火曜日, 7月 24, 2007

晴れがこんなに良いものだとは

ずっと曇りと雨が続いていて、スッキリしないところ、今日晴れて
気分がよい。

これから、成田に向かう、海外はそんなにしょっちゅういかないので、
気分転換になるけど、韓国は先月いったばかりなので、
先月ほど、楽しみではない。

仕事のほうは、何度もダメだと思ってきたけど、全然だめにならず、
今日はあるユーザーが間のSI会社を跳び越して是非一度あって
くれと電話をかけてきた。

まあこういうのはうまくやらないとやぶへびになることを、何回も
経験しているのだけど、少しは賢く対処できるようにしたい。

それにしても、窓から青空見上げるだけでこんなに気分がよいとは。

お天気様様である。

9月には娘と一緒に市民水泳大会にでるので、その申し込みを昨日済ませた。
今度は50mだし、マスターズよりもはかなりキラクにでられる。

でもついでにバタフライももうしこんでしまった。全然練習してないんだけどね。

月曜日, 7月 23, 2007

不思議な日々

ヒマなのに、給料はもらえるという状態が続いている。

ラクして金もらっているような気もするが、これはこれで結構つらいのである。
結構孤独でもあるし。

元同僚とかに相談すると、贅沢な悩みと言われてしまうことも多い。

そんなにヒマがイヤなら自分から忙しくすればいいじゃないかとも言われたが、
積極的な商材もないところから、チャンスを見出すために、一年以上悪戦苦闘して
きて、なんだか、頭が堂々巡りが多くなり、忙しくするのすら、簡単ではない。

僕に転職を勧める人もいるのだが、いくら退屈でつらいといっても、
このラクしている状況から、敢えて、自分からまたカリカリする状況に
突っ込んでいくのも、今一つ身体に万全の自信もないので、躊躇ってしまう。

そんなわけで、いつビニールがはがれるかわからないような退屈な温室の中で、
自分から、そこを出て行く気にもならなければ、その温室を作り直して
将来的な展望を見出す方法も見出せないまま、日々が過ぎていっている。

それで明日からまたソウルにいってくる。先月2年半ぶりにいったばかりなのに、
他の仕事の関連でまた今月行くことになった。

目標がみつからないなら、せめて方針だけでももう少しつくらんと、いかんと
思うのだが、なかなか。なんか気分は浪人に近いような気がしてきた。

こういう不思議な日々は、まるで、悩める仙人とでも呼べばいいのか、
不思議な気分にさせてくれる。

カリカリしない日々は血圧を下げてくれた。

火曜日, 7月 17, 2007

今年初めての屋外プール

近所の屋外市民プールが今週から今年のオープンとなったので、
昨日は子供達が連れて行けとうるさかった。

天気も良くないし、身体もかったるいので渋っていると、
下の娘がともかくしつこく頼み込んでくる。

「じゃあチューしたら言ってくれる?」

「どうしようかな」

「じゃあチュー5回したら絶対いってくれる」

「それなら行こうかな」

というと熱烈5回チューを受けたのだが、あわてて洗面所にいって
口を洗っている。うーん考えさせられる。

プールいってみると、水温が25度で下の娘はたちまち身体が冷えて
寒くて泳げない。それでも一時間半くらいいて、プールをでた。

そのあと、近所のコンビニでお菓子と特大ぺヤングソース焼きそばを買い。
多摩御陵の橋のたもとで、3人でじゃんけんをして買った人から順番に一口づつ
たべていった。泳いだあとは焼きそばが妙においしい。

あと何年娘2人とこんなことやれるんだろう。今年が精一杯かもなあ。

日曜日, 7月 15, 2007

ジャパンマスターズスイムで100mフリーに出場して

同じチームからは、当日私だけの出場だったが、
ありがたいことに家族が応援にきてくれた。

他の選手達はそれぞれ知り合いやらと話していて
場なれした雰囲気の人が多く、自分だけが初めてきた
プールで勝手がわからないように感じて、最初からちょっと
気おされていたところも多かった。

サブプールでウォーミングアップに400mぐらい泳いだ。

召集やらで遅れないよう気をつけて、
ゴーグルも飛び込みで外れないよう思いっきりきつくして、
あとはリラックスして、効率よく泳げるようにしてと
考えていたのだけど、スタート台でリラックスするつもりで
伸びをしている間に、みんなスタートしてしまい、あわてて
スタートをきった。
(後から家族からきいたら 他の選手より一秒くらい遅かったのではないかとのこと)

スタートするともうリラックスどころではなく、おまけにスタートで出遅れていて、
あせりにあせる。隣のコースの選手のスピードが自分とほぼ一緒で、
スタート分だけ僕の前にいるので、その人を緩やかに抜かすことができる
くらいのペースで泳ごうとした。頭の中では80%の力のつもりなのだけど、
あとから考えると90%の力が出ていたと思う。

50mのターンで、その横の人を抜き、自分が4コースだったこともあり、
これで自分がトップにたったかと思った。(後から家族にきくと、1コースの
ひとがずっとトップだったそうだけど、その人は申告タイムで10秒くらいは
サバを読んでいたことと思われる)

そのままなんとかペースを保とうとしていたけど、プールの真ん中あたり
75m付近で、腕が、そしてそれから、身体全体が、もう少しも動かせないと
感じるくらいになってしまった。でもここで、リタイアどころか、スピードも
落としたくない、なんとかゴールまでもたそうと、意志の力だけで
無理矢理からだを動かしつづけるが、スピードが情けないほど
一気に落ちてきた。最後はタッチ板すらヘロヘロでたたくことも
できず押すかんじだった。

プールから上がることすらやっとだった。

それから着替えて、ボンヤリしていると、下の娘に背中をつつかれた。

「パパねえ、途中で2番になったのに最後に2人に抜かれて4番だったよ」

着替えて、帰り道でも、汗が大量にでてきて、Tシャツがびしょぬれになって気持ち悪く
駅で脱いでそれを絞ったら、汗がたれた。家族は僕と他人の不利をし、
そのホームにいた若い女性達は怖がっていたといことだ(家族から聞いた)。

途中で家族の買い物に付き合って家に帰って、ビールも飲んだりしたけど、
夜になったら、頭が激しく痛くなって、吐き気がとまらない。
トイレに6回も駆け込んで、吐き続けた。

自分ではあの最後の25mで身体にすごい無理をかけてこうなったのだと思う。

本当は今日は50mの自由形にでるはずだったけど、昨晩からの状況から
これ以上無理をせず棄権した。

インターバルトレーニングもやれず、所属しているスイミングクラブの練習にも
ついていけないから、もう参加しておらず、いくらも練習もしてないし、体力も十分には
回復してないから、遅いのは当たり前なのに、それでも遅いことは残念なことだと
つくづく思った。健康や仕事になるべく悪影響のない範囲で、少しずつでも
納得のできる泳ぎができるようになりたい。

15年ぶりの水泳の試合だったけど、それを通じて15年前までのことが
一気に思い出されてきた。妻に会う前までのこと。

実は今回、試合に出ようと思った理由の一つには、上の娘が気持ちを変える
何かのきっかけになればという思いもあった。

上の娘は(算数はひどすぎだが)水泳もバイオリンも才能はあるらしいのに、
頑張らない。集中することがない。水泳もスグ上達しながら選手コースは
大変そうだからとさっさとスイミングクラブもやめてしまっていた。

それが、その僕のカッコ悪いレースをみたら、面白そうだからと
市民水泳大会に出てみたいと、自分から言い出してきた。

気持ちは通じる人には何も言わなくてもそのまま通じることもあるんあだなあ。

今回僕は、この試合に努力どころが準備をして臨んだとも
いえないけど、それでも、そういうものにでることで、
このしらけた日々に少しは刺激になればと思って出てみた。

そして実際それはちょっとは刺激になった。

火曜日, 7月 10, 2007

ユーチューブでプロモーションビデオにはまる

ボニーピンクのプライベートラフターがユーチューブで見て聴けるとしらんかった、
わしはオヤジ。

今頃ユーチューブ面白いというのも遅いのだけど、見なくても、BGM代わりに流しておいてもいいかと。

ジャパンマスターズスイム迫る

14日、15日とジャパンマスターズスイムに出場するのでもうあと4日間しかない。

勉強しないで、試験日を迎えた受験生のような気分である。
50m自由形はバテようが30秒前後でおわるからなんとかなるだろうが、
100m自由形はばてると、かなりかっこ悪いことになる。

15年前まで一緒に試合にでてた人に話したら、

「老婆心ながら、くれぐれも前半を抑えていくよう、忠告させてもらいます」

とメールがきていた。その人は、去年僕が酸素吸入うけて身動き取れないときにも
漫画本もって見舞いにきてもらっていたから、そもそも出場すること事態が無謀だと
思っているのかも知れない。

でもバテようがつぶれようが、後半動かなくなるのを恐れて、前半を
おさえていくなんてことが、自分の性分に非常にあわない。

今の体力で、ベストを尽くすには前半の50mをいかに効率よく、
消耗を最小限にして、そこそこのスピードでいけるかにかかっている。

ああ考えてもなるようにしかならないんだけど、
いらないところに力が入って消耗したり、
硬い動きで消耗したり、
ウォームアップ足りなくて、動かなかったり、
ゴーグルハズレてあわてたりしないようにしたい。

飛び込みなんて10年以上してないなあ。

怖いけど楽しみである。

水曜日, 7月 04, 2007

続三丁目の夕日

映画三丁目の夕日の続編が作成されていることを今日知った。

あの映画の何にあんなに感動したのか、後から何度か考えた。
確かのこのブログにもかいたから重複しているかもしれないが、
ああいう世界こそ、多くの人のが心で望んでいる、素直に心が喜べるもの
だからだとおもう。

周りの人に素直に思いやりをつくせること。
自分の喜べることを素直に追求できること。
自分の感情をありのまま表現して人とつきあうこと。

ラストシーンで、金持ちの親に連れて行かれそうになるところから、
逃げ出して戻ってくるところが感動的だった。

金銭的、物質的に贅沢なくらしより、自分が1番一緒にいたい人との
貧乏な暮らしを、選ぶこと、そのほうが自分にとって嬉しいことを
表現していたからだと思う。

心が喜ぶことと、この世の中で、表面的に、上手く生きていくことは
違うことが多い。
昭和30年代40年代というのは何とも懐かしい空気をもっていたのように
感じられる。

続編公開は11月だということだ。必ず見に行こう。

日本、韓国、オーストラリア それぞれ仕事で付き合ってみて

仕事で、韓国ともオーストラリアともつきあってみて、随分と対照的な感じを受けている。

オーストラリアは反応がおおらかなことが多い。本社の仕事の進め方に
問題あって、僕が動きたくても方法がみつからないときがしばしばある。

それで、どうすればいいのかオーストラリアに連絡取ると、今はしばらく
待っていてくれとか返事が来る。それでも給料はくれる。

仕事の成果を上げずに給料もらうのは それがいかなる理由があっても
気分のよいものではない。

でもオーストラリア側は全然気にしてないみたいなのだ。

昨年僕が入院している間も、給料はもらっていた。
クビになるかなあと思っていたのに。

そんなことで時間が経過して、僕はすまない気持ちと、
それでも生活もあるから給料はもらい続けたいという、
とっても情けない気分ですごしていた。

なんとか仕事のの成果をだそうとして いたら、随分時間かかったけど、
しばらくぶりに成果が出そうな 兆候が少しはでてきた。

僕が逆に雇う立場なら、非常に困ったことだろう。

韓国の場合は日本と一緒で資源もなさそうだし、
人口も確か日本の三分の一くらい。
輸出で頑張るしかないのだろうし、社会資本の蓄積も、まだまだ
足りないのだとおもう。

それでもアジア諸国の中ではかなり進んでいるし、
インターネットインフラは今も日本より進んでいるようだけど。

僕のあっているオーストラリア人は仕事好きだけど、彼らも
きいてみると、友達はウェイターやって、あいた時間はビーチにいて
リラックスして生活している。オーストラリアはそういう奴が多いみたいな
ことを言っていた。

韓国では、先日の出張でも40代は特にIT業界では、仕事を継続するのが難しいと
深刻な話を酒の席でもするので、日本もそうだよ(実際そうだけど)とか
いって、話をつないでいた。

結局、環境によって人間は非常に影響をうける。
国民性なんて、所詮は環境が作り出す部分がおおいのではないだろうか。

日曜日, 7月 01, 2007

飛行機の窓から空をみて思ったこと

韓国の帰りの飛行機で窓側の席に座って、何気なく外を眺めていた。
雲を突き抜けると、空はとても明るく、下に見える雲は白く輝いていた。
雲の形も変化して、綺麗だった。

高度は確か9000メートルくらいまで上げて飛行していた。

高度からするとエベレストの頂上からの晴れたときの景色も
これと似たようなものが見れるのかもしれない。

水平線だか地平線だかわからないかなたの水平方向の境界線は地球が丸いことを
わからせてくれるように緩やかな曲線になっているように見えた。

エベレスト上るのは大変でも、飛行機なら窓越しだけどこんな景色がみれる。

だから大変な思いしてエベレスト上らなくてもいいや。
実際にはエベレスト登山のやりがいみたいなこともしらないのに
ふとそんなことを思った。

僕はちょっとした経験を重ねて、本当のことはまだ知らないハズなのに、
やる前から、そんなことしてもあんまり面白くなさそうだと思ってしまうことが
多くなった。

それに去年の入院から、もうあんまりカリカリしてまで何かをやる気にも
なれなくなった。カリカリしてなにかやっても、それが、健康に悪いなら
なんかアホらしくなってきた。

自分が金持ちでもないくせに、金なんかたくさんあってもそんな楽しい
ものでもないだろうなあと思ったり。

責任ある仕事はやりがいよりも、疲れることが多いだろうなあと思ったり。

飛行機の窓から空を眺めて、エベレストの頂上もこんなもんだろうなと
思うようなことを、なんにでもあてはめて、

それで、結局、なんもしたくなくなり、夢も見出せない。そんな日々だ。

人生浮き身に徹して生きるだけでもよいのかもしれんけど、
本当にこんなんでいいのか、フワフワした気分で、日々を送っている。

木曜日, 6月 28, 2007

韓国の社長と話してわかったこと

元々は本社の社長であったわけだが、彼が完全に
日本でのビジネスに関心を失っていることが良くわかった。
そんなわけで、僕はまた次の一手をどうすればよいのか
また考えこんでしまった。もうあきらめたほうがよいのかもしれんが。
いい加減。

午前中にあった、韓国人へのソフトウェアと日本語の教育ビジネスを
している社長とは契約書の件ですでにメールを4通もやりとりした。
こういう状況に陥っているのは、もてなくて、新しい恋人がみつからないと
思い込んだ人間が、過去の恋人に空しく執着してしまうような
ものかもしれない。

そうであれば、一番の特効薬は新しい夢のもてる魅力的な
ビジネスを見出すことに間違いないのだが、これが見つからないままで
人生終わっちまいそうでんがな。 トホホ。

韓国のある会社の会議室で

今日の午前中は韓国の教育ビジネスをしている会社の社長さんとあった。
なんで俺に会いたがってくれているのか不思議だったのだが、あってわかった。

韓国では若者の失業問題が深刻だそうで、日本語とソフトウェアの勉強を
一日8時間10ヶ月(合計1800時間)指定機関でうけることと、それを
終了したら日本で受け入れてくれる会社との契約書があれば、韓国政府が
そのための教育費をだしてくれるそうで、そのための日本側会社の契約者として、
僕の会社に契約当事者になってほしかったのある。

義務はないそうなので、雨の中、自動車に乗っけてもらったり、プレゼント
もらったりして、もう断れないし、契約書を作成することとする。
これで損することもなさそうなので。

昼飯を、韓国人2人と私でとった。共通言語がなく、非常にたどたどしくしか
意思疎通ができない。

午後になって、2年半ぶりに、今まで何回もあっているけど、
ここのところご無沙汰していた 韓国の社長にあって、話をする。
俺の英語も彼の英語もひどいものだが、かなり通じてしまう。
韓国語と日本語の語順が近いから、イギリス人がきいてもわからないような
英語でお互い通じて しまうということらしい。でもヒドイ英語だから、
雑にしか通じない。彼の英語は僕よりヒドイようで
6時からは通訳にきてもらって話を再会することとする。

2年半前、彼とのビジネスをあきらめてから、彼はどうなっているか
と思っていたが、 かなり元気にやっていることが良くわかった。(おれと大違い)

どうも、彼は十分にはハッキリと話さないが、安く買った会社を
(当時ビジネスモデル変えないと会社死ぬと僕が強くいっていたら今度
こういう会社かってビジネスかえるとメールがきたのがこないだのことみたいだ)
たった一年で高く売れたときに その金をつかって自分の会社の他の株主から
安く株を買い戻し、さらに残った金で、ソウルでこれから値上がりしそうな
地域(ここのこと)のビルの何フロアかを購入し、そこに会社を入居させることで、
会社を低コストでオペレーションできるようになったらしい。

ソフトウェアから不動産ビジネスに変えたんだね、
日本に興味なくなるはずだね。
俺はもう日本の会社閉じちゃおうかといったら、
それなら株もどせというから、いくらだときくとノーアイデアだという。

でも、俺からもどさせてから、他の韓国の会社に売るんだとかいっているから、
ああおれから、タダ同然でもどさせて、なるべく高く売るように頑張り
たいんだなということが、当然予測されるわけである。

色々はなして、6時から通訳もいれてさらに話すことになるけど、やっぱり解決策はなさそうだ。

でもどんな話になっても、良いビジネスを見出すためと割り切って話を
すすめることが大切だ。

そもそも彼も悪い人じゃないと今も思っているけど、彼ももう10年近く会社を
維持するために、 ドライにやってきて、前よりビジネスライクな人になってきたし、
そうならざるを得なかったということなんだろう。

むしろ、十分ビジネスライクになれずに、身体壊したり、している俺が馬鹿なのだ。

彼も僕にうまく交渉しているつもりなのだろうけど、また実際に非常に交渉の
うまい人ではあるけど、 日本の会社閉じてもいいよね、とぼくがいうと、
内心あわてているようにみえた。

僕のほうが交渉能力は下手だけど、もう捨て身だからな。

でもこれは勝ち負けじゃなくて、次にできることを見つけるためにあるのだ。
6時からどうなることやら。

火曜日, 6月 26, 2007

明日から2年半ぶりの韓国

韓国の人達とは今まで、あまりにも色々なことがあった。

2年半前の出張で、韓国とのビジネスをもうあきらめて、
もうソウルにくることもないかなと思いながら、最後のの夜だからと、
ホテルのコンシェルジェできいた宮廷料理店で一人で豪華な食事をした。

韓国の(というか朝鮮のというべきなんだろうか)伝統音楽と、踊りが
なぜか懐かしいような気持ちにさせてくれて、それまでの韓国の会社との
様々なやりとりと、その終わりを追想した。

宮廷料理はおいしく、色々な料理が、小さな皿で何種類もでてきた。

紆余曲折へて、もう一度あきらめずに、韓国の会社と話してみることにした。
そんなわけであわててチケットを買い明日から久しぶりにソウルにいってくる。

この6年と4ヶ月間、韓国の人と仕事で会うことで、楽しいこと、感動したことと
失望したことが、同じ日本人と仕事してきたより強い印象をもって、残っている。

次にチャンスが開かれるのかはわからないけど。何もしないよりもよいだろう。

どんな旅になるかわからないけど、自分のきちんとしたビジネスをしたいという
意志はきちんとしめして次のチャンスを見出せるよう頑張ってみよう。

吉野家の牛丼とほっそりした美人

ときどき、月一くらいかな? 無性に牛丼を食べたくなる。

それも吉野家がいい。今日はそんな日で、吉野家にいって、
特盛を注文して食べていると、隣のに人がきて、並盛を
注文した、何気なくみると、ほっそりした、松本零士の漫画で
でてくる、女性みたいな人だった。

それだけのことなんだけど、こういう人も一人で牛丼食べにくるんだ
というところが非常に印象的であった。

じろじろ見るわけにも行かないので帰りがけにチラッと見ると、
七味唐辛子をたくさんかけていた。背中もほっそりしていて、
それで牛丼もりもり食べる姿が、妙にカッコいいというか好ましかった。

やれることやって動き続けて、結果を見ればいい(人事を尽くして天命を待つ)

昨晩、10時くらいから、自宅で、頻繁にテレビのチャンネルを変えながら
同時に3つくらいの番組をみた。

2つは笑える番組で、1つはNHKの30代の鬱が増えているとかいう番組だった。

それで、2つの番組で、笑わせてもらいながら、鬱状態で職場に出れなくなった
人の家庭での取材とかをみていた。

他人事だと、深刻な内容でも、所詮他人事なので、冷静にみてしまう。

鬱で職場にいけず、奥さんが内職して家計を助けて、旦那さんの
健康保険組合からでる傷病給付金と、それだけなので、ローンと生活費だけにも
たりず、貯金を切崩す日々だとか説明している。

鬱病でそういう状態になったわけだが、そういう状態のほうが、余程、落ち込みそうだ。

また番組を切り替えて、女性タレント達が明るくケラケラやっている番組をみる。

ああでも、他人事だと、良くわかるけど、難しい自体だろうがなんだろうが、自分に
できることをそれなりに手を尽くしてやったら、それでも結果が悪かろうがなんだろうが、
もう自分を責めたりしないことが大切だ。

