2月 21, 2007

心房細動ほぼ治るも、水泳には不安が残っているのだ

先日、風邪ひいてセキがひどいときに

ホルター心電図

という検査で24時間携帯式の機械で心電図を記録してもらっていた。

そんな体調で変な結果でるのもいやだったのだが、今日結果をききに行くと
もうほとんど心配ない状況だといわれた。睡眠中に5秒間だけちょっと脈が
おかしい時間があったけどすぐおさまっているとのこと。

なんといっても心電図のエキスパート中のエキスパートのお医者さんが
そういうのだからそうなのだろう。

スポーツも全然問題ないとのこと。

薬も、もう4月から一種類だけにするとのこと。(それもまあ念のため)

随分慎重に診てもらっている。おそらく、僕よりずっと不健康でもここまで
調べてもらってない人は多いだろう。

さて、じゃあ大丈夫だろうということは良いことなのだが、水泳のペースを
あげてしばらく泳ぐと、脈が不規則になる。怖い。どこまでやっていいかが
わからない。一定以上、追い込むとほぼ確実に脈がおかしくなる。
脈拍で言うと160以上から。

これは病気というより、もう40代ではそこまでやってはいけないということなのかもしれない。

上の娘に 「パパは水泳の試合にでたいんだ」 と話したら

「パパには無理してほしくないんだよ。 長生きしてほしいから」

といわれた。彼女は、スイミングクラブに行っていたのに、選手コースで苦しいことを
したくないという理由で、そこまであがれる前にやめてしまった。
まだ7歳か8歳くらいのときのころの話だ。

親子でも随分違うものだが、常識的には、彼女の意見が正しい。

でも自分はどうしても、試合にでたい。

健康に悪影響がでるほどの練習はしたくない。
どうやってトレーニングレベルを測るのがいいんだろ。
基本的に仕事を持ちながらそんなことやるのは、無理しないわけにはいかないし。

そんなわけで、ウェイトトレーニングをなんとか続けながら、ダラダラと泳いで
何本かはダッシュしてくらいの練習でもするしかなさそう。

とてもインターバルトレーニングは、やれそうもない。体力的にも、健康上理由からも、
意思の弱さからも。

ここまで書いてから、自分が随分、贅沢なことを悩んでいることに気がついた。(どうして自分はこう馬鹿かね)

昨年までは、それどころじゃなかったし、ここまで回復できることすら、想像すらできなかったんだから。
心房細動なんて普通は治らないものらしいから。

自分がなんだかんだありながら、なんだかそれなりには幸運であることを、いつも覚えておこう。

ラッキーなんだよなあ、最終的には。今までのところいつも。そこそこには。

火曜日, 2月 20, 2007

2度目のスキー

日曜日に、今度は下の娘も一緒に3人で、またスキーに日帰りで行ってきた。
5時半に家を出たときは強い雨が降っていた。

スキー場近くでその雨は雪に変わった。

やっと初めて、スタッドレスタイヤが役にたってくれた。

スキー場で、下の娘にスキーを履かせて、さあと思うと
全然滑れず、転んで、しかも立ち上がれない。

それを30分くらい繰り返していて、大変な一日になりそうだなあと。
自分までまだ滑ってもいないのに汗がでてきた。

上の娘には滑ってきていいよといったら、楽しそうに何回か滑り降りてる。

そして上の娘がきて

「私が教えるから。パパ滑ってきていいよ」

というので、任せて、しばらく滑ってもどってきたら、なんとしたの娘も
滑れるようになっている。

まだ曲がれないけど。スキーを先を閉じた 「ハ」 の字型に押し出して、強力な
ブレーキをかけることができるようになっていた。

まだ7歳になったばかりで、体重も20Kgちょっとしかないから、止まりやすいらしい。

それで、初心者コースを3人で繰り返し滑り始めた。

ところが、二人のりリフトに上の娘を一人でのせて、
下の娘を抱きかかえるようにリフトに乗ろうとしたところで
ストックが娘の口に軽く当たってしまった。

それで娘の下の前歯が抜けてしまった。でも乳歯でグラグラしていたらしい。。
それと鼻にもあたってしまったようで、鼻血がふきだしてきた。
少し上を向かせても鼻の下に、血がたまってくるし、荒い息で
血が飛んでスキーウェアに赤い斑点ができてくる。

ティッシュはない。

あわてた僕は娘の鼻の下の血をチューチュー吸ってしまった。
吸血鬼か俺は。ちょっとしょっぱい。

口の中にも血がたまっている。

娘は痛いといって、泣いている。

困った。

上について何とかリフトをおりて、パトロールも呼んでもらっているうちに
血はダンダンとまってきた。

娘はもう

「帰りたくない、最後までいたい」

といっている。

それでそこで休んで食事をとって、
また滑り続ける。

ほぼ最後まで滑って、そのあと娘達の雪合戦や、
雪だるまつくり、雪での滑り台に付き合い、帰ってきた。

おまけに、その日が子供はリフト券無料だった。

帰りには、自動車の中から、雪の山々が雲間の夕日に照らされる
雄大で美しい、景色をみることができた。

雪の後の晴れ間は空気が一段と澄んで遠くの山々もとても
キレイに見えた。白い雲、黒い雲がが山から立ち上がっていく
景色をみることもできた。

僕はバイクで一度だけスキー場まで行ってしまったことがあるが、
やっぱり、こういう景色は自動車でスタッドレスタイヤで楽しむのが
いいなあ。あたりまえだが。

恋愛相談で全く役に立てず、でも真剣さに心打たれたこと

その女性はとても魅力的だけど、ちょっと危ない人で、自分がそれほど好きでない男については、その心を弄ぶことがある人だった。

その女を好きになった男は学歴も職歴も立派なエリートエンジニアだった。

僕はたまたま、その女性のほうを知っていて、その男のほうにはほんの数回あったことが
あるだけだったのだが、その彼が、僕に相談したいことがあるという。

僕ははっきり、自分の考えを彼にいった。
あまり人を見る目がない自分でも どう考えても彼が彼女の心を捕まえることはできないし、
万一捕まえても、そのあと彼が幸福になれるとも思えなかったからだ。

折角、僕に相談したいということだし。

「彼女は結婚に向かないだろうし、あたなともあわないと思う。ともかくやめたほうがよい。」

かーーー。俺みたいなこんなことに疎い人間のセリフじゃない。でも本気でそう思った。

彼の答えは意外なものだった。

「僕は彼女の声を聴けるだけでもいいんです。それだけでも嬉しくてしょうがないのです。」

「...................................」

何も言えなくなった。

しばらくたって、彼にきいた。

「何で僕に相談しようと思ったのですか?」

「それは、............................................」

また固まってしまった。

彼の真剣な恋愛感情に僕は何も役に立つことはいえなかった。
何故、彼はそこまで、彼女を好きになったのだろう。

僕はその女性が非常に魅力的なのは認めるが、
その純情な男の心を手玉にとって弄んでしまうところが、
それができてしまうところが、基本的に人間として好きになれないなあと
思うばかりだった。

魔女は現実にいるのだ。

金曜日, 2月 16, 2007

きっと僕なんか簡単に痴漢にされるだろうと思ったこと

朝の通勤で電車で座っていると、隣の若い女性が、急に僕になにか言っている。
でも良くわからない。

私「あの何ですか?」
女「けられたから靴が汚れて黒くなった。」

その女性の視線の先を見ると確かに彼女の白いハイヒールに
2本の線のような黒い跡がついている。

????

僕の靴は黒い靴だったけど、そんなことあるのかいな?

僕は手をべたっと僕の靴で座りながら右隣の女性にぶつかることも
あるかもしれないあたりを触って、その触った部分が黒くなってない
ところをその女性に見せ

「多分僕の靴のせいで黒くなることはないと思いますよ」

といった。

そうしたら、その女性は今度は

「折角、寝ていたのに」と言うのであった。

ラッシュの電車で座席はキュウキュウで、しかも彼女は両足の間に
紙袋をおいて股を広げて座っている。

僕はもう何も言わなかったが、これが僕が立っていて、

「手で私のお尻をさわったといわれたら」

どうなっていたんだろうか。
ただ僕はこう言うかもしれない。

「僕の手は臭くないから、あなたのお尻には多分さわってないと思います。」

そしてそれで、その女性はさらに怒り僕は痴漢にされてしまうのかもしれない。

月曜日, 2月 12, 2007

川原の散歩道

折角の3連休だったが、体調悪く、遠出する気になれず
子供と近所の公園にいった。近くの川原べりの散歩道では
もう梅が咲き始めていていた。

子供達は公園で会った子供達と楽しそうに遊んでいた。
ブランコやシーソーのようなもので。

公園内にある野球場では、どうも公式戦を目指す少年野球チームと
その父兄の混成チームの練習試合をやっていた。

楽しそうに、真剣に野球をしていて、僕はそれを、キャッチャーの後ろの金網ごしにみていた。

その試合は5対6で大人のチームが勝った。

大人チームが子供チームに野球を教えながらやっていて、それも良かった。

散歩に行く前に、あまった鍋料理を沸かしきったところにインスタントラーメンの
麺をいれて、麺が伸びないようにすぐ火をきってから、ラーメンのスープのもとを
いれて、子供と食べた。こんなゲテモノてきなもとくわせて良いのかなあと思ったけど
子供はおいしいと喜んでいた。スープは捨てたけど、具は食べきった。

散歩から帰ってきて、妻も一緒にサイゼリヤに夕食にいった。

そんなのんびりした一日だった。

散らかり放題の自分の部屋を片付けてさっぱりして、(そういうのが大切なんだよなあ)
新しく妻に買ったレッツノートでPDFの体験版をインストールして、家のプリンターに
つながるようにして。

この3連休でセキもおさまり、体調もこの夜になって回復してきたみたいだ。

思えば、風邪がまだ治りきっていなかったのに、仕事とスポーツしたのがよくなかったようで
それで本調子にもどるまで一週間かかってしまった。

でもそのあいだ、いつになく、のんびりしたことが退屈にも感じないそんな時間を過ごすことができた。

さあ明日から、また忙しくなる。

日曜日, 2月 11, 2007

「進化しすぎた脳」を読んで

「進化しすぎた脳」

を読んだ。

面白い。著者が素晴らしく賢い人だということは僕にもわかる。
結局実際に優秀な人ほど、物事の本質をわかりやすい平易な言葉で
解説してくれる。

この著書の最初にかいてある「ファイマン物理学」こそ、その典型的な
書物なのだろう。

「進化しすぎた脳」での議論を読むとほとんどの心理学の本より
より具体的に科学的に心の本質にすら迫っているように見える。

それは具体的な脳の構造と動きから、心をその一部として解釈している
ような話し方をするからリアリティーをより高く感じてしまうからだろう。

ただ、意識や心が潜在意識や身体の奴隷に過ぎないという表現(今、手元に
本がないので、正確にそういっていたか自信がないが)に多少の疑問はわいた。

一時的に、短期的に考えれば、そうなのだろう、ところが、意識、心、さらに、
長期的な目標に基づいた意志により行動をコントロールしていけばそれによって
身体も潜在意識も変えらることもできるだろうから、そこまでいける人にとっては
やはり、意識や心が、潜在意識の奴隷と言い切れるのだろうか。

もっともこれだけ、賢い著者がこれだけ噛んで含めるように解説してくれていると
自分の疑問のほうがおかしいような気がしてきてしまうので、自信がもてないが。

僕がこの分野についての興味が高いのは2点の理由がある。

1つは、人間というのはそもそもどんなものかということに今一番、興味深く、説得力の高い説明をしてくれること。

もう1つは、自分のもともとの才能のなさを知る自分にとって、脳の研究資料を読むことは、
スポーツ選手が筋肉の生理学をトレーニングに活かそうする興味と似た興味をもてるということ。

