月曜日, 5月 29, 2006

水泳と無茶な早起き

結局、土日の大半を寝てすごし、日曜の夕方に、娘達に
パパプール連れて行ってと言われて、その気になって、
2時間半プールを歩いて、泳いで、子供とを背中のせて
泳いだり、ちょっとクロール教えたりした。

プールは8時までなので、そのまま近所のスーパー行って
子供にお菓子と、自分は夜なので半額になっている刺身とか
そばとか、ビールとかかって、家に帰って、食事、
カミさんもさすがに起きていた。

それで、ビール二缶飲んで、ワインをボトル半分飲んで、
いい気分になってしばらくテレビを見てから寝た。

水泳も運動不足のわりには、かなり早く泳げて嬉しくなって
25mを80%くらいのちからで7本くらい泳いだかな、あとは流していたけど。

それも気分よくなる原因の一つ。ガンガン泳いでビール飲めば僕はたいてい気分よくなれる。

それも水泳仲間がいれば最高だけど、今のところは当分、娘達に時間使うことにする。
今だけの旬の子達だから。

そして、真夜中の2時半に頭痛で目がさめる。

酒飲みすぎで頭痛になったらしい。無理に寝ようとしても
汗が出るばかりで苦しいので、おきだして、頭痛薬(イブ)を
多めに(普通は2錠を3錠のんで)テレビをぼんやりみていた。

TRICK(仲間ゆきえ主演のドラマ)の再放送を朝4時までやっていたので
それをみて、もう眠くもないので、家を5時半前にでて会社に来てしまった。

早朝の空気と朝日の中を歩いて駅まで行くのが気持ちよし、
今日は朝は無駄にしてない。

それで会社きたら、本社のCOOがチャットにはいってきたので、
しばらくチャット。彼は会社の成功を信じていると何回もいうのだけど、
根拠を示してくれないから、コワーーーイ。まあいいか。

中国ではかなりの成功収めているらしいし、問題は日本なんだよなあ。
って俺の責任じゃないか。やばいなあ。ビジネスなんて運不運を
換算しないで 結果で評価されるだけだからなあ。あーあ。

そういえば、2時半に頭痛で目が覚めてそのまま眠れなくて、ひどい頭痛に
まいっていたとき、悪いことばかり考えてしまってさらにさえない気分に
なって しまった。

頭痛がおさまってきたら、なにかなんとかやっていって面白いことにも
であえそうな気分になれた。

頭痛がおさまってくるだけで、自分の感情が変わっていくのがちょっと不思議だった。

日曜日, 5月 28, 2006

無計画でも走ること

42歳にもなって、自分の夢とか計画とかが
作り出せなくて、自分がとても馬鹿な無意味な
人間に思えてやけになってまた酒を飲む。

でもその酒もだビールとか、身体に良いポリフェノール
2倍のワインだとかだから中途半端このうえない。

今も酔っている。

仕事、病気、疲労感、閉塞感、とそんなものに
無駄にとらわれすぎてもつまらないだけ。

それで、少しでも今できることから次につながる
ことをまずやっていき続けようとしている。

例えば、今の僕は昼ま、ほとんど優秀なオーストラリア人と
二人でいることが多いので、これも英語を磨くよい機会と
とらえて、英語を勉強したり色々ためしてみるとか。

今手伝っている会社の将来に希望がもてないなら
その会社でやっていることで自分が楽しめること
将来につなげられることを少しでも見出して
そのために努力するとか。

人生半分生きて、まだ自分の目標みつからなくても
少しでも先につながること、チャンスを広げることに
より真剣に取り組もう。それも自分が楽しんで
それをできるようにバランスとりながら。

ああもっと酒のも。メルシャン 健やかワイン。

土曜日, 5月 27, 2006

最近の土曜はグッタリ

平日つかれて、土曜はぐったりしていることが多くなった。
それでぐったり寝ていると、一段と何もやりたくなくなるのだ。

人間元気でないとどうしようもないですねえ。

トホホ、いつかきっと元気に復活しよう。

火曜日, 5月 23, 2006

小笠原諸島に3回いってみたこと

4年前の夏から昨年の夏まで3年連続で小笠原諸島にいって綺麗な海を泳ぎまわってきた。

小笠原の海は

透明度も十分で
珊瑚がきれいで
色々な魚がいて
空いている(いったい他のお客さんはどこにいってるんだろ)

素もぐりでたぶん15Mくらい潜って珊瑚の端に指をかけて、
キラキラ輝く海面を眺めていると、とても楽しい。

でもそこで息をギリギリまで我慢してから浮上してくると
浮上してくる途中で意識が多少薄れていったりして
ちょっとやばい感じもした。

何回も無理な素もぐりをした。

スキューバーダイビングもした。

イルカともおよいだ。

亀もいた。

サメもいた。

エイもいた。

磯マグロもいた。

家族も全員喜んでいた。

小笠原には一般のリゾート地のような遊べる施設も
ショッピングセンターもない。それでも海が好きなら
綺麗な海があればそれでいいんだな。

一番好きな海岸はコペペ海岸というところで、
水深5Mくらいで珊瑚がある、入り江のような海岸で
いくらでも泳げる、魚もたくさんいる、飽きない場所だった。

僕はただただひたすら泳いで、泳ぎ疲れて泳げなくなるまで泳いで、
みた。

子供達は波打ち際で、波が来ると上にジャンプして波をやりすごす
ことに夢中になっていた。それが上の娘は上手に乗り越えるのに
下の娘は波にさらわれているような感じになって見ていてハラハラした。
それでも水の中からニカーと笑顔を見せながら立ち上がってくるところをみると
おかしくなってきた。怖いものしらずだな。

将来は夏の間小笠原で過ごすとかそういうことができたら素晴らしい。

夏の間は、仕事しないで遊びつくせるような、好きなことだけ
やってられるようになってみたい。

北海道をバイクで走ってた頃

北海道をバイクで走って撮った写真集を買ってそれを眺めていた。
ああまた北海道バイクで走りたい。それも一ヶ月間くらい。

20年前の夏に計画もなくいきなり愛車XLR250Rパリダカで
北海道に向かった。それまではツーリングもせいぜい長野
あたりまでだったが、長野の宿であったライダーと話しても
北海道はともかく最高だというので、ともかく行ってみようと
思い始めた。

その旅は事前にはとても想像できない楽しさだった。
楽しい奴らとの出会い。
北海道の海に裸で潜ってウニとってたべたり、
今まで見たことないような素晴らしい景色の中に溶け込む
ような気分で走り続けて、
天気も良くて、晴れの眩しい光の中をバイクで走り続けていると
さらにはしゃぎたい気分になってくるのだった。

20日間あまりで、7000Kmをあまりをはしり、全開走行も多かったせいか
オイルが減っていて、帰りの東北自動車道、那須SA付近でエンジンは焼きついてしまい。炎天下バイクをサービスエリアまで押していった。
結局バイクはそれっきりお釈迦になり、全てが劇的だった。

雨の中濡れたまま、野宿しても、野生の勘のようなもんがでてきて
自分は絶対、風邪を引かないと思えたときもある。

考えてみればその一年半前までは4ヶ月間近く入院していたので、
それだけ無茶しても、自分の身体が大丈夫なのも嬉しかった。

あんまり楽しかったので、それから夏になるとともかく北海道に
バイクで行かずにはいられなくなった。合計で10回くらいいったと思う。

でも最初の北海道旅行ほど楽しいことはもうなかった。
あれは奇跡のようなものだった。なんであそこまで楽しかったのだろう。
最初の北海道だから感動が深かったのだろうけど。

月曜日, 5月 22, 2006

親馬鹿か俺は

この週末はまた、プール、散歩、ゴルフ練習場、外食とあとは家でダラダラとすごした。

野暮用があって、そこは駐車場が使えなさそうなので、
二人の娘と手をつないで、銀杏並木とケヤキ並木の道を
全部で3キロくらい散歩した。

よく晴れていて、昼近かったので、太陽がとても高いところにあって
眩しいほどの明るさで、途中でアイスクリームを3個かって食べなら歩いた。

それだけのことが、とても楽しく、満ち足りた気持ちになれた。

あとで、小学一年になったばかりの下の娘から、
初めて手紙をもらった。ミッキーマウスの便箋にこうかいてあった。

「ぱぱいつもありがとう でもね いちばんたのしかたことがあるの
それわねきょうあるいたことがたのしかたのでも(?)
ぱぱしごとがんばてね。(笑顔のマーク手書き)」

嬉しいもんだなあこういうのって。
本当になんて嬉しいんだろ。

金曜日, 5月 19, 2006

金曜の夜は楽しい

明日は土曜だ。何するかな。今週も色々あったけどなんとかやれたな。
ああ金曜の夜はいいな。ほっとするし。仕事もいいけど週末もまたよし。
その境目の金曜の夜はもっとよし。