無駄に悩んで時間を使ってよいことは、ほとんどないだろう。良いこと思い浮かばないなあ。
まあ悩む人の気持ちを理解できるようになるくらいかな。

だから、自分のことすら、ちょっと客観的に、やれることやって、気が進まなくても、客観的に
やったほうが良さそうなことはやって、あとは、なるようになれーーーーと
他人事のようにやったほうが、むしろ自分のためになるんじゃないかと思ったのでした。

自分を大切に考えすぎると、それは自分にむしろよくないんじゃないかと思う。

所詮限られた、時間を生きている存在にすぎないから。

月曜日, 6月 25, 2007

雨の日の7並べと神経衰弱

24日は雨で、ずっと家にいた。
これがボンヤリうとうとしていると、ラクなようでラクでない。

怠け者のくせに、怠けていると気分悪くなる。

しょうがないから、朝から、ブックオフから昨晩、スポーツクラブ帰りに
買ってきたばかりの 「血と骨」のDVDをみる。

小説をかなり忠実に再現しているのだけど、小説の方がよかった。
主人公ビートたけしのコメントで

「まあとんでもないヒドイ主人公だけど、自分で意識してやっているわけでなくて
そういう人間に生まれちゃって自分でもどうしようもないんだからしょうがない」

というのが、彼の理解の深さを表現しているようだった。

娘達がトランプで遊ぼうと うるさいので、七並べと神経衰弱をやった。
七並べは何回やっても手加減しない自分が買ってしまうが、最後だけ
上の娘がかった。

神経衰弱は、いくつか覚えるとしたの娘が気分が高揚して踊りだし、
それでみんな数字がどこにあるか忘れてしまうという流れだった。

娘達のおかげで気がまぎれた。

井の中の蛙ですらない自分の水泳

近所のスポーツクラブに入会して、ときどきいってみて、
しばしば非常に泳ぐのが速い人がいて、刺激をうける。

そういう人がいると話をしてみるのだけど、自分より速く
泳げる人は例外なく、僕より練習しているし、水泳に対して熱い。

そこで、さあ俺ももっと頑張るぞといきたいところだが、なかなか単純にはいかない。

やっぱり、僕は自分の身体と相談しならが、自分の身体の声を聴きながら
自分にあったペースでやっていくしかない。

土曜の夜に初めて、そのスポーツクラブにいってみたら、
「ザリガニの会」という集まりの人たちが、8時から練習をしていた。

メニューがびっしり組まれていて、1時間半の猛練習、僕は参加しないでおいた。

それでも僕も水泳は本当に好きなんだ。自分なりに納得できる水泳をしていこう。

木曜日, 6月 21, 2007

仕事と家族のバランス

最近、まえより家族のありがたみを感じるようになった。

ありがたみを感じると素直に感謝できるから、自分の目からみると
家族関係がまえより良いようにみえる。

自分はそんなにはお調子者とは思わないのでけど、
仕事なんかちょっとうまくいっているときは、なんか自分が
少しは偉くなったようなきがして、仕事がなにより大切だとか思って
家庭の比重が軽くなってしまっていたことがある。

逆にいうと今仕事が冴えないから、家庭に擦り寄っているだけなのかもしれん。

別件
都内にあちこちで見かける ”富士そば”で食事していたら、
演歌がかかっていて、富士そばの社長はたしかCDも出しているから
その歌なのかもしれないが、歌詞も雰囲気も強烈な歌だった。

「今日まで何とか生きてきた。今日まで何とか生きてきた。今日まで何とか生きてきた
俺の男の意地をだしてやれ」

そんな歌詞を、哀切と情念のこもったような声で じっくり、繰り返し歌い続けているのである。

”富士そば”は確かとても経営状態のよい会社だときいたことあるので、
何とかどころか大成功している人がこの歌詞をこれだけ心をこめて
歌っていたら、ハングリー精神をどこまでももっているということなのだろうか?

凄い歌だった。でもCD買わんけどね。

水曜日, 6月 20, 2007

深夜水泳と白い水着のネーちゃん

昨晩はダラダラと自宅のような会社にいたので、
スポーツクラブについたのが夜中の12時だった、
泳ぎ始めたのが12時10分でそれから30分間ただ泳いだ。

その時間でも各コースに一人ずつ人がいて、どこに入るか
迷ったけど、1番、ぶつからなそうな白い水着の女性のコースに
入った。折角一人で気持ちよく泳いでいるのに悪いから、一応
挨拶して、すみませんねといって、そしたら、軽く会釈してどうぞと
いう感じで、良い笑顔で、僕はなんかちょっと恥ずかしくなって、
おかげで途中で休めなくなって、30分泳ぎきった。
その間にその人は帰った。やっぱり迷惑だったな。悪いことをした。

なんだか、随分スタイルのよい人だった。インストラクターかなんかなのだろうか。

インターバルトレーニングはやらなかった。泳いだあとの気持ち良さや、疲労度、
健康を考えると僕はインターバルやらずにただ長距離泳いだほうがよさそうだ。
もういいや試合は遅くても。健康第一だし。

5分くらいユックリおよいでいると、急にラクになって、15分くらいで
泳ぎをとめたくなるけど、なんとか30分続ける。30分泳ぐコツは
決して途中でペースを上げすぎないことだと知る。

珍しいことに、後半で左側呼吸のほうが腕がラクだった。
いつもの右側呼吸だと右腕が重くなって泳ぎが乱れてきた。

左側のほうが下手でなれてない分丁寧にやろうとするのがよいらしい。

家に帰って、遅い夕食(深夜食)を食べて、寝たのは2時になってしまったが、
それでも、水泳のおかげで朝がさわやかだった。

日曜日, 6月 17, 2007

金曜の深夜の水泳と土曜昼からのバイク

金曜の夜の予定がドタキャンとなり、また数日泳いでいなかったので、
夜9時にスポーツクラブに行き泳いだ。

ユックリのダラダラ泳ぎをまたしようと思っていたが、途中から同じコースに入ってきて泳ぎ
始めた人がいて、ついついその人よりいくらか速いペースで泳いでしまい、20分くらい
泳いだところで息が上がってしまった。

その後また、50mを1分サークルで10本これまたダラダラと45秒くらいのペースでやる。

そのくらいで丁度よいつもりが、土曜日にもかなり疲れていたので、今の僕はあんまり
強く泳いではいけないのかもしれない。

脈が120くらいを超えると不規則になってしまうことが多いし。

自分の体調のせいか、仕事が相変わらず冴えない状況のせいか(こっちの方が
頭に締める割合は大きい)、相変わらず気分も冴えない状態が続いている。

土曜は学校公開日とかで、子供達の授業参観をしてきた。
2人の娘達は普通に静かに授業を受けていた。

土曜(昨日は)とても天気が良くて、雲一つなく、しかも6月16日で日差しが強く
ひょっとすると、一年で1番降り注ぐ光の量が多い一日だったかもしれない。

12時くらいに家に戻ってきても、動きたくもないけど、じっとしているとさらに
冴えない気分になりそうで、Tシャツ一枚で、バイクでまた山に行った。
そのカッコでバイクに乗っても、熱い空気の溜まっているところは熱く、
山の中の、木陰に涼しい空気が溜まっているところを走ると、火照った
身体を冷ましてくれて気持ちよかった。

特に木陰の中に木漏れ日が点々とさしている山の中の道を走ると気持ちよかった。

山に登り、下りをエンジンを切って、自転車のように下ってくるとそれが良かったので、
別ルートで再度昇り、またエンジンを切っておりた。

道の途中で、もう随分前から気になっている民家のようなうどん屋があり、
丁度腹もすいてきたのでよってみた。
手作りのうどん、山菜、味噌田楽、饅頭(なんと麹から作っているとのこと)を食べた。
饅頭が特別おいしく、他はまあまあということろ。14年前からやっているそうで、僕は
このルートを20年前から走っていて、それで昨日初めて寄った。

夜は家族で、中華料理屋にいった。

そのあと、子供達と風呂は行って、エンタの神様みて、また子供達と一緒に寝て。

こんな生活している自分が、悩んで、苦しんで、暗い気分で、どうしようかと思っていると
他人に相談したところで、贅沢な悩みとしかいわれないのはしょうがないのだろう。

去年の入院中は、痛みに動物のように耐えているしかなかったので、意外と
精神的にはラクだった。なるようにしかならないし、僕にはそれしかできないし。
肉体的苦痛は実は精神的苦痛よりつらかったりもするけど。

それが、今の状態になってみると、今の生活、仕事の状態でよいわけがない、
自分はなんて、怠け者なんだろう、なんで気力がでてこないんだろう、
一体、何回失敗を繰り返しているんだろう、これからどうすればよいんだろうと
いう思いが繰り返されてしまう。

ただ不思議と良く眠れて、朝6時に気持ちよく目覚めることができたので、
今日は自宅の自分の机に朝から向かって、今の状態とこれまでのことを
書き出して整理して、今後の方針も書き出してみようとしている。
(その合間にこれを書いているから、集中できてないけど)

僕にできることはまず、今日をよい日にできるようにすることだけだ。

金曜日, 6月 15, 2007

鉄板居酒屋でビールをたくさん飲み、たくさん話をする

昨晩、前から気になっていた鉄板居酒屋なるものに初めていった。

仕事一緒にやっているオーストラリア人の彼と2人で。

2時間食べ放題で飲み放題のコースで、そのあとも2時間ビールを飲み、
計4時間も飲みながら、話続けた。良く自分の下手な英語で話続けられるもんである。

彼も最近すこし日本語をしゃべるようになったけど。

2人とも仕事行き詰っていて、本社も良いアイデアないみたいで、
普段、なかなか話しようがなくなっていたけど、公私にわたり
色々率直に話せて、ビールも大量に飲んだけど悪酔いせず気持ちよく飲めて、
すっかり、気持ちがラクになって楽しい気分になれた。

こういう時間を持つことが本当に大切だとまた思った。

木曜日, 6月 14, 2007

杞憂という言葉の意味を今頃少し知る。

天が崩れてくることを心配している人がいて、
おこりもしないことを心配して苦労してもしょうがないじゃないか。

という話かとおもっていたら、そんなに単純でない解釈もあることがわかった。

 「天地が壊れないと言う者もまちがっている。  壊れるとか壊れないとかは、  われわれの知ることができないところのものなのだ。  そうはいっても、  壊れると言う者にも一つの道理があり、  壊れないと言う者にも一つの道理がある。  それだから、生は死を知らないし、  死は生を知らない。  将来は過去を知らないし、  過去は将来を知らないのである。  天地が壊れるとか壊れないとかいうことを、  われわれがどうして心に容れて考慮しようか」

こっちの解釈のほうがより考えが深い。

心配の種とすべきは、自分でコントロールできるもののみにとどめること。

心配してもその結果を自分には変え得ないものにはそれを受け止めるのみにすること。

ということなんだろう。

これが仕事だと、何が何でもこれを何とかしよう、きっと方法があるはずだとか
やってしまうから、精神を消耗することがあるのだろうけど、
それも見極めが大切ですね。

水曜日, 6月 13, 2007

病気でも明るいビルの管理人さん

会社の入っているビルの管理人さんが、明るくて、協力的で、サービス精神あって、
良い方で、話すと僕も楽しくなる方なのだが、今週は見かけてない。

気になって、管理人室をのぞいてみると違う人がいる。

管理人さんのこと聞いてみると、入院してかなり具合よくなさそうですとのこと。

管理人さんとの会話の中でも、もう何回も入院したとか、最近はお腹に水がたまって
という話をきいていたので、かなりよくないのは僕も知っていたのだけど、
明るい話し方、顔色はあまり悪くないこと、からまだ大丈夫だろうと
勝手に思っていた。

一度仕事で休日にでてきて、会社の近所のスーパーによると管理人さんが
いて、ここ安いから休日も果物かいに来ちゃうんだよとかいってた。

調子悪いからBMWのバイクを売って、今はスクーター乗っていてそれできたとか言っていた。

電源のことから、何から頼むとすぐ動いてくれた。

医療機器(MRIとかCT)の営業で世界中飛び回っていた話もきいた。

腹に水が溜まるほどの状態で管理人さんはなんであんなに明るく振舞えたのだろう。
元気になってほしい。

ひるがえって、自分が対して深刻でもない状況をあれこれ悩んで暗くなっていることが
とても恥ずかしく、情けなく感じた。

苦しい状況を明るく過ごせる人は素晴らしいが、
大して深刻でもない状況で勝手に暗くなっているなんて、かっこ悪いの極地だ。

明るい太陽の光と、管理人さんのことを思い出すことで、僕もすこし元気になってきた。

火曜日, 6月 12, 2007

長期的な考えと今日だけのこととをわけること

また水泳にも助けられている

昨日は水着忘れたので、一度家に帰ってから、いかないでという娘達を引き離して
自転車で、スイミングクラブに向かった。

スタミナないので、ダラダラ泳ぎ(ユックリと長距離を泳ぐ)をしたほうがよいと
コーチに言われていたのを思い出し、丁度10時から10時半にかけての30分間
ユックリとおよいだ。途中腹が減って力は入らないほかは、ラクに流して泳げた。

泳ぎ終わってすぐに脈を計ると120くらいで丁度良い感じ。

でも、一ヶ月後に出場するのは50mと100mなので、これだけじゃまずいと
50mのインターバル 一分サークルで10回やった。
平均して43秒くらいのはいりでこれまたユックリなのだけど、
今の自分にはかなり精一杯。

4本目、あたりでくじけそうになるが5本目終わると、もう半分はやったと
最後までやるきになる。

その程度の練習でもやってみると、結構、必死なので、今のという時間に集中できて
それによって、気持ちが燃えてくる。だからいつも、今の瞬間に集中して、
余計なこと考えずにやることが、大切なのに。

泳ぐと、心も身体も気持ちよく、その感じは翌日の今も続いている。
ただ、色々なことがもう七面倒くさくて、もう何もかも投げ出して
バイクで旅にでもでたいような気分も持続している。

今朝は2ヶ月ぶりくらいで、慶応病院にいって採血だけしてもらってきた。
あんな大変だった入院生活が懐かしく思い出されるのだから不思議なものだ。

月曜日, 6月 11, 2007

落ち込み続ける

表向きは結構普通にやっているが、気分が落ち込んでしょうがない。
何やるのも億劫だ。でも何もしないで寝ていると、余計に落ち込む。

俺はしょうがねえオヤジだなあと考えると余計に落ち込むので、
考えないようにしようとしても、頭は何か考えてしまう。

しょうがないから、土曜の夜はワインを一本あけて酔っ払って
ごまかしたけど、酒に強くないので翌日はかったるい。

昨日は子供達がどこも出かけないでつまらないからどっかつれってって
というので、実家に連れて行こうとしたら、また自転車で行きたいという。

下の子供も頑張って走りつづけ20分くらいで実家につく。

いくらか気分転換になる。

雨の週末をたくさん眠り続け、惰眠の中で、わけのわからない夢を
見続けていた。

先週は、3人の人が僕の相談にのってくれたが、結局、今の僕の状態というのは
贅沢な悩みでかつ自業自得のようなものだから、客観的な意見を求めても
難しいらしいということがわかった。

43歳というのは65歳くらいまで勤めるとすると、大学でてからまだ半分なのだけど、
まるっきりこれからの道を見出せず、見出せない自分が情けなく、
頭は混乱するばかり。

それでもしぶとく生き抜くのが自分なわけだが。

世の中の役に立つことで自分もそれをやることを楽しいということをやって、
充実感、充足感をもって日々を送れるようにしたいのだが、
そういうものがみいだせない。

しょうがないから、今日も目の前のできることをちょっとづつやって
自分をごまかしながら生きていくのであった。

折角生きているのになあ、俺は何を間違っているのだろう。

木曜日, 6月 07, 2007

水泳の速い人に会うと話しかけずにいられない

ああもう ジャパンマスターズ近いのに、練習があまりできてない。
プールに行かなくちゃといっても、まずジャクジーにつかり、ぼんやりとプールをみている、怠け者の俺。

さっき更衣室ですれ違った人が、恐るべき、いかにも水泳速そうな肉体をしており、その人が気になってみていると、ストロークは長く、スピードも早く、一見して、凄いスイマーだとわかった。

それが200mくらいしか泳がないで、ジャグジーにくるので、僕から話しかけた。
謙遜していたけど、よくよくきいてみると、実業団で2位だったそうで、それは速いは。

平泳ぎが専門なのに、50m自由型も26秒くらいで、100mは一分で、歳は僕より2歳若い
41歳だとのこと。しかもこれが1番驚いたのだけど、水泳の現役選手時代はないらしい。

こんな人もいるんだなあ。そこから、泳ごうとジャグジーをでると、その人が

「泳ぎ拝見させてもらいます」

というので、気を失いそうなくらい無理して泳いでしまった。横のコースをいつも練習で
ついていけない とても長距離の速い女性が泳いでいたのを、追い抜いて、
また追いついて追い越して、泳ぎ終わった後も、息がきれて、なかなか戻らなかった。
その人は帰っていた。

見えはってもしょうがないといつも思っているのに、ああいう人のまえでは、無理してしまった。

また家族に助けられている

昨晩は9時ちょっと前に自宅についた。平日はあまり9時前に帰ることがない。
子供達は9時に眠ってしまうので、起きてる顔はみれないことが多い。

ポストをみてちょっとガチャっと音がして、玄関の鍵を開けると、その音を
きいただけで、2人の娘が我先にとどたばた玄関にやってきて、

「パパが帰ってきた」

と喜んでいる。昨晩はもう昔のように飛び跳ねてまでは喜んでくれなかったけど、それでも嬉しい。
僕はその嬉しさを表現できないんだけど嬉しい。

俺みたいなのが帰るだけでこんなに喜んでくれる子供がいるというのは、励まされるような感じだ。

いつも、何とかしなければいけないことにばかり注意がいってしまうから、僕を取り巻く環境は
まるで、全てが、問題だらけで、それしかなくて、失敗ばかりで、そんな思いにつぶれそうに
なることが多い。(でもつぶれないんだけどね)。でもこうやって、僕には嬉しいこともあるんだと
いつでも思い出せるように覚えておこうとおもう。

途中で買ってきたビール500ccを飲んで娘達とベッドで話をする。
随分色々な話をした。上の娘は小学校5年生だけど、もうクラスでは
誰が誰を好きでなんて話で盛り上がっているんだそうだ。

それで上の娘はもう男の子から告白されることを数回経験しているらしい。

それでどうするのと聴くと

「ちょっと無理」 って答えるのとかいっている。

家族でホームレスする話とか、色々。

子供には子供の世界があり、それはほとんどの大人より生き生きしているようだ。

下の娘は、ひとしきり僕に文句をいったりぶったりしたあと、最後にはすぐ横にきて眠りだした。

月曜日, 6月 04, 2007

力を抜くこと、バイクと水泳とゴルフで

日曜の朝、トイレに起きて時計をみたら6時半だった。

前日、山梨県に自動車ででかけてせいもあって、まだ寝たいような
気もしてが、5秒ほど考えて、ゴルフ場の早朝練習にいくことにした。

2週間ぶりかな。練習してないぶん、球の方向は定まらず、それでも
短いものなら、振り回せば番手なりの距離はでたけど、ドライバーはだめ。

それで、あきらめかけて、もう飛ばなくていいから、力抜いてそっとやってみようと
振ってみたら、いきなり一番奥のネットに届いた。

なんとも不思議である。力をいれないと重いものは持ち上がらないけど、
ゴルフで飛距離をだすのは全く違うものらしい。

バイクでもそう。コーナーでスムースに曲がるには力を抜いて、ハンドルに余計な
力を加えずに、バイクが曲がりたいようにすすめていくときが一番、自然に滑らかに曲がれる。

水泳もそう。できるだけ余計なところに力をいれずに、推進力になるためにだけエネルギーを
消費して、身体は力まずにできるだけ流線型に近いポジションをとるほうがよい。

こういうことって色々おおいんだろうな。なんで不必要なところに力をいれて無駄に疲れてしまうんだろ。

色々なことで、そう思う。仕事でも。

金曜日, 6月 01, 2007

新しいオフィスに初めて泊った

昨晩は家に帰らず、新しいオフィスに初めてとまった。

カーペットの上に直接寝たので、やっぱり硬くて、眠りが少し浅かった。

それでも、オフィスというより、都心の別宅みたいな雰囲気の部屋だから居心地はとても良い。

会社に泊れば、何か良いことあるわけでもないのだけど、これは願懸けというか
お祈りみたいな気分になる。

会社に泊って仕事のこと考えると、何か良い方法思いつくとか良いことあるんじゃないかという。

でも何も思い浮かばない。もう俺の脳味噌は腐っているのかもしれない。
なんてこと考えてもよいことないから、深刻になりそうなときは
おちゃらけて自分をごまかしてでもなんとかやっていくのであった。

木曜日, 5月 31, 2007

転職活動中の人と昼飯を食った

仕事で知り合った人が現在転職活動中で、昼飯食べながら話をした。

話聴いてみると、彼は20代にして自分の会社を創業、お父さんの急病によりその会社の
引継ぎ、その会社の清算と随分大変そうなことを経験していることがわかった。

それで、僕は彼がちょっと普通の勤め人にない雰囲気をもっていると感じていたのかもしれない。

その彼をして、当面は勤め人としてやっていくつもりということだから、やっぱり起業は
簡単じゃないと彼も思っているらしい。それでも、彼もいつかはまた起業したいということで
そのときは協力できることあると良いですねという話しで別れた。