おバカな僕ちゃんでも人並みの知能を持つにはどうすればよいの 教えて教えて、知りたい知りたい。

という興味ですね。

スポーツでも、勉強でも、仕事でも、自分より明らかに優秀な人や組織に、創意工夫、努力、
強い意志で勝てたり、他のやり方でより大きな成果を出せたとき、本当に嬉しいものです。
本当にたまにしかないけど。きっとそんなときこそ、自分の意識、心、意思、それを超えた
魂のようなものが、自分の身体と脳を実際以上の成果を出させたと感じられるからでしょう。

漫画でもそうですね。

「頭文字(イニシャル)D」だって、ライバル達より、性能の劣るマシンで公道レースで勝つところに
醍醐味があるのですから。

まあ、それも滅多におこせないことだから、見果てぬ夢にできるのでしょうね。

スーパーマーケットにて

今日はイトーヨーカドーに行って買い物をしてきた。
ついでに、色々みまわってきた。

どうもイトーヨーカドーをそんなには好きになれない。

物がたくさんありすぎて、なんだか焦点がぼけてしまうような感じだ。

嫌いでもないけど。

そのイトーヨーカドーには以前はゴルフ用品売り場もあったけど、
全然売れてなかった。だれもゴルフ用品をあえてイトーヨーカドーで
買おうとはしない。

靴もみてみると、やっぱ靴の専門店のほうが、ずっと良い靴がそろっているようにみえる。

でも色々なものがいっぺんに見れるから、便利は便利だ。店内もきれいだし。

僕が好きなスーパーマーケットは 生協(今はCOOPに表記を統一したらしい)だ。

素材が結構新鮮で良いような気がする。肉とか魚とか、健康によさそうな
ものもそろっている。店が大きすぎず、一回りするのにちょうどよい。

それと、家のすぐ近所にある、スーパーマーケットともいえないくらいの
小さなお店。

ここには、小さなコーナーだけの魚売り場があって、かなりの年齢(おそらく70はかなり超えてそうな)
おじいさんとおばあさんがその魚の部分はまかされているらしい。おじいさんはおそらく
魚屋さんを長いことやっていたひとなのだと思われる。

ここの中トロ、大トロは、最高にうまい。うまいだけでなくて見栄えもよい。
刺身のきっつけがきちんとそろって、硬い刺身のように見えるのに
口に入れると、まさしくトロで、均質なトロの脂の旨みが口の中に広がる。

おじいさん、採算度外視でやっているんじゃないかとちょっと心配になるくらいだ。

ある日、その店の終わり間近にいくと、おじいさんがモップで床を拭いていた。
クビをがっくり落として疲れているようにみえた。
中トロが一つ残っていて、おじいさんに

「これおいしいよね?」

ときくと。
おじいさんは急にクビをピンと立てて僕の目の前に右の親指を立てて

「なかなか食べられねえ味だよ」

というのだけど、僕はその機敏な動きに驚いて、言葉を失った。

ああ自分の仕事にプライドもっているんだなあと、それにも言葉を失った。

僕は自分の仕事にプライドもててないなあ。

年末、年始用にそこで刺身を買おうとしたら、もう予約が一杯で
買えなかった。あのおじいさんの刺身のファンは意外に多いらしい。

娘達に女性に共通するものを再認識する

風邪で体調すぐれず、遠出する気にもなれないので、
娘達をつれて、近所のビクトリアとイトーヨーカドーに
いってきた。

ビクトリアでは、娘二人がスキーウェアの試着を始めたら
もうすっかり ”買うのが当然、買うのが自然”という状況に
なり、まあいいかと買ってしまう。俺も甘い親父である。

買ってから、娘達は「パパありがとうねえ」と何度も言って
態度が急にまえより親密になるのであった。

昔、娘を公園につれていくときに、まだ3歳くらいのこどもが
バッグを(必要なくても)もって行きたがったことがある。

そんなことをしたがる男の子はいないだろう。

長いこと、同じようなブランド物の(高い)バックをいくつも
欲しがる女の心理が全くわからないまま、
金がなくても買わされて気持ち悪くなってしまったことも
一体何回あったことだろう。

今でもその心理の理由はわからないが、自分の娘達をみて
わかったのは、それが本能に根ざしたかのような非常に
根源的なものらしいということだ。

ふとこんなことを想像してみた。

あるところに、とても美しい女性がいた。
彼女はつらい過去を背負っていて、その心の傷を癒すように
身障者へのボランティア活動をしていた。

生活は質素そのもので、服装も質素なのだが、
彼女そのものがもっている、心の気高さと
眼差しの真剣さが見るものの心を捕らえてしまう。

男はそんな彼女をみているとこちらから、自発的に何かを
プレゼントしたい気持ちに駆られてしまう。

でも彼女は男からのプレゼントを何も受け取ろうとしない。

そんな女性は、想像の中にしかいないんだろうね。

木曜日, 2月 08, 2007

エステの大先生らしい人

自分がいま一番利用している渋谷のオフィスのとなりの部屋に
ときどきテレビ取材もきている、エステの先生の研究所(といっても一室)がある。

そのエステの先生が、多分、年齢も僕と近そうな女性で、仕事をてきぱき
こなしとてもできる人のようだ。

韓国の一子相伝だか、韓国外には基本的にださない、マッサージ方法だとかも
特別に教えてもらっているらしい。

お客さんには、有名人も多いらしく、特に”小顔”にするのが上手らしい。

自分とは全然違う分野であるが、僕には非常に難しいことの連続だった
(それでも6年間もやったが)韓国とのビジネスを継続しているらしいこと、
またとても需要のある分野で活躍しているらしいことから、僕はとても
この人が気になっている。

私にも挨拶してくれているので、今日は僕から切り出して少し話を
してみたけど、とても賢い人らしいなあと、よくわかった。

友達は、韓国人のほうが多くて、もう韓国人の知り合いは200人くらいいるということ。

僕があって、かなり話をしたのは、せいぜい30人くらいの韓国人なので、
それをもって、韓国人をこうだと決め付けてはいけないが、 難しいことが多かった。

おそらく、彼女の賢さ、仕事熱心さが韓国の人にも伝わるし、
彼女の賢さでそれをうまく伝えて良い関係を作り継続できるように
しているのだろう。

こういう人もいるんだなあ。

俺はまだまだ、修行して(オウム真理教かって古すぎだね) 勉強しなくてはと
思いましたです。

ああ僕も小顔にしてもらうともうちょっともてるんでしょうかね。

風邪で冴えない ああ

風邪でも仕事くらいはこなさなくてはいけないが、結局、この一週間風邪が治ってない。
治ったような気がしたのだけど、そのあとすぐに無理をしてしまい、ぶり返してしまい
今日が一番つらい。こんなんじゃしょうがない。

またまたセキがたくさんでてきてしまい。
またまたのど飴に頼っている。
これが一番、単純にきく。

もうたった150日あまりしかない、ジャパンマスターズにでるためには、
自分の場合まず、健康管理が大切だと痛感する。これじゃ練習もできない。
ウェートトレーニングもまだ2回しかしてないのに。これじゃ元の
木阿弥だ。

アホやなあ。毎度、俺って。

健康のために本を探す。

人生通算、入院経験が確か9ヶ月間くらいあるハズの僕は

”ケッ どうせ早死にするんだろうからもうやりたいようにやってやる”

というふてくされた気持ちと

”日常生活から気をつけて、平均寿命以上の人生を全うしてやるんだ”

という気持ちが両方ある。

後者をとって、健康生活をすごす場合どうやったらよいのかも
考えてみることが時々ある。

最近あるある大辞典だかという番組で偽の健康情報が流されたとか
いう問題が大きく報じられているが、そもそも特定の限られた方法を
ひたすら続けて健康になれるなんてことは難しいようにおもう。

所詮はバランスだから。

また多くの健康のために良いという情報が、その根拠となる
統計データーがあまり示されていないことが多い。

何が本当に健康によいか、本当に役に立つ情報が何か、見出すのがそんなに簡単でないのだ。

色々読んでみて僕の目から見て、かなり信頼できそうなデーターをもとのまとめられている
本はこれだった

長寿の謎を解く

根拠となるデーターも示されているし、著者も立派な方だと思う。

ただ、これを読んで、自分が退院後また高血圧になってきたことや
不正脈が完全には治ってないことから、やっぱり、いまのままでは
平均寿命までは難しいのかなとわかるのだ。

多少は血圧高いほうが、身体の動きが良いようなきもするのだが、
そのプロ中のプロみたいなお医者さんにあっさりいわれたのは

「高血圧は、早く死ぬための貯金のようなものですから」

でも高血圧の薬飲むとなんか調子よくないような気がして、飲んでない。

健康のありがたみは失ったときこそよくわかるので、
なんとかたてなおしていきたい。

結局、僕も長くいきていたいらしい。

ベトナムのバイクを自分の目でみて思ったこと

もう、一月前のベトナム旅行でのことだが、まだベトナムのバイクのことをあまり書いてなかった。

ともかく、バイクの台数が多いのです。話にもきいていたし、記事でも読んだことはあったけど、
実際のこのバイクの洪水をみると、特に日本のバイク乗りの僕は、色々感じ考えました。

法律の関係だかで走っているバイクは、見たものは全て100ccから125ccのようでした。
カブの排気量を110ccくらいにしたのが大半でスクーターも増えてきているようです。
一番多く見かけたのが

HONDA WAVE110

いう奴。

大きな荷物も、子供も、3人乗り、4人乗りもありで、自動車はとても少ない。

バイク乗りは多分僕に限らず、ともかくバイクにたくさん乗っている人に対して
無条件に畏敬の念をもってしまうところがある。

それで、僕は、毎日バイクにのってそうなおばさんにまで畏敬の念を
もってしまうのだった。

”このおばさんは、おばさんだけど、僕よりたくさんのバイク経験をしているんだ”

と。ベトナムでバイクをみていると、バイクなんて125ccまでで実用上、問題なく
それ以上の排気量なんていらないのかなとおもえてくる。

また、どのバイクも、姿勢がとても楽そうだ。上半身をほぼ垂直に立てて乗れるように
なっている。バイクをしょっちゅう、長時間のるという視点で考えたらそれは
基本となるのだろう。やっぱり、レーサーレプリカの前傾姿勢じゃどうしようもない。

バイクをあそこまで実用的に使いこなしているのをみるのは楽しかった。
昔の日本もそうだったんだろうな。

僕は日本でもWAVE110にのればもっとちょっとしたことにもバイクを使いたく
なるんじゃないかと思った。

火曜日, 2月 06, 2007

スポーツに必要なパワーで僕が考えるもの

パワーは馬力です。移動距離と力をかけたものを時間でわったもの。

だからどんなに力があっても移動距離が短いとパワーがあるとはいえない。

実際の身体に置き換えると、力がありながら、柔軟性があって関節の可動域が
大きいことが本当のパワーを得るためには必要だと思っているのです。

今の僕には両方ないので、ウェートトレーニングだけでなく無理のないストレッチもやって
関節可動域を大きくおとれるようにしたい。そこまでできればあとは技術しだいで
水泳は速くなれるはずだ。

でもさらにいうと、速さがかわると、泳ぎもかわるからなあ。

水泳でも、ゴルフのドライバーでも、共通して思ったのは、ゆったりした大きな動きが
一番効率がよく、結局は速く泳げることになり、遠くに飛ぶことになるということ。

それが何故かはうまく説明できないから、自分でも理由はよくわかってないということ
なのだろうけど、それは間違いない。

トレーニングの適正レベルはどうやってさがすのか

7月のジャパンマスターズにでるために練習できる期間は、もう5ヶ月間しかない。
仕事もあるので、時間もとれず、短時間であわてて、ウェイトトレーニングをやり
それも軽く感じたので、先日、インストラクターに作ってもらったばかりの、
メニューに2セットとなっているところを3セットやり、あわてて、泳いで、すぐ
終わらせたら、帰りの電車ではきそうになり、また不整脈にもなっていた。