木曜日, 5月 18, 2006

ホルモンは感情を変えると実感

例の薬を先週の金曜の朝を最後にストップして
今日で6日目、これでもかなり元気になってきた。
飲んでたときに比べればかなり良い。

イヤー驚きました。この薬飲んでるときには
Hなこととかまったく興味がわかなかった。

試しに無理にアダルトビデオみたらなんか
気持ち悪くなりそうになって、頭が重くなる
感じすらした。

そして昨晩アダルトビデオをみてみると、自分が
普通に興奮することを確認した。

さらにいえば性欲というのは、別にHなことに対して
だけでなく、自分の気力の原動力になっているように
感じられるのであった。

別にフロイトの精神分析を信じているわけでもないけど、
薬で自分のホルモンバランスが変わるだけでこんなに
自分の場合、影響をうけるとは。

人間が所詮感情の生き物なら、もって生まれた性格、
体質、ホルモンバランス、そんなもので、同じ環境にいても
世界は違って見えるんだろうきっと。

日曜日, 5月 14, 2006

薬を勝手にやめる

飲んでると調子悪いような気がするので、
医者の処方を無視して勝手にこの二日間
中止した。

やめてすぐ調子が元にもどるわけでもないようだけど。

それにしても、お医者さんと話して改めて思ったのだけど
病院はうまく使わないと逆効果になりかねない。

医者としては薬やめてよいともいえないらしいけど
よくきくと、自分の今回のケースの場合年間5%の
発症をおそらく2%くらいに落とすためにこの薬を
飲みましょうということらしく、それでこんなに面倒で
かつ体調が悪いような感じになってしまうと本当に
勘弁してくれといいたくなる。

デジカメ

ゴールデンウィークに新しいデジカメを買って
試しにとってみると、素晴らしい。

これなら、使っていて特に不満も見つからないだろ。

これで、子供の楽しい笑顔やともかく
楽しいところをとって心の糧に(また大げさだけど)
しよう。

かみさんの写真とったら、怒りながら消されてしまった。

あーあ。

火曜日, 5月 09, 2006

はてなの社長かっこよい

昨晩、村上龍が司会やっている ”カンブリア宮殿”という
番組みたら、はてなの社長とミクシィの社長がでていた。
二人ともかっこいいよいのだった。

特にはてなの社長。

「お金はご飯みたいなもので、ないと死んじゃうけど
ありすぎてもどうというものでもないし」

というようなことをいっていた。

一番のやりがいは新しいサービスを提供して実際に
つかってもらって喜んでもらったときなんだそうだ。

単に見かけだけとっても、どう見ても、ライブドアの
社長だった人や楽天の社長よりかっこいい。

自分が心から求めるものに忠実に生きようとしているから
かもしれん。

それにしても、自分より一回りも年下の人がこれだけ
活躍しているんだなあ。既に。

自分は何に純粋に一番の喜びを見出せるかというと
やっぱり人を喜ばせる仕事をしたい。
それも僕が助けてあげたくなるような人を助けたり
喜ばせたりできるような仕事をすれば、
それは楽しいだろう。

まあそれだけじゃ株式会社が成り立たないことが
多いのもみてきてはいるが、理想は理想として。

薬も飲みなれてきてしまったのか、今日は薬がそれほど
つらくない。でもこの薬長期に使うと胸が膨らむことがあるとか
チンチンたたなくなることあるとか、インターネットみて驚いたのは
女になりたい男の人(ゲイですね)が男性ホルモンをとめるために
飲んだりしているらしいのであった。

ああおれはどこまでいってもかっこ悪いことが多いな。
魂の綺麗な人になりたい。自分のために。
俺だってかっこよい人生をいきたいのだ。

月曜日, 5月 08, 2006

薬のせいか、さらに気分落ち込む

ゴールデンウィークの最中は気持ちが落ち込むことが多くて
どうしようもなかった。

一体全体?

健康不安と仕事の悩みが頭から離れないからか?

しみったれた気持ちを吹っ切りたくて、ゴルフ練習場に娘といったり
プールに娘連れて行って2時間半も泳いだり、バイクでひたすら山の中を
走ってきたり、音楽をきいたり、としたのだけど、しみったれた気分から
抜けられない。

特に5月6日はゴルフ、バイク、水泳と続けてやってクタクタになって
酒飲んで、それでもしみったれた気分が抜けない。

5月5日は雑木林の公園を散歩して、木漏れ日のしたで昼寝しても
しみったれた気分が抜けない。そのあと、妻の友人のだんなさんと
酒をたくさん飲んで何とか一時的にしみったれた気分を抜け出して
ずいぶん楽しい気分になれたけど、すぐにまた気分はもとどおり。

子供達の力を借りても回復しない。

これはおかしいだろういくらなんでも?

それで医者から処方されている薬をインターネットで調べると
副作用、抑鬱状態と書いてある。おまけにホルモンバランスも
かなり乱れるらしい。

薬のせいとだけとは言い切れないかもしれんけど、
まいったなあ、こんな状態でも今日から少しでも仕事を前に進めねば。

薬飲むのやめようかともおもったが次回医者にあうまで、言われた
とおりに飲んでみて相談してみることにする。

できることを少しずつでも進めて、今の自分なりには頑張っていると
自分を納得させることくらいしか、僕にできるこれ以上落ち込まない方法を
思い浮かばない。

3月にこのブログに書いた入院中にあったおじいさんの話で
「薬のせいで、女好きの俺が女に触りたくなくなった」という話を
思い出した。それをはっきり実感していたんだろうなあということを
自分がこうなってみて、まえより理解できた。

いつもそうなんだ自分がそうなってみないと、わからない。

木曜日, 5月 04, 2006

80歳のゴルフ友達

ゴルフ練習場であうと必ずお話する人に
80歳のいつも陽気で元気な方がいる。

この方はもと警察官で話から想像するに
随分高い地位までいった人らしい。

ところがこの人は天下りをことわって、自分で第二の
人生を切り開こうとしてからいくつも困難を
経験しそれを乗り越えてきたということで、
お話も面白いし、勉強になる。

何といっても暖かい人柄が伝わってくる
ところがよい。

自宅までお邪魔したことがあり、とても上品で
若く見える奥様がでてきた。

この年代の人と話すと驚くことが何点もある。
例えば台湾、中国、朝鮮にとても詳しいのだ。
この年代の人が20歳あたりまで、同じ国として
動いていたから、よく知っているらしい。

戦争で死ぬことも覚悟していたという話もきいたけど
戦争で死ぬことなんて全然怖くなかった、それより
死ぬまでに一度でいいから腹一杯飯を食いたかった
あのころはそんなもんだった。とかいう言葉を聴いていると

本で読んだのではわからない世界があったんだなあと
興味深く話を聴けるのであった。

あんた元気かと訊かれたので、しばらく入院していた話をすると、
自分も若い頃は肺病(結核、当時は今の癌みたいに深刻だったろう)
やらやったけど、今はこうやって元気だから、あんたも
きっと良くなると思って頑張ることが大切だよといってもらった。

ありがたかった。

スヤスヤの魔法

私には二人のまだ小さな娘がいて、
二人とも、自分が寝るときに僕がいると
一緒に寝ようといってくる。

それで、ときどき、右に下の娘、左に上の娘で
両方に腕枕をして、一緒に寝ることがある。

昨晩もそうだった。小さい子供は不思議な力を
もっていて、美しい自然に触れたような感覚を
もたらす。

なんともいえない、暖かさ、柔らかさ、健やかさ、
自分を頼りにしている感じ、そんなものが伝わって
きて、そしてそれ以上の何か、気のようなものが
伝わってきて、こちらも安らかで健やかな
気持ちにジーンとなってくる。

それはそれは素晴らしいことなのです。

他のパパさん達もそういう感じなんでしょうかね。

身体に悪いことが楽しい

昨日、睡眠不足でかなりひどい腰痛のまま、ゴルフ練習場に
早朝いって、早朝優待で300球うってきた。

一球打つたびに、苦痛で呻き声がでてしまう。
なかなか変態っぽい声がでてしまう。

「ウー、 イテー、オウッ」

とか、だって、ともかく、じっとしていても
痛いのに、ゴルフの練習したらそりゃ痛い。

これで、もっと痛くなったら自業自得だからやめる
べきなんだけど、もうそういうことろ理性的に考え
たくないんだ。

もう、こういうことでもっとだめになるなら、
なってやろうじゃないかという気持ちで
いたほうが、よっぽど楽しい。

でも飛ばない、腰が止まっちゃうから手が先に
もどってきて、いつもは右へのスライスばかり なのに、
この日は左への引っ掛けかフックばかり。

そして今朝も6時に目が覚めてしまいまたいってきた。

昨日よりもはましになった。腰痛は思ったほど悪化してない。
いくらか良くなったくらいだ。自分の身体もよくわからない。

とここまできて、僕はこの一つ前に投稿した彼女の
ことを何故、今思い出したのか、よく自覚することが
できた。

今の僕もじっとしていると、頭が変になりそうなのだ。
動き続けないと、変になりそう。それで、あのときの彼女は
こんな気持ちだったかなとちょっと思い出したのだ。

僕の親戚に精神異常になった人はいないようだが、
最近の、自分をとりまく色々なことを一生懸命考えて
すべてを少しでもよい方向にもっていこうと考えると
ともかくじっとしていて良いわけがないことだけは
わかる。無闇なスポーツで何かの現実問題が改善
するわけではないけど、とても大切な気晴らしなのだ。

早く解決策をみいださないと。
とそれを思いつめすぎると、なんだかつまらなくて
息がつまってくる。

そう、僕にはバイク、ゴルフ、水泳、音楽がビタミンの
ように必要なのだ。

彼女の明るい振る舞いの暗い理由

高校生のとき、だからもう25年くらい前のことか
ある同い年の違う高校の女の子とよく会っていた。

随分とたくさん会って、見かけも話かたも可愛い女の子で
会って話しているだけで、楽しかったのだが、
別にそれ以上、近づこうという努力を僕はしなかった。

彼女は僕に会うための時間をよく作ってくれたもの
だと思うが、彼女には友人も多く、社交的で人付き合いが
良いので、僕がその一人に過ぎないとわかっていたし、
それを何とか自分だけの彼女になってほしいという気持ちも
それを行動に移すほど強くもつこともなかった。