よくありそうな話だけど、どこでチャンスが生まれるかわからないので、
自分が良さそうだと思った人は大切にしておきたい。

会社の通帳に記帳したこと

もう長いこと、自分の会社の通帳の記帳なんかしてなかったけど、
今日は自分でした。会社の金の心配をしたくなくて、もうずっと
人任せにしてきて少し反省している。

思えば、通帳の記帳して、残高みて、はらはらしたり、今日みたいに
それなりに入金あって、ほっとしたりを繰り返してきたけど、
本当によく一切金借りずに、ここまで持ってきていると思う。

こういうものには自分の性格でるんだな。

いつも、悪いケースを想定して、それを回避することばかり考える。

そしてそれは、それなりに機能してきた。自分の心配と不安を
アンテナかレーダー代わりのようにして。

でもそれじゃあ、悪夢にうなされながら生きているようなもんで、
悪夢がああ夢でよかったくらいの喜びしかない。

そうじゃなくて、思いっきり良い夢みて、そうなりたいと
思う力を80%くらいもって、

思いっきりこうなりたくないと思う悪夢も同時に20%くらいもって、

自分をドライブしていくくらいが本当は一番熱中できるし楽しいと思う。

それは、常識はずして、自分が素直にほしいものを見つけるのがいいんだろうなあ。

50歳までには、リタイアして、バイク、水泳、旅、ゴルフ、スキー三昧の日々を送れるようになるとか。
ウーン何かイメージしにくいなあ。

仕事があって、趣味があって、やっぱり両方あるから楽しいんだろうなあ。

もうこれからは、趣味にあった仕事を見つけるかなあ。

水曜日, 5月 30, 2007

何故判断力が鈍るのか

判断力が鈍っていて、それをなんとかしたいのだけど、
そもそもなんで、こんなに判断力が鈍っているのか考えてみた。

自分が長く関っている仕事の件については、長年関ることで
変な愛着が色々なところにできてしまい、捨てることに感情的な
抵抗を感じることばかり多くなってしまっている。

でもこの分野の同業で上場までいけた会社は一社もなく、
まるで勝者なき分野でみんなが無理しているようなところだから
僕のように、事業を縮小して借金もしない、投資も受けないというのは、
最も安全は安全なのだ。

ところが、人間は、成長する分野にいないと面白くない。

愛着や執着心が僕の判断力を鈍らせているのは間違いない。

次の一手をもっとドライに考えよう。それしかない。
同じ間違いを繰り返し続けてお終いにできるほど人生は長くもなければ、
粗末にできるものでもないだろうから。

ドライで合理的で、夢をみれることか。

ともかく水泳の試合にでることにした

ジャパンマスターズ水泳大会の 50mと100mの自由形に申し込んだ。
試合は7月中旬だから、もうあと一ヶ月半である。

ところが、こないだ練習でてみたら100mについてはコーチにも
心配されるような状態なのだ。

全然スタミナがない。100mでも試合だと興奮して、前半からつい
速くいってしまうものだから、後半はえらいことになりそうだ。

前半から遅く行き過ぎて、あんまり遅いのもなんだし。

それにしても、家の近所のスポーツクラブは圧倒的に女性のほうが
元気だし、真剣に練習している人が何人かいるし、僕は圧倒されている。

まともに練習する、気力体力もないけどなんかしようということで、
こんなこともやってみた。

25mを壁を思いっきりけって、2回だけドルフィンキックをけってから、
ほとんどキックせずにプルだけでなるべく少ない回数、何かきで泳げるか。

僕の場合は思いっきりうまくいって12回、左6かき 右6かき。

なんとなくこれやると50mくらいまでなら速くなれそうな気がした。
100mどれだけ無様でも今の自分がどんなもんかみてみたい。
練習もしないでいうセリフじゃないな。

火曜日, 5月 29, 2007

松岡農水相もZARDのボーカルも慶応病院だった

昨日、松岡農水相の自殺とZARDのボーカルだった人の事故死だか自殺だかまだわからない死亡事件がニュースで何回も取り上げられていた。
一人はすぐに慶応病院に運び込まれ検死され。
一人は癌で慶応病院に入院中の事故だったとのこと。

僕は去年慶応病院に入院してたから、映像が懐かしかった。

有名人には、特別個室というものがあるとのことで、去年手術入院した王監督も
おそらくZARDの人も特別個室だったのだろう。

大部屋は夜中に隣の人の容態が悪化したりしてよく眠れなかったりということも
あるけど、僕は他の人と話したりして、気がまぎれてよかった。

個室じゃあ余計に気が滅入ってしまうんじゃないかと思う。

でも有名になりすぎると、普通に大部屋というのも入りにくいのかもしれない。

自分の入院中に差し入れてもらった大きなメロンを切ろうとして、
ナイフを借りようとしたら、ナイフは厳密に管理されていて、どうも
いままでナイフで自殺した人もいるんじゃないかと思うくらいだった。

僕個人としては入院中の方がむしろ、生きるんだという気持ちは強かった。
それは自分が、瞬間的にやばかっただけで、そんなに深刻な病気でなかった
せいかもしれないけど。

月曜日, 5月 28, 2007

今日だけをつかもう

心配事、悩み事、不安なこと、ボヤボヤしているとそんなことばかり考えてしまうので、
今日やれることを、やることに意識をできるだけ持っていって、

「今日だけをつかもう」

本当は、大きな目標の元に、毎日やること割り振れるとよいのだけど、
そんなこと何時までも漠然と考えて、何時までもみつからないで、
時間経過すると、実際上も精神衛生上もよくない。

今日だけ頑張って、グッタリして夜は良く寝よう。

本当は毎日そうすりゃいいんだ。

木曜日, 5月 24, 2007

レクサスとうちのガキ

もうしばらく前のことだが、下の娘を自転車に乗せて二人乗りして、上の娘は自分で
走って、高尾駅から、西八王子駅を越えて八王子駅まで走って、飯食ってから
また西八王子方面に走っていたら(何やってんだか)、甲州街道(国道20号線沿い)に
レクサス八王子店があった。

それで、自転車を降りて覗き込んだ。

上の娘
「ネェネェ パパ、この車いくらするの」

「600万円くらいかな」
上の娘
「ヤダー、 ○○(自分の名前)ちゃんなら絶対買わない」

「でもスピードでて、力もあって乗り心地もいいんだよキッと」
上の娘
「ってことは、環境によくない車なんだねええええ (声が大きい)」

下の娘は興味なさそげに、そこにいる。

レクサスの店員は心なしか 冷ややかな目線で、僕たち、貧乏そうな親子を見ている。


「おまえは今から環境問題そんなに考えているのか?」
上の娘
「うん、大人になって地球が住めなくなるとこまるから、学校のね、凄く馬鹿な男の子がね、
二酸化炭素が地球温暖化の原因だから、これからみんな息を吐いちゃいけないとか
急に言ってたんだよ」

下の娘、レクサスのボンネットに手の平をおいて、指紋をつけてる。


「さあそろそろ帰るか、自転車で、環境にいいぞ」

トヨタさんごめんなさい。

やっとこさっとこの日々

自分は2つの仕事をやって、どっちかの仕事がだめになってもなんとかなるさと
少しはキラクにやれるかとおもったら、全然違う。

基本的に2つの重荷を同時に背負ったような気分になってしまう。

両方ともあんまりうまくいってないからというのも大きいだろうが。

先が見えないなかで、短期的に仕事をつなぐことばかりに
神経使ってると、またバイク、水泳、音楽、とかないと、もう
気持ちがめげちゃうんだよね。

気持ちがめげなければ、仕事はもうだめになってもしょうがないと
割り切って進めたほうがよいのかとも思ってきた。

水曜日, 5月 23, 2007

アンパンマンの生きる喜びと自殺

5歳くらいまでの子供はアンパンマンが大好きだ。
あのキャラクターがその年代の子供にはとても面白くわかりやすいのだとおもう。

そして、テーマソングの歌詞は

「そーだ嬉しいんだ 生きる喜び、例え胸の傷が痛んでも」

である。そのくらいの子供は自由にさせてあげさえすれば、
もう楽しくてしょうがないというふうに遊んでいる。

自分の子供もそうだったので、僕は、勉強よりもなによりも、
子供達が生きる喜びを感じ続けてほしいと、それをなにより願っている。

うちの子供たちはどうも勉強はかなりできないようなのだけど、
勉強できて生きていているのがつらい子供より、
勉強できなくても、生きているのが楽しい子供のほうが、
私にはずっと良い。当たり前のことだ。

まあ勉強できて、かつ生きているのがたのしければそれも
よいのだろうけど、ないものねだりしてもしょうがないから。

さて、日本は毎年自殺者が3万人を超えている。
実際に自殺する人がそれだけいるということは、
生きているのがつらくて苦しんでいる人はどれだけいることだろう。

昔、「自殺者の世紀」 という本をよんだことがある。

自殺した有名人を100人くらいまとめて、書いたものだけど、
そのあとがきの一説が妙に頭に残っている。

「世の中に死にたい人はいない。」

死にたくないのに、もう生きているのがつらくて死にたくてしょうがなくなって
しまう、それが自殺というものだとその著者はいいたかったらしい。

生きる喜びはどういうときに感じられ、
どういう生活していると生きているのがつらくなるかを よく考える。

人は自由にやりたいことをやっているときには、生きる喜びを感じられるのだと思う。

子供が生きる喜びを感じ続けてほしいだけでなく、自分も生きる喜びを自然に
感じられるような生き方をしたい。

そのためには、自分の心の中からの素直な心で、自分のやりたいことを見極めて
生きていくのが大切だと思っている。

そいういことが今まで良くわからなかった。妻も子供も僕の扶養家族だし、
責任重大だとか思っていたけど、そのためにやりたくない仕事に追われて
生きる喜びが感じられないほどになったら、そんなんじゃ家族も幸せじゃ
ないだろうし。

自分の視点や視野を広げて、違う展開を見出して、楽しくやりたい。

火曜日, 5月 22, 2007

深夜水泳と翌朝の気分

その家の近所の深夜1時までやっているプールがあるおかげで、
ちょっと酒のんだり、付き合いで帰り遅くなったときにも、フラッと
よって、夜中の12時から泳いだりしている。

昨晩も泳いだ。

そのスイミングクラブのコーチがえらくハードな練習をしていた。

現役時代は日本選手権だかもでている選手だったということで、
しかもまだ若い。

オープンウォーター10Kmの大会での優勝をめざしているとのこと。

そこいくと俺は、ユックリやってる。泳いだ後は、気分が良くて、
その後ビールでも飲んだらさらにハッピー。
翌日の朝までまだ身体がジーンといい感じ。

でも、仕事の問題はなにも解決してない。

うーん、それでも、気分良いほうが、解決に近づけるだろう。
深刻になり過ぎないようにしないと。

月曜日, 5月 21, 2007

娘と川遊び

 昨日は上の娘と鍾乳洞行って、そのあと、その近くの川で遊んだ。おたまじゃくしがいて、釣りをしている人がいて、娘の拾ってきた平べったい石で水切りやって。

川に沿って涼しい風が流れていて、その風にはホッとさせてくれるような空気が入っているみたいで、楽しかった。

木曜日, 5月 17, 2007

娘にいつの間にか甘えさせてもらっている

家でウトウトしているとき、ふと気がつくと、下の娘(7歳)が私の頭を
とても優しく、優しく、撫でていて、ハッと驚いたことが何回かある。

多分、あの感じでは、僕がグッスリ寝ていて気がつかないときも
何回かはそうしているんだろう。

その撫でかたが、優しくて、気持ちよくて、どうしてそうしてくれるのか
わからないけど、その撫で方は赤ちゃんの頭を撫でているのと
同じような感じなんだと思う。

昨日の朝と、今朝は、僕も妻も寝坊している間に、
上の娘(10歳)が、ご飯をよそったり、スープを用意したり、
りんごを剥いたり、夏みかんを剥いたりして、

「さあ、パパもう起きて、起きなさい」
 
と優しく、優しく耳元で言われて起きた。

親はダメでも子は育つ。

そういうものらしい。

水曜日, 5月 16, 2007

新しいオフィスから思うこと

僕が手伝っている会社が高いビルに入っているのだけど、
これが、もう一坪当たり6万円、毎月かかるのだ。

しかも、すぐに会社はじめられるように、机やインターネット回線も用意して
ある部屋だと、その2倍から3倍かかる。

おそらく、六本木ヒルズも六本木ミッドタウンももっと高いんだろうな。

あほらし。それで、外人説得して、僕のところとオフィス共有することにした。

僕は自分の会社をそんなところにおく余裕は全くないのだが、
金があっても、いかない。

今度引っ越してきたところは快適で、居心地よくて(眠ってしまうが)
安くて、オーナーさんがもう商売っ気ない70代の人の良い老夫婦なので
とてもよい。

しかも便利な場所で最寄駅まで一分、新宿駅までだって、歩いてそんなにかからない。

近所には、うまく、安くて、個性的で、親切で、頑張っている小さなレストランとか
ラーメン屋さんがいくつもあって、とてもよい。僕たちと一緒で小さな頑張る会社が
たくさんあるということで、共感して嬉しくなる。

同じビルには、会計士事務所がたくさん入っている。

ここで、次の一手を見出そう。見いだせなくて、明け方うなされて目が覚めることを
繰り返しているけど、あきらめないで、頭を堂々巡りばかりさせないようにして。

それでも、見栄張って高い場所とかに金使わないだけ、無駄な経費がなくなって、
しかも長くいられそうな場所で、1つ気持ちがラクになった。

なんだか、自分の家が二つになったような感覚だ。

そして、これを、もの選びの良い教訓としよう。

見得に金をつかわないこと。
本当に役に立つかで判断すること。
粘り強くあきらめないでさがすこと。
自分の好みを大切にすること。

そんなところかな、当たり前といえば当たり前のことだけど
ときにそれができなくなることは多いから。

月曜日, 5月 14, 2007

母の日の前日に母の話をきいたこと

土曜にバイクで走って、家の近くまでもどってきたら、家に帰っても
どうせ一人だし、ときどき母に会ってないとちょっと心配なので
実家に急にバイクでそのままいってみた。
それで結局また、母に料理を食わせてもらった。

誰でもお袋の味は特別だとはおもうが、自分の母親の場合、
ともかく料理にとてもマメで、何時言っても、それなりのおいしい料理を
だしてくれる。

昨日は、

庭でとれたスナックエンドウを軽くゆでて、マヨネーズをつけたもの
(野菜の甘みが素晴らしくおいしい)

チーズを豚肉で巻いて脂で揚げたもの

秋刀魚と鯖

野菜の炒め物(桜海老をいれてあった風味が良い)

などをたべて、4歳の甥っ子もいたので、ちょっと遊んだ。
愛想を振りまき続け、色々しゃべるようになっていた。

「みんなで食べるとおいしいねえ」

と何回も言っていた。

それから、母の話を聴き 適当に相槌をうち、正直話面白くはないのだけど、
一人暮らしだし色々話たいのだろうと、我慢して聞いていた。

非常に、というかかなり厳しい母だったので、親子喧嘩も
随分したが、今となれば、もう懐かしいようなもんである。

自分がこの歳になってあらためて思うのだが、母親は有難い。
それと一緒に、母親が自分の性格に与えている影響は大きい。

母にしかられ、怒られた記憶は数多いが、褒められた記憶はない。
例えばクラスで一番の成績をとったときそれを見せたら

「それは たまたまできないクラスにいるだけで、そんなことでいい気になってはいけない」

と逆にしかられて、がっかりした記憶がある。

実際、不良が寄せ集められて、暴力の絶えない凄いクラスだった。

「お前一人でいい子ぶってないで、シンナー吸えよ」

といわれて、数人に押さえつけられて無理矢理吸わされそうになったこともあったので、
こっちも全力で喧嘩せざるをえないのだけど、それでも怪我しなかったなあ。

そんなことも、あるいは生まれつきの性格もあってか、僕は自分の良い部分を
認めるのが下手な人間になった。実際あまり良い所がないようにも思うのだが、
本当にそうだとしても、自分の欠点ばかり気にしていたら、楽しくいきられないもんね。

そんなわけで、今でも、自分の長所を見出してそれを伸ばしていきたいという気持ちと
母と反対で、やたらに褒めるのが上手だった父に褒められたもの (水泳とか)が
心の糧となっている。

父にできなかった分の親孝行まで母にしたいものです。

日曜日, 5月 13, 2007

バイクも水泳もゆっくりと ゴルフは練習場にもいけず 音楽からも遠のいたまま

木曜夜に、スポーツクラブの一番レベルの高い水泳練習に参加した。

スカーリング(これがうまくできるとより効率的に泳げるようになるということらしい)、
背泳ぎ(背泳ぎ早くなると必ずクロールも速くなるんだそうだ)、

50m 50秒サークルでのインターバルを6本やったあと
200m全力というメニューで

200mは免除してもらった。インターバルは5本が41秒で、一本だけ44秒で泳いでいた。

他にも何種類か練習があったけど、どうもこれを根性でこなそうとすると
僕の心臓の動きがまた不安定な感じでよくない。

もっと一歩一歩やっていかなくては。

練習に参加している中で一番早い人は、その練習の中のインターバル
直後の200mを2分30秒で泳いでいた。
ハワイのアイアンマンにも参加しているトライアスリートということだった。

僕はこういう指導を受けたことがないので、こういう教え方をするものなのかと
感心するところがいくつかあった。

でも、ともかくまだ身体も回復過程なので、無理をしてはいけないと、
何度も自分にいいきかせている。
いくら凄いスポーツマンでもトライアスリートよりハッキリ遅いのは、
なんとかしたいのだけど、僕はゆっくりやっていくしかない。
自分の身体の声を聴きながら。

今日(土曜)は疲れていて、昼過ぎまでぼやぼやして、漸く3時にバイクにのって
走りだしたが、その途端に、バイクで走る喜びが全身に、特に頭にジーンと感じられてきた。

軽い頭痛と、頭の重い感じ、軽い憂鬱感、かったるい感じ、灰色っぽい思考が、
バイクで頭は軽くなり、頭痛はなくなり、心はウキウキしだし、思考は急にカラフルになったまま
緑の山の中に入っていった。バイクは僕にとって、どうしても大切にしたいものだ。

明日は日曜だけど仕事の用事がはいったので、ゴルフ練習にはまたいけない。

妻が友人の家まで子供を連れて2泊で出かけていて、僕は一人で、ボンヤリと
一人暮らし時代を思い出すような、時間を過ごしている。一人だと、自分の中で
話をしている感じだ。

水曜日, 5月 09, 2007

右側呼吸ばかりの自分のクロールが自分の結婚を決めたこと

「風が吹けば桶屋が儲かる」 あるいは 「バラフライ効果」
のような話に聞こえてしまうだろうけど、これは実話は実話です。

僕は何故かはわからないのだけど、クロールで右側呼吸したときのほうが、
左呼吸したときよりはるかに安定しているんですね。

さらに、本気で泳ぐときほど、右側呼吸の方がパワーが出せる。
計ったことはないけど、右側呼吸と左側呼吸では、僕のクロールでは
ハッキリとタイムが違うことは間違いない。

それで、20代後半にマスターズに出場しているときは、クロールの練習の
全てを、右側呼吸でやっていた。

そして左側の腰を痛めた。

コーチを持たない悲しさで当時はわからなかったけど、右側呼吸で懸命に練習すると
僕は、ストロークのある瞬間に、左足のアップキックを強く打ってタイミングを取る
癖があることがわかった。キックが左腰を痛める原因だと、自覚した。

でも当時は良くわからないで、左半身のストレッチをやたらに自己流でやってごまかそうとしていた。

それで、自己流の変なストレッチで、左の膝の靭帯をかなり伸ばしてしまったらしい。

それで、会社の行事のバレーボールで、膝をひねって、左ひざ十字靭帯断裂となり。
さらにその手術で失敗して、3ヶ月間近くの入院となり。

そのとき面倒見ていてくれた女性と結婚することとなり。

それまで技術職だったけど、会社での立場もなくなり(元からなかったかもしれんが)
他の仕事に挑戦することなり。

さらには、水泳自体も余りやらなくなってしまった。

ガビーーーーーーーーン。

実際はそれ以上に偉くショッキングなことがこの一連のことでおきて
ノックダウン気味だった。

その原因、きっかけ、始まりは、僕のクロールが右側でしか呼吸できないことだった。

って無理があるか。でもねえ。

ゴールデンウィークで引越しその他あり、2週間ほど泳いでなかったけど、
昨晩、また例の空いている夜中の1時までやっているプールで、
右側呼吸と左側呼吸で何でこんなに違うのが、繰り返し試してみた。

何回やっても、左側呼吸で、スピードを上げていくとバタついてきてしまい、
右側呼吸より効率が悪い。

右利きだから、左右の腕力が違うせいではないかと考え、右の力を抜いて
左を全力で泳ぐとか、左右の動きの違いを一つ一つチェックしていったけど、
やっぱり左呼吸はしっくりこない。

左呼吸だと、何かがしっくりこない。原因がわからない。

しっくりこないと感じるのが何かをまた考えていくと、頭の位置が左呼吸だとわずかに高く、
立ち気味らしく、上下動が大きくなる。

右側呼吸では、利き腕である右腕の動きで全身リズムを取っているのに、
左側呼吸になると、意識が左腕に移ってしまい、左腕が右腕より不器用であるのと
同じように僕の泳ぎが不器用になる。