幸い、今朝は不整脈もおさまっていたが、筋肉痛はさほどでもないが、なにか
全身虚脱感がある。それでも仕事の手を抜いてはいかないと懸命にやっているけど、
ジャパンマスターズにでて納得できる結果をだすというのは、なかなかの挑戦なんだな。

健康にそれほど害なく、仕事もなんとかそれが原因でだめにならないようにして、
かつそこそこ泳げるようになるのは。

つまるところ、僕の考えでは水泳も、パワーと技術が全てなので、

パワーについては
ウェイトトレーニングを無理のない範囲で効果的に定期的に継続すること
食べ物に気おつけて、高たんぱく低カロリーの食事をすること。

技術については
元日本記録保持者が主催する練習会に参加して教えをこうことにしようとおもう。
43歳にして始めて水泳を習おうと思う。今までずっと自己流だもんな。
それとそうやって速い人達の練習会に参加することが、やる気を維持することや
一人ではできないレベルの練習をするために、それを楽しくやるために
一番良い方法だと思う。

とはいえ、不整脈を悪化させてはどうしようもないので、それについては医者にきいてみよう。
慶応病院の心電図のデーターをもっとも把握しているというあの凄く優しく温厚な多分
ぼくよりちょっと若そうな先生に。

不整脈はまずかったが、昨日は今までにないペースで50mを泳げたような気がして、
泳ぎながら、感動してた。

土曜日, 2月 03, 2007

ゴルフの飛距離と水泳の相関関係

昨日、初のウェートトレーニングして水泳もしたばかりなので、
筋肉痛もすこし残っていて、今朝のゴルフ練習場ではまともに
ドライバー打てないのじゃないかと思っていた。

それが、大違い。

いつになくドライバーが飛んだ。

250ヤード付近にある高いネットのうえを超えていくことさえあった。

相変わらずコースに行く予定もないので、練習場オンリーの
生活ではあるのでそれ何の役に立つわけでもないが、それだけ飛ぶととても気分がよい。

玉が、高いところで しばらく水平方向に飛んでいるようにみえて
滞空時間が長いと、フィニッシュをとったまま、その玉のいくえを
みていると、ある種の充実感すら覚える。

なんでこんなに飛ぶんだろうと思った。水泳でジャパンマスターズにでると
気持ちを決めて、たった一回のウェートトレーニングとたった一回の
試合を意識した水泳練習をしただけで、身体が変わってきたということ
しか考えられない。

ちょっとまえに人生バランス大切だみたいなこと書いたような
気がするが、また僕は何の経済的な利得もないことに夢中になりそうだ。

バカだからしょうがない。

高円寺ライブハウスで音楽について思ったこと

魅力的な音楽をつくれる人は、何かが違う。
でも実は有名になれないけど、かなりよいシンガーはたくさんいるのだ。

売れることと売れないことの間にある何かは、マーケッティングなのだろうか。

とてもキレイな演奏と、キレイに歌うバンドがいたけど、それが魅力になるとは
かぎらない。それよりキレイなだけでは魅力にならない。

逆に荒削りで、うまくないけど最高にカッコ良いバンドもいた。

カッコいいとか魅力的とかいうことは、何からでてくるんだろう。

わからないけど、そういう人たちはみんな何か表にでないことがあっても
みんな大きなエネルギーをもっているらしいんだ。

音楽のために用意したいこと

今から、6年前くらいから、音楽をmp3で大量にダウンロードして
片っ端からきいて、好きなものを選んで効くということをやりだした。

人から教えてもらい。当時は、P2Pのソフトでダウンロードし放題だったから
何千曲もダウンロードしておいてすきなのをきいた。(今は違法ダウンロードは難しいらしい)

でも時間は限られているので、その中から好きな探し出すのに
なにか効率的な方法を見出したい。

それと、自分が子供時代から今まできいた好きな曲、
耳覚えのある曲をまとめて持っておきたい。

それと、自分の好きな歌手(アーチストつうんですか)の曲を
網羅できるようにしたい。

それを全部 mp3の小型プレーヤーにまとめて入れて
いつでも聴けるようにしておきたい。

でも不精で、それもやり方もまだよくわかんなくて、
でもそんなものがあると、いいだろなあー。

カラオケボックスにあるカラオケ集にある曲を全部
まとめて小型のプレーヤーにいれてやれるようになるのかあ

それとも携帯電話のダウンロードし放題サービスやればいいんだろうか。

モーツアルトは聴かないけど、多くの人がこれだけ良いといっているということは
こういうのはムリにでも繰り返し聴いていれば、良くなるんだろうか。

ジャパンマスターズに向けて1 水泳の再チャレンジ

ジャパンマスターズは年齢別でチャレンジできる、日本で一番レベルの高い水泳大会だ。

7月中旬に開催されるからそれまでに、できることをやって、100m自由形に出場して
1分10秒を切ろうと思う。遅いタイムだけど、今の僕では悪くない目標だと思う。

目標は、達成できるものでなくてはならい。ほんの4ヶ月前死にかけていたんだから。

それでまず、スポーツクラブでウェートトレーニングのメニューを作成してもらい、
トレーニングを開始した(まだ一回だけ)。

クロールだけではまだ連続で泳ぐのが難しいので、クロールと平泳ぎを混ぜて
ともかく1km連続で泳いだ。

来週は、自由型400mの元日本記録保持者が主催する水泳の集まりの
説明会に行くこととした。

自分なりに、気持ちよく納得できる挑戦できるようにしよう。

そのまんま東に知事として活躍してもらいたい

これこそ、再チャレンジ可能な社会を証明するような知事なので、
再チャレンジして成功して、再チャレンジする人間の力を
アピールしてほしい。

僕も再チャレンジだ。再々か。

テレビで母子病棟というドキュメンタリーをみる

白血病で8歳でなくなった子供のドキュメンタリーをみた。
亡くなるまで、拗ねることもなく、優しく、明るく、残された家族への思いやりを
見せる子供の姿にある種、不思議な気すらしてしまった。

もしこういう子供が大人まで生きられたら、どんな人になっていたのだろう。

木曜日, 2月 01, 2007

高円寺は第二の故郷

昨晩、用事があって、中野に行き、そのまま歩いて、昔一人暮らしをしていた
東高円寺周辺まで歩き、昔よくいっていた ポパイという定食屋に10年以上ぶりに
よった。おやじさんは前より顔が少し細く、皺が増えていた。
しばらく僕の顔をみて

「もう子供は大きくなったかい?」

ときくので 僕は驚いて

「僕を覚えているんですか?」

ときいた。

あんまり懐かしくて、色々なものをたべたくなったけど、そうもいかないので、
牛肉、たまねぎ、ピーマン、しいたけ炒め定食と 切り干し大根、おひたし、を
頼んでとてもおいしくいただいた。

値段も昔と変わっていなかった。750円

他のお客さんたちは、ちょっと疲れてそうな、僕より年上にみえるおじさんの
一人客ばかり、昔のような若者が押し寄せガンガン食べるような活気はなかった。

口下手なんだけど、ときどき無性に声と話をききたくなるおじさんだ。

昔、一人暮らしをして、そのあと今の妻(といっても結婚は一回しかしてないが)
と同棲していた、ペントハウスみたいな不思議な部屋(大家さんの家の上に小さな一軒やがあるような部屋だった)はもうなくなっていた。大家さんが大きな家を建て直していた。

高円寺で一人暮らししていたときにいた場所にくると、あの頃はいまよりずっと
色々なことを考え、真剣だったんだなあと、胸に蘇るように思い出す。

失恋のあまりの喪失感の強さに3日間も眠れなくなったり。(ちょうどそのとき桑田バンドの
アイフィールザエコーだかがはやっていて、そのあまりの歌詞のまんまの状態に、
FMから流れる曲をききながら、起き上がれなくなっていた。それでも会社にはいっていた。

明け方までライブハウスで騒いで、寝ないまま、それでも会社にいくことをくりかえしていた。

とても可愛い女の子がその子の友達のことを僕にこんな風に紹介した。

「ねえ、あなた、一人暮らし始めたばかりじゃ寂しいだろうからとりあえずこの子と付き合いなさい。
枯れ木も山の賑わいよ。」

どうでもいいような会話でも僕はその自由な雰囲気にあこがれて、のめりこんでいったのに
サラリーマン生活だけは、転職繰り返そうが続けていた。

当事ライブハウスにいた自由人たちは、本当にいい加減に自由に生きている人が多かった。
それにもあこがれたのだけど、いい加減さに途中で自分と違いすぎるものを感じてダンダン
嫌になっていった。

タイに遊びに行ってきた男がコヒーを飲みながらいった。

「タイでは女がこのコヒーと同じ値段で買えるんだ。」

中年の男と若い(これまた綺麗な)女が急にこんなことをいっていた。

「明日から私達はジャマイカに2ヶ月くらいいってきます」

僕はその自由さに全身で憧れながら、無責任な根無し草のような
その人達の世界に入ることはなかった。

でもいわゆる、きっちり会社員をやっている堅気の人達にもいまひとつなじめなかった。

お偉いさんの秘書をやっている女の人が
僕が最初に一人暮らしをした風呂もないボロボロの埃が1cmくらい
つもっているアパートにくると

「あなたとは結婚できないとわかりました」

とか、いわれた。彼女の上品で綺麗な服(スカートの裾とストッキングに部屋の埃が
ついて汚れているのが かわいそうだった。
(だったら掃除しておけばよかったのはいうまでもない)

その子は掃除をしてから、2度とその部屋にくることはなかったのだが、
そもそも彼女の人生で、あんな部屋にくるような経験はなかったハズだ。

彼女はそれからあまりたたずに、学生時代からの付き合いのある
人と結婚したそうで、僕と彼女のことをしる唯一の共通の友人がそれを
僕に知らせたあとこういった。

「お前、遊ばれてたのか?」

俺って女に遊ばれちゃってたのか? でもあれなら遊ばれてたこと全然悔いないですね。

これが、高円寺で経験したことの、一部。

やっぱり高円寺は僕の第二の故郷だ。

不動産屋にてSOHO可能な部屋を探す

SOHOとして使ってもよい物権をインターネットで探してみたが、
今一なので、実際に不動産屋にいってみた。

やっぱり、実際の不動産屋のほうが新鮮な物件もっていることがわかった。

それはよいけど、私の隣には、ライトブロンドにカミを染めた安いキャバクラ嬢の
ような若い女性が部屋を探していた。

店のひと 「ねーねーコンナン部屋 よくない? いいとおもうよーー」

ネーちゃん「うーん それいいかもね、今その子がサウナにいるからかぎもらって
すぐすめそうかみたいんだけど。 そんでいい?」

というような会話が繰り返されていて、どうもそのネーちゃんは今住むところがないらしい。

反対側の隣には、父親と娘だか、パパと愛人だかわからないような二人が部屋を探していた。

私は私で、住むわけでもないけど、オフィスとしても使えそうな 便利な賃貸マンションを
探していた。

みんなそれぞれなんだよなあ。

水曜日, 1月 31, 2007

ジャパンマスターズを目指せ

自分がやりたいことを書き出してみたら、書くだけで一番グッときてしまったのは
また水泳の試合にでる自分を想像することだった。

それも7月のジャパンマスターズのスタート台に立っている自分を想像するだけで
胸が熱くなってきた。

それで、なんとか仕事やら家庭やらも破綻しないようにはバランスをとりながら
それを目指そうと行動することとする。

来週も24時間心電図はかったりするので、本当に無理なことならそれは潔く
あきらめるしかないのだけれど。

昔、試合に出場したころは仕事がおろそかになって、大変な失敗をして、
それで自責の念にかられて、自分の水泳を好きな気持ちを十分には
素直に認められなくなっていたのだと今頃、わかる。