彼女はほとんど一人でじっとしていることはなく、
行動的で、よく色々な人とあっているようだった。

大学生になって、彼女と会わなくなった。
お互いなんとなくそうなっただけで深い理由なんてない。

ただ、彼女はともかく明るくて行動的で何か、
僕は気おくれしていたようなところがあったのだと
思う。

大学生になって、確か一年半くらいたって
からだと思う。

彼女から急に電話がかかってきた。
久しぶりに会おうということだ。

あれは確か夏だった。

バーに入ってトロピカルカクテルを頼んだら、
一つのグラスに2本のストローが刺さっていたけど
それを交互に自然に飲むほど親しくもないような、
それでいながら、会うたびに随分色々な話をした
ものだなあと不思議な気持ちになっていたことを
覚えている。

そして話の途中で彼女はこういった。

彼女「私は、いつも人に会っていないと駄目なの」

私「一人だとつまらないから?」

彼女「一人でいると気が狂ってしまうんじゃないかと不安になるの」

私「エッ.......」

話を聴いてみると、彼女の父親は芸術家で大学教授で、
(そこまでは既に知っていたが)親戚にも芸術家が多い家系だ
ということ。そして、親戚に、精神異常になる人がとても多いこと。
それで自分もそうなるのではないかと不安に思っていること。

それで、人にあって話をしたり、いつも何かをしていたりしないと、
自分もおかしくなってしまうのではないかととても不安になること。
そんなことをきいた。実際は彼女はもっと上手に説明してくれたの
だろうけど。

僕は相変わらず鈍感で彼女が単純に明るくて行動的な
だけだと思い続けていた。何もわかっていなかった。

でも、本当にその理由だけで、彼女があれだけ明るく
行動的に振舞うことができたのかも、僕にはわからない。

はっきりわかるのは僕はそんなに人の心をよくわかって
ないということことだった。

火曜日, 5月 02, 2006

もっと牛乳を飲もう

牛乳の消費量が落ちて、酪農家は困っているのだそうだ。

牛乳はうまいのになあ。

最近ときどき作っているのがただ砂糖をいれて、電子レンジで
60度くらいまで暖めたホットミルク。

こんな単純なものが妙にうまい。

単純で簡単につくれてうまいものはよいですねえ。

月曜日, 5月 01, 2006

酒で助かる

昨晩はワイン一本飲んだら、真面目にもの考えることなんか
どうでも良くなってきて、そうなると気分が良くなってきた。

今もちょっともの考えるの面倒で考えなくてすんで丁度よい。

日曜日, 4月 30, 2006

老人の方が青春かもしれない

今朝、ゴルフ練習場にいって、僕の好きな70歳くらいの
人と話をした。アイアンセットを全部買い直して、
スリクソン(旧ダンロップ)のゼクシオに統一していた。

4番アイアンで180ヤードをキャリーで綺麗に連続して
安定して同じ場所に打っていた。
新しい道具もすばらしいのだろうが、70歳でこれができる
ことがどれだけ素晴らしいかゴルフやっている人なら驚く
ほどのことでしょう。

そして帰り際に、もう死ぬまでこのクラブでいきますと
いっていた。

入院中にあったおじいさん達も練習場で会う、おじいさん達も
若い人より自分の人生の持ち時間が少ないことを明確に
意識しているらしく、その分日々を大切にしようとしているようなのだ。

それがまた日々を充実させている。

青春なんてものの意味もよくわからず、この言葉を使うが、
濃密な時間を過ごすことも青春の一つの現象なら、
こういう老人達は、普通の若者よりよっぽど濃密な
青春時代を生きているとも言えるのだろうと思った。

僕も当たり前の日々を大切にしよう。

色々あって落ち込んでました

金曜の早朝に病院いって(仕事に差し支えないように)
お医者さんの説明きいたら、今までの説明とは急に
変わって手術が必要ということだった。

新しい検査結果にくっきりと新しい事実が写っていた。

あーあ。がっくり。

それでも大切なミーティングの予定が入っていたので、
説明もあまり聞かずに、病院からタクシーであわてて
飛び出してきた。

そのミーティング自体が冴えない内容でがっくりくるもので、
さらに頭の切り替えも悪い私はその日の続きの
仕事も憂鬱このうえない状態のまま無理やりこなし、
さらに夜にまた別に大切な集まりがあったのだが、
どうしてもあって話しをしなくはならない人が4時間以上
遅刻して、もううんざりしてしまった。

自分の健康への不安と、仕事のいくつもの悩み事、
これ以上、気分を落ち込ませないことが大切だ。

落ち込んでいると何もしたくなくなるけど、何もしないともっと
落ち込むので、やること、今の自分なりには
頑張っていると思えること見つけてそれを前にすすめよう。

昨晩は、寝るときに下の娘を自分のお腹と胸の上に
のっけてみた。心にジーンとした暖かさが蘇ってきて、
もう少しなんとかやれそうな気がしてきた。

今朝はまたゴルフ練習場にいってきた。

筋肉痛になるほど筋肉を使うと少しは明るい気持ちに
なれるのだった。

それでもなんでも日々は過ぎていく。
生きていることのありがたさと厳しさを同時に感じている。

水曜日, 4月 26, 2006

プライベートバンクを冷やかしてみた

三菱東京UFJ銀行の渋谷支店にようがあっていってみた。
用事が済んで案内板見ると二階にプライベートバンクと
かいてある。面白がって資料でももらってみようときいてみると
プライベートバンク向けの資料はなくて、話をきいてみてくださいとのこと。

俺のようにたいした資産もない人間がきいてみるのも気が引けたが
いつもの好奇心にまけて、その支店のその部門の責任者の女性と
話してみた。

仕組債とかいうサービスもあるというので、それはどうやれば
よいのですかと聞くと最低単位が1億円からとなりますといわれた。

ねえよそんな金。

色々話はきいておもしろかったので、僕もいつかは仕組債頼める
くらいになりたいですねえありがとうといって帰ってきた。

金持ちはより金を増やす方法を専門家が提案してくれ、
消費者金融にいって、”親身のサービス”で余計に苦しくなって
行っている人もいる。

自分はどっちでもない。

僕は大金持ちになって買いたいものもないのだが、
金があれば自由になれるような錯覚があり、
そのため金をほしいと思っているようなところがあります。

日曜日, 4月 23, 2006

高校時代の先輩達との飲み会

高校時代の水泳部の同窓会があり、私の学年から
私だけ参加。

男の先輩達も良い方々で会いたかったが、
それ以上に僕が興味があったのは一学年上にいた6人の
女性の先輩達 6人全員にあえるということだった。

それで実に24年ぶりにくらいにあえた人もいた。

その6人の女の先輩達はそれぞれがそれぞれ
かなり魅力的で、僕の高校時代のかなり強く記憶に
のこる人達だったから。

それで懐かしくって楽しく酒飲んできた。
なぜか仕事は集まった全員が教育関係かコンピューター関係だった。

6人の女性陣は今もなかなかで魅力的だけどやっぱり、
40代なんだよなあとメガネをかけるとよくわかった。

6人とも結婚して全員子供がいるけど、まだ子供が小さい人が多かった。
あの人達相手では、普通の軟弱な男では役不足で、結婚遅くなりがち
だったのかなと、また勝手な漠然とした推測をしてしまった。

その後男だけで二次会いって、先輩二人を自宅につれてきて、
明け方まで積もる話をした。

楽しかったけど、酔いがさめると、また仕事の心配ごとで
頭が一杯になってきた。

それでもキミは会社員

一緒に働いている外人(わざと曖昧に表現)と
金曜の夜にビールをたくさん飲みながら、
彼の仕事の経歴を聴かせてもらった。

彼は25歳にして会社を設立して
27歳でその会社を売却。

数億円を手にして、
次の会社を立ち上げるも今度は大失敗して
その数億円を失ってさらに借金を抱える。

それからMBAをとって、今度は会社員として
頑張りながら、将来的には起業を考えている。

まだ35歳だ。

しかも税金の安いところに自分の居住地を
移し、スカイプやチャットで世界中の友人達と
しょっちゅう連絡をとり、そして猛烈に真面目に
働いている。

しかも、3ヶ月以内に僕とは日本語で話せるように
するから楽しみにしていてくれという。

性格的にもまったくいいやつだ。

参ったねこりゃ、おじさん参りました。

出張ホスト―僕は一晩45000円で女性に抱かれる感想

「出張ホスト―僕は一晩45000円で女性に抱かれる」
という本を読んだ。

こういうことが実際にかなりあっさり普通に行われているん
だろうなあと、感じさせる文章だった。

自然で無理のないリアリティーがあり、
でも内容は、世の中そんなものなのかいな
というものだった。

普通にいくらでも相手を見つけられそうな女性達が
敢えて、お金を払ってまで、セックスの相手をして
もらう意識の中には、

お金を払ってサービスを提供してもらうという立場を
とることが、逆に精神的に傷つけらないような安心感を
もてるらしいこと。

また、明確には書かれていないが、この著者は
お客さんの女性が、ホストなら普通より高い性的
テクニックと体力をもって楽しませてくれるだろうと
具体的に期待していることをわかった上でそれなりに
それに応えようとしているようだ。それもどこか
冷めた感じでそれを書いている。

さらに、そうでありながら、まずほとんどのお客さんが
身の上話をすることに高い料金に組み込まれている
時間を使っている。

あとがきには出張ホストを利用している女性作家が
出張ホストに金額以上のサービスを提供してもらって
感謝しているということが含まれる文章が書いてあった。

こういう人達を僕は批判する気は全然ない。

ただ、二人の娘のことを考えると。
その輝く瞳と表情をみると。
将来、こういうサービスを利用するような状況にも
大人にもならないでほしいと純粋に思う。

でも、おそらくこのサービスは今後もドンドン広がって
いくのでしょう。

木曜日, 4月 20, 2006

ありがとうYさん

Y様のおかげで、今の仕事のサービスをあるポータルサイトで
つかってもらう話が、より具体化した。嬉しいことだ。

元同僚のY様に感謝しきり。

このチャンスをいかさねば。

水曜日, 4月 19, 2006

ブレンダが必要?