だから、まずは、左腕に意識を集中して、左腕を丁寧に動かすようにしてみた。
少しはよくなったのだけど、やはりまだバタつくし、疲れてくると、左の丁寧な
動きを維持できない。右側なら疲れてきてもかなりのところまでストロークを
維持できるのに。

おかしい。どうすればよいのか、これは僕はどうしても解決しないといけないことなんだ。
左右対称に近づいて、身体への負担を減らしてより気持ちよく泳ぐために。

静かなプールで、静かな心で、自分の感覚を研ぎ澄まして、身体のそれぞれの
部分部分に順番に意識を移していって、左側の泳ぎを確かめてみる。

ある部分で急に左側呼吸でもスムーズに進むようになった。

その部分とは意外なことに右手の先で、そこの意識を抜かずに
入水前後を丁寧にやれば、急に右側呼吸と同じようにクロールを
泳げるようになってきた。(まだ少ししか試せてないけど)

結論

左側呼吸で自分がクロールをうまく泳げなかった最大の原因

左側呼吸になると、無意識に右腕の動作が特に入水時に雑になりキャッチまでに
変な力の入り方をしていること。

2番目の原因

左側呼吸だと必要以上に呼吸のために頭のポジションと高くしてしまっている。
さらに、頭を水平にしてバタフライでの前にのめりこむような動作ができなくなっている。
だから伸びてなかった。

夜中の12時のプールで、急に自分の左側呼吸が進歩した。

やったぜ見てくれたか父ちゃん(解説省く)。

このことに20代後半で気がついていたら、腰も壊さず僕の人生は違っていたかもしれない。
でもいいんだ今は今でそれなりに幸福だしね。

日曜日, 5月 06, 2007

バーベキューと長時間の会話とビール5缶と銭湯と刺青

またその妻の友人家族とバーベキューをやりビールを飲みその後、そこの旦那さんと銭湯に行き、サウナと電気風呂(これは電気でビリビリしてビックリした)を楽しんだ。

銭湯には刺青の人も何人もきていて、若い衆が背中一面刺青の親分だが兄貴分の面倒を ドアの開け閉め一つまでみていた。

サウナのあとはまたビールをのんで、色々な話をした。その人も40代だけど、男40代も僕だけでなくなかなか責任の重い大変な時期なんだなあと。

僕と違ってすごく気を使ってくれる人で、僕はボンヤリしていたけど、気持ちよくすごさせてもらった。

ゴルフ練習場で少しずつ振ってみる

5月5日は前日遅くまで飲んでいたのだが、疲れもかなり抜けてきたようで、
朝早くから目が覚めた。それで、久しぶりにゴルフ練習場の早朝優待にいった。

まずは、サンドウェッジからちょっとずつ、小さなスイングで打ってみたけど、
それでもなかなか芯にあたらない。ゴルフというのは練習しないと、きっちり
だめになるなあ。

それでも、天気が良く、早朝の空気も気持ちよく、その練習場はネットの向こうの
木々の緑がとてもきれいで、多摩御陵の昭和天皇の墓を思い出すくらいだったので、
それをボンヤリ眺めて、気を取り直して、少しずつ、感触を確かめるように打っていく。

少しずつ芯に近いところにあたるようになり、打感がよくなってきた。

隣の打席の前から知り合いの人と話したりして。

5番ウッドはちゃんと当たると250ヤードと表示されているところまで飛んだ。
ドライバーはいきなりネットの上段まで飛んでいった。

気温が上がると、空気抵抗が減るようで、飛距離が伸びる。

その後また短いクラブを打つとなぜかさっきより芯に当たる。

まあ、疲れが抜けると、ゴルフ練習場も楽しめるんだなあとわかった。
ゴルフくらい年取った多くの大人が夢中になっているスポーツはないだろうから、
やっぱり面白いんだよなあ。

バイクでいつものコースを走って新しい季節を感じる

5月4日は急に暑くなってきた。

いつものバイク周回コースは途中で休まなければ2時間半で走れる。

6時には壊れたパソコンを業者が引き取りにくる(これは自分のノートPC
VPN設定されているので、これが壊れると非常に困る。だからこれは妻の
PCで書いている)

2時過ぎにバイクで家を出た。

いつもの道があっちこっち自動車で渋滞していた。

こんな細い、すれ違える場所も少ないような山道にたくさんの自動車が
何十台も詰まっているのを、すり抜けしてきた。

山の北側、南側、風邪の通り道、暖かい(熱い)空気のたまっている場所。
バイクで走ると、そういうものの差を感じ取れて、嬉しい。

バイクはほとんどを50km以下のゆっくりしたスピードで走った。
ゆっくり走るのが楽しい。エンジンの鼓動を楽しめるバイクだし、
自分もゆっくりと辺りの風景を感じながら走るのが楽しい。

大垂水峠のてっぺんの湧き水ラーメンでお汁粉を食べて、
自宅に戻ってた。

6時には予定とおり、家にかえると、PCの引き取り業者が
きた。

それから、妻の友人の家にいき、豚しゃぶを食べ、
ビールを飲み、山崎12年(このウィスキーは香りがなんとも良い)を
のみ、旦那さんとたくさん話をした。

疲れているときには元気になるまで眠ろう

ゴールデンウィーク前半の引越しでかなり疲れたようで、
長時間ぐっすり眠った。疲れているときには、何もする気に
なれず、そういうときに考えごとしたり、無理に何かしようとすると、
ロクなことないのである。

それで、2日間ほど長時間眠ってちょっと散歩したりしていたら、
また元気になってきた。

義理の父が遊びにきたので、娘二人も一緒に4人で、多摩御陵まで
散歩してきた。

昭和天皇のお墓の前に立って墓の背後の木々を眺めると、
何種類もの木々が折り重なるように配置されていて、
その全体の醸し出す雰囲気がなんとも美しい。

ぐったりしている心が蘇ってくる感じがした。

バイクで山の中にいっても何度も感じたけど、
杉ばかりが植林された山より、何種類もの木がある山、
特に広葉樹の山は美しい。

なんでそれを美しいと感じるのかの理由はわからないけど、
なんとも心に沁みるように美しかった。

玉砂利の山道を歩くのも足の裏にも下肢全体にも
心地よい刺激を与えてくれる。

玉砂利から、アスファルトの上になると、足にジーンと玉砂利の
感覚が残っていた。

散歩途中の道では隣町の町会の人たちが、
焼そば、焼鳥、フランクフルト、ビール、その他を売っていた。
中国の人が餃子と、餃子の具を入れたお好み焼みたいな食べ物を売っていた。

それをそれぞれ、ちょっとずつ買ってきて、いくつかは家までもってきて妻も食べた。

義父は5歳のときに多摩御陵に来たことを話していた。義父はもうすぐ70歳になるから
65年も前のことをよく覚えていることになる。

そしてそのあと、またたくさん眠った。

水曜日, 5月 02, 2007

会社の引越し作業が進んでいくらかホッと

昨年、私が入院中にある人が見舞いにきてくれて私の会社の移転先にある場所を勧められた。
いわく電源設備がとてもよく停電しない。これはサーバーをもっていかなくてはいけない 僕には殺し文句だった。
それに、実際に死にかけた僕のところに見舞いにまできてくれる
くらいの人だから、その言葉にウソはないだろうと判断した。

結果は最悪だった。電源はわずか500wしか使えず、それをこえるとブレーカーが
あがり、しかもビルの古い全体の電源設備を増強しないと、それは変えることができない
ということで、自分の会社は大半のサーバーの電源を入れることすらできなくなってしまい。
ニッチもサッチもいかなくなった。

しかも退院一ヵ月後の引越し作業もかなりまいった。

どうしてこう俺は騙されやすい大馬鹿野郎なんだろうと嘆きたくもなったが、
嘆いていたもどうにもならないから、早くも次の移転先を見つけて、仕事の終わった後、
不動産屋をいくつもまわった。

そして漸くみつけたのが、新宿区の便利な場所にあり、家賃も安く、大きい窓もあって
部屋も明るく、よさそうな部屋だった。

そして、そのひどすぎる場所
(それでも意外にしられたインキュベーション施設だから恐ろしいことだ、
インキュベーションとは孵化させるという意味らしいからそれと逆なのに)
から、新しい場所まで、自分の自動車を計5回半かな往復させて
身内に手伝ってもらって自分でものを運んで引越し作業を行った。
4日間連続で午前3時くらいまでは起きていることとなった。

自分の失敗をよく知るためにも業者に頼みなくなかったし、
もう荷物も減ってきていた。サーバーとPCを計15台も捨てざるを得なかった。

なんかこの空しい作業で、何度もイヤになったのだけど、カミさんは坦々と
作業を進めてくれるし、自分もやらないわけにはいかない。

義理の弟にも半日手伝ってもらい、新オフィスでは、インターネット回線も
新しくひいて、サーバーも70%くらいは立ち上がってきた。

新しいオフィスで一緒にやるはずだった会社は急に業績悪化したそうで、
取り止めとなり、敷金礼金等も全部自分の負担となってしまったが、
完全に自分達の場所となったことが嬉しい。

そうこうするうちに、自分が勤めているほうの会社が日本の拠点を
そこにもってきたいというので、そっちからも家賃をもらえることになった。

冴えない状態は続いているけど、もう無理だと思いながらどこまでも
続いていくのである。このままでは面白くないけど。

会社が借金してないから、つぶす理由がないとも会計士さんにいわれて
なんか苦しいけどそういうものかと、続くのである。

新しいとこで、新しい計画作って楽しくしてやりたいなあ。

そんなわけで、しばらく、いとしの、バイク、水泳、ゴルフ、音楽からバイバイしていた。

引越しで忙しくしていると、また心臓の鼓動が不規則になって、
ちょっと心配だったり、逆に生きていることを実感させられたりした。

今の僕がいうと負け惜しみみたいな響きもあるけど、
僕は別に大企業の経営者も死ぬほど健康体の人にも憧れているわけじゃないんだ。

自分の今の状況を楽しみたい。

日曜日, 4月 29, 2007

自分の会社があること

僕は自分の会社をもっている。

もともとは、外資系の日本法人の代表の仕事を引き受けたことからこうなった。
普通の人では引き受けないような困難な状況の会社の代表を、
危険を承知で引き受けた。

引き受けた翌月の自分と社員の給料を払う金もなく、設立後過去8ヶ月間売上0だった。

絶対絶命のような状況から当時の社員も頑張ってくれ、自分も必死で
大企業相手にも引き下がらないで交渉条件を詰めて、
会社は急に売上が上がってきた。

そのときの喜びはとても大きかった。

金が入ってそれを何かに使えるからではない。
自分のやっていることで成果がでることが何より嬉しかった。

成長していること。
共に頑張ってくれる社員がいること。


それが、あまりに嬉しくて、自分の過去の失敗や、様々な経験は
このときのためにあるとすら思えたほどだった。

ただ、それは継続できなかった。色々な理由があるけど、
一番わかりやすいのは、本社の調子が悪いことだった。

他の海外法人を閉鎖していることは僕には知らされず、キミならやれると
本社の社長から励まされ、馬鹿で単純な俺はその気になってまた困難の
多い道を走り続けていった。躓きつづけていたというほうが
実際にちかいかもしれない。

紆余曲折をへて、さらには本社から、日本法人の株式を私が買い取った。

自分は現在他の会社に勤めることすら必要な状況で。

昨年、入院したことも今までの無理も関係しているように思っている。

無理に無理を重ね、馬鹿なことをしているように思える自分にも
良かったと思えることがある。

最近、妻に素直に感謝できることが多くなった。自分の会社を
助けてもらっているからありがたい。

それと、うまくいってないときの過程で、僕は世の中の色々な人の気持ちを
以前よりもはわかるようになった。

もし僕の仕事があっさり良い状態を継続できていたら、僕は
仕事がうまくいってない人を、努力が足りないだけと軽蔑する
ような人間になっていたかもしれない。

自分がどうなりたいかを43歳でもわからないまま 目先の問題解決に
追われるままである。

もっと気持ちよい汗をかくには、自分がなりたいものを決めて
それに近づけるための努力の中で汗をかく方がよいと思って
いながら、なりたいものはわからないまま。

僕はこのまま汗をかいて生きよう

このブルーハーツの歌詞を知ったのは高円寺のライブハウスで
ボーダーという漫画を読んだときだった。

とても面白い漫画で、持っている人はこの本だけは持ち続けようと
するらしく、古本屋にも滅多にないし、ぼくもまた読んでみたいけど、
もうずっと目にしてない。

安アパートの共同便所だったところを改造した部屋に住んでいる
主人公が活躍するのだけど、その主人公がときに世界一カッコ良く
みえるんだ。だから自分の価値観を揺さぶられるような気がした。

あっち側でもこっち側でもない、ボーダーを生きる人たちの話だ。

だから、ボーダーであるということは、実質上、少数派として
この世の中を生きるということにもなるのだろう。

僕はおそらくは自分の頭の悪さと、生まれもっての性分のせいで、
何回も難しい状況に陥ってしまう。

別に自分だけが苦労しているわけではないだろうけど、
冷汗、脂汗、うなされるなんてことは毎日のことだ。

こいういう生活から抜け出したいとおもうこともしょっちゅうある。

でも、もう僕はこのまま汗をかいて生きていこう。

と覚悟して割り切ったほうがよいのだろうとも思う。

それでも、できるだけ気持ちの良い汗をかけるようにしたいが。

月曜日, 4月 23, 2007

レイ・クロック自伝 成功はゴミ箱の中にを読んで

52歳からマクドナルドのフランチャイズビジネスを始めた男の自伝を読んだ。
レイ・クロック

失敗や下積みの苦労が少しも彼の心の若さを失わせず、
彼の真っ直ぐに突き進むガッツはすこしもへこたれない。

一体、どうしてこんなに仕事を楽しんで、前向きに突っ走り
続けられるんだろう。そればかりを考えさせられた。

彼自身の生まれ持った性格によるところが大きいのだと思うけど、
正直であること、率直であること、誠実であることを貫いているから、
自分の魂を疑うことがなく、それが彼の心の輝きを保っている
理由の一つにはなっているのかと思う。

人妻を好きになってまず、自分が離婚して、相手は結局離婚できなくて
自分のところにきてくれなくて、がっかりするところなんか、
仕事でのエピソード以上に凄いなあと思わされた。

自分に正直なんだなあ。

でも、僕はマクドナルドは好きじゃない。食べるといつもなんか微妙に気持ち悪いような
気がして、余程でないと食べたくない。

自分も食べ物くらいは正直にいきたい。

日曜の神田と自宅のネットワーク環境変更と

仕事で用事があって、神田駅の近くにいってきた。
日曜の午前はまるでゴーストタウンのような雰囲気だった。

かえってきて、自宅は、ヤフーBBのADSLから
NTTのフレッツ光への変更工事と、自分での設定変更(不精者の自分には苦手な作業)を
行った。

説明では、10メガから80メガへと通信速度が上がったということなんだけど、
動画をみたときにネットワーク環境(曖昧な話だが)全体の調子が良さそうな
ときは、確かに速くなったと感じるのだけど、ログインするときのスピードなんか
かえって遅くなったようにも感じる。

今一つ納得いかないけど。まあいいか。

最近2人の娘が一段と私の面倒をみてくれる。これじゃあ寝たきり老人みたいな
響きだが、今日はまだ10歳と7歳の娘の作った、カレーとホットケーキを大変おいしく
いただいた。

暖かく、天気もよく、特にそんな何気ない一日だった。

土曜日, 4月 21, 2007

宇多田ヒカルの歌でちょっとおもったこと 音楽って詩も大切だ

曲名もしらないけど、しばらく前までよく
宇多田ヒカルの歌のこの歌詞を色んなところできいた。

「ありがとうといわれると、なんだか切ない」

本当にそうだ。とっても身近に感じている人から
ありがとうといわれると、かえって距離を感じてしまうんじゃないだろうか。
この歌での歌声が切ないからそんな風に想像されるのかもしれないけど。

宇多田ヒカルの昔のプロモーションビデオは何度もみた。
トラベリングの歌自体はそれほど面白くないのに、
ビデオでみると、とても良かった。

バイクに乗れないなあ

今日は良い天気で、休日でバイクに乗ってみたかったけど、
結婚式もあったりしてのれない。

しょうがないから、カバーをちょっとめくって、メッキのフェンダーをちょっとみて、
バイクに乗っているときの感じを妄想してみた。

ああああああバイクはいいんだよな。違う世界が味わえる。
バイクに乗ってると、乗ることに自然に集中して他のこと
考えず、考えられず、オフロードや峠は特に次々に
判断をしていく必要があるから、とっても頭も身体も
スッキリするんだ。

友人の結婚式に参加して乾杯の音頭をとった

久しぶりに結婚式に参加した。
自分の同年代の友人達は30台前半くらいまでにはパラパラ結婚していたけど、
この10年間くらい、自分と同年代の人の結婚式に参加することがなかった。

30代も後半に入ってくるともう独身でいいやって人が多いんだろうか?
それとも自分の友達がたまたまそうなんだろうか?

結婚式は落ち着いた、派手すぎず、地味すぎず、特に新郎新婦の
家族が、しみじみ喜んでいる感じが伝わってくるような。

よいものだった。

隣の席の有望な会社の社長さんとたくさん話した。
パワフルで前向きな勢いを感じさせる社長さんとの会話に
今の自分にこういうものが足りないんだなあと、思った。

前からきいていたけど、花嫁の顔が僕に本当に似ているのは
驚いた。お兄さんみたいだとか、言われて、自分はそんなに
整った顔でもないので、花嫁さんに悪いような気がした。

さらにヨッパになっても何か書けるか試してみる

さらに日本酒を追加して飲んで、もう座ってることもできないで、
寝転がってこれを書いている。

あーあ酔っ払うと気分良いなあ。俺って酔ってないとさあ、
仕事の心配なことばかり思い出しちゃったりさあ、
神経キリキリしてヘロヘロになってパワーも落ちてダメダメに
なっちゃうからさあ、酒必要なんだよな。なんてアル中的だな。

ああダメだ意識薄れてきた。おしまい。

自宅でかなり酔っ払いながらふざけたことと真面目なことを書いてみる

自宅でビールと日本酒を大量飲酒して、かなり酔っ払っている。

こんなとき僕は何をかこう。

ふざけた想定シーン

えらくステキな女の子とホテルに泊まった次の日の午前
居心地のよいカフェーで彼女がトイレにいって戻ってきた。
なんだか嬉しそうな顔でニコニコしながら思わせぶりな表情を
したあとこういうわれる。

「ねえ、XXさん。とてもついているのよ。」

「あの昨晩のこと?」

「それがね、私たった今生理になっちゃったの、これが12時間前
じゃなくて本当にXXさんはついているでしょ。」

「あれ、それと同じ話、俺今まで7回くらいきいているよ。なんでだろ」

「へーー。よっぽどいつも幸運なのね。」

「そう俺は世界一幸運だし、自分のリズムに相手が合わせてくれるんだ。」

なんのこっちゃ。こういうことふざけて書くだけでキモイとか言われそうだけど、
もういいいや酔っ払いだしどうせ読んでいる人あんまりいないし。

ところで、酔っ払うと、心の芯に近いところの思いもでてくるみたいだ。

43歳にもなってさ、やっぱり俺って本当に何を一番したいんだろうと
自問自答し続けてしまう。

今一番やりがいあることってなんだろう。

地球温暖化対策に命をかけること。ウーン、なんか現実的な手ごたえをうまく想像できない。

なんだろう。なんだろう。

夏の間は北海道をバイクで旅し続けること。ああ面白そうだ。社会的意義はないみたいだけど。

綺麗な海でたくさん泳ぐこと。ああ面白そうだね。

でも単純に面白そうだけじゃ、深さがたりないような。

おれは何がほしいんだろう。本当に本音の心の深いところでは。

生まれてから僕にとって一番大きいことは子供が生まれて育って
いることだと感じている。俺ってそんなくらいのもんなのかとも
思うのだけど、それが生物の使命だからそんなものなのかもしれんなあ。

なんだかなあ。

金曜日, 4月 20, 2007

ライブがはねたら

NOKKOの昔の

「ライブがはねたら」

というの歌が好きなのである。

まあ彼女の透明な意志を感じさせるかのような声が好きというのもあるが、
この歌のはじまりの

「今夜のライブが終わったら、待っててねご馳走をつくるから。」

という歌詞を聴くと、ああライブが終わったらとっても疲れているだろうに、
彼のためにご馳走を作ってあげるような健気な女の子の歌なんだと
思ってなんか、この歌が好きなのだ。

火曜日, 4月 17, 2007

完全に深夜の水泳と頼りない練習方法

昨晩はスポーツクラブについたのが、深夜の12時だったが、
さすが午前1時までやっているだけあってまだやっていた。(あたりまえか)

先日このクラブの練習会に出て再認識(前からしっていたけど)して
ハッキリ確信した僕の弱点は、キックだった。

それは前からわかっているのに、不精でやらないままにしていた。
中学校のときから気づいていたから、かれこれもう30年も気づきながら
やらなかったということになる。

でもビート板もって、一人で黙々とキックする気にもなれず。
腰をそってやると腰痛になりそうだし、キックはすぐ息が苦しく
なるので、また脈がおかしくなるのも勘弁してほしい。