”三つ子の魂百まで” 僕はその中でいきていることに気づけて
胸がジーンとしばらくしている。

父につれていってもらったプール、そこまで乗せてもらったバイク、
僕にとってそれがどれだけ素晴らしかったか、それを素直に
感じ続けていたい。

月曜日, 1月 29, 2007

人生において大切な要素

若い頃は、この試合に勝てれば、身体壊れてもいいとか、
この仕事とるためなら、もう無理して、そのあとどうなってもいいとか、
そういうほうがかっこいいとか思いがちであった。

今はいくつかの要素をバランスさせて、生きていくことが大切だと
ようやく思えるようになってきた。

1.健康
2.家族
3.仕事
4.勉強
5.金
6.趣味
7.友人

結局こんなとこかな。
しかもそれぞれが連携している。僕はこれから新しい友人を作るには
仕事や趣味での出会った人を大切にすることからはじめたいと思っている。

当然、仕事と金も連動する。これらのことのために自分が準備してできることは
どんどん進めたいし、また新しい出来事や状況の中で、またどうするか判断が
必要なときは、これらのものの相互の価値観のバランスをとって決めたい。

そして自分がなるべく納得して、生きられるようにしたい。

まずはそれぞれの要素ごとに目標、それもこうできたらよいだろうなあと
心からワクワクできるものを設定することからはじめようと思う。

あんまり欲張りすぎると、要素の一つの健康に悪影響でるから注意が必要だ。

今日はこれから、9月手術してくれたお医者さんの診察にいく。

健康な命なしにはどうもならんなあ。

日曜日, 1月 28, 2007

ゴルフクラブとスポーツクラブと今の自分の身体

買ってからからわずか2週間のゴルフクラブを今日売ってきた。
キャロウェイのX20ツアーの6本セットとテーラーメードのr7 460のUS使用のSシャフト。

練習場では結局2回しか試さなかった。

アイアンセットは、悪くないのだけど、今自分が持っているものより特によいところも
みいだせず。ドライバーも特に悪くはないのだけど、自分が前から持っているものの
ほうがよいのだった。

ゴルフクラブも生鮮食品みたいなもんで手放すならはやいとこ手放さないと値段が下がってしまう
だろうし、こんな短期間で売買したことないのだけど、売りにいった。

両方あわせて、通販で安くかったこともあり、確か9万9000円くらいだったのだが、
ゴルフ5で査定してもらうと、5万5千円だった。
そんなものかとも思ったが、念のためゴルフキッズという中古クラブ専門ショップに
もっていくと査定はなんと 7万5千円だったので、ここで打った。

僕のゴルフはまだまだゴルフといえるレベルですらなく、
スィングは不安定で、そのくせ、力はあってヘッドスピードは
早いから、あうクラブがなかなかみつからない。

ゴルフキッズには(というか中古のゴルフクラブ屋には)買取保証制度があり、
3日以内に返せば買った金額の90%で買い取ってくれるとかいう制度が
あることがわかったので、今後買うときはそれを利用することにしよう。

スポーツクラブではいよいよウェートトレーニングにも挑戦して、
体力回復から、それ以上を目指そうと思う。

そんなことを考えながら、仕事のメールもかいたりして、また心配事も
頭をもたげてくると、久しぶりに不整脈になっていた。
血圧も高い。

あーあ。

うまくいかんなあ。これからは自分の身体と対話するようなつもりで、
仕事、スポーツ、健康のバランスをとっていこう。

土曜日, 1月 27, 2007

ベトナムとモバイル環境と今自分のいる場所

今月頭のベトナム旅行で、お湯の出が悪いホテルのロビーに
提携したベトナムの会社のスタッフが迎えに来てくれたとき、
彼はそこで、インタネットにワイアレスで接続していたことが
非常に印象的だった。

お湯が出ないホテルのロビーですらホットスポットになって
いるのだ。ベトナムでは。

それで、自分もいい加減不精すぎる態度を改めて、モバイル環境を
準備して(というより、正直なところ、自分の持っているノートPCを
持ち歩かなかっただけ)都内のいくつかの場所でためし初めた。

今はあるモスバーガーでこれを書いている。
チェーンのレストランとかコーヒーショップはホットスポット用意
されているところが多いらしい。

何時の間にやら、もう僕の会う人達は僕より若い人が多くなり、
チャット(ヤフーやMSNのメッセンジャー)や、スカイプや、
モバイル環境を使いこなし、仕事を効率的に進めている。

僕も歳は食ったけど、彼らと同じて程度にはこういったものを
使いこなして、仕事を進めていきたい。まだ先は長いし。

今日は、スポーツクラブに入会した。身体も鍛えよう。
逆効果にならないように気をつけながら。

木曜日, 1月 25, 2007

オフィスって必要なのか?

モバイル環境が準備できて、モスバーガー
(他にもワイヤレスでインターネット使える ホットスポットはたくさんあるが)
あたりで、ノートPCで仕事したり、客先いったり、
自宅で仕事したりするとオフィスの必要性が低下してくる。

それより本当に必要なんだろうか、仮にそれが大企業だとしても
突き詰めていくと、必ずしも必要ないんじゃないだろうか、
今の世の中では、チャット、スカイプ、メール、ワイヤレスインターネット、

確かに直接みんなとあって話したり、雰囲気を楽しむの時間も必要だろうが
それは週一でワタミあたりで、酒でも飲みながらやればいいんじゃないだろうか。

大体オフィスかりると、高いからなあ。

でもお客さんだって、冷静に考えれば、自分達の払う金に
高いオフィス代上乗せされるより、無駄なコストを削ってより
コストパフォーマンスのようサービス提供してくれたほうが良い
ハズなんだけどなあ。

でも世の中ブランド信望者も多いし、ビジネスとして利益をえるのは
ブランドを構築して、見えない信用にコスト以上の金を払い続けてもらう
ことにあるのかもしれないから、ケースバイケースで考えて合理的な
解決方法を見つけていこう。自分のためにも

火曜日, 1月 23, 2007

美しすぎて逃げたくなる

色々なことを試そうとしているけど、あんまりにもどきどきしたり
わくわくしたりしそうなことからは逃げたくなってしまう。

あまりに刺激のない生活を続けて、退屈するともちろんそれはつまらないが、
あまりに魅力的な女性と二人で食事できるチャンスから逃げてきてしまった。

いい年して何やってるんだ俺、今後の仕事のためにも食事くらいしとけば
よかったのに、用もないのにいそいでいるように帰ってきてしまった。

それでもって、仕事では、どんな人にも臆することなく交渉しているから、
女性が綺麗だくらいだこんなに緊張してしまう自分が自分でも恥ずかしい。

今日は仕事で進展があってよかった。それがしみじみよかった。

月曜日, 1月 22, 2007

モバイル環境を整備せよ

自分が仕事をかけもちしているせいもあって、
モバイルで仕事できる環境を整備しようと、
数年ぶりに新宿ヨドバシカメラマルチメディア館にいって
びっくり、もう色々な製品がこれでもかと出揃っている、

しかも今はウィンドウズのバージョンアップ直前ということもあって
PCも叩き売りだ。

ついつい、どのPCがモバイル向けによいかよくよく調べて考えて
時間無駄にしてしまった。あほやなあ。

でも自分なりの結論としては、結局今のPCはウィンドウズマシンに
すぎないから、モバイル環境向けのノートPCとしては、

軽くて(1.5kg以下)
丈夫で(壊れなくて)
12インチ以上の画面で
バッテリーがもって(7時間以上)
信頼性の実績があること(仕事でつかうから、トラブルに時間につかえない)

ということからすると、

レッツノート
ダイナブック

が候補で、レッツノートをカミさん向けにかって、自分は今つかっている
ダイナブックをまだ使い続けることとした。
でもバッテリー容量あげたり、メモリーを増やしたり、キャリングケース
(おしゃれでとても実用的なものがたくさんでている)をかったり、
ACアダプターを会社用と自宅用に用意して持ち歩かないですむように
して対応しようということにした。

PCサーバーは仕事依頼しているエンジニアの自宅で運用してもらうこととし、

USBメモリーで、データー移行をしやすく(無理矢理いつもネット使うのではなく)
することとした。

もっと便利で実用的で、仕事の効率を上げてくれるものを見つけ続けるためにも
定期的にショップには(オタクでなくても)いこうと決めた。

僕は一人で(実際は今も色々な人に助けられているが)どこまで
やれるか、試してやるくらいの気持ちでいたい。電子機器とインターネットを
仕事を効率的にやるために最大限に活用したい。

そのくらいの気持ちを維持しないと、実は一人で寂しくてしょうがないのだけど。

あるゴルファーの若さの秘訣

21日の朝、前日のスキーによる筋肉痛が強かったのだが、
実は、通販で買ったゴルフクラブを試したくてしょうがなく
熟睡している家族を残して、ゴルフ練習場の早朝優待にいく。

新しいクラブはキャロウェイのX20ツアーのM10DBシャフトのアイアン6本セット
とテイラーメードのUS仕様のr7460 のSシャフト(藤倉製)である。

試してみた悪くはないか特別よいというほどでもない。今までのクラブも
捨てがたい。なまじっか力があるから、なかなかあうクラブもないし、
下手だから上級者向けも困るから、なんだか余計に選択肢がない。

まあどうせコースにはいかないのだが。

練習場で、また70代の紳士にお会いして、
75歳になって昨年で仕事は自分から引退したとおっしゃっているので

「お若いですね(まったくお世辞抜きに」

というと、ニコッとして

「やっぱり、若くいるためには、ね、恋をしなくては駄目ですね」

というので

「エー今もしているのですか?」

ときくと

「ついこないだまでね」

というのでした。本当に真面目そうなとても若くみえる75歳の紳士に
そういわれると、感慨深いです。

そして、片思いでもよいし、深入りしすぎなければ良いのですと
おっしゃっていました。

うーん大人は違うなあ、っておれももう43歳なのだが。
あの人からすると子供みたいだ。

僕がゴルフの練習場いくのがすきなのは、自分の父親くらいの
人達とこういう話できることも大きい。もう父とは話できないからな。

スキーに挑戦

20日に、上の娘と二人で(妻と下の娘は行きたくないとのことで)
日帰りスキーに行ってきた。

娘は初めてで、自分も20年以上前に、3回くらいいったことがあるだけなので、
初心者同然である。

新しいことを試したくてしょうがないのだ。

朝5時に家をでて、中央高速を飛ばしていったら、
長野のスキー場になんと7時半について、営業は8時からなので、
それまでブラブラしていた。

中央高速のPAで「世界初、注文もらってから豆を挽く コーヒー自動販売機」
というのがあって、面白がって注文すると、各工程がテレビ画面に映し出されて
面白い。 ドリップする機械の横に

「あなたのためにドリップ中 ハートマーク」

と書いてあって、それがおかしくて娘と笑っていた。

しかもできたコーヒーにはスターバックスみたいなあけないで飲める
ふたまでついていて、味も香りも良かった。

さてスキー場では、レンタルで用具もウェアもそろえ、リフト券もかって
さあやるぞと早速営業開始8時から娘とペアリフトにのって上までいって
一番簡単なコースをすべると、娘も私も簡単に滑れた。楽しい。