英語圏の人が、
「俺にはブレンダが必要だ」
といっているから

ブレンダっていう彼女でもいるのかとおもったら
日本語でいうろジューサーミキサーのことだと
わかった。

それで彼は朝から特別レシピのスペシャルジュースを
作って毎朝のむんだとさ。

野菜多種類、豆乳、ナッツ類のミックスされたものらしい。

とても健康によいとかで、僕にもそのレシピをもってくる
といっていたので、丁重に断ろうかとおもったけど、
英語でそれいうのもとても面倒なので
サンキュー、といっておいた。

もう英語疲れたよ。なんでもサンキューですましたい。

サンキュー

月曜日, 4月 17, 2006

また病院で思ったこと

また病院で検査をうけた、これは放射性同位体が身体の一部に
集まったところで それを写して形をみるようなものらしい。

まあいくら健康に影響のない微量といっても身体の中から、
感光できるほど 放射線だしていると考えると、なんともぱっとしない。

今回の入院にともない、最近の医学についての話題とか、
自分の経験とか 考えてやっぱり気がつくのは、ある種の科学の
限界が現代医療でもよく でているようだということ。

分析ばかりで、一個人の身体総体ととらえて、それをやることが
本当に 良いことか否かという判断が十分になされていると
考えにくいといういこと。

科学と医学の進歩でより細かく分析し、より効果のある薬も
できたけど それが、本当に一個人の健康に本当に良いのか
を十分には 議論も判断もできていないようにみえる。

たとえば、高血圧の判断基準値はさがり続け今では、
上が130mHg下が80mHgだかを 超えると、
高血圧と診断され、降圧剤が処方されるとのこと。

ところが、この薬で血圧はさがっても、寿命が延びるともかぎらないらしい。
ある統計によると、血圧抑えて、確かに心臓と脳の
血管障害は減ったものの かわりに癌が増えて、逆に寿命が短くなった
ともある。なんじゃそりゃ。

身体の各部に血液を確実におくるためには血圧は高いほうが良いはずだ。
それを無理に抑えると、身体全体としてみると良くないこともでてくるらしい。

ことほどさように(表現ふるいね)、何をやれば本当に身体に
良いかはわかり にくいことらしい。
そういう事例は枚挙にいとまがないようだ。

例えば、最近の生命保険会社のデーターだと、ちょっと太めが一番長生きらしい。
ところが、長いこと、それよりかなりやせていることが健康だとされてきた。
やせている人の寿命ははっきりと(特に男の場合)短いと統計データにはでて
いるのに、なぜかデブの健康への脅威ばかりが強調されてきた。

健康診断受けている人と、何もしない人の統計データーでも
その後の寿命は 統計的な差異がないらしい。

実際僕も今回、自分の身体が不安だとと思い込まされたのか
実際不安な状況なのかしらんが、もうそりゃかえってともかく
心身ともに元気なくなるわけです。

自分の身体を信じられなくなるわけだから。

さて、それで、実際、個人としてはこれへの対策はあるのかというと、
あんまり なさそうだよなあ。

でも、自分の身体の状況を、感じ取る能力を上げることが一番なんだろうな。

身体に良いものはおいしいと感じとれるように、
自分の身体が限界近い状態なら それを感じ取れるように。
ただ寝転んでいるのが怠け心のせいだけで、
身体は動きたがっているのなら、それをかんじとれるように。

無駄な検査や手術で死んだ人や、かえって健康状態落とした人なんて、
きっと、たくさんいるはずだ。

癌になったお医者さんの本とか読むと、
あんまり検査うけないほうがいいとか 書いてある。

ああでも俺はもうここまできたら、一応の決着、
なんで、入院も9日間もして こんなに検査づけなのか
結果をみないと納得いかなくなってきた。

どう考えても、データーをみても僕の身体はそんなにボロいとは思えない。

ところで、血を固まらなくする薬を今もらって飲んでいるのだけど、
昨日のバイクで事故っていたらそれこそ、やばいよなあ。
血がとまりにくいんだから。

自分の身体を大切にするには、適当にいい加減で、適当にポイント押さえて
やっていくしかないようです。神経質だとまた身体に悪いし。

日曜日, 4月 16, 2006

高尾の周辺の周回コースをバイクで


バイクで久しぶりに(今年初か?)

慣れ親しんだ高尾、陣場を周回するコースを走ってきた

久しぶりにバイクにのると、バイクにまつわる楽しかったことばかりを思い出す。バイクで楽しいことがたくさんあった。うれしい、色々な感覚をおもいだす。これは走っている途中に携帯のカメラでとった景色。嬉しくて走り始めた最初の30分は目が潤んでいた。2輪は確実に僕の命の一部だ。

ノニジュースで実験

まえまえからときどき、ドラッグストアで見かけて気になっていたものがある。
(もっともドラッグストアは細かく見ていくと気になるものが色々みつかる)

でも一番気になりながら、何ヶ月もほうっておいたものはそう

「ノニジュース」

結構高い。僕の好きなドラッグストアの店長は家族でこれを飲んでいるという。
副店長は自分も飲んでみたが、あまりのまずさに途中であきらめたといっていた。

店長は通風で、尿酸値が高かったのが見事に正常値になって、以来これを
飲み続けているということだった。

自分も入院から健康が余計に気になるようになって、金曜の夜にかってきて
飲みはじめた。きいているのかどうかよくわからないけど、早速変な夢をみる。
身体になんかの作用をしている、でも変な夢みるような状態が身体にいいんだか
どうだか。

早くも血圧は下がってきている。本当かよおい?ノニジュースのせいか確信はないが。

さて味は、言われているほど特別に口にできないほどまずくはないのだが、
匂いがすごい、うまくひょうげんできないが、もしおがくずを醗酵させることが
できたらこんな匂いになりそうな気がする。酸っぱいような、腐ったような、
独特のにおい。

でもひょっとして身体によいなら、飲み続けちゃおうかな。そう僕は少しでも
健康で長生きしたいだけなのかもしれんが。

さあバイクで死ぬほどすっとばしてくるかな、天気よくなってきたし。

週末のカレーつくり

ナス、ひれ肉、ばら肉、ジャガイモ、玉葱のカレーをつくった。

先に玉葱を切って炒めはじめると、

「先に肉を炒めないと臭みがのこるのよね」

と妻がいう。

チックショー(小梅太夫みたい)

そこから挽回するために、すぐに肉を適当にきっていれ、
なべのふたをして、玉葱と肉が、多少焦げるくらいまで加熱しながら、
ジャガイモ、ナスをきって、少し時間をおいてから、
加熱して、ナツメグ、粗引きコショー、あまったキムチ、ソースも少し、
ゴマをたくさんいれて、水を1000CCくらいいれて
しばらく煮込んでからバーモンドカレーを一箱分入れて

ああそうだご飯も少ししかないから炊いてと。

そうやって出来上がったカレーはかなりうまかった。
子供もよろこぶ、妻は、私をほめることはないが、翌日までいれると
4杯くらいたべていたようだ。

料理はこれからもときどきやろう。面白いし喜ばれるから。

本当は酢豚が一番自信あるのだけど、後片付けが大変だと
妻にいわれるので、もう何年もつくってませんですます。

シャネルの言葉にびっくり

「実際にどう生きたかということは大した問題ではないのです。

大切なのは、どんな人生を夢見たかということだけ。

なぜって、夢はその人が死んだ後も生き続けるのですから」

シャネルっていう女性が昔こんなことを言っていたことを
読んで、可愛く思えた。

ただ馬鹿高いブランド物で儲ける会社作っただけではないんだなあ。
あるいは仕事は仕事で割り切って考えていて、そこで儲けた金で
自分の好きな芸術家を助けるとか、納得できることにお金を
使うことが大切と考えていたのかもしれない。

いったいどれだけ透徹した目でものをみていたことだろう。

木曜日, 4月 13, 2006

たそがれ清兵衛と自分

しばらく前に (もう何年か前か)

「たそがれ清兵衛」をみた。

主人公を演じる真田広之が「清兵衛を演じているときの自分は幸せでした。」
言っているのを読んでずっと見ようと思っていた。

私のとって最も感動的は場面は

決闘が終わったあとに、自宅に戻ってくると
二人の娘を二人同時に抱きしめてそのまま抱きあげて立ち上がったときでした。
決闘で傷ついた身体では実際はそんなこと難しいはずなのに
なんとか家にたどりついて最初にしたいことがこれだったんだなと思うと
自分も一緒なので、勝手に感動して涙を流した。

自分も二人の娘がいて二人同時に抱きしめてそのまま立ち上がると
なんとも言えず嬉しい。

もし自分がボロボロになって自宅にたどりついたら、やっぱりそうしたい。
その瞬間で全てが報われたような喜びがあるのです。

そして、子供をもつまで、自分がそういうことをこれほど
嬉しいと感じるとはわからなかったです。

この映画は出世も望まず、不器用で、奥さんにも先立たれ
その後、宮沢りえ演じる、子供のころから好きだった女性と
ようやく再婚するものの、それからいくらもしないで早死にするという
周囲からはついてない人生を生きたと思われている男が、
実は幸福だった(らしい)と、その人の幸福はその人でないとわからないと
いってもいたようにみえるのでした。