それで、苦肉の策として、背泳ぎの姿勢で手を伸ばしてキックをすることとした。
これなら、顔が上向いているから、息はいくらでもできるし、身体もまっすぐを維持できる。

それも、今はそんなに続かないので、25mキックしたら、25mクロールで
往復して、何本もやってみた。

こんなんで速くなるのかは、やってみないとわからないけど、
明らかな欠点を強化すれば、何らかの効果は期待できるのではないかと。

それでスポーツクラブを出たのが午前1時、そこから家かえって、本を読みきって。

朝、目が覚めると、足というか脚がちょっと暖かくて力が入る感じがした。

どこまでも自己流やなあ。

一瞬の風になれ という本

一瞬の風になれ という小説
全3巻を昨晩、夜中の3時に読みきった。

高校の3年間を陸上短距離に熱中した主人公の独白調で話は全部展開していく
3巻である。 独白調がときどき読みにくく追っていきにくいのに
一気に読んだ。

凄く評判の良い本らしい。読んで感動したとか涙が出たという書評をインタネット上で
いくつか読んだ。そういう僕もほとんど一気に読んだ。

文章は今風の高校生言葉でずっと書かれているから、読みにくかったのだが。

陸上競技に熱中し、速くなることをもとめ、友情あり、純情な恋愛あり、良い先生あり、
家族あり、で読ませてくれた。

決して洗練された小説ではないと思いながらこれだけ読んでしまえる理由を考えた。

1.主人公の速くなりたいという夢への気持ちがストレートでそのためにストレートな努力をすること。
2.夢を共有できる仲間がいること。

それを忠実に書いている小説だからなんだろう。人が本当に熱くなれて、夢中になれて、感動できるのは。やっぱりそういうことなんだろ。

夢とそれを共有できる仲間。

俺はどうすればそれがもてるんだろ。今から。まず自分の夢を小さなことでもみつけよう。
仲間は夢が本物ならできるだろ多分。

月曜日, 4月 16, 2007

ただ寝てた。夢をみても身体はグッタリ

日曜の早朝に、数週間ぶり、久しぶりにゴルフ練習場に行ってみた。
このブログにも買いた。凄く飛ばす野球やっていた人をみてから、
いってなかった。

水泳で身体が疲れていたのと、やっぱり自分が頑張っても全く
打てないような凄い球打っている人見て、拍子抜けしてしまったからだ。

早起きして、そっと家を抜け出すつもりが、上の娘にみつかり、
一緒にいきたいというので、久しぶりに一緒に連れて行った。

練習場では身体もかったるく、しばらく練習場にもきてないだけで、
球もほとんど芯に当たらず、全然面白くない。娘も面白くないらしい。
一打席の早朝優待分300球を2人で交替で打ってさっさと帰ってきた。

家では昼からちょっと本読むくらいで、ただただ眠りつづけ、
夜も早寝して、朝も早く起きず、ボンヤリと過ごした。

勝手に過ごさせてくれる家族に感謝する。

身体が疲れているときは長時間眠っていても身体は心地よいのだけど、
頭は必ず、変な夢をみてしまい、かえってまた疲れてしまう。

さらに長時間眠っていると、もう何にもしたくなくなってくる、一段と。

もう仕事なんかしないで、ニート中年にでもなってやろうかとベッドの
心地良いボアシーツの中で思ったりしても、子供にそんなだらしない
姿みせて、子供もそうなったらまずいので、モタモタ起きだす。

髭そって、背広を着ると、かなり気分がしゃっきりしてきた。

また新しい週が始まった。良い週にしようっと。

日曜日, 4月 15, 2007

がばいばあちゃんに学ぶ幸せの知恵袋という本

がばいばあちゃんって人間が本来もっていたい、賢さ、強さ、優しさをもって生きていた人なんだな。
自分の孫に向けていった言葉の立派さだけでなく、その言葉の裏にどれだけ深い愛情を
もって孫を励ましていたかがしのばれた。

「普通でも、十分に幸せじゃないか」

「人間は欲が深いから、幸せになろうとばかりする。
でも、そうせんでも、普通でも十分に幸せじゃないか」

ということもこの人はいっていたそうだ。

他人と自分を比べることだけでなく、人生アップダウンがあるから、
過去の調子の良かったときの自分と今の自分を比べることも
良くないんだな。 普通の生活のありがたさは、戦争経験や入院経験を
すると理解できるのかもしれない。

「人間は死ぬまで夢を持て! その夢がかなわなくても夢だから」

怪我して野球をあきらめざるを得なかった若き日の失意の島田洋七を精一杯励ますために、
ばあちゃんがそのとき いった言葉だそうだ。

これだけ健全な賢さのある深い愛情を注がれた島田洋七の子供時代は
貧乏でも幸せであるだろうし、彼が今またそのばあちゃんの家の
近くに住んでいるのも、そのばあちゃんの尊さを感じているだろなあ。

こういうばあちゃんと2人で小学校、中学校時代を生活できたことは
普通以上のことだと思うけど。

土曜日, 4月 14, 2007

マスターーズ会員登録と深夜の水泳とバーとサイクリングと会食と

入会したばかりのスポーツクラブが自宅からの最寄り駅の
線路の向こう側にさえ行けば大して遠回りにならない場所にある。

しかも夜中の1時までやっている。

それで、仕事の帰り、疲れていて歩くのも、面倒なのについ寄る。

ジャパンマスターズに出ようと思いながら、脈がまだ乱れたりして
マスターズ会員登録自体をまだ、躊躇していた。

そのスポーツクラブでは、マスターズ会員登録やら試合への申し込みも
代行してくれるので、まず会員登録を100歳登録 2万円でした。
毎年払うのだと1500円だけどそれだと、面倒だし、また今年だけですぐ
やめてしまいそうなので。

最近はすっかりウェートトレーニングもしてない意思の弱い俺。

プールで泳いで、そうだ、こないだ書いたマフェトン理論だと
首筋や手首で脈をはかると、なんだかまた怪しげなリズムで
脈が不規則なのだ。前ほど不規則ではないけど。

それで、プールを歩いたり、少し泳いだりとかをして、
こんなんでマスターズでてどうなっちゃうのかなあと思うけどそれでもでたい。

ジャグジーからプールを眺めていると、
50メートルを1分サークルで毎回40秒でもどり
それを10回以上はこなしている女性がいた。

その後も、それと同じくらいの強度の練習をこなしている
女性がいた。

まあ自分はビリでもいいから一定のペースで泳げるよう
やってみよう。

意外なことがわかった。僕は軽い負荷での練習を提唱している
マフェトン理論での脈拍よりも少ない脈拍数で泳いでいたということ。

脈が100以内で泳いでいた。スピード自体はそんなに遅くないから、
僕の泳ぎの効率自体は意外とよいのかもしれない。

またプールを12時ででると、これが、金曜の夜ということもあり、
プールのあとはビールを家以外の場所で無性に飲みたくなるので、
また、今週一度いったバーにちょっとよる。

家に帰って、また本読んだりして、結局3時にねて、
翌朝9時に目が覚めてもまだボンヤリしていた。
でも天気が良くてボンヤリしていることがもったいないけどだるい。

妻は自動車(こないだの修理工場が良い仕事を安くやってくれて自動車は前より綺麗になっていた。
父が30年以上前に頼んでいた工場で、愛車をこんなに綺麗にしてもらって嬉しい)で
買い物に出かけたので、娘2人と自分で自転車3台で、母の家までいってみた。
途中できたばかりのトンネルをとおり、25分くらい。

そんなことが楽しい、下の7歳の娘もその距離を問題なく走れた。

そのあと、妻の友人家族と一緒にサイゼリヤで食事をした。

水泳で激しく泳ぐときと、仕事でイライラしているとき以外は
大体脈は規則正しいこともわかってきた。

金曜日, 4月 13, 2007

他人と自分を比べないためにトキドキ思い出したいこと

他人と自分を比べないとか言いながら、ついつい、比べそうになってしまうことがある。

それで、こんなことをときどき教訓として思い出してみようとしてみる。

自分くらいでも、人に羨まれたり、ねたまれたりしたことがあるんだけど、
そんなとき、思ったんだ

「一体、全体、俺が楽しいだけじゃなくて、キリキリするほど神経つかって苦しんで
いること、奴らはしっているのか?」

そう、その人の気持ちはその人でないとわからないことが多い。
本人ですら、自分の気持ちを良く理解できてないことさえ多いのではないだろうか。

だから、勝手に、社会的成功している人や、金持ちや、凄く自由に生きているように
見える人を羨んでも、その人の心のうちはわからないわけで、
それと比べて、自分を情けないと思うのは愚の骨頂なのだ。

逆に他人の苦労を理解してあげることは大切だと思うけど。

前書いた渋谷の靴磨きのおばさんのところに今朝は、
ホームレスみたいなおじさんが笑顔で近づいてきた。
そのおじさんのが笑顔がその靴磨きのおばさんと一緒で
子供の笑顔みたいに何の屈託もないんだ。

僕は驚いてその表情を見ていた。

彼らこそ、他人と自分を比べないことを自然に、できているんだろうなあ。

そのまわりにはしかめっつらの人がたくさんいた。

陸上競技をやっていた女性と蕎麦屋の親父

泳いでスポーツクラブを出るともう12時だったから、そのまますぐ帰ればいいのだけど、
漂泊する気持ちが抜けずに、今年に入ってから3回いっているバーにまたいった。

カウンターに女性のバーテンがいた。僕が汗かいているのが(泳いだあとの熱気が消えず)
妙だったから

「暑いですか?」

と聞かれ、ついさっきまで泳いでいたことを話すと、

「私は陸上競技を中学校、高校とやっていて、陸上のために水泳も練習したことがあります。」

とのこと、妙に気を使ってくれる、女性バーテンだった。

それと他にもう一人いたお客さんが、常に全国でベストテンからもれたことが
ないという蕎麦屋のオヤジで、蕎麦屋とは、もともとは江戸時代
懐石料理和食のようなものをたべて、酒を飲んで、締めにそばを食べる店のことだった。
自分はその江戸時代の蕎麦屋を忠実に再現しようとして、その空気を蘇らせようと
しているという、話をきいた。

古い文化の中にはきっと良い気分を醸成するための、歴史的に蓄積された手法が
あるのだと思う。その蕎麦屋にもいってみたいとはおもったのだが、ちょっと
オヤジの話は長すぎて、疲れてきたので、適当なところでかえってきた。

スポーツクラブだけでなく、我が家の近くには意外なお店が色々あるのである。

スポーツクラブ入会してプールで一人

家の近所の小さなスポーツクラブに早速入会した。

それで、そのクラブで一番レベルの高い水泳クラスに参加してみた。

男俺だけジャン。

練習時間は1時間、僕は息が上がって、苦しく、ついていって最後まで
やるのがやっとだった。おばさんたちは強い。
マスターズの試合も出ている人達で、最高スピードでは僕のほうが
ハッキリと速いのだが、彼女達は一時間にわたって、まるっきり
練習中のスピードが変わらないのだ。

根性論抜きに、冷静に自分の今の体力、健康レベルを考えると
まだこのレベルでインターバルもいれた練習をしてはいけないと
判断した。

クラス終わるとその方々はほとんどすぐかえってしまった。

そのプールはなんと夜中の1時までやっている。

特に10時からが空くのだそうだ。10時から僕は25メートルプールに
一人きりになって、プールをゆっくり、静かに泳いで、ボンヤリした。

一人は寂しいけど、心地良い。

プールに一人で、自分の動きだけが波を起こしている、
静かにユックリと、なるべく 
波も、泡も、音も たてないように
泳いだ。

それでとても気持ちよく泳げたんだ。

バイクで楽しむ遅れた桜

東京の桜はもう、ほとんど散ってしまいましたが、
僕はまだ楽しみにしている桜がある。

バイクで月夜の晩、陣場山の近くの和田峠まで走ったとき
街灯などない、夜の中に、月明かりに照らされて、
浮かび上がる、とても綺麗だけど、幽霊が出そうな桜を見た
ことがあって、毎年、もう一度あれみたいなと思いながら
それっきりになっている。

今年こそまたみてみたい。

陣場山はそんなに高い山ではないけど、それでも桜は確か
ゴールデンウィークの頃が見頃だったと記憶している。

桜って特別に季節の中の特定の時期、冬と春の境目を
意識させてくれる花だから、それをゴールデンウィークに見ると、
ほんのちょっとだけタイムスリップした気になれて、
ちょっと面白い。
バイクで30分くらいでいける場所で、それを味わえるから。

木曜日, 4月 12, 2007

マフェトン理論と水泳

ヨガの話とも関係していると思っているのだけど、
マフェトン理論というのがある。

非常に簡単に言えば、

「無理しない強度で運動するのが健康によく、それを続ければ
結果的には自分の最高レベルのパフォーマンスも上げられる」

ということらしい。

非常に高いレベルの運動選手はもうこの理論の上にいっているのかもしれないが、
自分の場合は多分これに従うのがよいと思う。

心拍数=180-年齢

くらいを保って運動するということらしい。

またそのくらいで練習するのが多分一番気持ち良いんだな。

この歳になるまで気がつかない俺も遅いんだけど、
気持ちよい、快感である、ということはとても大切で
そういうものがないと、結局は何事も長続きしない。

少なくとも、心から喜んで行い続けることはできない。

稀に変わった趣味の人もいるようだけど、僕は全くのノーマル、ストレートだからな。

仕事も、勉強も、人付き合いも、そういう視点で見直したい。

そんなことは多くの人は自然にやっていることだよね。
僕は頭で考えすぎて自分が楽しいと感じていることを
素直に認めて、それを追いかけることを、ずっと良く理解できなかったという
ことなんだろう。まあいいやこれから変えていこう。そのほうが楽しそうだし。

ところで泳いでいるときは、簡単に脈拍はかれないハズだけどマフェトン理論
実践するには、多分ゆっくり泳いで、自分の気持ちよいペースを維持して、
たまに止まって脈計って(それがまだ不整脈だったりするトホホ)やってくのかな。

ああ結果的には雑な考え。でも大枠はこれでいいはずだからこれでいってみよう。

初体験のヨガで自分の水泳とバイクを思った

先日、MIXIの水泳コミュニティーの人達と東京体育館で一緒に泳ぎ、
その後、なんと初対面なのに6時間も酒飲んで色々話をした。

みんな、純粋な良い感じの人達で水泳という趣味も共通しているので
話が途切れないのであった。

そして、色々、話した中で、自分もどこぞのスポーツクラブに所属するのが
水泳のマスターズ出るにはやっぱりよいみたいだなとわかった。

やっぱり一人でトキドキ泳いでいるだけじゃあねえ。

それで、今まで 何で気づかなかったんだろうという、家の近くの小さな
スポーツクラブも見つけ出し、そこに体験で入ってウロウロしていたら
水泳でなくて、ヨガのコースに誘われて、そのまま初めて一時間半の
ヨガのコースに参加した。参加者は女性が圧倒的に多く、先生は
多分自分の母親くらいの(60代後半くらいの)女性だった。

その先生が、色々僕に話をしてくれて、その中でも一番印象深かったのは

「ヨガは他人と比べるのでなく自分の快、不快、の感覚にしたがって行うものです」

「自分が心地よいと感じるくらいのところまで身体を曲げてポーズをとればよいのです」

というのであった。

ああ、そうか、僕の水泳も、バイクも、他の趣味も、そいういうことを大切にしていけば
いいんだなあと、変に競争したりそういうのでなく、仮に試合にでても、自分の感覚の
中で自分なりに気持ちよく、納得できる、泳ぎができたか。

バイクだって、速いかどうかは関係ない、気持ちよく走れたかだ。

ゴルフだって自分なりに気分良くできればいいじゃないか(コースいってないけど練習場だって)

そして、大げさな話かもしれないけど、人生自体だって、自分が快と感じられて、
自分で納得できて(というかそれに近づけて)、自分なりによいと思えたら
それを誰と比較することもしないで、自分の絶対感覚に従うのが
よいのだと、(なかなか十分にはできないけど)思った。

月曜日, 4月 09, 2007

無心になりたい

ここのところ、落ち込むことが多く、そんなことでボンヤリ過ごしていると
さらに落ち込むので、無心に活動しよう。

今朝はまず、5時半に起きて、早く仕事を開始した。

無心に、やるべきことをやって、早起きして、頭も身体も疲れて
夜は今日は良くやったなあと安らかに眠れればそれでよい
というようにもっていこう。

すぐに自分をムヤミに責める自分の心の傾向を変えていきたい。
そうでないと、活動力が無駄に落ちるだけで、よいことはないから。

ただ、実際に俺もそれなりによくやっているよなあと心からおもえる
結果がどうしても欲しい。

もっと歳に応じた現実性を身につけるべきかもしれないが、
そんなこと考え出すと、また無心から遠のく。

仕事に集中しよう、無心になろう。

金曜日, 4月 06, 2007

キラクに趣味のことばかりといかず

あんまり仕事のことで頭一杯にならずに、

趣味のこと
バイク、ゴルフ、水泳、音楽のこととかを書いていこう
というのが このブログなんだけど、

最近、頭の中に占める仕事の割合が高くなってしまい、
どうしたものかと、思っている。

仕事のことで頭一杯になるときも必要なんだよな。

でも、どうもそのことで頭一杯になっても、きちんと
良い方法を見出せていないで、堂々巡りで無駄に
頭疲れているように思えることが多い。

参ったなあ。

趣味のブログで書くだけでなくて、
自分が仕事で考えていることもメモや文章化して
なんで堂々巡りしているのか、どこに突破口があるのかを
整理してみようと思う。こんな早朝に。

水曜日, 4月 04, 2007

低くて小さくて達成できる目標とファンキーな気分

最近、色々方法を変えて、何とかしようとしている。

1つは低くて、小さくて、きちんと頑張ればまず達成できる目標をいくつもつくって
やっていくこと。そして1つできるために 「よしよし」って自己満足でもして
次の目標を設定すること。

それとそういうことばっかやっていると、それでも変にまっすぐばかりで息詰まる
かもしれんので、パーッとキラクなファンキーな気分でバーっとなんとかならあと
適当な気分で過ごす時間も確保すること。

四六時中マジでマジメール書いていると、疲れるがな。

自分がやる気になれるようなとこまで、自分をうまくのせていけるようにするところまで
なんとかしようとしている。

月曜日, 4月 02, 2007

小さな自動車修理工場の親父から聞いた親父の話

自動車のドアをぶつけて壊してしまい。ディーラーで見積もりとったら、この古い
自動車をそこまで金かけてなおすのももったいないので、
たまたま近所の小さな自動車修理工場にもっていった。

ちょっと親父さんと話して、連絡先書いといてくれと言うから
名前、住所、電話番号と書いていると、

「お父さん、XXやっていた。あのXXさんかい?」

というので、僕は驚いて

「そうですよ。でももう30年以上前に死んでますよ」

というと

「バイクの修理でよくきてくれてたんだよ」

とのこと、そうなんだ。よく30年以上も前のこと覚えていてくれたなあ。
とても嬉しかったので、その工場に頼むことにした。

日曜日, 4月 01, 2007

鈍感力というか達観かな

鈍感力 渡辺 淳一  という本が本屋で平積みになっている。

でも僕は買ってないのだけど、もともと鈍感な俺が鈍感力必要なのかは疑問だ。

ここのとこまた、体調、すぐれず、どうしたもんか、つい考えてしまうのだが、
こういうときはぼんやりしていたほうがいいのかなあ なんて思う。

ここで、あれこれ考えてもしょうがないし、また水泳から遠のくことも悲しいし、
仕事も踏ん張らないといけないのだけど、妙案ないし。

こういうときは鈍感力だか達観だかしらないけど、ぼんやりと今できることを
やっていってあとは天命を待つのがよいのではないかと思うことにした。

今日は、スタッドレスタイヤをノーマルタイヤに交換してもらった。
確かタイヤ交換は無料で対応するときいてその店でタイヤ買ったのだけど、
言われるままに工賃をはらった。これも鈍感力の鍛錬だね。ヤレヤレ。

土曜日, 3月 31, 2007

娘のインフルエンザとタミフルと

娘がインフルエンザで熱をだしていたけど、
タミフルのんでから熱もすぐさがり、そのままもう
今日は十分うるさいほど元気なので、治ったらしい。

良かった。

タミフルは色々問題も報告されているらしいが、
随分と、効く薬らしい。

たしかほんのちょっと前(20年前くらいか)まで
ウィルスを直接攻撃する薬はなかった。

史上初のウィルスに直接的に効く薬として騒がれたのは
インターフェロンだった。

ここで、僕みたいな素人は混同しやすいのだけど、
抗生物質はばい菌にきくものであって、
ウィルスには効かないということだ。

でも、風邪でも抗生物質を処方されたりするから、
全ての風邪はウィルスが原因のハズだから、
不思議だなあと思っていた。

あれは、風邪ひいて喉とか炎症しているときは
そこで、ばい菌により炎症が悪化していることも
あるから、それに効くから抗生物質を処方されるということらしい。

それに良くわからないけど基本的に、ウィルスは細胞の中に入り込むことでしか
繁殖できないらしいから、ばい菌に入り込むようなウィルスがあるなら
抗生物質は間接的にウィルスに効果あるということなんだろうか。

それにしても、この数十年あまりでの、医学の進歩は、長い人類の歴史の
中でも突出しているということではないだろうか。

だって、CT、MRIだって、自分が子供のころはなかったのだから。

娘は調子の悪いあいだは、自分の調子の悪さを訴えかけるような
瞳で僕をみて何かあると、僕にしがみついて、甘えていた。
それもいつもと違って、弱々しいけど、しっかりとしがみついてくるような
感じで、ああ、こいつは俺が守らないといけないなあと自然に思わされる
のであった。実際の面倒はほとんどかみさんがみていたけどね。