それを何回か繰り返し、簡単でつまらなくなって、娘もいきたいというので
いきなり上級者向けのコースにいくリフトにのってさあいくぞと
みると、とてもいけない。

娘は怖がり、転んでいる。でもその怖がり方が大げさでおかしくて
思わず笑ってしまうと、娘は怒りだし、もういいとかもう勝手にしろとか
死んでやるとか不穏当なことを叫びだして、手に負えない。

でも怒り方がカミさんに似ていて、それでまたおかしくなって
笑うと、自分が転んだことを笑ったとさらにご機嫌斜めなのだ。

何度も転びながら、なんとかおりてきた。

そのあと中級者向けのところもいったけど、これも2回くらいは転びながら
なんとか降りてきた。

途中3回、短い休憩をとり、その間に2回食事をとり、
娘と私で、大盛りの大人向けの二人分、をそれぞれ食べきった。

初めてのスキーは腹が減る。

そしてリフトの営業停止時間の4時半までひたすらすべりまくった。
大半は初心者コース。個々なら大丈夫

傾斜が急になると、ターンで下向いてからそのままターンしきれずに
スピードがでてきてコントロールできずに、怖くなって自分から倒れるのだ。

スキーは冬に山いってリフレッシュできてなかなか良いじゃないかと思いました。

帰りは、露天風呂にはいったけど、娘は最初、男湯でも良いといったのに、
更衣室で、やっぱりこっちで駄目だといって、女湯にいった。

帰りも飛ばしてしまい。多少きけんだったが無事家につくと、下の娘が
玄関から飛び出してきて

「今日はねー 一日中つまらなかったー」
(要は自分もいってれば楽しかったのにといいたいらしい)

ああ面白かった。娘のおかげだ。

走り続けている1月

一月をとても忙しく過ごしている。多分、自分の人生で最も忙しい1月となるだろう。

それでもこのブログも少しは書こう。

走り続けて、心地よい疲れを感じているくらいで日々をすごしていきたい。
ちょうどよいペースは経験と、体調からわりだそう。

日曜日, 1月 07, 2007

ベトナム旅行、バイク、ベトナム料理、フランス、物価、人件費、格差、インターネットサーバー管理

1月1日から予定とおり、ベトナムに家族で行ってきて今日6日帰ってきた。

1月1日、日暮里から京成線で成田空港に行く、特急券いらなかったので、(スカイライナー乗れなかったので、また京成特急にのったが、なぜか特急券はいらないのだった)、安くついた。

JALの飛行機をベトナム航空、アメリカン航空(だったかな)が共用していて、ベトナム航空を利用した。(直行便で、かつ子供が半額なのがよかった。アシアナ航空だと、インチョン空港経由で子供料金設定がないので、家族旅行だと、高くなるのだ。それと、そもそも、もうアシアナは予約とれなかった。)

6時間程度の飛行時間で(帰りは気流の影響か4時間くらいだが)ハノイの空港に10時半くらいについた。それから、ツアーガイドの用意していた、ワンボックスカーでハノイの中心部のエデンホテルまで。
自動車の外をみると、ハイウェイもバイクがたくさん走っている。しかも人がすっぽり隠れるくらいバラの花を積んで走る人が何人もいる。花の市場が開かれているそうで(そんな夜中に)その花をバイクに
器用に大量に積んで運びこんでいる。あたりは灯りも乏しく、それほどきれいな場所ではないのに、みんな花がとても好きらしい。なんとも不思議な光景である。
(あとから、仕事であっているベトナムの人にきいてわかったけど、昔のフランス統治時代の流れで女性に花を贈るというロマンチックな習慣が残ったそうで、それを話てくれた真面目な彼も彼女によく花を贈っているのだそうだ。「上さんの前でその話はもうやめよう」といったけど。

自分達のホテルに着く前に他のお客さんの泊まるホテルで停車したところで、
早くも、その近くの店でフォーを買った。英語が通じない。俺の英語が下手なせいばかりではない。
25000ドンだから105円くらいか。

自分達の泊まるエデンホテルはこじんまりした僕は好きな雰囲気のホテルだった。

ホテルで早速、さっき買ったばりのフォーを食べる(容器にいれてくれた)。
うまい。家族で分けて食べる。でもどうも味が化学調味料使いすぎに思える。

もう夜も遅くてシャワー浴びて寝ようとすると、なんとシャワーがとてもぬるい。
僕はそんなことどうでもいいのだが、家族がうるさいので、ホテルと交渉する。

ホテルのスタッフもすぐに対応はしてくれたのだが、解決しない。これは僕の仕事でも経験したが、ベトナムの僕の話をした人達は、何かあると懸命に対応してくれる、それは良いことだ。ところが、その何かのトラブルを事前に予知して、対策を打つことをしない人が多い。このホテルのスタッフはみんな気が良くとてもよい雰囲気で、僕はまたハノイにいったらここに泊まりたいが、シャワー問題は結局解決しなかった。設備の問題らしく、夜中の4時頃には熱いお湯がしばらくでたりしていた。でも熱いお湯は短時間しかだせないらしい。テレビもみれないのでおかしいなとおもって見ていくとアンテナケーブルが外れていた。悪気はないらしいが、そんなものなのだ。

ともかくその日はもう遅くなったので1時くらいにねた(日本時間で3時)くらいにねた。

1月2日

翌朝、ホテルのビュッフェ形式の朝ごはん食べるとこれもまたうまい。朝は6時くらいから、もうバイクのクラクションがうるさかった。フォーと(ベトナムはいたるところでフォーだ。これがまたうまい。たぶん日本人が、ラーメン食べるよりよくたべているのではないだろうか) オムレツ、パン、春巻き、フォーの焼きそばみたいなもの、みんなおいしい。今回のベトナムで料理たべて、全部がおいしくかつ、安いのには驚いた。ただしばしば化学調味料使いすぎかなと思えるところがあった。

ホテルの近所をちょっとふらついて、肩に天秤棒みたいなものをかけ両端にかごをさげた(これがベトナムの行商の人の基本スタイルらしい)おばさんからみかんをかった。4000ドン(35円くらいか安い!)でふくろ一杯の小さなみかん。あまくてこれを滞在中最後の日まで食べることができた。ホテルがハノイの中心部にあったせいもあるが、もうともかく騒々しい。バイクの群れがクラクションを「プゥアー」と鳴らし続けそれが、疲れる。たぶん普通に日本人の感覚では疲れるとおもう。

ホテルに、提携先の企業の取締役が10時に迎えにきてくれて、彼と一緒に家族もその会社にむかう。立派なビルにあるオフィスには40人ほどの社員がいて、面積はおそらく、300平方メートルくらいだろうか。これで賃貸料は月2400ドルくらいといっていたから、やはり日本より、まだかなり安い。

真面目そうな社員が働いていて、この会社と提携できたので、うまくやれば、今年は別の展開を作り出せるハズ(このあと早速大変なことになるが、それはさすがに書けない)と自分を励ます。この会社の社長と取締役と話をしている間に子供対は任天堂DSに熱中しているので助かった。上さんにもこの仕事にもう深く関わってもらっているが、まだまだ、あまり今後のために役立ちそうな話はできないようだった。やっぱりおれがなんとかするしかないんだよなあとまた思う。そのあとその会社のとなりで、昼飯を、仕事の話もしながら今年を良い年にしようと話しながらとる。彼らは賢そうだなあと改めて思う。僕はこれからもなるべく誠実で真摯に対応することくらいしか、優秀な人達の協力を得る方法を思い浮かばなかった。料理はまた全部うまく、はずしているものがひとつもない。特に緑の葉をにんにく入りのソースでいためた単純な料理がおいしかった。

そのあと、はやいところ、上さんの要望をかなえるべく、ハノイで一番、高級らしいQTスパだとかいう(QTエステだったかもしれない)にレストランで社長達に別れてタクシーでホテルまで戻ったあとに、歩いていった(ホテルが待ちの中心部だと便利)。

昨日予約を確かにいれたつもりが、予約はないという。(たぶん俺の英語の下手さと、こちらの予約の受け方と両方に問題があるのだとおもう。さらに後からわかってきたけど、こちらの英語は、ベトナム語とフランス語の影響をうけているらしく、日本人にはとくに理解しくいのだと思う。)

予約なくてもなんとかエステやってもらうことにして、それも5時間の最長コース、さらに俺も(男はだめだと本にも昨日の予約にもかいてあったのだが)うけることとした。
さらんVIPルームだかを使うことにまでしたけど、全部で165ドルだった。

エステも気持ちよく、しかもとても品のよい真面目そうな女性スタッフにマッサージその他してもらって、気分よかった。(いい加減長すぎたが) 妻も、満足だったらしいのだが、これだけやれば、もうOKはなく、またきたいとのこと。ああ。

さてここからホテルまで歩いて戻ったのだが、クラクションもひどく街灯あまりなく暗くて家族がこわがり、またまた、僕は文句をつけられまくる。無事ホテルについて、家族も静かになる。もう遅いのでホテルに併設されているイタリア料理やで晩飯たべてパスタとか、それもまたうまかった。

1月3日

朝から歩いて、子供達希望のクリスタルというアクセサリー店まで歩いていく。
ここで、子供二人と子供の友人達のクリスタル入りアルファベットを使ったそれぞれの自分の名前要りリストバンドを作ってもらう。
その後市場まであるいてみると、食肉類があまりにもそのまま並べてあり、魚も陸なのに口をパクパクさせている。そこからまた歩いてカフェにもよって、昨日のエステにいって、妻の2回目のエステを予約して、スーパーにいって、フォーを食べて、フォー24というチェーン店で、ここのアボガドのチェー(ベトナム独特の冷たくてあまいのみもの)がうまかった。もうひとつのスーパーまでまた歩いたのだが、距離が1KMいじょうあり。暑くて、かなり汗を買いた。下の子供を抱っこしてあるいて、びっしょり。途中でまた天秤棒の行商のおばさんからもちみたいなものをかったら、これは独特の発酵ソースがついていて、とてもたべられなかった。ベトナムのおじさん達が、外国人がこれを食べるのが珍しかったらしく、親指をたべてグッドだといっている。でもこれ食べられないソースは凄いにおいだった。上の娘はブルーチーズ見たいな匂いだといっていた。さてたどり着いたもうひとつのスーパーも高級デパートみたいだったが、最初のスーバーと同じく、ある場所にゲートが設けられていて、その中が、普通のスーパーになっていた。そこで、インスタントラーメン、コーヒー豆、フィルター、紙コップ等をかってくる。それからタクシーでホテルにもどる。

さてホテルに戻ってちょっとウトウトしていると、昨日にあった、ベトナムの会社の取締役から電話がある。仕事で大トラブルが発生していることがわかった。それで、また家族つれて会社いくと、思った以上に深刻な状況で、前後策を話すも、どうにもならん。ここで僕が怒ると、逆効果にしかならないだろうから、ぐっとこらえる。

そのあとしょうがないので、家族つれて、ホテルの近くの評判のよいレストランまで、タクシーでいくと、タクシーの運ちゃん道間違えていた。違うレストランに入りそうになったが、親切なスタッフ達が、僕の行こうとしていたレストランへの行き方を説明してくれて、ニコっとしてここも良いレストランですよというので、きっと良いレストランなんだろうと思えてそこでたべることにした。実際うまかった。えびも生春巻きも絶妙の味加減である。したの娘が調子悪そうにしていたのだが、途中から回復してきて、みんなでおいしくコース料理を食べた。それも全部で3500円程度だった。僕のビール代もいれて。