水曜日, 4月 12, 2006

仕事には挑戦し続けよう

昨晩帰りがけに、日本のお客さんからの要望をかなり直接的に本社の経営陣と開発陣にメールを送った。

なぜそうなのかをかなり的確かつシンプルに事例を交えて説明したつもりだ。

今朝は早速電話がかかってきて、英語でいろいろ説明してくれてその親切心は
非常にありがたいものの、最後には

「日本のお客さんの質問はシンプルでわかりやすく的確なのに、なぜ
あなた達の説明はそんなにわかりにくくシンプルでないのですか?」

ときかざるをえなかった。

またこんなあまりにも直接的なスタイルをとると僕はここでの仕事も短命に
終わるかもしれないけど、自分のスタイルは変えられないと今では、わかっている。

42歳でもこんな調子で、次はもう今度という今度は失業かも(これはもう10年前くらいから
思っているわけだが)しれないが、本来の自分でないスタイルでは、
僕は一段とストレスがたまり、また入院しかねないから。

「これでいいのだ」 バカボンみたいだが。

しかし、先日の土方やっている人の書いた本読んでその知性、感性、他人へのやさしい視線等に
感激したが、博士課程だかPhD(一緒か)もっていても、とても知性がそれほど高くないように
見える人もたくさんいるなあ。誰が賢くて、誰が賢くないかなんて誰にもわからないのだろう。

僕だって まだやれるくらいの賢さはまだあるかもしれないかもしれない。
あると信じてやってこう。今日は博士達を説得してしまった朝であった。
これを侮辱とうけとられないとよいが。

火曜日, 4月 11, 2006

4月8日から11日4時まで

忙しくて疲れて、BLOG書く、時間も元気も数日間もてなかった。
それで数日分をまとめて書く。

4月8日(土) 何とか新しい仕事を一週間のりきって、金曜の夜に
おいしいビールを飲んだのだが、土曜は疲れがドーとでてきて動けなかった。
特に、英語でしかコミュニケートできない環境に一週間急におかれて
日本語でも説明難しいことをなんとか説明したり聞き取れないことを
無理に理解しようとしたことが、脳を無茶苦茶に疲れさせたらしく、
滅茶苦茶にボーっとして、身体以上に頭に力が入らない感じであった。

こういうときは何も考えない方がよいのだが、こんなんで、仕事続くのか
早くも不安にとらわれる弱気な自分なのだった。

そんな中「強く生きたいキミへ」大山倍達著を読み、
ああ凄い人がいたもんだなあと感心する。
空手馬鹿一代は昔アニメでみていたが、また違った感慨を覚えた。

自分が心からしたいこと、「志」の達成に向かってひたすら生きる姿は
僕には眩しすぎる。

4月9日 まだ多少疲れていたが、ただ寝ているとさらに落ち込むことが
多いことをよく知っているので、朝からゴルフ練習場へ。

ドライバーで全力でうった球の5球ほどが奥のネットまでとどき、うれしい。
入院生活、先週末は腰痛で動けなかったことを考えると上出来。
でもいくらか追い風だったらしい。それでも嬉しいが。

練習の距離を表示してある看板によればまたなんとか275ヤードくらいまでは飛んでいたようだ。

それと、ダウンスイング開始直後あたりをゆっくり丁寧にすることで、ミート率と飛距離が向上した。
ゆっくり振るつもりで振ることが、より遠くへ飛ばすためにヘッドスピードを上げている
ことになるらしいのだけど、それがなぜかはよくわからず。

そんなこんなで300球打ってまあまあの気分転換になった。
自分の身体がまだまだ動くことに喜びと安堵を覚えた。

家に帰ると、妻からの強い要望、強制で、部屋の本を片付けた
上の娘が手伝ってくれて助かった。

結局170冊あまりをブックオフに売りにいったが、3700円程度でなんだがなあこんなもんかなあ
という感じ。でも部屋が片付いたことで気持ちがちょっとすっきり。

そのあと上の娘とイトーヨーカドーもふらふらして、食材と靴(マドラスの歩きやすいやつ)と鉛筆一ダース(娘用)をかう。

日曜の夜は明日からの仕事のことを考えてまだ2週目だというのにかなり鬱になり、
イトーヨーカドーで景品と一緒にバイトの販売キャンペーンをやっている女性(キャンペーンギャル?)
からかったドラフトワン(発泡酒を2缶飲む)

さて月曜からまた仕事仕事なのだが、今日はまた病院に行って検査をうけ(新しい仕事
はじめたばかりでちょくちょく病院いってまたクビか?とまた不安と諦めと、何とかなるさ
という気持ちが混ざった不思議な気持ちになる。

そういえば、昨晩は(月曜夜)親戚のおじさんの通夜にいった。
証券業界で大変活躍された方でインターネットで名前を検索すると
ある種の伝説の人物らしい。もっとも妻の親戚で僕とは何の血縁もない。

去年今年と正月に挨拶にいったら、話がとても面白い方で5時間ほど聴いた。

その方も79歳で永眠された。話の何が面白かったかというと、
絶対絶命の状態の証券会社に乗り込んで車と運転士が何回も変わるくらいの
営業活動をして会社を立て直すんだよね。このおじさん。

推測するに、たぶん上司にうまくおべっか使えないタイプで
難しい仕事を任されるけど、その度それにめげずに解決してきた人らしい。

自分も本当はそんな男になりたいが、まだまだで弱いことを自覚しているから
一段とそのおじさんがかっこよく見えた。

さて今日は病院で放射性同位体を静脈注射された。
薬は確認したら、また出し忘れていたようで、病院任せにはできないなあと
再認識。結局病院や、医者からみれば患者は多くの中の一人に過ぎないけど
自分にとっては自分の身体は唯一無二のものだがら、自分でチェックして
気をつけるしかない。

さて、相棒のオーストラリア人が海外出張にでかけ、少し息をぬいてこれを書いた。

以前、ベルギー人と働いたこともあるけど、彼はプレイボーイだったなあ。

さて今週はあと3日間と少し。

土曜日, 4月 08, 2006

「みんな土方で生きてきました」という本

土方の仕事をやってきた人が淡々と自分の仕事経験を書いた本を読んだ。
土方の仕事が、ある意味心身ともに非常に健全に生きることのできる
稀有な仕事なのではないかと、これを読むと思えてきた。

1.身体を実際に動かす仕事であること
2.その結果、仕事が形になった物(ダムとか、防波堤とか)となり成果をかんじられること
3.土方仕事をしている人同士での密接でなかなか暖かい人間関係ができるらしいこと

でもその仕事の大変さもこの本だけからもつたわってくるので、この仕事の
実際のところはやはり体験してみないとわからない。

でも、土方仕事って、漠然と経験してない人が想像するより、良いものなのではないかと
思わせてくれる本であった。

新しい仕事のほうは最初の一週間をなんとかこなした。
あまりに親切で協力的な同僚達がひたすら働いているので
まるで息が抜けず、かなり疲れて、昨晩よく眠ったのにまだ
頭がボーっとしている。やはり仕事は実際にやってみないと
わからない。

木曜日, 4月 06, 2006

チンチンは大丈夫か?

月曜からの仕事で来ている会社の中国のオフィスにTingtingという女性がいて、
電話会議でのやりとりを頭の中で日本語訳していると妙な感じだ。

「ヘイ、チンチン、来週の××との交渉はうまくいきそうか?」

「チンチン、問題はないか?」

「ハイ、チンチンちゃんときこえているか、そこにいるのか? 」

お偉いさんに頼りにされているらしく、彼は何回もチンチンに声をかける。

僕は彼女にチンチンの日本語での意味を説明すべきなのだろうか?
日中関係はややこしいからなあ。

そういえばJingjingという中国女性にもあったことあるけど。
続けてきくとチンチンがジンジンしそうだ。

英語ばかりで頭がジンジンしているのは事実です。
入院生活が懐かしくなるほど、忙しい。

火曜日, 4月 04, 2006

新しい仕事開始

金曜の夕方くらいから腰がかなり痛くなってきたけど、
妻を高層ビルのレストランに連れて行き食事をした。
夜景がきれいで彼女はそのときだけは喜んでいたようだった。
慣れないことをしたせいか、(そんなわけないけど)
腰痛はそこから加速度的に悪化していき、
帰りの道ではうめき声を上げながら立ち止まりながら
道路に寝転がりたくなりながら、家までたどりついたら、もうベッドに自分の
足を引きずり上げることすら、あまりの痛みになかなかあげられない。

妻はその後用事があり、子供は親戚にお泊りででかけ
激痛だか寒さだかわからない震えに耐えてベッドの中にいると
心細くて、一人暮らし時代を鮮明に思い出した。

さて、僕はこのBLOGを開始した2月から会社を退職し、
無給で手伝う使命(僕にとっては利害を超えた大切な仕事)を
もち、入院し、退院し、今週の月曜から
また新しい仕事を開始した。

今日で二日目をなんとか終えられそうだ。

普段英語使ってないのに、日本人は僕だけで、
まるであたらしい仕事で、刺激と嬉しさと不安と疲労とが
渾然一体となった感情を抱えたまま、また新しい仕事を開始した。

今日もたくさんの人にあった。

また血圧も上がり、脈も一段と不規則になってきた。

慣れない英語と腰痛で、汗がボタボタたれる。相乗効果。

俺も一種の男版の「嫌われ松子の一生」なのかもしれない。
仕事には何回大変な思いをしても夢をみずにはいられない。

自分が何かの役に立っていると感じられなくなったら、
そしてこれからも役に立ったり活躍することを見出せないと
思うようになったら、僕は世捨て人のようになって
バイクででも放浪するか、南の島で海にもぐり続けるか。

ああそれの方が楽しいかもなあ。支離滅裂だな。

木曜日, 3月 30, 2006

嫌われ松子が気になる

こないだ読んだ「嫌われ松子の一生」が映画化される。

特別に素晴らしい小説とも思わなければ、読後感は、
”そりゃあんまりだろう”という気持ちを残すものなのだが、
一気に読みきってしまい、記憶に残る小説となった。

希望をもって頑張るのにトコトン失敗を繰り返して
ドンドン不幸になっていく松子、

一体何が悪くてここまで不幸になるんだ? 