子供って不思議な力をもっていることを、良く感じさせてくれる。

金曜日, 3月 30, 2007

弱い自分を認めて、うまく付き合いたい

僕は自分の弱さ、情けなさ、愚かさ、そういうものをそのまま認めて
それでも自己嫌悪することなく、そこそこは進歩できるように
飄々と生きてゆきたい。

俺ってなんてだめなんだろうと思うことが多く、
落ち込むことも多い。

でも、それが自分だからうまく付き合っていくしかない。

物事がうまくいかない原因が全て自分にあると認識することは、
うまくいかない原因を改善する鍵が自分の手の中にあると
考えるための前提となると長いこと思ってきた。

でもそれは心をつらくしてきた。

僕は、そういったものを忘れるために、ここで、
バイク、ゴルフ、水泳、音楽、スキーだとか
趣味のこと書いている部分がある。

逃げといえば逃げ、本業うまくやらないと、趣味なんて心からは
楽しめない。ああ仕事頑張ろう。

木曜日, 3月 29, 2007

バタフライ・エクスタシー

こうかくと、H系の変な話のタイトルみたいだなあ。

僕はバタフライという泳ぎには特別な思い入れがある。
ジャパンマスターズで唯一メダルを取れたのはバタフライ100mだった。

自由形はレベルが高くとても僕が勝てる区分ではなかった。

そもそも、僕は体力も技術も水泳習った経験もないんだから。

バタフライは、まず参加者が自由形より圧倒的に少ない。

僕が昔でたころのジャパンマスターズでは(今は知らんが)
ありがたいことに7位までメダルをくれるのに、
20代後半区分で100mバタフライに出場したのは10人くらいだったと記憶している。

僕はきっちり7位でメダルをとった。タッチして横をみると、ニュージーランド人が
僕と同時にタッチしているように見えた。でも、この人は8位で、ちょっと悲しそうな
顔して、僕は心の中で 「スマン」 とつぶやきながら、でもメダルもらえることを
喜んでいた。

その頃からしっかり、過剰な馬鹿だった自分は、バタフライばかり練習して
きっちり、起き上がれないほど、腰を痛めてしまった。

でもバタフライには僕でも勝てるかもしれないという魅力以上の
危ない魅力があるのだ。

僕の泳ぎが不器用なせいなのかもしれないが、僕の場合、
クロールなら、他の人と同じようにスピード調整ができる。

50%の力でも30%の力でも泳ぐことができる。

ところが、僕のバタフライは、80%以上の力を出し続けることでしか
泳ぎ続けられないのだ。

(まあ他にもこういう人いるかもしれないけど)

さらに、そのリズムとタイミングを維持するために、他の泳ぎでは
到達できないところまで、体力をギリギリまで、
バタフライというダンスに自然に吸い取られるように、
自分から捧げるように、使えてしまう。

しかも、それが、あるところから、気持ちよいエクスタシーのような
ものになってしまう。

俺はこのリズムでバタフらっているためなら(そんな言葉ないか)
また腰が砕けてもいいんだもんねえーーなんて危ない領域のスイッチが
入ってしまう。

これが僕が経験したバタフライ・エクスタシーなのだ。

やっぱり自分が馬鹿だからそうなるだけのことなんだろうか。

その昔、マーク・スピッツという天才スイマーがいたが、
あれほど上手にバタフライを泳げる人すら、脊椎分離症になっていたと
いうことを何かでみた。

今で言えば、マイケル・フェルプス は他のスイマーから頭一つどころか
身体1つ以上も抜け出たスピードでバタフライを泳いでいる。

今のバタフライは昔より上下動もしなければ、身体にくねりもいれないらしい。
それにはおそらく腹筋と背筋が強いこと、肩周りの柔軟性と筋力、
くねらせないでも、リズムとタイミングを的確に刻める能力がいるのだろう。
くねらせない分、昔より腰への負担は少なくなっているかもしれない。

それできちんとバタフライを泳げれば、ストローク全体を通じての進行方向からみた
身体全体の前面投影面積を減らせるわけだから、水の抵抗も少なくなる。

でも、そんなことより、マイケル・フェルプスが泳いでいるときどんな感覚の
中にいるのだろう。

正確な機械のように泳ごうとしているのだろうか。

それとも誰も味わったことのないほどのバタフライ・エクスタシーを感じているんだろうか。

水曜日, 3月 28, 2007

レックス・ホールディングス株主総会参加で質問までした

初めて、上場企業の株主総会に参加してきた。

レックス・ホールディングスのおそらく、上場中最後の株主総会だ。

西山社長は途中で涙をこらえきれなくなり、
最前列中央でそれを見ていた俺も泣いてしまった。
(初めて出たからよくわかんないけど、そんな株主総会は珍しいんじゃないだろうか)

この会社はいきなりMBOを宣言し公開株式買い付けを始めたけど
その買取価格が他社の計算方法に比べて低く、多くの株主は
納得いかないまま、上場廃止で処分できなくなることを
恐れて(というか脅されて)この株を既に売ってしまった。

創業社長の西山氏と今回彼と組んだアドバンテージパートナーズ以外の
全ての株主は、この公開買い付けに応じるか、裁判で買い付け価格を
上げるべく争うかしかないことが、今日、株主総会にでてよーーくわかった。
法的にということだけでなく、西山氏もそれを覚悟してやっているらしいことから。

まだこの会社の株式を保有していることは投資家としては馬鹿なのだろうが、
株主総会での質問をきいていると、質問者の大半は、問題の本質を理解し
共有できる方々だったようにみうけられた。

ただこれを書くと長くなる。こっちにまとまっている。が、これは特に被害者意識の
高い集まりだから、 今日の株主総会の雰囲気とはまた同じではない。

http://www.geocities.jp/kanebou1620/index.html

株主からの質問の中で、年配の学者風の方が、これだけ株主優待も作った
ということは本来そういうことをやる会社の社長は非常に優秀な良い経営者だと
思っていました。ということをいった。冷静に朴訥に話す方で、その言葉と
それをきいて西山社長がこらえきれず泣く姿をみて、僕まで泣けてしまった。

社長の大変さは社長しかわからず、彼もこの1年間で20KGもやせたそうだが、
会社の楽しかったころを思い出すと今の状況はそれはつらかろう。

自分を糾弾しかしない株主の前では男は泣かない。
自分の思いをわかってくれていたような話には泣くことをこらえられなかったということだ。

さて、そこから彼はは持ち直し、事務的に、株主総会の議事長をつとめ、議事を進行していった。

これを最後の質問にしますということで、僕も漸く手を上げた、そして僕が最終質問者として
発言した。それで、とうとう型どおりだけの回答ではなく、ほとんどの受け答えをしていた
取締役が これは私見ですがと言った上で、 自分の考えも少しは入れて発言してくれた。

彼は、損してもいいから株を持ち続けたい という株主が多くいること
株主への対応をすることで、よく知っていたことを初めて口にした。

その彼も涙をこらえて、口を震わせていた。

多くの株主が今日言いたかったことは、なんで選択肢が
二つしか用意されなかったのか ということに尽きるのではないかと思う。

それがMBOでありTOBというものかもしれないが。

また、涙まで流した西山社長も、自分の資産はきっちり100億円以上
残せるようにした うえで、アドバンテージパートナーズの大株主にも
なるということらしく

「焼け太り」

となじられていた。 (でもほとんどの人間は所詮そんなもんだ)

僕は被害者意識もないのに被害者の会に事務的に入会するしか
自分にはもう選択肢がない ことをこの株主総会で理解した。

アドバンテージと西山氏で90%以上の株式をもったから、特別決議が、
参加している 株主達が

「反対」

と叫ぶ中でドンドン

「過半数の賛成を得ました」

と議長の西山氏に宣言され承認されていった。

僕の左のいくつか空席の無効にいた、整った顔立ちの、
やせた若い、株主も えらく冷静に鋭い質問をしたが、何も言わなくなった。
こういう若者が、将来資産家になっていくのではという雰囲気をかもし出していて
気になった。

普通のおばさんにしか見えない株主も質問していたが、質問内容は問題の本質を
見事に女性の感覚でついたもので全然普通のおばさんではできないような
話をしていた。

わずかの株しか持たない私も、上場企業の社長相手に堂々と質問する
権利をくれるんだから、株って面白いもんだなあと、実感した。

雇われ社長なんて、株主に雇われた契約社員みたいなもんともいえるしなあ。

株はこの株式会社中心で回っている資本主義社会で人々の欲望を
最も直接的に反映しているのかもしれない。

この株主総会で午前中の3時間を使ってしまった、昼飯ゆっくり食う時間も
なくなったので、渋谷駅の地下のフードショウ(デパ地下みないなもの)で
寿司をかった。レジで気がついたが、その店は

成城石井でこれもレックスの子会社だ。

AMPMも牛角も

アドバンテージパートナーズがこれからやろうとしていることで考えられる
ことの1つとしては、例えば、AMPMをセブンイレブンに、成城石井をイオンに
とか切り売りすることもあるのではないだろうか。それで十分TOBにかかった
以上のお金を分解して売ることで回収できるという試算がされていたりして。

まあ それは憶測にすぎないけど、確実に何かがおきていると思ったのは、

新しく会社法ができたことで(昔は商法の中で規定されていた)
その中で全部取得条項付株式を発行してこういうやり方で
会社をのっとれるようになったことだ。(昔はなかったと思う)

私は法律も良くわからないわけだが、これからもおそらく、個人または
少数の仲間で世の中を渡り歩くつもりなので、法律は大切に理解して
おく必要があるのだなあとまた思った。

レックスは今日の株主総会を受けてほんの数時間で
この発表をしている

アドバンテージパートナーズがもう全てを決めているようだな。

ああもう書いてると色々でてくるのでここまでにしよう。

勉強にはなったし教訓ももらった。

火曜日, 3月 27, 2007

3人で花見

結局、この時期みんな仕事忙しく急にこれない人たちもいて、
相棒のオーストラリア人の願いをかなえるべく、彼とその彼女と私の
たった3人で代々木公園で花見をした。夜の7時くらいから。

自分は、水泳どころか、昨日はまた不整脈で動機と息切れがあり、
風邪もまだ治ってないようだし、仕事もあったのだけど、
ここまで一緒に苦労してきた男の小さな願いをきかないわけには
いかない。それでいいのだ。

しかも 明日(現時点からは今日)からまた外国いっちゃうし、一緒に花見して酒飲むことにした。

前回かいた彼の彼女は良くできた人で、彼女にとってはまだ慣れていない
日本で、一生懸命買い物して準備して、4個くらいのバックにたくさん荷物を
詰めて、(どうやってもってきたんだろ)原宿駅の前で待っていてくれた。

代々木公園の桜は7分咲きていどで、夜なので暗く、あんまりよく見れなかった。

丁度真上に、半月があった。 (上弦の月じゃないかなあ)

地面に彼女の買ってきた6枚のバスタオルを(下は湿った土)を敷こうとしているので
僕はあわてて捨ててあるビニールシートを見つけ出して、しいてその上に
タオルをしいた。彼女がもともとは5人用用意しておいた、ソーセージ、ビーフジャーキー、
カマンベールチーズ、ビスケット、おにぎり、、、、、、、と次々にだしてくるので、
しかもその下にはスノコの小さいようなものまで用意している。
さらにコップも上手における、紙のお盆みたいな皿みたいなものも用意してあった。

そして、最後にカンガルーのぬいぐるみを横にチョコンとおいて、これが
”オーストラリアン ピクニック”ですと説明してくれた。

付き合って3年半とかいう話なのに、アツアツなので、僕は自分が邪魔になって
ないかちょっと気になったけどそういうわけでもないらしい。

「最後の夜だからさあ もう帰ったほうがよくない?」

ときいたら 英語でなんと言ったののかよくわからなかったけど
昨晩十分したから、もう今日はいいんだ。みたいなこと言ったようで、
彼女は顔を赤らめていた。 (暗いのに俺は見えたのか?)

僕たちは3時間ほど色々な話をして、彼女が用意してくれたシャンパンを
飲み干し、赤ワインを飲んだ。

彼の先祖はスコットランド出身だということでスコットランド風の学校で
バクパイプ吹いたり、スカートみたいなのはいたりしていたけど、
良く調べたら、どうもアイルランド出身らしいことが急にわかったはなしとか。

アイルランドいって、ビアホールで、自分と同じ名前の人いるかきいたら、
その男が笑ってみんなに大声でその名前を呼んだらみんな手を上げた
話とか。今まで聞いてなかった、楽しい話をきいた。

そのほかのも僕たちは本当に楽しい時間を過ごした。
それも、ちょっとなんか切ないような、こんな変わった組み合わせの3人で
こんな風な時間はもう2度と過ごせないんじゃないかとちょっと切なくなるような
良い花見をした。

二人が一生幸福にいてくれることを願わずにはいられなかった。

月曜日, 3月 26, 2007

他人の彼女と話して面白かったこと

一緒に働いているオーストラリア人の、彼女は、ちょっと前まで
シンガポールの出版社で働いていたんだそうだ。

ジャーナリストということだけど、内容をきいてみると、女性向け雑誌の
恋愛相談みたいなのもやっていたようなことをいっていたと思うのだが
それもジャーナリストなんだろうか。

短期間で日本語も少し話せるようにになっているのが凄いが、
まだなんとか僕は英語で会話した。

会話の中でつい

「僕は、昨年健康を害して、なんか安全に生きようとしてしまっているけど、
そこには凄い矛盾を感じているんだ」

といったら

「それはどんな矛盾なの?」

というので(僕の英語ではうまくつたえられないかもと思いつつ)

「冒険をしないと、男は本当の生きる喜びをみいだせないように思うから、
長く生きるために、安全に生きることはこのことと矛盾すると思っているんだ」

といったら、すぐに通じただけでなく、彼女はこう言ったのだった。

「私のお父さんはいつもそれと全く同じことを言っていました。」

彼女のお父さんが、中国生まれのシンガポール育ちか、
シンガポール生まれのシンガポール育ちかしらないけど、
同じようなことを感じているだけじゃなくて、それをこの娘さんに
話したりして、良く話し合う親子なんだろうなあと、
妙に感心してしまった。

僕は今からでも、英語を勉強しようと思った。

水泳も英語も、今のレベルが低いから成長の余地がたくさんあるのが、
逆によいのかもしれない。私の場合は。

日曜日, 3月 25, 2007

絵本とりんごと枕の日

下の子が頭が痛いというので、本人の希望もあって
ベッドで絵本を読んで聞かせた。頭痛いからか
今日はしおらしく良く聞いていた。

熱を測ると37.8度。

子供をもってから、自分以外の人に何かをすることが、
前より嬉しくなった。

熱があっても、りんごなら食べたいというので、
りんごをむいたりしていた。熱あるのにりんごは
2個分食べてくれたので、ほっとした。
思えば、自分は幼稚園時代はしょっちゅう熱出して、
熱出したときは何故かりんご摩り下ろしたジュースをのまされていたっけ。

妻が、新しい枕をかってきた。テンピュール枕ではないが、
http://www.tempur-japan.co.jp/t_goods/pillow/pillow.html

それをもう少し硬くしたような感じの西川の枕
http://www.e-sleep-style.com/item/pillow/functional_pillow/rc0041-kkpl74.htm

多分快適な枕なんだろ。

我が家では、寒い時期は、これも妻のかってきた、ボアのとても寝心地のよい
シーツをつかっている。とても良い。唯一の問題は、朝起きたくなくなることが
あること。

今日は僕としたの娘は一歩も家からでなかった。

僕もなんだか疲れが十分に抜けないのでしょうがない。

明日は、熱心に日本語を勉強するオーストラリア人の彼の
要望で、花見をすることになっている。

水泳を向上させることは、のんびりやっていくしかなさそうだ。
仕事もなんとか 適切な目標設定だけでも見出したい。
これがなかなかできないうちに、今年は1月ダッシュして
3月でもうダレてしまっている。

ダレはじめると、さらに怠惰になりかねないので、気を引き絞めよう。

月曜日, 3月 19, 2007

風邪と仕事

こうやって熱もあるみたいで、風邪で頭が朦朧となりながらまだ仕事していると

参りますな。ハァ。 フゥ。

「ばあさんや、ワシャあもう駄目じゃ。」

「ゴホゴホ」

なんてこと書いてないで仕事するしかないんだな。
なんか自分の段取り悪いからこうなっているような気がするけど、
それを今考えると、余計に風邪悪くなりそうだからやめとこ。

左側の瞼がピクピクしてるなあ。

水泳は3歩進んで2歩下がるだなあ、トホホ

風邪も引いているようで、体調もすぐれず、水泳できないし、トレーニングも
多分無理にすると、さらに、体調悪くなりそうなので、もう一週間以上してない。

スキー、水泳、ウェートトレーニング、2つの仕事と、無理を重ねすぎて
しまったんだな多分。

そんなわけで、これじゃあ、水泳あんまり速くなれそうも(少なくとも当面)
ないのだけど、

無理して水泳するより

水泳好きな気持ちを大切にしようということで、

のんびりやってこう。いいんだ、別に速くなれなくってさ、しょうがないさ。

もっとこう、自分の身体の状態を自分でうまく把握して、うまく付き合えるように
なるのが大切だなあと、わかりました。

若いころ腰痛になったことが何度もあるけど、腰痛については、
最近うまく付き合えるようになってきた。

多少腰に違和感あると、どんな動きや、どんなストレッチすれば、
その違和感を消せるか、経験的にわかってきたから、ほとんどの
場合腰痛にならないですむようになってきた。

こういうことを増やして、自分の身体ともっとうまく付き合えるように
なっていこう。

こういうノウハウ他の人と共有できるといいなあ。

金曜日, 3月 16, 2007

人を好きになると思い出すこと

なんつって、今特に好きな人もいないので、良く思い出せないのだが。

人間は感情の生き物だと、自覚する。

小学校5年生のときに転校した。2学期から。

クラスの男の子たちが僕に話をするとき、みんなある
女の子のことになると、非常に熱っぽく話すし、長く話すのだ。

でもその女の子はそんなに僕の印象に残るような女の子では
なかった。

だから、なんでみんなその子に夢中なのか不思議でだった。

でも一緒に同じクラスで時間を過ごすと、僕もその子のことが
ダンダンと気になってきた。 

何でだろう。

例えば、その子のおじいさんが死んだとき、彼女はそれを作文に
書いて、授業で読んだ。作文も心を打つものだったけど、
今でもおぼえているのはそれを読んでいるとき彼女が涙を流し、
鼻水をたらしたことだ。

そのとき、クラスメートは息を詰めて、彼女を見て、彼女の声を聴いていた。

彼女の心が、自分の中に入ってきてしまうように感じられたと記憶している。

僕は人を好きになるとき、このときのことを思い出す。

それから、10年後の冬のある日、電車の車両の一番端の席に座って
何故か、隣の車両をガラス越しに見ていると、その彼女がいた。

隣の車両なのに、彼女が僕に気がついた。

そして、重い荷物を引きずるようにして、車両を移って座っている僕の
前まできてくれた。

彼女は一流大学の学生となっていた。
スキーに電車で行った帰りだった。

彼女と話をして、僕は天にも昇るような気持ちだったけど、
表向きは冷静に話をしていた。

凄く意外だったことが二つあった。
彼女が自分はもてないと本気で思っている らしいことと、
彼女は日記をつけていて、その中に僕は良く登場していて
小学校と中学時代の僕が忘れていたことを彼女が話してくれたことだった。

特別な美人ではないかもしれないし、彼女の素晴らしさは、転校したばかりの
僕がそうであったように、短時間ではわかりにくい。

僕は、そのとしになっても僕が転校してから中学校卒業するまで、
彼女のことで頭が一杯だったことなんて、少しも話せなかった。

駅を降りて、階段を昇るとき、彼女の重い荷物を持とうとしたら、
大丈夫といわれて、結局、持たないであがってしまった。

何であのとき、無理にでも荷物を階段の上まで運ばなかったのだろうと
ときどき思い出す。

それが、彼女をみた最後だった。

木曜日, 3月 15, 2007

バレンタインデーとホワイトデーにまつわる冴えないできごと

中年親父は義理チョコしかもらってないので、
お返しもしないで、終わってしまった。

まあいいか。

最近は、パンとかチョコレートとか、随分とおいしいものが出回っているような気がする。
昔からあって 僕が知らなかっただけかも知れんけど。

この和光のチョコとオリージーンヌとかいうチョコは特においしかった。でも高すぎ。

http://happy.woman.excite.co.jp/love/valentine2005/chocolate/chocolate03.html
http://happy.woman.excite.co.jp/love/valentine2005/chocolate/chocolate04.html

さえない話だが、チョコもらってお礼をいったら

「大丈夫です。あれはちゃんと業務精算できましたから」

と即座に返答され、なんかそこまで説明せんでもええのになあ。と思った。
その経費は、マーケッティング予算なのか営業経費なのか。どうでもいいか。

我が家では、和光のチョコは上さんがかってきて、家族はその味を知っているが、
オリジーンヌのチョコは知らなかったので、ホワイトデーである昨日、
妻、娘X2 計3人に それぞれ一箱づつ買っていった。

娘達は目を輝かして喜んでいたが、妻は特に反応がなかった。

それより、娘(10歳)にホワイトデーのプレゼントを贈ってきた男の子がいて
その子に娘がワザワザ寝室までいって隠れて電話していて、
自分が背広着替えにその部屋にいくと、色白の顔をピンク色にして
電話をしているのを見て、あーーーーあ、もうそうですか。と。

昔は

色々あったけど、もう僕はこういうこと現役じゃないですね。

水曜日, 3月 14, 2007

グッタリしてる

先週の金曜日 3月9日に仕事のミーティングの直後そのミーティング出席者(お客さん含む)と
ビールを飲み、話が弾んで、2杯か3杯飲んだ。

話がとても面白かったのは、一緒に飲んでいる人が、あっさりとプライベートを
語ってくれたからもある。

最近、仕事であった人が、あっさりと、非常にオープンに自分のプライベートも
教えてくれることが、楽しくもあり、良く考えると、驚くことでもある。

だって、しばらく前の自分の記憶では、みんなオープンになるにはそれなりに
時間がかかるか無理だったから。これも時代の変化なのだろうか?