そこからホテルまで夜のハノイをまたクラクションを聞きながら、ホテルまで家族で歩いた。

1月4日

仕事でのトラブルがきになり5時クライン目が覚めてしょうがないからホテルのまわりをぶらぶらする。道端でフォーをうる人達は料理の準備に入っている。
ハノイの朝はぼんやりとだんだん薄あかるくなってくる。空気が澄んでないようだ。

妻のエステをキャンセルして、ハノイの会社で対応策を話し合う。
でもどうにもならんので、 僕はエンジニアでもないから、直接手伝えることもなくて、しょうがないから、午前で話を終わらせて、その会社のちかくのフォーチュナホテルでコーヒー飲んで、また近くの庶民的なスーパーよる。

そこからホーチミン厠というところにいったのだが、午前だけとのことでもうはいれなかった。ホーチミンさんはレーニンのように遺体をくさらないように特別処理され(それも昔のソビエトの科学者がやったとかいうはなしだ)たまに公開されているらしい。今はみられなくて残念だった。

しょうがないから、またおいしいものでも食べようということで、距離は近いけど、方角わからないので、タクシー使ってあるレストランを目指す。ところがタクシーがわざと遠回りしている。頭にきて運ちゃんとがんがんやりあっていたら、まわりにベトナムの人があつまってきた。ある時間から交通規制があってしょうがないということをいっているらしいが、それにしても遠回りしすぎだろうというのが、僕のいいたいことだった。 
結局、いわれたとおりにはらったが、それでも33,000どんなので231円くらいにしかならない。 こちらの初のり運賃はほとんどの自動車が10,000ドンからなので、70円だ。それにしても言葉が通じない。

その後のレストランもまた最高においしくかつ安かった。

そこから一度ホテルに帰り、またハノイの会社に行って、仕事のトラブルはまだ解決してはいないものの、前進していたので、まあまた一緒に食事をしましょうということになり、レストランにつれていってもらった。ハノイで一番おいしいという魚介料理の店はこれまたおいしかった。また話ももりあがり、ビールとワインをのんだ。強大な蝦蛄(シャコ)の料理と、柿とサツマイモの風味を合わせたような果物が特に良かった。また僕からみると、そのハノイの会社はナンバーツーの取締役のほうがしっかりしているようにみえるのだが、そのレストランでは社長が、何人かの人(ハノイの日本大使館の職員とか)と親しげに挨拶していて、彼らの役割分担がある程度わかるような気がした。
10時半くらいにホテルにもどってきた。そのレストランからホテルまでのタクシー代はたったの15,000ドンだった。なんだホテルから近いんだ。

1月5日
最終日、ホーチミン厠にまたいくがまだ入れない。まわりのホーチミン博物館等をみてまわる。確か英語でホーチミンの言葉として

「自分の人生は人民に奉仕するためにあり、何の後悔もない、たった一つ、これ以上奉仕できないということとを除いては。」

が僕が英語でよみとれたすくないことばであとは、ロシア語やフランス語、ベトナム語での紹介がされているようだった(言葉がよくわからないが そうらしい)。

そこから歩いてタンロイホテルにあるZENSPAを目指す。タイ湖のほとりの道をあるく。途中の寺によると。仏教文化に落ち着きを感じた。

寺の前で行商のおばさんからもちを買った。確かまた凄く安かったけど、もちは5個あって、とてもうまい。もち自体が、ベトナムの日本よりぱさぱさしているけど、ズッと風味の濃い米で作られているから、とてもおいしいのだ。またあんこが、日本で一番近いのは、山形の枝豆でだだ茶豆というのがあるけどあんな風味のあんこだった。まったく甘すぎず、丁度良い。また僕は行商のおばさんが好きなのだ。尊い労働だと思う。

ZENSPAでは対応してくれた、女性が少し日本語を話してくれて助かった。その人は日本のタレントの佐藤エリがちょっと日焼けしたような感じだった。


他のスタッフもみんなきれいだったが、彼女ほどではなかった。

そこで90分のコースをうけた。妻はフェイシャルコラーゲンなんとか、僕は暖かい石をつかってストレスと疲れをとるという奴をうけた。丁寧なマッサージで、疲れがとれたようで気持ちよかった。子供達がふざけていて、おかしくて笑ってしまうのに、そのとても若い女性は、笑わずに、きちんとマッサージを続けていた。

またスーパーにいったが、もうドンもなくてクレジットカードもつかえなくて、こちらで試して一番おいしかったVINAMILK(ベトナム株式市場で最大級の会社)の缶に入った
コーヒー豆だったがそれは追加で買うことはできなかった。


ホテルにもどると、最後にハノイの会社が例のトラブルの最新状況を報告したいと連絡あったので、ホテルにきてもらって、今後の対応をはなす。

最後の夕食は、タクシーの運ちゃんに間違えられて3日にいけなかったレストランにした。ここはベトナムの学校に通えない子供を教育するNPOがレストラン業務を学ばせるために、作られたレストランで、これまたコストパフォーマンスが高い。ウェイターがたくさんいて、しかも対応が初々しくて。

そしてその夜中にハノイをでて6日朝成田についた。

金曜日, 12月 29, 2006

今年最後の仕事

一人で会社に残って、今年一年のことを振り返ってみる。

出会い、別れ、ピンチ、チャンス、自分の生命の危機、子供の成長。

今年もまた、色々なことがあった。

楽しいこともいくつもあったのに、今、思い出すのは、
敗血症ショックから退院して、そのすぐあとから、
会社にでてきたこと。

駅まで歩くだけで、ハードトレーニング後みたいにグッタリとなり。
イスに座っているだけで、転げ落ちてそのまま寝転がりたくなった。

会社の中でなんとかゆっくりとでも仕事しようとするだけで、
身体にワナワナとして耐えがたい疲れがくるのに、
無理矢理仕事を続けた。

ともかくこんなことくらいで仕事をあきらめるわけにはいかないという
強い闘志のようなものが、自分を支えていた。

不思議だ、いつも弱い自分ばかりを意識しているのに、
自分にはそういう、あきらめない執念というものがあり、
それは実は自己イメージより実際はもっと強いのかもしれない。

そうこうするうちに身体は回復してきた。

年末は土日だけ、休んで、月曜日 1月1日からはベトナムに
仕事でいってくる。(でも家族がついてくる)

多分、自分自身は弱いのだけど、くじけそうなときは、
今まで僕を育ててくれた人、 支えてくれた人、助けてくれた人
僕に愛情を注いでくれた人の魂にこたえなくては いけないと感じる何かが、
自分の中にできてくれるらしい。

何かを達成するのも良いことだが、へこたれないで前に進んでいること
それ自体が一番大切なことなのかもしれない。

月曜日, 12月 25, 2006

ゴルフ レディスクラブのハーフセット

いつのまにやら、9歳の上の娘がだいぶ大きくなって、142cmくらいかな。

それで、子供用のゴルフクラブではもう見るからに小さい。

それで、大人向けのレディスクラブのハーフセットを買った。
キャディーバックもついでに買った。

それだけのことなのだが、考えてみると、もう自分の子供が
大人向けの製品を使うようになったというのは、感慨深い。

きっと近いうちに、思春期で、僕との関係も変わってくることでしょう。

それにしても自分がゴルフコース行くこともほとんどない。今年は一度もない。
去年も2回かな、そんな程度で子供にそんなものかっているのも
アンバランスかもしれない。

任天堂DS カモーーーン

日曜の朝、子供達とイトーヨーカ堂に任天堂DSの抽選会にいってきた。

まず並ぶ、それから、抽選券の配布がはじまり、それから抽選会。

子供達はもう任天堂DS欲しくてたまらない。多くの親が並んでいる。
我が家は子供二人と私の計3人で、1時間も前から並んだ(それが何の意味もないことはあとでわかるのだが)。

さて無事抽選券ももらって抽選会がはじまった。

会場はおそらく千人近くに膨れ上がり、それに350台のDSが配られる。
熱気がすごい。最初の抽選番号が発表され、拍手が起こる。
でも一人10秒くらいはかかっているから終わるまで一時間はかかる。

しかもすぐ手を上げて返事しないとキャンセルとみなされるから
気が抜けない。

しょうがないから新聞でも読んでいると、子供達はもっと前に行きたいと
いいだすからほうっておいた。

もう一時間近く経過して家族だれもあたらない。

ああ俺達は、運に見放された、可愛そうな家族なんだなあ(テヘ)、
なんて思っていると、急に上の娘の抽選番号が呼ばれた。
誰も返事しない。あわてて、自分が手を上げ、「ハイハイハイ」と
返事する。 俺見たいないい年した中年のしかも大男がかっこ悪いにもほどがある。

上の娘がどこにいるか探すと、もうあたらないと落ち込んでうなだれている。
それで気がつかないらしい。ちょっと離れたところから、人が大勢いるのに
上の娘の名前を絶叫する。それで娘がようやく気がつき、抽選券にスタンプを
押してもらう。下の娘も何回も飛び跳ねて喜んでいる。「お姉ちゃんよかったねえ」
目をキラキラ輝かせている。

さて、下の娘がもっとまえにいっていい? というので、ああいいよといって
しばらくって心配になって、舞台の斜め裏側から娘を見つけてみると舞台の
端に半分顔をのっけるようにして抽選券を握りしてめて真剣な面持ちで
抽選発表する店員を見上げている。

まるで、難民キャンプで配給をもらうために並んでいる子供のようだ。
抽選券の握り締め方は、競馬ファンのようだった。

可愛そうにもう終わりだな。

と思っていると、最後から何番目かで、下の娘の番号も呼ばれた。

下の娘は直ちに反応した。すぐ手を上げた。
そう彼女は全然あきらめてなかったのだ。(そこがあいつらしい)

それが我が家のクリスマスプレゼントとなった。

イヤー並ぶの大嫌いな僕も、ドラマを味わいました。

水曜日, 12月 20, 2006

人生ナビゲーションシステムがあったら

カーナビでは例えば、自宅から各ゴルフ場までの距離を表示して近い順に並べることもできる。
もうこれ以上なかなか僕には思い浮かばないほど至れり尽くせりなのだ。

まあ、抜道や渋滞回避の機能がいまいちな気がするが。

それだけ機能が充実して、しかもマニュアルみないで直感的に操作しても
大体ほしい結果が得られるようにつくってある。

素晴らしい。

それでもね。当たり前のことだけど目的地は自分で選ぶしかない。

カーナビが勝手に、あなたはきっとここに行くのが良いでしょうとは選んでくれない。

ひょっとすると近い将来、ユーザーの趣味、嗜好を分析して提案してくれるカーナビも
できるかもしれないくらいの、最新のカーナビのできだが。

さて、折角生きていて何をしたいのかという目標がないと、きっと近所を
うろうろして時間がなくなってしまうような人生になってしまうのかもしれない。

仮に人生ナビゲーションシステムがあったとしても、自分が何をしたいかは
自分で決めるべきことだろうし。

でも、ほとんどの人は、流されて生きていってそれでもそれほど悔いはないのでは
ないだろうか。

僕は、ずっと自分が40代になったら、もっとしっかりしている価値感も固まってきて
いるかと思ったが全然そんなことはない。むしろ歳とって、ああ人生半分過ぎたから
もう好きなことやるぞという意識が強くなってくる。とにもかくにも時間だけは過ぎ
歳だけは確実にとっていく。僕には思想も、哲学も、宗教もない。

月曜日, 12月 18, 2006

製品選びはどうやるの?