なんでこんな主人公が可愛く思えてくるんだ?

松子の

状況判断の甘さ。
自暴自棄のようになることがあること。
男を見る目がなさすぎ。
自分の能力は高いのに、男の心に依存しすぎ。

まあ理由はいくつかあげられるが、やっぱり、松子が気になる。

松子は男に愛されることを優先しすぎたから生活がアンバランスに
なってしまている。でもそこまで愛されることを純粋に大切に
考えて頑張って努力する女が、あんまりいないように感じているから
彼女が可愛くみえるのだろう。

しかも相手は全く打算を期待できないような男ばかり。

幸せと愛情を強く願い、そのために努力するも、失敗ばかり。

小説とはいえ気になる。

水曜日, 3月 29, 2006

入院中あった楽しいおじいさん達

色々な病気を抱えて入院している陽気なおじいさんと話していたら、
例えば高血圧でも塩辛とラーメンが好きで、たくさん食べてやると全然こりてない。

ところがそんな陽気で強気なおじいさんでもポツリというのであった、

「薬のせいで、女に全然触りたくなくなった。」

「それは歳のせいでは?」

「馬鹿いえ、俺みたいな女好きが、女に触りたくなくなるなんて薬にきまっている」

どうも前立腺の病気のために女性ホルモンだかの薬ももらっているらしく
それのことをさしているらしいのだが、そして本当にそうかもしれないが、
それより興味深いのは、かなりまずいらしい高血圧や心臓の病気より、
自分が女に触りたいと思わなくなったことのほうが彼にとっては深刻らしいということだ。

女への興味を失うことが死ぬことより気になる。それが男だ。
じいさんあんたは偉い。

火曜日, 3月 28, 2006

一体どこまで調べるのやら

今日も病院行ったら色々な検査で朝から3時までかかってしまった。
さらに4月の予約がもう5日分もはいって、その検査結果が
そろったら、その分野に詳しい(その分野のオタクがいるとお医者さんがいっていた)
大学病院に紹介してくれるそうだ。

それも先々考えるとそのほうがよいでしょうからという程度なのだが、
乗りかかった船じゃないけど、検査をここまで続けると、
一応の納得をみるところまでいかないことには自分もなんか
落ち着かない。

病院では全ての検査結果と私の発言や医師の所見がオンライン化
されていて、予約もその画面からよびだせるようになっていた。

私の画面でちょっと診れたのは
患者主訴
「退院したい」

そうか退院したいといわなかったら、僕はダラダラまだ入院していたのかいな。

昨日は子供と料理に励んで楽しかったのであった。ポークソテー、エリンギとエノキの炒めもの
ヨーグルト、玄米が20%くらい入ったご飯。

日曜日, 3月 26, 2006

お客さんとの週末

赤ちゃん含めた3人家族のお客さんが金曜夜からきて2泊して帰っていった。

我が家は4人家族であわせて7人の大家族みたいな感じで過ごして、楽しかったです。
まあその家族とは気楽に付き合いだし、良い方々なので、特にそうだったのでしょうが。

そのお客さんの一人とゴルフ練習場にいったところ、
ドライバーの飛距離が落ちていた。
今までは良い当たりだと看板表示で280くらいだったのが
今は良い当たりでも260くらいがせいぜい。ガックリ。

病気のせいというより、入院しての運動不足とか、自分の身体に自信が
もてなくなって力が入らないとか、もととも下手なので、しばらく練習して
ないでさらに下手になったとかいうことらしい。

そのあと、在日朝鮮人(韓国人と書くべきなのだろうか?)の小説家の
李良枝、ヤンソギル(漢字にうまく変換できない、「血と骨」書いた人)
とかの本をいくらか読み返した。

李良枝はきっと凄く魅力的な人だったのだろう。
ヤンソギルの小説の中に、(どの程度ノンフィクションかはしらないが)
李良枝をモデルにした、彼女との恋愛をかいた小説がある。

彼女は芥川賞をもらっていくらもしないで37歳で死んだわけだが、
尾崎豊の死やそういったものと、ある意味では共通したものがある
ように思う。感性が鋭く、行動力があり、感情も豊かでそういったものが
過剰で若いうちに生命を燃焼しつくしてしまう。という書き方が情緒的
すぎるなら、単純に健康的な生活をおくれないほど、感情が走って
しまうのではないだろうか。

僕は、中途半端に悩み中途半端な病気になり、42歳と半年生きた今も
こうやって生きている。これからも中途半端なままで生きていこう。
突き詰めて死ぬなら、中途半端な生き方でもそのほうが僕には良い。

なんかもう何かがおわっているのかもしれないけど。

金曜日, 3月 24, 2006

とりあえず退院

昨晩、急遽退院させてもらうこととなって、今日は娑婆の空気をすっている。
最初は新鮮、すぐに色あせてくる、娑婆の空気。

それにしても自分の状態も、普通の健康診断なら、どこにも悪いところを
発見できない程度でも、こうやって細かく診てもらえるんだから、
よしとしよう。と無理に納得させようとすると無理があるか。

70才前後の入院中のお話友達がエレベーターまで見送ってくれた。
一昨日手術したばかりで、歩くのもかなり難儀なのに。
35年間船乗りとして世界を回った話を聞かせてもらった。
話におおらかさがあって博識ななんとも良い感じの方だった。

自分の病気も気になることはなるのだが、この悲観的になりがちな僕が
考えても、大事にしていけば、平均寿命くらいはいきそうに思えるので、
まあすっきりしないとはいうものの、考え過ぎてもしょうがない。

インターネットで調べたことと、お医者さん達が話してくれたこととは
全く一緒であった。 (これから、専門知識というものにどれほどの
価値を見出せるようになるのだろうかとまた大げさに考えてしまった)

不完全な身体で楽しくやっていこう。12年ぶりくらいの入院で、
昔の入院生活のことを思い出したり、ぼんやりしたり、
WBCみたり(日の丸背負って世界一になれる団体競技は素晴らしい)、
本(嫌われ松子の生涯)と雑誌をよみまくったり、 した。

医学が進歩しているのもよくわかった。

人間ドックよりさらに調べたことになるが、150項目くらいも調べられて
異常な値は2項目、逆に自分はかなり健康なのではないかとすら
思ってしまった。

でもとりあえず、もっとやせよう。

水曜日, 3月 22, 2006

病院内に接続環境発見

でも10分100円。高い。

まだ入院していて何をする気にもならず。さえない。
本でも読むしかない。
あとおじいちゃんたちの話を聴くのも、楽しい
おじいちゃんは楽しい。

でもなんで俺だけおじいちゃんたちと一緒にここに
いるんだろなあとつい考えてしまうと、またさえない
気分になる。

ああまた100円入れなきゃ。

80代の戦争経験のあるおじいちゃんから話をきいたら
「鉄砲のたまにあたって死ぬ兵隊なんて100人に1人で
ほかはみんな病気や怪我を治してもらえず、死んでいった。
あんたなんか、ちょっとした病気でもこうやってみてもらえて
幸せだよ」

といわれ、そういう考え方もあるのだなあとすることととした。

看護婦さんとお医者さんがとても親切な病院である。

入院中にブログを書くのも珍しい経験ではあります。

水曜日, 3月 15, 2006

ベンチャー企業と表社会と裏社会と

今まで、色々なベンチャー企業の経営者や役員の方特に彼らが有名に
なる前に あってきたことがあるので、特にそう思うのかもしれまんが、
ライブドア事件は 派手ではあったけど、特別悪質とも言い切れないの
ではないかと考えています。

もっとも悪質の度合いを数値化できるものでもありませんが。

結局、金が急激に儲かる、キャッシュがたまるところには、表社会も
裏社会も 関係なく、色々な勢力が急に集まってきて、それとどの程度
つきあうか、 付き合わないか、色々な判断をせざるをえなくなるはずです。

堀江氏は善悪はともかく度胸はあったようにみえます。

怪しいということでは、ライブドアほど派手ではなくても、経営陣の過去を
インターネット上からたどっていくだけで、堀江氏より危なそうな過去を
引きずる人たちはいるらしいことが、私には容易に推測できます。

そういうことから考えると、堀江氏は緻密な計算もしていたらしいのに、
同時に驚くほどの無邪気さで危険性の高いことに足突っ込んだまま、
目立ちすぎてしまった。ということなんではないでしょうかね。

さて、僕個人にとってさらに考えざるをえないのは、僕自身には
怪しいことをすべきでないと強く思い、実際にそうしてきたけど、
いまだビジネスで大した成果をあげてきてないということですね。

このまま、清く貧しく美しく(まあ彼らに比べればだが)でいいのか?

まあそれでいいともいえるし、清いから成功できない言い訳にしてはいけないですね。

自分のスタイル変えずにいけるところまでいくしかないな、明日から入院だけど。

明日から入院か?