離婚の話、元彼の話、色々きいてその話の内容よりも、そういうことを
オープンに話せる人間関係をもてることが楽しかった。

さて、まだ、チームに所属してないので(マスターズはチーム所属が必要)
本当に出れるかわからないジャパンマスターズだけど、今の状態で出場すると
かなり惨めな結果になるのがわかるので、酒飲んだ後に、また東京体育館にいき
またウェートトレーニングをして、泳いだ。でももう泳いでも身体が冷たいまま。

ビールは飲んでも飯をくってなかったことと、疲れがたまりすぎていたのが原因らしい。

それでも無理矢理こなして、そのあと軽くまた人にあって、
西八王子到着は1時くらい、それから、余りに腹すいているのもまずいかと
カレーのおいしいバーでカレーをたべた。このバーは高円寺のライブハウスと
昔協力してライブもやっていたけど、西八王子では営業大変で今はライブは
ごくたまにしかやってないとのこと。

普段は肉体労働に励んでいる若者がパートタイムでバーテンやっていて
しばらく私の様子をみてから朴訥に語りかえてくれた。とても素朴な
さわやかな印象の人だった。

マスターと高円寺のライブハウスの話をしていたら、私が一時期毎日のようにいっていた
ライブハウスのマスターが先月死んだということだった。まだ50代だったろうに。

僕が30歳の誕生日の日にそのライブハウスにいったら、マスターが僕にちょっとバーテンの
真似事させてくれて、アイスピックの握りかたとか、氷の割り方とか教えてくれて、
僕の作ったカクテルをうまいといって飲んでくれたっけ。

結婚していて、30歳の誕生日に、この店に一人できている僕が何故来たかはきかずに
ちょっと気がまぎれそうなことをさせてくれたのかもしれないし、流れでたまたま
そうなっただけかもしれない。

ギターがとても上手な人だった。不思議なことに多分そのマスターが死んだ頃
僕は高円寺でおりてそのライブハウスをドアのガラスからのぞいたけど、
中に入らずかえってきた。懐かしいけど、もうなじまない感じがして。

それから家に2時くらいにたどりつき、眠れずいて、4時頃寝た。

翌日土曜は、夜に、仕事一緒にやっているオーストラリア人が中国系の彼女を
つれて、我が家まで遊びにきて、夜尾遅くまではなしたあとに翌日早く
富士見パノラマに娘達も一緒にスキーにいった。
一日中スキーした。

そこで、昔の同僚と再会し(これが一番の目的だった)、あまりに懐かしく
嬉しく、思わず彼の肩を握って揺り動かしたら、あまりに軽く動いてしまった。

彼は体重が50Kgないのと、僕が感激してつい力が入ってしまったことによる相乗効果で。

彼は、今はテクニカルライターとして活躍し、この数年はスキーに夢中になって
急速に上達している。

彼に紹介してもらったMIXIのスキーコミュニティーの人達が

「自分達は20年間もすべってここまできたのに、4年とか3年であの滑りされちゃあねえ」

といっている言葉を聴くのが、自分を褒めてもらったかのように嬉しかった。

彼の今までPCと軍事にばかり重点的にいっていた情熱が、初めてスポーツに向った
途端にそれだけ上達しているのが、自分のことじゃないのに

「すごいでしょ」

と自慢したくなるような妙な感じだった。
20代後半一緒に仕事したころにやったことが、これだけ世の中に広まったのに、
僕達は今その会社とは関係ない。でもそのころの僕達は随分熱いものをもっていた。
だから今までスポーツしてなくても、彼がその情熱の一部をスキーに向ければ
凄いスピードで上達してくれたというのが、とても嬉しいのだ。(でも自分は下手なままだが)

帰りは、温泉によって、帰ってきたが、この日は家にたどり着いてすぐぐっすり眠った。

でももう、無理がたたったのか、今週は、もう身体がグッタリして、とても調子が悪い。
何にもする気になれない。仕事だけはむりやりアイドリングしてる感じ。

水泳も、ましてやウェートトレーニングなんかとてもする気になれない。
腑抜け君だ。

マスター死んじゃったんだ。悲しい。1つの魅力的な文化がなくなったような。
たしかあのライブハウスの名前は、マスターの実家がその昔、東北で映画館を
やっていて、その映画館の名前をもらったとか誰か言っていたっけなあ。

自分はオカルトや心霊現象なんて全く信じてないのに、マスターの死を知った
このブログの一つ前に個人の死についてブログに書いていた。
偶然だけとも思えない。

木曜日, 3月 08, 2007

個人の死と世の中 (選手全員交替してもゲームは続く)

何回か死を意識したときに、自分が死んでも、世の中は変わらないという、
当たり前のことが不思議に思えて仕方がなかった。

何故当たり前のことが不思議に思えるかというと、
自分は自分の感覚と脳みそだかで、外界を認識しているから、

世の中というものは
自分がいるから、
自分が感じることができてこそ
それが存在している。

という大きな錯覚をしてしまうからのように思えた。
でもその錯覚は個人的には現実かもしれない。

僕は新宿駅と渋谷駅を毎日のように使っているが、そこでみる
大勢の人も、150年もたてばもう誰もこの世にいなくなっているだろう。
(医学が進歩して、もっと伸びることもあるかもしれんが)

それでも、世の中は、続いている、より若い世代が引き継いで
社会というものを継続していく。

それはまるで、ほとんどの人には関係ない、ゆっくりした、それぞれは個別に進むのに、
全体としては壮大な規模で進む選手交代のように。

僕の知る限り、個人がなくなって一番、日本国内で大きく報道されたのは
昭和天皇の死 崩御(というのでしょうか)だったが、それでもその前後でも
時代は同じように連綿と続き変化はしても連続的なもので、唐突な変化とはならなかった。

個人にとっての死は一大事だけど、世の中にとっては、そんなもんなんだね。

水曜日, 3月 07, 2007

スポーツは勝つためにあるのか楽しむためにあるのか

なんて、簡単に結論でないことタイトルにしたりして。

実は、水泳は速くなりたいものの、仕事をやりながら、追い込むように
トレーニングしてしまうと、楽しいのレベルを超えてしまう。

でも、ハードにやらないと速くなれない。マスターズスイムのレベルは高いのである。
大体が楽しめないレベルのハードなトレーニングは健康にも良くないように思う。
それで、その辺のバランスをとって、エッチラオッチラやっていくことにしようかと。

最近のトレーニングの甲斐があって、50mくらいはダッシュできるようになってきた。
かなり嬉しい。スパートをかけられるだけの身体になってきた。それはとても嬉しかった。

でも楽しいということでいえば、子供達をスキーに連れて行って、
上の子が

「パパ見て」

というので何かとおもったら、ただ身体を大の字にして手を広げて山の自然を精一杯感じながら初心者なりに滑っているのをみたことと

下の子がスキー初めてなのに、異様に鋭いハの字ブレーキをかけるのを見ているときだった。

昨晩も上の子が、下の子のこと

「・・・ちゃん 不気味だよね」

というので、妹のことを不気味とはひどいこと言うなあと、注意して確認したら。
あんなに急なブレーキかけられるなんて不気味だよねえというのであった。
たしかに、いくらまだ小学校1年生で、体重も軽いにしても、初めての
スキーであんなにギュッととまれるブレーキがかけられるとはどういうことなんだろうか?

よく見ると、ハの字(プルークボーゲンとかいうのだろうか)になっているスキー板の
内側のエッジを鋭く立てているようだった。本人はわかっているのかどうかわからないけど、
ともかくえらく鋭いブレーキをかけて、初めてのスキーにも関らず、止まれることを武器に
滑りたいだけ滑って、スピードが出過ぎたら、ギュッと止まってまた滑り出す、ところを
見ているのも楽しかった。

やっぱりスポーツは楽しむほうがよさそうだなあ。でもそれだけでは勝てないなあ。

レベルの高い競技スポーツで勝てるくらいのレベルまでいける人は
何らかのオタク的な要素をもっているということなのではないだろうか。

僕の場合は、こんなに水泳好きなんだから、他の人よりもっと速く泳げないと
納得できないとか、そんな気持ち。でもそのために、身体壊してよいと思うほど
馬鹿にもなりきれなくなった。つまらないことに。

それでもスパートして、かなりのペースで泳いで、隣の高速コースで泳いでいる人に
追いつくことができたのは、楽しかった。 東京体育館のプールの高速コースは
レベルが高いので、僕も随分短期間で進歩したらしい。

苦しいんだか、楽しいんだかわからない。

嬉しいんだか、悲しいんだかわからない。

生きたいんだか、死にたいんだかわからない。(何、書いてんだか)

感情は相反するものを両方感じることで、それぞれの感情を知ることができるということなんだろうか。

スキューバダイビングしているときに僕も両手を広げて、海の中の全てを自然にリラックスして
感じられるようにしたことがある。それもとても楽しい経験だった。
これは、何かの苦しいものの対局にある嬉しさとは違う、ただ、ただ単純に楽しいことだった。

楽しみ、喜びには、誰かに勝てて嬉しいというような優越感に起因する相対的なものと
それとは関係ない、絶対的なものがあるということなのかな。

火曜日, 3月 06, 2007

最新プリンターのコストパフォーマンスに驚き喜ぶ

HP インクジェットプリンタPhotosmart C5180を買った。
http://h50146.www5.hp.com/products/printers/inkjet/ps_c5180/index.html

大昔と違って、今はUSBケーブルでラクじゃのう。わしも年をとったものじゃのう。

昔はMS-DOSでカナカンのメモリーを解放しないとネットワークボードもインストールする
ことができないような不自由な時代があったけど、今からすると、信じられないほどの
不便な状況だった。 でもその前はもっと不自由だった。

それが、もうこのプリンタときたら、接続が簡単なのは今や他のプリンターも
同じだろうけど、この値段、19800円で、(しかも年末かったレッツノートのヨドバシポイントで
支払いなし)ここまで便利で、画質も文句なく、コピーも簡単にとれて、画像も試しに印刷したら
完全に写真グレード。

俺が、古いのか?

ノートPCも今や仕事上スペック十分だし。

ストレージも今やこんなことになっているし。

http://buffalo.jp/products/catalog/storage/hd_lan.html#lan_02

3TBが26万円って しかもNAS、確か15年前くらいはただのHDが1MBあたり1万円して
100MBはだから100万円したと記憶しているけど。それでいったら、3TBは300億円くらいに
なっちゃうよなあ。コストパフォーマンスが10万倍くらい良くなったということか。
えーなんか計算間違いしているような、でもそうだよなあ。

USBメモリだって、凄く便利で、大容量で、安い(昔の感覚でいうとというか昔はUSBメモリ自体
なかったけど、GBがあんなペンのキャップみたいなもので持ち歩いて挿すだけなんて)。

ここまで容量とコストパフォーマンスとが何桁もかわってくると、もう質も変わってくる。
使われ方も、用途も、ドンドン変わってくる。

賢く使うにこしたことはない。

個人が、大企業に負けないITインフラを持てるようになってきているということなのだろうか。

だとすると どんな面白いことができるのだろう。グーグルのような会社ができてきたのも
おそらくは安いハードを巧みに使って、構築して運用して、システムを作り上げていることにも
一因があるのだろう。

さて自分には何ができるんだろう。

それと、そうやって、個人がある種の強大なパワーを得ることができるように
なったのと同時に、やっぱりブランド価値は増大している。

実際、僕が昨日買ったプリンターはとても良かったけど HPという大企業のもの
レックスマークとかいうプリンターメーカーがあったけど、もう見かけなくなった。

だから、大企業か小企業 ブランド力があるかないかにこだわらないで
選ばれる要素が大きい製品やサービスを これらのやたらにコストパフォーマンスが
高くなった機器を使いこなして 提供すれば、個人にチャンスがくるのだろうか。

でも問題はコンテンツの中身と一緒に考えないと。

若い人たちは、この環境があらかじめ元から自然にあるわけだから、
もともと頭の柔らかさ以上の柔軟な発想ができるかもしれない。

ああ僕には、何ができるんだろう。

日曜日, 3月 04, 2007

ゴルフ練習場に驚きの人出現

疲れているはずなのに、朝は5時から目が覚めてしまい。
そのまま、妻が用意しておいた釜に火をつけて米をたいたりして、
一人で早い朝飯をとり、ゴルフ練習場に出かける。

早朝優待は、日曜の天気の良い朝はすぐ一杯になって
入れなくなってしまう。

でももう、いい加減疲れが、限界で、クラブの振りもひどいものだ。
練習場には、僕が話をする中では一番上手な人がきていて、
隣の席で打っていたら、僕の惨状に見かねたらしく、少し教えてもらう。

教えてもらって、自分が脇を空けたスイングをしてしまっていることに
気がついた。

ひょっとすると、無意識に水泳の動作がでてしまっているのかもしれない。
脇があいてしまうと、左右の腕を一般の動きとして協調させることができないのだと思う。

さて、その上手な人と親しげに話している若者が現れて、その若者は隣の隣の
打席に移動してきたのだが、彼の打球をみて、唖然、呆然、

この練習場であれだけ飛ばす人は今までいなかったのではないか。
僕だけでなく、他の人も、彼は圧倒的だといっている。

自分が絶好調のときの最高の球と同じ距離をかれはあっさりと
4番ウッドで打っている。それも、スチールシャフトだ。

聴けば、ヘッドスピードは55m/sec だとのこと。

その僕のしる上手なひとの友達の息子さんとのこと。

野球選手だそうだ。

やっぱり、一番運動能力高い人は野球とかさあそういう分野にいるんだよなあ。

彼の球の弾道をホレボレみていた。

そのあと自分が打つと、もうしょぼくてつまんなくなってしまうけど、
あんなに飛ばすのを間近にみれて嬉しくてしょうがない。

もっているクラブも、無茶苦茶に重いものだった。

自分ももっと飛ばせるように、それももっと安定して飛ばせるように
なりたいとしみじみおもった。

彼は、コースではウッドを使うことも、飛びすぎてあまりないそうなのだけど。
あんなにとんだら、どんなに気持ちよいだろうと。

そのあと、総額1万円ほども食品を買い込んで家に帰ってきた。

それから、ものすごく深い眠りの昼寝をして、今日は昨日ほどは
色々できなかった。これがおじさんの限界だ。

なんだか、身体を鍛えたい欲求にあわせ、脳が、僕の身体を
変化させるよう命令をだしていて、眠っている間に身体が変化しているような気がする。

だから激しい運動をするほど(特にウェートトレーニング)今までにないほど
深い、深い、眠りに落ちていくみたいだ。

明日からまた忙しい一週間が始まるなあ。

ゴルフ 実家 バイク ラーメン 水泳 サイゼリヤの日

土曜 は朝から、ゴルフ練習場に行った。
ウェートトレーニングと水泳で自分の身体が変わってきて、
かつ疲れがたまっていることで、全然フィーリングが変わってしまっている。
しかも練習不足もあって、またまた、まともに球が飛ばない。

ウェッジ類と5番ウッドだけは、しばらくうっていたらまともにあたってきた。
ウェッジ類は、短くて、距離も欲張らないですむのでまともにあたってくるらしい。
5番ウッドは下から打つので、ヘッドを球の前後をなるべく水平に動かしたく、
そのため、膝と腰の角度と高さを一定にして丁寧に振ろうとするから
それで、うまくあたって飛ぶらしい。なぜかこの日は知っている人が
ほとんどいなかった。

5番ウッドは250ヤードの看板の前にかなり正確に落とすことが何回もできた。
練習場で何回もうっていればそういうこともあるのである。

そのあと、実家によって、母親に昼飯を食わせてもらって、パソコンの
使い方を教えて、かえってきた。一人暮らしの母親は最近夜は毎日
パソコンでゲームをやっているそうで、何時の間にやらゲーマーになって
しまったようだ。大丈夫かいな。

もともとは明日のジョーのタイピング練習ソフトをあげたら、かなり熱心に
練習を始めて、毎日母親が 丹下ダンペイに

「お前って奴は 何度いやあわかるんだ」

なんでお母さんが怒られないといけないのといいながら、練習してたということだ。
笑える。

それから、家に帰ってくると、家族がいない。
まあいいかと、ちょうど子供もいないし、あわてて、バイクにのって、
山に向かう。(今年の初乗り) ああ久しぶりのバイクはなんて嬉しいんだ。
まるで世界が、急に新鮮になってみたいだ。

峠で、オフロードバイクから降りた可愛いネーちゃんが軽く挨拶してくれたので、
さらに嬉しくなってしまったが、彼とのツーリング中であった。

20号線にでたあと信号待ちですり抜けして、青になったのと、自分が最前列に
来たのと同時くらいになってしまい。足を路面についたところで、
ワンボックスカーのタイヤが丁度足の甲の上にのってしまった。

とても引き抜けない。自動車ちょっとバックしてもらって、足抜けたところで、
バイク全開加速で逃げるようにその場を立ち去った。

意外に足はそれほど痛くなく大丈夫だった。でも轢かれるだけじゃなくて丁度真上で止まるとは。
それにしてもバイクややっぱり危ないのである。

そのあともう1つの峠の店で休憩をとろうと思ったが、
お上さんが買い出し中で、今なにもできないんですよと
マスターにいわれ、でも少し休みたいので、ゴルフ好きのマスターの
ゴルフ談義を聴いて、質問してまた聴いてと繰り返す。

http://homepage3.nifty.com/miyamakougei/fuziya%201.htm

このラーメン屋(富士屋の湧き水ラーメン)は3年前くらいにできたんだと思うけど、
そこに水道もないとおもわれるのに住居もつくって、ご夫婦ですんでいるらしい。

しかも、マスターも奥さんもとても上品なのである。

奥さんなんか、モデルみたいである。コーヒーサービスで出してくれたりする。
でも奥さんなかなかかえってこないので、またバイクで走り出し、
でもラーメン食いたい気持ちだけは残ったので

20号沿いの

「凛として」 高尾店に行く
http://www.rintoshite.jp/

八王子で、これだけ建物とインテリアにこったラーメン屋を
こんなに人通りの少ないところに建ててどうするんだろうと
おもっていたが、案の定、お客さんはいつも少ないみたいだ。

でも、何故か、とても接客態度のよい若者達と、
かなりうまいラーメンと
やたらに居心地のよいインテリアによってしまうのである。

一度ここで、本を2冊読んだことがあるが、とても良かった。

ラーメン屋でここまでインテリアの価値を教えられるとは。

実はここの坦々麺にはまっているのだ。

セキが止まらないときにここの坦々麺くってむせて、のどに自分の息で
辛いスープが吹き付けられたたら、喉が無茶苦茶に痛くなってしまって、
しばらく悶絶していたのだが、それでもここの坦々麺が好きなのだ。

網みたいなスプーンまでついてきて、スープの中のひき肉をすくって
たべられるのもとてもよい。

それで家に帰ってから、近所のプールにいき2時間真剣に、
プールを歩き、泳ぎした、随分泳げるようになってきた。

そのあと、家族が新宿に買い物にいっていたということなので、
自動車で駅までいって、家族を拾いサイゼリヤでまたたくさん食べて
かえってきてねた。

充実した一日だったけど、僕は仕事から逃げているような気もどこかしていて、
本当にこれでいいんだがわからない。でも止まっているよりいいんだろう多分。

VPNで自宅で仕事

金曜日は、木曜夜の帰りが遅く、いい加減疲れがたまっているのと
人の会う予定がなかったこともあり、自宅で働いた。

VPN設定されているノートPCを自宅に持ち帰って仕事をすると、
そもそも人にあう予定さえなければ、なんのためにオフィスいく
必要があるのか、ないんじゃないかと思えてくる。

しかも自宅のほうがリラックスして、考えられるので、
文章もいつもよりまとまるようだ。

実際は、この日は、仕事での海外とのメールのやりとりが
多く、自宅にはいたものの、かなり忙しくなった。

自分のような英語が苦手な人間でもやるしかないのである。

高校生のとき英語のテストの成績が学年でビリから2番だったことがあり、
そのテストが英語の教科書の文章が虫食いになっていてそれを
埋めるというもので、すっかりやる気がなかったのだけど、それでも
あんまりひどくて、いまでも苦手意識が消えない。

それでもやるしかないので最近ときどきやっているのが、
自分の書いた英語の文章を、翻訳サイトで、日本語に
翻訳して、まともな日本語で論旨もとおっているかチェックして
だめなら、翻訳された日本語がまともになるまで、英語を直して
文章を組み立てるようにしている。