最近、カーナビ、スタッドレスタイヤ、ゴルフクラブ、バッグと
続けざまに買って、買い物ってどうやるのが賢いんだか
自分にはよくわんないことがよくわかった。

カーナビも使ってみないと良くわかんないでしょ。
それで、カロッツェリアがトップシェアで評判も良いらしいので、
これにした。高い買い物でも本格的に他のものと使用感を
比べるなんてなかなかできない。エイヤッときめるしかない。

それに、色々買いたいものあるのに、それぞれそんなに
時間をかけて調べてられない。

スタッドレスタイヤは、インターネットで評判調べると、
実はTOYOタイヤのガリットなんとかがよいとか色々な
意見があるけど、ショップを3件回ってみると、どこも
ブリジストンのブリザックを進めるので、ああまあ専門家が
それがよいというのだからそれでいいんだろとおもってしまう。

しかーし、自分はこの10年あまり、ブランド力のない会社の
仕事ばかりやっているので、ブランドに負けている自分がなんか
かっこ悪い。でもあれだけどこでもブリジストンすすめられると
どうしもガリットしにしてくださいとわざわざいうのもなんだかなあ
というきになってくる。

因みに 最初はスバルのディーラーで ホイール4本セットで 13万円
ブリジストン直営の 東京で一番ブリザックを撃っている タイヤ館で 10万円ちょっと
近所の、ヤンキーのニーちゃんぽい外見の店員と、貧乏くさい店長がいる
タイヤ専門店で、ホイールは中古でいい矢とか言うことで 8万円ちょっとしたで
そこで決めた。

ゴルフクラブは、だいぶ前に試打してとても良い感触だったことをよく
覚えていたので、とても楽しみにしていたのだが、練習場もっていったら
まるでだめ。なんか試打したときと別物のように感じるのだけど、
どっちにしても金の無駄遣いをしてしまった。

バッグも妻にけなされて、なんか使う前から、使うのが気が引けてきてしまった。

納得できる買い物を、あんまり時間かけずにやるのも、なかなか難しいらしい。

スタッドレスタイヤ

昨日スタッドレスタイヤを注文した。

BLIZZAK REVO 1

である。9月からREVO 2 が発売されていてそちらのほうが
12%氷上での性能がよいということなのだが、一本あたり4000円も
安いのでこっちで十分ですよというショップの親父の言葉を信じて買うことにした。

カーナビ買って、スタッドレス買って、バッグも買って、家族で年末年始は
海外旅行もすることにして、なんか入院生活の反動なんだよねえ。

ちまちま金なんかためてどうする、使っちまえという気持ちがちょっと増えてきて、
かつ、なんか自動車でどっか出かけたくてしょうがないのです。

入院中やばかったときは、結局仕事のことなんか、思い出さず、家族のことや
昔の友人のことばかり思い出していたので、俺はもっとそういうことに時間
使おうと意識が変わってきたのです。

といって、そんなに金があるわけでもないしなあ。

好きこそ全て

週末はまたまた、二人の娘を、土曜の夜も、日曜の夜もプールに連れて行った。

下の娘が、パパ見ててと何回も言うので、泳ぎをみてると、なんだか下手になった
みたいで、 これでは25m続かないだろうと思った。ところが、25mでターンし、
50mいくのかと思ったら そこでもターンし、結局175m泳いでしまった。
今年の8月に25m泳げるまえはほんの10m しか泳げなかったのに。

上の娘も張り切っておよいで、600m一気に泳いだといっていた(自己申告)。

6歳と9歳で、スイミングスクールもいってない子供達にしてはよくやるもんである。
(上の娘は少し通っていたことがあるが)

でも、実は僕は子供達がどれだけ上手に泳げるようになったかよりもずっと
大切にしたいことがある。

水泳を好きになってほしい。将来、つらいときがあっても、泳げばスキッとして
また 毎日を頑張っていけるような、そんな水泳好きになってほしい。
それが一番大切にしたいこと。

自分がそうだから。それで何回も助かったから。

だからプールにいるときも、ちょっと泳げると、大げさに褒めたり、
僕の足につかまらせて、クロールのプルのみでずっと引っ張って
あげたり して喜ばせている。

自分の父が僕にしてくれたことを真似しているだけのことだけど、
自分が大切に思っていることは、子供にどうしても伝えたい。

そしてそれを子供が喜んで好きになってくれたら、とても幸せだ。

僕には今子供とプールで遊ぶことが好きなことだ。

土曜日, 12月 16, 2006

カーナビ、楽ナビ、ラクナビ、iPod

先週から、自分の車にカーナビがついた。
カロッツェリアAVIC-HRZ88G

いままでカーナビつかってなかったのに、いきなり
この冬の最新モデルなので地デジ対応で、
操作も簡単、音声ガイドだけでなくて音声入力もついていて
音楽きいていても、「次の曲」いうとちゃんと次の曲にしてくれる。

ナビゲーションも素晴らしくわかりやすく、親切で、道路を曲がらないと
いけないときは300mくらい手前から大きな緑色の矢印が画面左半分に
表示されて曲がる地点までだんだんとその大きな矢印が手前から
黄色に変化していって、曲がる地点で全部黄色になって曲がる
所を間違いなくしらせてくれる。とてもわかりやすい。

音楽もミュージックサーバー機能があるので、CDも一度かければ
ハードディスクに録音される、約CDにして200枚分まで。
その便利さはチョットiPodにもちょっとにているし、オプションケーブル買えば
iPodにつなぐこともできる。

機能もりだくさんもよいが、それより感心させられるのが、とても
使いやすく作られているユーザーインターフェースだ。

今頃、カーナビ買ってしきりに感心しているオレも、流行から遅れているような
人だけど、それでも感心しきりなのである。

なんか遊びに金使いたくなってきて、先のこと考えたくないような
気分で、これから浪費しそうな。そうしたいような気分、生きてうちに
遊んでおかないとという気持ちがつよくなってきた。カーナビくらいで
また大げさなのはわかっているが。なんか色々あって考えもかわってきた。

木曜日, 12月 07, 2006

また週末に無理してしまった

自分も懲りない男である。

こないだの土日は、土曜の朝眠くてフラフラしているのに
ゴルフ練習場の早朝優待にいって、また渾身の力をこめた
(これではうまくならないのは百も承知してるのだが)
ドライバーショットをし続けていた。優待は 300球なのだが、
球をくれるおじさんがいたりして400球以上打ったとおもう。

しかもその半分くらいはドライバーを振り回していたので、
激しい筋肉痛になる。それでもおくのネットに届かない。

くやしい。それで、またまた渾身の力で振り回し続けていると
ラスト3球が連続でネットに届いた。疲れきって無駄な力が
抜けたらしい。

そのあと、バイクでまた走る。それが大型バイクで林道走ったら
途中通行止めになっていて、横の斜面を通り抜けようとしたら、
マフラーがゲートに使えてでられない。斜面にステップがめり込んで前にも後ろにも
動けなくなってしまった。

登山者の二人の男性にも助けを求めたが、結局は自分で埋まったステップの
前後を素手で書き出して、大きな石をどけて、力ずくでバイクを引きずり出した。
装備重量250Kgくらいあるが、なんとかなった。よくそんな力がでるもんである。

でも息はしばらく上がりっぱなしで、ゴルフ練習でいためた腰をさらにいためた。

そのあと、プールにいって、2時間の間、途中10分間の休憩以外は、
泳ぐかプールの中を歩くかを続けた。それが土曜のことで、

日曜も同じようにすごした。ただ、日曜は娘達がくっついてきた。

月曜の朝から全身がかなりの筋肉痛で、身体が火照っていた。

ボーっとしていると、ついつい暗いこと考えてしまうので、
動き続けるしかないのである。

雲の上にある青空

今日は寒くて空の青が少しも見えない曇り空だ。
その曇り空を見上げ、灰色の雲の上にある青空を見れるようになりたいと思った。
何時だって心の中に青空をもっていたい。

水曜日, 11月 29, 2006

ゴルフのドライバーを買った

実はもう9ヶ月前からほしかったけど
マックテックナビG2 ルール適合 44.75インチ シャフトSSを買った。
4万円以下で買うことができた。

あの練習場にもっていいて試すのが楽しみ。

ああささやかで、わかりやすくて、簡単な楽しみでいいなあ。

それにしても男のゴルフクラブとか女の化粧品とか、ブランド物とか
原価が定価よりはるかに安いのはわかっていてもみんな
高いものかってしまう製品というのは、何がよいのか
わかりにくくてでもみんなが良いものほしがっているから
高くてもよさそうだと信じると買ってしまうという
要素が強い分野なのだなあ。

それも突き詰めていくと、すべての製品、商品の利幅は
多かれ少なかれ、そういう ブランド信仰、信頼感、に
付随して付加的に発生してくるものなんだろな。

マックッテックはその中ではかなりコストパフォーマンス高い。
それとつるやゴルフも好きだ。

ブリヂストンとかダンロップ(今のSRIXON)使って自分のように
下手だと恥ずかしいというのもある。

とすると私は逆ブランド志向か?

月曜日, 11月 27, 2006

エロ小説?

コメント読んでなんとも意外なのだが、何で俺にエロ小説書けと
いわれるのだろう。そもそも妻も知っているこのブログで
何が書けるんだ。

そういえば入院中、下半身の手術受ける患者さん達には
QOL(クオリティー オブ ライフ)のアンケートがあるそうで、
それが手術の前と後でセックスの回数がどうなったとか言う
質問ばかりだと、文句をいうおじいさん達がいた彼らの
言葉を要約すると

「上さんはもう40年も一緒に暮らしている家族だよ。
家族相手に欲情できるか? そんな馬鹿なことできないだろう?」

聴いているおじいさんたちもウンウンと深くうなずいていた。

これが多数派、日本の家族というか夫婦らしい。

もっと濃い、男女関係も色々あるだろうけどね。

例えば

「ねえ、あなたはこんなに元気で 私に会うまでどうしていたの?」

「ええ特に、あのー自分でしたりとか」

「ええーこんなに元気なのにそれで我慢できたの?」

「まあがまんするしかないからねえ、特にもてないしねえ」

「きっとあたなを好きな女子はいたはずよ、私でよかったらいつでも好きにしてね。
我慢してちゃだめよ」

「僕が元気になれたのはキミのおかげだよ。ありがとう、いつもの僕は全然元気ないんだよ」

ああ、僕にかけるのはことくらいですね。

ちゃんちゃん。

やっぱり変かそれとも無理しすぎか

昨日、ゴルフ練習だけでなく、水泳ではいきなり一時間ほど泳ぎ続けて、
それで気分良く酒を大量に飲んでしまったのであるが、
気分良く寝たつもりが、朝のというか夜中の4時から吐き続け、
おまけに、頭痛も激しくて、参った。6時半くらいまでの間に
トイレで10回くらいも吐いた。胃液は酸っぱくそれがのどに
しみるというかのどをやく。

6時半くらいから、グッタリ眠りだしそこから、まるまる12時間眠ってしまった。

もう昔のように無理できる身体でもないと実感する。

酒も少しなら身体に良いとはいうけどそれはアルコール換算で一日20CCくらいまでの
ことらしいから、ワインなら120cc ビールなら350ccくらいか。

自分の机で保険の手続きのために一年間の自分の病院の領収書を
整理していて、改めて、自分にとって大変な一年間であったことを実感する。

40回くらい通院し、4回入院し、1回手術し、その手術のあと敗血症悪くして
実際死にそうになり、もう少し健康を大切にしないと。

でもね、不思議なんだよね、健康とかよりよく生きようとかチマチマ考えていると
つまらなくなってしまうのに、死んでもいいやくらいのつもりで冒険していくと
生きているのが楽しくなる。この矛盾。