明日から入院とお医者さんには言われたのだが、全然現実味というか実感がわかない。
まあともかくいってみよう。何とかなるさ。何とかならないときはそれまでのことさ。
いや多分なんとかなるでしょ。

火曜日, 3月 14, 2006

ともかく入院することになった

まだ日はきまってないが、手術もすることになるかもしれない。
意外と自分は冷静なのだが、子供達の寝顔をみていると単純にまだまだ頑張れる身体に戻れることを強く願った。まあでもこういうときもやれることを淡々とするしかないですね。

これだけ体調変なのにきちんと調べてこないできたのは、冷静でなかったということです。

そんなわけではじめたばかりのこのブログもたぶんしばらく書けなくなります。まあ読者もすくないし、
独白みたいな文章だし。まあいいか。

日曜日, 3月 12, 2006

今日もぐったり寝てばかり

これで二日間 家から一歩もでなかった。
咳止めの薬のんでそれからあんまりしないで
酒のんで、ききすぎてしまったみたい。
危ない。

こんなにボーっと何もしない二日間はいつ以来だろう。

何もしないと、一段と自信がなくなる。
そういうときはもう考えすぎずに明日からやれることを
たんたんとやろう。 

ぐったり寝てばかり

よほど色々な疲れがたまっていたらしく、深い眠りが続いて、今日は家からでてない。
まあこんな日があってもいいか。というよりズッとかりかりしていたから、咳出てたり
してたんだなあと実感した。

土曜日, 3月 11, 2006

病院で思ったこと

今日は色々病院で検査して、結果をきかずに、月曜にまた検査にいくことになったのだが、
それより、色々検査してもらっていると、自分の身体って不思議だなあとおもう。

人間の身体はもちろん無意識のままに、たくさんの化学反応、物理作用、を相互に
複雑に連携して生きている。でも僕の意識はそんなことはしらない。

非常に複雑な機械に心がついている。僕は機械の仕組みはしらないのに
心の反応だけかあら、自分が何者かを考えてわかった気になろうと
することがあるけど、そんなもの、思い込みにすぎない。

これだけ検査してやっとほんのちょっとわかるだけ。

ああなんでおれはこんな酔っ払ったときもこんなことかいてんだろ。
とこういう心の傾向をもった人間がなぜできるのかは病院の検査では
わからない。精神科の検査ならわかるのかな?

薬指がうずく

薬指の長い男は、胎児の時期から男性ホルモンの影響をうけて、
こういう特徴がありうんぬんかんぬんとかいう記事をよんだことがあり、
ふと自分の手をみると、
「俺の薬指、中指とあんまり変わんないくらい長いじゃん」
と気がつき、それいらい時々薬指がうずくような気がする。

でも男性ホルモンの影響受けたのが本当なら、そのわりには男らしさが
足りないな。

この子どこの子

家に帰ってきたら、あれ自分の子供の雰囲気がいつもと違うような、じゃなくて違う子だ!
子供の友達が泊まることになっていたことをあとで知る。なんか子供が多くて楽しいぞ。
みんなかわいいなあ。

せき止ったら早速、酒のみたくなって、飲んじゃっていい気分だ。

でもまだちょっとだけ咳残ってるんだ、ゴホゴホ。

金曜日, 3月 10, 2006

せきが止まりかけて

そんなことが、とってもほっとする。あーあ助かった。セキが仕事の生き物みたいになってたからな、この一週間。明日は晴れらしい。バイクのエンジンかかるかな。

せつなさについて

僕は切ない気持ちになるときは必ず、
今自分の感じているものが儚いものだと、感じている。
それと同時にその儚いものをとても失いたくないと感じている。

そんなときはせめてそれを心の中に残しておきたいから
五感を精一杯使ってそれを感じて、記憶しようとする。

だから切ないという感じは、貴重なものだ。

例えば、そう、内気な中学生が初恋の人に何も自分の思いを
伝えられずに、卒業式を迎えるとき、そんなときは切ないだろうな。

でも生きているなら、本当は一日一日を、切なくなるくらい、
大切にしていきたい。

僕を切ない気分にさせてくれる皆さんありがとう。

なんで今晩はこう感傷的なんだろ?

木曜日, 3月 09, 2006

僕の心臓はレゲエのリズム

咳は今日はかなりラクだったのだが、クリニックいって
聴診器あててもらったら、脈が不規則だといわれ
心電図とったら、治療が必要といわれ、あす大きな病院で検査と
なりました。

どうなっちゃうんだろと他人事のように思う俺。

理想は他人の痛みを自分のこととのように感じ
自分の痛みを他人のことのように感じたい。

でもそんなことを理想に思うほど、実際の自分がせこい
ことを知りすぎている。

これじゃこのブログタイトルからバイクとゴルフを消さなくちゃいけなくなったりして。

ところで、その昔長い入院生活をおくったことがあり、
4ヶ月間ほど病院で生活していたとき、死んでいく人達の
多くが、生きていて一番印象的だったこと(と思われる)
ことを僕に話してくれた。

戦争経験のある人は戦争のことを、若いころ漁にでたころの思い出、
自転車で山の中をはしって弁当をたべた思い出、

みんな色々な思い出を語ってくれた。

語られた思い出はみんなきれいな景色を想像させるものが多かったように記憶している。

そして僕はその後元気に退院できたのだが、何をやっても、
俺は折角生きているのにこれでいいのか?
とよく考えてしまうようになった。

心臓がレゲエのリズムなら、僕はもう一度そのことをよく考えたい。
たとえそれがもう中年になった自分には青臭く思えても。

自分が死ぬとわかったとき僕は何を話したくなるだろう。

水曜日, 3月 08, 2006

春だなあ

てんてこまいで、きりきりまいで、ピンチの連続の日々をすごしていると
急に暖かくなって春がきたなあとわかるときに、

「ああ、こんな僕にも春がくるんだなあ」

と当たり前のことに、感激というか、深い感慨を覚えるのでありました。
昨年も今年も。

火曜日, 3月 07, 2006

ソフィーの選択でのメリルストリープ

”ソフィーの選択”という映画があって1983年だからもう20年以上昔の映画だ。
戦争の中で仕方なかったとはいえ、自分のしたことに苦しむ主人公を
メリルストリープが演じている。

今日、咳をしながら寝てばかりいると、ついつい過去の嫌な
出来事を思い出してしまい。

そこから連想して、この映画は主人公が過去の呪縛から
逃れられないということでつい思い出した。

映画のテーマの重さや、戦争の悲惨さ、色々なものをこの映画は
抱えていて、見た人はそれぞれの感想を持つでしょうが、
僕にとってはともかくメリルストリープが素晴らしかったと
いうことがなにより強く心に残った映画でした。

死ぬほど悩む美女の魅力は不健全で強力で、
この映画の中のメリルストリープは自分自身がここに
今も生きていてはいけないのではないかという気持ちを
抱えながら、生きているから、素晴らしく繊細で感受性が
強く見えたのだと思う。

現実世界にも、壊れた男や、壊れた女の方が好きだと
言う人いますねえ。自分はそういった趣向は映画や
本だけにしたいとは 思ってはいます。

そういえば、昔、友人のおばあちゃんにあって、後からきいたら
そのおばあちゃんは戦後中国だか朝鮮から引き返してくるとき
たくさんいる子供を全員生きて連れて帰るのは無理と判断して
病気の子供を船から海に捨てたんだそうです。

そのおばあちゃんはなんともいえない良い表情をしていて
強くて健全そうで、そういうものこそ見習うべきかもしれない。

それにしても咳がとまらん。ゴホゴホゴホンゴホン、ハーハー。

咳で寝てた。

昨晩から咳がさらにひどく、今日は家で寝てた。よくこれだけ眠れる
というくらい眠った。ただただ、ベッドでぐったりしていた。
あとは咳ばかり。体調悪いと明るいこと考えにくいし、なんもやる気にならん。
そういうことからも正岡子規は偉いなあと。(ちょっと例えが古すぎが)

冗談抜きで腹筋が鍛えられてきたみたいだ。咳するために必要な筋肉が
強くなったような気がする。

そういえば昨日病院で、身長、体重、肺のレントゲン、肺活量、と色々
検査してもらったが、肺の能力は同じ身長体重の人を基準として140%だということであった。
それならもっと強くてもよさそうなものなのに。ゴホゴホ。

月曜日, 3月 06, 2006

達成感が必要

たとえちっちゃなことでも。つくづくそう思う。そしてちっちゃなことでもできたら、
よくできた。よくやったと自分で自分をほめてあげるくらいのことしないと、
もうパワー落ちるばかりでんがな。

セキで病院

セキで病院行ったら、胸のレントゲン写真撮って、肺活量はかって、
薬もらって帰ってきた。またリン酸コデインもらって、飲んだらやっぱり
セキがぴたりととまった。市販の咳止めにも入っているけど、
お医者さんに処方してもらうと用量が違うということらしい。

このままセキとまってくれるとよいのに。

あんまりセキするとセキするたびに痛みが頭の中でスパークするのだ。

何でもいいから何かやること

週末に、イチゴ狩りとアウトレットめぐりに付き合いでいって、体調も悪いので、
家で寝ていたいとも思っていたのだが、実際行って、ぐっすりねて月曜の朝を
迎えると、快調です。セキはまだ続いているけど。

週末ただ家でごろごろしていると、月曜の朝こんなにすっきりはしないものです。

だから、多少億劫でも、なんでもいいから何かするほうがいいんだな。

ああなるべくいつもすっきり気分で過ごしたい。

土曜日, 3月 04, 2006

昨晩の水泳

昨晩、東京体育館プールで泳いだ。ここの50Mプールは真剣に泳いでいる人が多い。
残念ながら今の自分の体力、泳力ではすぐに息が上がってなかなか続かない。
片道50Mクロールで片道50M平泳ぎでという泳ぎでまず400M泳ぐともう
ペースが落ちてきて、後ろの人に悪いので、もっと遅い人向けのコースに移動して、
全部で1000Mくらいかな泳いできた。これじゃ水泳趣味といえるレベルじゃないなあ。