僕はよく自分がだめだなあと、落ち込むが、よくこれだけの一年間でも
二つの仕事を維持してきたなあと、少しは自分をほめてもいいんじゃないかと
こんな深夜に思う。

きっとまた、気持ちよく泳げるようになろう。

土曜日, 11月 25, 2006

氷点をみて、酒を飲んで、泳いだ後で、300球打った後で。

今日は氷点という小説のドラマ化の何度目かの
ドラマ化の放送日でたまたまビールを飲みはじめてテレビつけたら
そのドラマのはじまりでそれをみている。

ただあれだね、ドラマをつくるためにかなり無理な場面設定を
していることも感じられてしまう。

小説ならもっと登場人物の心の葛藤を素直に感じられるのかもしれない。

もっと素直になんで話あえないんだろうとおもってしまう。僕みたいな人間だと。

いや素直に話し合えばこんな悲劇は未然に防げたじゃないか。ハーーン

ただこれは小説だからなあ、その無理な設定の中でもそこで頑張る
主人公は可愛い。それでいいじゃないかいな。

今はビール1000cc、チュウハイ350CC 牛乳も(これはアルコールないか)と
たくさん飲んでます。あと秋刀魚と鯖の刺身も食べた。

朝6時半の目覚ましで、寝ボケながら、上の娘に、ゴルフ練習行くかというと
彼女も寝ぼけていくせして、ウンウンとクビを縦に強く振っている。

それで、朝から、娘と自分でそれぞれ300球打ってきた。
それがどう頑張っても昔のように奥のネットまで球が届かない。
ムキになって振り続けてもムキになるほど届かない。
俺はもう一生届かないのではないかと思ったところで、
球の存在を頭から消して、クラブを振り切ると、吹き上がらない
強い球がでて、ネットまで届いた。不思議なことに、球を意識すると
それを打とうという力みがでて球に当たる瞬間のヘッドスピードを
下げてしまう。ただ素振りをするようなつもりで球に当たると
ずっと良く飛ぶ。

さてその後、娘達は上さんの実家に泊まりにいき、
上さんはでかけ家に一人でいると、どうしようもなく寂しく、
ひとりで近所のプールにいって、泳ぎ続けてきた。
やっぱりたくさん泳いだあとが僕が一番気分が良い。
そのあビールを飲むとさらに気分がよい。

そして氷点をみていると、ウーーーン。

人間はもっと素直に話あえるほうがいいなあ。

火曜日, 11月 21, 2006

セブンイレブンのワイン

セブンイレブンでワインを売っている。
その中に田崎真也コレクションというのがあって、それを最近よく飲んでいる。
特に定温輸送とかいうのがあるとそれの赤ワインをかって飲んでいる。

田崎真也さんは立花隆の青春漂流にも登場していた昔読んだことがあり、
きっとまあこの人なら、良いワインを選んでくれているのだろうなあと思うから。

値段は一本千円前後のものがほとんどなのだが、僕にはこれで十分おいしい。
というだけでなく、これより高いワインかっても、どう違うのが自分の味覚では
わからない。

酒飲む量が増えている。折角身体治ったのにねえ。

今年の最近発売されたボジョレーヌーボーも試しにかって
週末一人で飲みきった(家族はだれも飲まないから)。

私の味覚では、そんな大騒ぎするような味とはおもえない。

熟成されてない浅いワインだけど、まあ新しいからめでたいような
気がするという程度だろうか。

昨晩は、生ビールを3杯新宿の高層ビルの上のレストランで飲んだ。
5年ぶりくらいに、昔カウンセラー養成講座(そんな自分にあわなさそうなものに
通っていたんですね)にかよっていたころの先生と一緒に学んだ人達と飲んだ。

そういえばなんとかカウンセラーの資格もとったのに、なんにもいかしてない。
自分を自分でカウンセリングでもしてみるかいな。きっと難しいんだろうけど。

そういえば先生がいっていたが、最近は鬱の人がとても多いのだそうだ。
僕もそうなんじゃないかと思うと先生にいったら、表情からしてもそうじゃないと
思うしそもそも、本当に病気の人はなかなか自分のことを鬱ではないかと
思わないのだそうだ。

土曜日, 11月 18, 2006

ノーダメージ

ノーダメージといえば僕にとっては佐野元春のベストアルバムのことで
何回もきいた。音楽好きだけど、もう長いこと佐野元春をきいてない。

今聞いているのは平井堅、ボニーピンク、BoA、中島美嘉あたりだ。

それが最近ノーダメージという言葉ばかりを何回も思い出す。

幸い、身体も治ってきた。仕事もまだまだとはいえ、元々僕は大したもんじゃない。
そう今まで色々なことがあったけど、僕はノーダメージ。色々あったハズだし、
ダメージもないわけはないようにも思うのだけど。気持ちはすっかりノーダメージ。

43歳でも、全くノーダメージで0からスタートを切れることを、素直に喜んでいる。

少し寒くなった海岸に薄着で立ち尽くしていて、冷たい風が吹いてきたら
すぐに凍えてしまうような脆弱な心のくせして。

寒くなってきたけど、バイクで奥多摩から山梨に抜けて、明るい青空と山の緑、
流れる雲、身体をきりっとさせてくれる冷たい風、のんびり走っても楽しいバイク、
そんなものを満喫したり、好きな音楽をきいたり、また泳ぎ始めたり、またゴルフ練習場で
球をうったり、仕事も二つの仕事を諦めずに続けている。

今日は愛車、レガシイグランドワゴンの11年目の車検が終わり受け取りに行った。

最新の自動車を代車にしてもらっていたのに、グランドワゴンに乗ったとたんに
はるかにこっちのほうが良いのにびっくりした。この自動車もノーダメージだ。

水曜日, 11月 08, 2006

力が少し戻ってきた

もう、ばたばたしていて、これ書くのもなかなか億劫な日々が続いている。

月末に会社の引越しをしまして、この疲れやすい身体で参ったなあと
思いながらも無理矢理、作業をしていたら、なんだか身体が回復して
きたような、

それから一ヶ月ぶりくらいで病院いって診断してもらうと、
もう不整脈も(正確には心房細動)も治っていた。

病気になること自体は運が悪いが、なかなか治りにくいハズの
病気が治ってしまうことは、運が良い。

それで嬉しくなって、3連休は、ゴルフ練習場に数ヶ月ぶりにいき
またバイクにのり、おまけに、自分の子供プラス、ひとんちの子供まで
つれてプールにいって、また3時間も泳いできた。

ゴルフボールの飛距離はがた落ち、
水泳は力が落ちすぎてダッシュができなくなっていた。

それでも、またスポーツできるってことは素晴らしい。

不整脈が治っているとお医者さんからきいて、病院をでてすぐ
ああまたマスターズ水泳(年齢別の水泳大会)でたいなあと
急にしみじみ思った。

良かったなあ、普通の健康状態に近いところまで戻ってこれて。

まだまだ疲れやすいけど、これで、また水泳も楽しめそうだ。
嬉しい。あの入院生活はもう近いような遠いような不思議な感じ。

あのときの人たちはその後どうしただろう。

土曜日, 10月 28, 2006

俺に力を

これじゃゴルフボールのコマーシャルに流れている
音楽の歌詞と一緒だけど、本当に

「俺にもっと力を漲らせてくれ」

と。

それでもこの一ヶ月もだんだん回復してきて
それにともなって体重も早くも少しずつ増えてきてしまっている。

回復といえば、一番回復を感じるのは感情が蘇ってきているように
思えることだ。

それでも、あんまり何かを感じないからやっぱり文章も書きにくい。

だから、フィクションをかく。

「もっと笑顔が多かったのに、病気してから笑顔がなくなったのね」

「ああなんだか、感情が前ほどわいてこなくて、笑うこともあまりできなくなったんだ」

「でもここは前よりも元気なのね」

「そうなんでだかわからないけど、そこだけは元気なんだ」

なんのこっちゃ。やっぱり面白いことかけないっすねえ。

月曜日, 10月 16, 2006

2ヶ月ぶりのバイク

昨日の日曜日、2ヶ月ぶりにバイクにのった。このくらいの期間全く
エンジンかけないでいると、キャブレターが詰まってないか心配なのだけど
一発でかかってくれた。

そして、またいつもの高尾、陣場、和田峠、藤野、相模湖、大垂水、高尾の
約60Kmの周回コースを走ってきた。

空の青、山の緑、川の澄んだ水、心地良い空気、歯切れの良くて
強すぎないエンジンの振動、それら全てが、バイクで楽しかったことを
心の中、身体の中に蘇らせてくれて、自分の忘れかけていた感情を
感じることができる。

楽しい。とにかく、僕にはバイクが必要なんだとわかる。

そんなに好きなら毎日乗ればよいのにと思われるかもしれないが、
これがたまに乗るからこれだけ感激するので、しょっちゅうのると
そうは感激しないのだ。

また大垂水のいつものドライブインの駐車場にバイクをとめて、自動販売機で
カフェラテかって飲んでいると、ヤマハR1とホンダ ファイアーブレードがきた。
R1に乗っている人と話すと、バイク歴20年以上で ずっとヤマハ。
最初にのったのがRZだというところから話をきいて
トシも近くて話も弾んだ。

R1は175馬力で乾燥重量はもちろん200kg以下、
雨の日は怖くてのれず、普段は通勤用に125CCの
スクーターに乗っているそうだ。

パワーウェイトレシオは自動車の10倍くらいだからそれはそれは
すごいもんなんだろう。

それに比べると、僕のカワサキ W650はのんびり走るのが似合う、
乗りやすい、気楽なバイクだ。

たまにバイクに乗るたび思う、ずっと乗り続けていこうと。
またいつか北海道に行こうと。

ああ楽しかった。

土曜日, 10月 14, 2006

書くということと気分

最近このBlogをあんまり書いてない。
僕は元々書くのが好きなのにしばらく書かなかった。

先日の手術のあとの敗血症以来、ともかく何かが
変わってしまったみたいで、食欲も前ほどないし、
頭もボーっとして、なにか書きたいと思うほど何かを
感じないようなそんな状態が続いている。

最近で一番楽しかったことは
上の娘と、「涙そうそう」を封切日に見に行って、
映画館から自宅までの5Km程を二人で歩いてきたことだった。

途中でラーメンを食べた。途中で乾物屋によった。
そこで、小さいホタテをそのまま干したような食べ物を
かって帰り道にもたべた。その店はもう120年以上やっているそうで

「凄いですねえ」といったら
「でもいつまで続くかわからないんですよ。」

と即答された。

また退院から一週間くらいしかたってないころだったので、
汗みどろで身体はグッタリした。娘はなんともないようだった。
元気で僕の手を引っ張ってくれた。

あれから2週間、身体はさらに回復したのだけど、
何か自分が前と違ってきているのを意識する。

それに仕事もまえのように、何が何でもこれを何とか
解決してやるというような気迫がでてこない。

身体壊してまで頑張るのは馬鹿げているが、
真剣にならずに成果だせるものでもないので、
様子見ながらやっていくしかない。

火曜日, 10月 03, 2006

無理する日々へ戻る

昨日、退院以来、はじめて病院いって、血液検査も試験管7本分も細かい検査うけたのに、
もう異常値はまったくないということで、ほんの3週間前は僕のことでオタオタしていた
医者が、もう全く、大丈夫というのであった。

でもやっぱりまだかなり疲れやすいし、おかしいなあと思い。

「あのーもう無理してもいいんですか」

「ああもう無理していいですよ」

(そんなもんか?)

それで、まあもう自分の身体ことは(まだクラクラするが)
放っておいて、もう仕事、趣味、体力つくりに神経をもってこようと
(しかし本当にほんの3週間まえに死にそうだったと、あれだけ何人もの
医者にいわれて、自分でも退院してから調べてみたら確かにそのとおりで
それがもう大丈夫って不思議だ)している。

不思議だけど、もうそれは放っておいて、前にすすもう、
クラクラしてこれだけ涼しくなったのに汗がたくさん出て
体重も10Kg減ったけど。(結局、こだわってるなあ。)