週に2回は泳がないと、気持ち良く長距離を泳ぐのは難しいなあ。

ともかく咳がひどくて、どうしようもなく、今日は一日寝てました。折角天気良い、休日だったのに。

冴えないなあ。咳ばかりしていたら、なんか腹筋が鍛えられてきたような気もするが。

金曜日, 3月 03, 2006

ゴルフを始めたころ

とある会社にいたとき先輩に、ゴルフクラブを頻繁に買い換える人がいました。
3ヶ月に一回フルセットを買い換えるというペースだったと(金持ちーー)。
彼はあまったクラブをセットで安く譲ってくれました。

そう そこからゴルフ練習場にトキドキいくようになったのです。
折角道具あるし、どんなもんだろうと。

ところが彼はプロ向けの非常にハードな(しかも非常に高価な)
クラブセットをくれたので、初心者の僕はまともにふることができません。

しかも、僕は運動神経もよくないので、もうやめようかと、
だって温厚なレッスンプロすら怒り出すほどひどかったからね。

でもこのままあきらめるのもあれなので、つるやの初心者むけのブランド
買ってきて、試してみたら、急に飛ぶようになって、面白くなってきた。

そして今は、75ヤード先のかごに、50発に一回くらいは入れられるようになり、
たまには280ヤードくらいは飛ぶこともあるようだ。
でもコースには年に2回くらいしかいないしスコアは120くらいか。

ヘッドスピードは平均48m/s
思いっきり振り回して 52m/s

これでたまに真芯に当たって球が青空に吸い込まれそうに飛んでいって
しばらく落ちてこないで、はるか先のネット(僕のいく練習場では250から
290ヤードあたりにネットがある)にあたると、なんともいえない気持ちよさがある。

なんでそれがそんなにうれしいのか自分でもようわからんです。

ただ無理に理由を考えれば、身体が合理的な良い動きをしたときしか飛ばないので
なんか達成感のようなものがあるのと、ともかく人より飛ぶのが楽しいのですね。

他に優越感あじわえるようなこともないし。トホホ。

練習場で色々な人たちにあって話をするのがまた楽しい。

70代でも飛距離を伸ばしている人もいて、
「すばらしいですね」と私がいうと
「イヤーもう、ろうそくが最後に燃えるときは明るく輝くみたいなもんで、頑張っちゃうよ人生残り少ないし」

とか明るく話してくれるのであった。

俺も死ぬまで飛距離を伸ばすのだ。そこに何の理屈もいらない。
ただただそれが面白いからでいいのだ。

そして僕より飛ばす人にあうと、嬉しくてしょうがない。
まあこれはドラゴンボールのゴクウみないな心境ですかね。

木曜日, 3月 02, 2006

薔薇亭


http://www2a.biglobe.ne.jp/~hmikami/tonkatu/rosetei.htm

ここの店が好きで今日はこれから行って、カキフライ定食を食べる。
マスターもママも味があってなあ。なんかもう20年近くもときどき
励ましてもらってるよなあ。カキフライは普通の人では3個までしかたべられないような
特大牡蠣、味も最高。僕は5個に朝鮮じゃなくて挑戦してきます。

時間14時間経過。

そして食べてきた。

これが薔薇亭 カキフライ定食 牡蠣5個 1300円だ。
3個は980円だったかな(初心者はこっちにしよう)。

横のコップと比べるとこれがただのサイズでないのがつたわるだろうか。
この写真人にみせたら、カキフライじゃなくてフライドチキンなのではといわれました。

マスターもママも60代、写真撮るついでに、僕の子供の写真みせたら、あんたにもう
こんな大きな子いるのと驚かれ、かわいいねえ、全然あんたにてないねえ。といわれ
明日はひな祭りだからと、子供のためにとお菓子までもらって帰ってきた。

きっと高円寺で一人暮らしして、ここに何回も通った人は何人もこの店に感謝してるし
もと高円寺に住んでいて懐かしがってる人もたくさんいるだろう。僕もその一人。

牡蠣フライは大きいだけでなくて味も最高でした。あとキャベツ千切りが大量でこれを
食べきるところにも、醍醐味があるのでした。

脱オタク宣言

表題に書いた、バイクとゴルフについては、私はオタクです。

なぜなら、実際のゴルフやゴルフ練習はいくらもしてないのに、
雑誌やインターネットのゴルフ記事それよりはるかに長時間読んでいるからです。

バイクも昔はそうでした。昔は月刊”オートバイ”と”モーターサイクリスト”が
電話帳のように厚かったのに、鬼のように読み込んでました。
一番読んだのは”ミスターバイク”か

それはそれでそれなりに楽しいのですが、オタクより実際にやったほうが
かっこいいよなあ。感動もあるよなあとわかっていながら、ダラダラ雑誌読んでいる
こりゃあかんわ。

もっと現実の行動をふやそう。全てについて。

エロ本読んでる時間も昔はながかったなあ。これもオタクか?
ああこれはただのスケベか。

咳止め薬はどんな夢をくれるのか

僕は、季節の変わり目とか、仕事のストレスが高まったときとか、
はっきりとした原因はわからないけど咳がとまらなくなる。

自分の精神的な弱さがもろにでているさえない話で恥ずかしいが。

それであんまりひどい咳が続くと、薬を飲むことになる。

以前、しつこい咳に苦しんで、いくつか病院をまわり、処方された薬でも
とまらなくて、最後に大きな病院にいって、お医者さんにみてもらったあと
そのお医者さんはこう言いました。

「最強の薬をだしますから、咳はとまります」

やったーこれで咳はとまるんだと、処方箋をもって薬局にいくと
まずアンケート用紙のようなものを渡され、住所、氏名、年齢、その他
細かく書かされて、不思議に思ったのだがともか薬は処方してもらった。

そしてその薬を飲むと、あれだけしつこかった咳はぴたりと止まった。

もう咳をしたい気持ちを思い出すことすらできないほどだった。

でも、なんか気分が多少悪くなり、眠ると変な夢をみる。

例えばこんな夢。

自分がゴルゴ13の主人公になっているのだが、敵につかまり、秘密の地下室で拷問されるとか。
トラと格闘するとか。

楽しい夢はなく嫌な汗かくような夢ばかり。

この薬は一体全体?

で調べてみると、りん酸コデインというもので、市販の咳止めにも入っているけど、それの
用量の多いものだったらしい。そしてこれはモルヒネよりもは効き目は弱いものの、
麻薬の一種らしい。

咳き止った以外、全然気持ち良くないんですけど。

でもこの薬飲んでいるときは頭がボーっとして、咳したい気持ちもおもいだせない。

仕事でイライラしているとこみ上げてくる咳したい気持ちが抑えられない。

やっぱり精神的なものが大きいんだろうか? ゴホンゴホン。

水曜日, 3月 01, 2006

今日の仕事の終わりに

ああ今日はいくらも仕事できなかった。明日はもっと真面目に頑張ろう。

バイクに初めて乗ったころ

大学生時代に、大学にバイクで通学している友人が二人いて、
大学構内の駐車場でちょっとだけ乗らせてもらった。

一人はスズキRG50E(だったと思う)で 何しろ初めてなので、
クラッチをつなぐときにアイドリングから回転をうまくあげられずにつないでしまい、
何回かエンストをしたあと漸くスルスルとノロノロと走りだした。

その瞬間の衝撃的な喜びを23年(くらいだったかな)たった今でもよく覚えている。
自分以外の力で動いてくれる自転車を手にいれたとでもいうのだろうか。

もう一人の友人はこれまたスズキの50ccのハスラーにのっていた(型式は知らん)。
彼が言うにはこのバイクはパワーがないからどうやってもウィリー(前輪上げた片輪走行ですね)
できないとのことなのだった。

「じゃあ俺が試していい?」
「ああ絶対できないから試していいよ」

早速試させてもらった。エンジンをレッドゾーンギリギリまで回して、いきなりクラッチをつないだ。

突然僕の視界には、青空がのどかに広がっていた。僕は怪我しなかったが、
ハスラーは故障してしまった。

瞬間的にバイクと一緒に後ろ半回転をしてしまったらしい。

自分 「あのー、ウィリーするんじゃないか?」

友人 「...。 修理代払えよ」

自分 「わかった。ごめんな」

そんなところから自分のバイク経験は始まった。
こんなに良く覚えているのは、それだけ面白い出来事だったからだ。

あのふるえるような感じを昨日のこととように思い出せるのだから。

火曜日, 2月 28, 2006

Blogを初めて始める

思えば子供の時から、自発性も行動力も足りなかった。それでもインターネットの視聴者だけでいることに飽きてきたので、Blogを開始します。

タイトルは僕の好きな趣味を羅列しただけ。(見切り発車バレバレ)

バイクは大学生のときから乗り始め、北海道にも9回(くらいかな?)いきました。

ゴルフは趣味といえるほどコースにはでてないのですが、練習場でドライバーを振り回して馬鹿あたりするとそれが気持ちよく楽しい(文字にするとそれだけですが、あの球が空に飛んでいく感じは気分良し)

水泳は20代後半にマスターズにでて、今は身体なまっているものの今でも一番好きな趣味。

音楽、好きですね。雑食ですが。

以上、さてこれがどう表示されているのか楽しみ。