そうすると、随分スッキリした英文となる。
でもそれがビジネスの問題点の本質的な部分をついた
メールとなってしまうと、それが、素朴であるほど、
シンプルでわかりやすい返事はこない。
わけがわからないほど、長くて、わけのわからない内容のメールか、
返事がこなくなる。

これは英語の問題ではない。

長いこと、自分の英語力不足で理解できないかと思っていたが
そうではないらしいことが、最近よくわかる。

英語圏の人も本質的な問題点はごまかしたい人が多いのである。

さらに言えば、そこで、正論を何とか英語で書けるようになっても
それで仕事が進まなければ意味がない。

やっぱり僕は、まだまだ、本当に、とっても未熟なビジネス能力しかないのである。

下の娘を学童保育に迎えにいき川沿いの道をあるいていると

「二人で歩くのもいいねえ」

とのこと

COOPにいって買い物をして、

ブリを焼いて、オマール海老の殻を使ったグラタンみたいなもの(オーブンで暖めるだけ)
それと中国産ハマグリをどうする門か迷ったままとりあえず、塩水につけて
砂だししていた。

夜に、妻の友達がきていたので、ハマグリの汁に、簡単に塩と醤油と昆布とカツオのだしを
加えて、適当にやったらそれなりの味になったので、だしたら少しは喜んでもらったみたいで
嬉しかった。

料理はたまにしかやらないけど、なんか化学の実験みたいで面白い。
でも本当に上手になろうとおもったら、料理を喜んで食べてくれる人に
何回も何回も作らないと駄目だね。

フリーウェイトでのトレーングとその後の水泳

木曜の夜に8時過ぎに会社をでて、東京体育館に向かった。

先日組んでもらったウェートトレーニングのメニューを初めてこなす。
ベンチプレスと、ダンベル使った胸の筋肉を鍛える動きは
フリーウェイトウェイトで行うことになった。

マシンに比べて敷居が高い感じがするのだが、マシンより圧倒的に
有利なこととなるのは、可動域に制限をうけないということらしい。

自分の場合、まだ、スクワットはやらずこっちはマシンでやったほうが
いいらしい。まだ足の筋力がたりないのと、柔軟性もまだスクワットを
きっちりやれるレベルでないらしい。

それでも、負荷を40kgから60kgに セットを10回2セットから
10回3セットに増やされているので、全体のトレーニングを
こなしたら、身体がつりそうになり、汗も流れた。

でも、水泳のためにやっているウェイトトレーニングなので、
そのあと泳がないわけにはいかない。

そのあと1500mほど泳いだが、身体もそれなりになれてきたのか、
なんとか泳げた。あれだけのウェートトレーニングのあとに
それなりに、というかちょっとまえなら体調良いときでも
あのペースでは泳げなかったので、自分がかなり進歩しているのがわかる。

つくづく実感するのが、スポーツは、それなりのパワーがついてやっと
技術とかみあって、それなりに動作できるようになるということ。

まあ技術もまだたりないわけだが。

その後、新宿11:15分発 中央ライナーのグリーン車 (700円)にのる。
それで高尾駅までぐっすり眠った。最近こういう小さな贅沢がとても嬉しい。
今まで小さな贅沢を拒否していたのと、自分が年とったからかもしれない。
ともかく通勤がらくになるのは、多少お金かかってもたすかる。

木曜日, 3月 01, 2007

水泳とウェイトトレーニングの途中経過

ウェイトトレーニングにより、筋肉量は増加し、脂肪はへり、パフォーマンスは大きく向上している。


ハズだった。


メニューまで作ってもらい。それをほぼ忠実に実行して、そのメニューをつくってくれた
トレーナーとメニューの見直しと、体重、体脂肪率の測定をしてもらったら、
なんと、体重は3Kg増加して、筋肉量はかわらず、(要は脂肪が3Kg増加ということ)。

オイオイ、測定器壊れてないか?

でも体重が増えているのは間違いないらしい。

普通、あんなトレーニングしたら、やせるものなのにこれでも肥るとは。

トレーナーはかなり気まずそうだった。でも彼はかなり真面目に上手に指導して
メニューも作ってくれている。

それで、メニューを作りなおすのだけど、いきなり負荷を1.5倍くらいにされ、10回 2セットを
10回 3セットにされた。

「あのー あんまり苦しいと、僕仕事に逃げちゃうんですけど。仕事第一ですから」

とかもう言い訳をしている俺。

「試合でるんですよね。もう追い込んでいかないと」

と逃げを許さない真面目なトレーナー

「健康第一だから無理はしたくないんですが」

とまた言い訳をする俺

「大丈夫ですよ、ちゃんと筋肉触って診ているから、まだまだ余裕があるのがわかりますよ」

やっぱり、やるしかないようだ。

実際泳ぎは、技術の向上はなくても、パワーの向上で、いくらかでも良くなってきているのを実感できている。

それで自分の身体のデーターシートをみると、僕の体脂肪率がかえって上がっているのをきにしているとそのトレーナーは思ったようで、

「大丈夫ですよ。このメニューはかなりハードですから、これでも体重増えるようなら、僕はまた勉強して考えますから」

(そうですか)

水泳はもっとうまくもなりたければ、速くもなりたい。技術とパワーを向上させるしかない。
でも、僕は体脂肪率もさることながら、去年あんな入院生活経験したくせして、筋肉量も
現在でも自分と同一身長の標準より多いことがわかった。おまけに僕は身長が185cmある。体重が
重いのは当たり前なのだ。 筋肉の重量だけでも、普通の男性の体重くらいあるとでている。

K1の試合みていて、化け物みたいな奴らがでてきて、ああこいつらこれでも同じ
人間かあ なんてみていて、身長と体重のデーターがでると、俺一緒ジャンと
軽いショックを受けたりしていたのだが、これで自分が思いっきりトレーニングしたら、
本当に、さらに、人間離れしてくるのではないかという、心配がある。

それに体脂肪率へらせたところで、人間の身体はやっぱり大きくなりすぎると
健康上も望ましくないらしい。例えば膝は構造上そんなに重い体重に対応するように
できてないとか、心臓も、大きすぎてもよくないとか。

肺も調べてもらったら、僕は肺活量がとても大きいのだけど、呼吸器内科の
先生いわく、肺もおおきければよいというものではなく、大きすぎると、肺の中が
つぶれやすくなるのでいいともいえいないとのこと。

でもやり始めた以上、トレーニングはまだやってみるかなあ。なんか不安だなあ。

火曜日, 2月 27, 2007

大学時代の友人達とスキーに行ってきた。


先週金曜日は、前日の飲み会での二日酔いを引きずったまま、
夜から、大学時代の友人達と蓼科のほうにスキーに行ってきた。

自分でもよく覚えてないのだけど、確か僕は大学の1、2年に3回くらいスキーに行っただけで
その後まったく滑ってないはずなので、(スキー場までいって滑らなかったこともあった。)
今年は、23年ぶりくらいにいきなり、スキーに3回も行っていることになる。

それで、金曜の夜もビールを大量に飲んでしまい。

さらに二日続けての大量飲酒だけでなく、睡眠不足で、なんか気持ち悪いまま
車山高原スキー場につれていかれた。

ここで一番簡単なハズのコースも子供達といった小海リエックスの初心者コースよりもは
かなり急なのだった。ただ、コースがとても広いので、緩やかに回れるように
斜め方向にズーっと滑ってなんとかターンしてまたズーっと反対側の端っこまできて
とかを繰り返していた。

友人達は、上級者コースでも問題ない人たちなのであった。

それでともかく一度一番上までいって、山頂で記念写真をとるから行こうということで
内心、やばいなあと思いながらリフトにのって一緒にいった。

車山高原のてっぺんは凄い風で、飛ばされそうで、ちょっといるだけで、
頬が痛くなるほどの寒さだった。

記念写真は無事取れたが、問題はそこからどうやって降りるかである。

でも、初心者でも降りられるくらいの傾斜のコースを選べてそれと
狭くてターンが苦しいときは、スキーをわざとエッジと立てないで
斜め方向にも滑らしてスピード落とすような感じで、何とか降りてきた。

そして、初日は一回も転ばないですんで、ホットした。転ぶと余計に疲れるし。

その晩は、みんなは酒をまた飲んでいたが、僕は酒はやめて、ジュースとかをのみ
宿のカラオケでバカ騒ぎしたが、僕だけ夜中の2時に部屋に戻って寝た。

翌日はビラタス蓼科にいった。

またレンタルショップへいって、道具をかりて、こんどはリフトではなく
ロープウェイで一気に一番上までいって、そこから滑ってくるのだけど、
もう昨日の疲れで腿の筋肉痛がひどくて、駄目。

どうってことないところでも、腿の筋肉痛で自分からあきらめるように転んでしまった。
(あーあ一回も転んでなかったのに)

落ちたゴーグルをかっこいいパトロールの女性が拾ってもってきてくれた。

「大丈夫ですが」 (笑顔がキラ、かわいい、だけど、どうってないところで無様にこけている俺)

即座に

「大丈夫です」 (確かに筋肉痛と疲労以外は大丈夫だが)と答えた。

さて、僕のスキーのうまい友人達にはわからなかったらしいが、
ピラタスは、てっぺんまでいってしまうと、初心者向けのコースにも難関があった。

ボーダーもスキーヤーもその手前で

「ここだけ怖いんだよなあ」

とかいって、止まっている。

怖い前に疲れて身体が動かない。初心者らしい女性のボーダーと僕だけがなかなかそこから
動かなかったのだけど、しょうがないから、すべりはじめたら、案の上、ターンの途中で真下向いた
ところで、ターンできなくなり、スピードがましてきて、もう面倒臭くなったように転んでしまった。

疲れた親父は、若者と違って、もうあきらめて、もう転がりながら滑るままに、脱力しながら
任せていたら、下まで、身体で滑ってしまった。

何とかなるじゃん。

スキーよりラクに降りられたじゃん。

そこからはなんとか転ばずにリフト乗り場まで戻ってきた。

でもその日はその一回だけとしておいた。

スキーも結構面白いじゃないかと今頃になって思った。

大学時代の友人達は、まあお互いに気心がしれているので、
キラクに過ごせるところがよいのであった。

そんなわけで、このブログのタイトルの
バイク、ゴルフ、水泳、音楽 だけでなく

スキーや、たまにやってきてスキューバダイビングやら、
他にも楽しそうなことがあれば、手を出していこう。

何歳から初めても、楽しめればいいや。

友人も、昔の友人との関係も大切にしながら、
新しい、友人もいくつになっても作っていきたい。

僕は友人作るの下手なままだけどそれもいくつになっても遅すぎることはないと。

でもこないだ見つけた、アルゼンチンタンゴの無料講習会はかなり興味がありながら、
やっぱり恥ずかしくて行けなかった。

次はピラティスとヨガでもやってようかな。

ヨガやって呼吸法を学んで、リラックス方法を学んで 身も心も不必要な力が入らないようにしたい。

若い人たちと飲んだ

先週木曜の夜に、8人で酒を飲んだ。女性が二人いてしかも僕の両隣に座ってくれたのと、
他の人たちも、話も面白ければ、感じもよく、楽しくなって飲みすぎてしまった。
普段飲んでないから、多分ビール1.5リットルくらいのんだのではないかと思うけど
かなりよってしまい。翌日はかったるい上に頭も痛かった。

それでも、若く、感じよい人たちと酒飲めて、楽しく、ああこれからはもう、
年下と付き合うことが一段と多くなるんだよなあ。

僕だけとっても年上であった。思えば自分が彼らくらいのときと
比べるとはるかに彼らのほうが大人で、今の自分と比べても
彼らのほうが大人のようにみえたのだった。

僕の左隣に座った女性に対して、
「あの僕立候補します」
とか確か二人の若者が手を上げて、
半分マジなのはわかるが、半分、余裕があって、

そういう感じで楽しく飲めるところが、いいなあと。

俺はそういう余裕がないままの若い時代であったような。記憶もあいまいだが。

水曜日, 2月 21, 2007

心房細動ほぼ治るも、水泳には不安が残っているのだ

先日、風邪ひいてセキがひどいときに

ホルター心電図

という検査で24時間携帯式の機械で心電図を記録してもらっていた。

そんな体調で変な結果でるのもいやだったのだが、今日結果をききに行くと
もうほとんど心配ない状況だといわれた。睡眠中に5秒間だけちょっと脈が
おかしい時間があったけどすぐおさまっているとのこと。

なんといっても心電図のエキスパート中のエキスパートのお医者さんが
そういうのだからそうなのだろう。

スポーツも全然問題ないとのこと。

薬も、もう4月から一種類だけにするとのこと。(それもまあ念のため)

随分慎重に診てもらっている。おそらく、僕よりずっと不健康でもここまで
調べてもらってない人は多いだろう。

さて、じゃあ大丈夫だろうということは良いことなのだが、水泳のペースを
あげてしばらく泳ぐと、脈が不規則になる。怖い。どこまでやっていいかが
わからない。一定以上、追い込むとほぼ確実に脈がおかしくなる。
脈拍で言うと160以上から。

これは病気というより、もう40代ではそこまでやってはいけないということなのかもしれない。

上の娘に 「パパは水泳の試合にでたいんだ」 と話したら

「パパには無理してほしくないんだよ。 長生きしてほしいから」

といわれた。彼女は、スイミングクラブに行っていたのに、選手コースで苦しいことを
したくないという理由で、そこまであがれる前にやめてしまった。
まだ7歳か8歳くらいのときのころの話だ。

親子でも随分違うものだが、常識的には、彼女の意見が正しい。

でも自分はどうしても、試合にでたい。

健康に悪影響がでるほどの練習はしたくない。
どうやってトレーニングレベルを測るのがいいんだろ。
基本的に仕事を持ちながらそんなことやるのは、無理しないわけにはいかないし。

そんなわけで、ウェイトトレーニングをなんとか続けながら、ダラダラと泳いで
何本かはダッシュしてくらいの練習でもするしかなさそう。

とてもインターバルトレーニングは、やれそうもない。体力的にも、健康上理由からも、
意思の弱さからも。

ここまで書いてから、自分が随分、贅沢なことを悩んでいることに気がついた。(どうして自分はこう馬鹿かね)

昨年までは、それどころじゃなかったし、ここまで回復できることすら、想像すらできなかったんだから。
心房細動なんて普通は治らないものらしいから。

自分がなんだかんだありながら、なんだかそれなりには幸運であることを、いつも覚えておこう。

ラッキーなんだよなあ、最終的には。今までのところいつも。そこそこには。

火曜日, 2月 20, 2007

2度目のスキー

日曜日に、今度は下の娘も一緒に3人で、またスキーに日帰りで行ってきた。
5時半に家を出たときは強い雨が降っていた。

スキー場近くでその雨は雪に変わった。

やっと初めて、スタッドレスタイヤが役にたってくれた。

スキー場で、下の娘にスキーを履かせて、さあと思うと
全然滑れず、転んで、しかも立ち上がれない。

それを30分くらい繰り返していて、大変な一日になりそうだなあと。
自分までまだ滑ってもいないのに汗がでてきた。

上の娘には滑ってきていいよといったら、楽しそうに何回か滑り降りてる。

そして上の娘がきて

「私が教えるから。パパ滑ってきていいよ」

というので、任せて、しばらく滑ってもどってきたら、なんとしたの娘も
滑れるようになっている。

まだ曲がれないけど。スキーを先を閉じた 「ハ」 の字型に押し出して、強力な
ブレーキをかけることができるようになっていた。

まだ7歳になったばかりで、体重も20Kgちょっとしかないから、止まりやすいらしい。

それで、初心者コースを3人で繰り返し滑り始めた。

ところが、二人のりリフトに上の娘を一人でのせて、
下の娘を抱きかかえるようにリフトに乗ろうとしたところで
ストックが娘の口に軽く当たってしまった。

それで娘の下の前歯が抜けてしまった。でも乳歯でグラグラしていたらしい。。
それと鼻にもあたってしまったようで、鼻血がふきだしてきた。
少し上を向かせても鼻の下に、血がたまってくるし、荒い息で
血が飛んでスキーウェアに赤い斑点ができてくる。

ティッシュはない。

あわてた僕は娘の鼻の下の血をチューチュー吸ってしまった。
吸血鬼か俺は。ちょっとしょっぱい。

口の中にも血がたまっている。

娘は痛いといって、泣いている。

困った。

上について何とかリフトをおりて、パトロールも呼んでもらっているうちに
血はダンダンとまってきた。

娘はもう

「帰りたくない、最後までいたい」

といっている。

それでそこで休んで食事をとって、
また滑り続ける。

ほぼ最後まで滑って、そのあと娘達の雪合戦や、
雪だるまつくり、雪での滑り台に付き合い、帰ってきた。

おまけに、その日が子供はリフト券無料だった。

帰りには、自動車の中から、雪の山々が雲間の夕日に照らされる
雄大で美しい、景色をみることができた。

雪の後の晴れ間は空気が一段と澄んで遠くの山々もとても
キレイに見えた。白い雲、黒い雲がが山から立ち上がっていく
景色をみることもできた。

僕はバイクで一度だけスキー場まで行ってしまったことがあるが、
やっぱり、こういう景色は自動車でスタッドレスタイヤで楽しむのが
いいなあ。あたりまえだが。

恋愛相談で全く役に立てず、でも真剣さに心打たれたこと

その女性はとても魅力的だけど、ちょっと危ない人で、自分がそれほど好きでない男については、その心を弄ぶことがある人だった。

その女を好きになった男は学歴も職歴も立派なエリートエンジニアだった。

僕はたまたま、その女性のほうを知っていて、その男のほうにはほんの数回あったことが
あるだけだったのだが、その彼が、僕に相談したいことがあるという。

僕ははっきり、自分の考えを彼にいった。
あまり人を見る目がない自分でも どう考えても彼が彼女の心を捕まえることはできないし、
万一捕まえても、そのあと彼が幸福になれるとも思えなかったからだ。

折角、僕に相談したいということだし。

「彼女は結婚に向かないだろうし、あたなともあわないと思う。ともかくやめたほうがよい。」

かーーー。俺みたいなこんなことに疎い人間のセリフじゃない。でも本気でそう思った。

彼の答えは意外なものだった。

「僕は彼女の声を聴けるだけでもいいんです。それだけでも嬉しくてしょうがないのです。」

「...................................」

何も言えなくなった。

しばらくたって、彼にきいた。

「何で僕に相談しようと思ったのですか?」

「それは、............................................」

また固まってしまった。

彼の真剣な恋愛感情に僕は何も役に立つことはいえなかった。
何故、彼はそこまで、彼女を好きになったのだろう。

僕はその女性が非常に魅力的なのは認めるが、
その純情な男の心を手玉にとって弄んでしまうところが、
それができてしまうところが、基本的に人間として好きになれないなあと
思うばかりだった。

魔女は現実にいるのだ。

金曜日, 2月 16, 2007

きっと僕なんか簡単に痴漢にされるだろうと思ったこと

朝の通勤で電車で座っていると、隣の若い女性が、急に僕になにか言っている。
でも良くわからない。

私「あの何ですか?」
女「けられたから靴が汚れて黒くなった。」

その女性の視線の先を見ると確かに彼女の白いハイヒールに
2本の線のような黒い跡がついている。

????

僕の靴は黒い靴だったけど、そんなことあるのかいな?

僕は手をべたっと僕の靴で座りながら右隣の女性にぶつかることも
あるかもしれないあたりを触って、その触った部分が黒くなってない
ところをその女性に見せ

「多分僕の靴のせいで黒くなることはないと思いますよ」

といった。

そうしたら、その女性は今度は

「折角、寝ていたのに」と言うのであった。

ラッシュの電車で座席はキュウキュウで、しかも彼女は両足の間に
紙袋をおいて股を広げて座っている。

僕はもう何も言わなかったが、これが僕が立っていて、

「手で私のお尻をさわったといわれたら」

どうなっていたんだろうか。
ただ僕はこう言うかもしれない。

「僕の手は臭くないから、あなたのお尻には多分さわってないと思います。」

そしてそれで、その女性はさらに怒り僕は痴漢にされてしまうのかもしれない。

月曜日, 2月 12, 2007

川原の散歩道

折角の3連休だったが、体調悪く、遠出する気になれず
子供と近所の公園にいった。近くの川原べりの散歩道では
もう梅が咲き始めていていた。

子供達は公園で会った子供達と楽しそうに遊んでいた。
ブランコやシーソーのようなもので。

公園内にある野球場では、どうも公式戦を目指す少年野球チームと
その父兄の混成チームの練習試合をやっていた。

楽しそうに、真剣に野球をしていて、僕はそれを、キャッチャーの後ろの金網ごしにみていた。

その試合は5対6で大人のチームが勝った。

大人チームが子供チームに野球を教えながらやっていて、それも良かった。

散歩に行く前に、あまった鍋料理を沸かしきったところにインスタントラーメンの
麺をいれて、麺が伸びないようにすぐ火をきってから、ラーメンのスープのもとを
いれて、子供と食べた。こんなゲテモノてきなもとくわせて良いのかなあと思ったけど
子供はおいしいと喜んでいた。スープは捨てたけど、具は食べきった。

散歩から帰ってきて、妻も一緒にサイゼリヤに夕食にいった。

そんなのんびりした一日だった。

散らかり放題の自分の部屋を片付けてさっぱりして、(そういうのが大切なんだよなあ)
新しく妻に買ったレッツノートでPDFの体験版をインストールして、家のプリンターに
つながるようにして。

この3連休でセキもおさまり、体調もこの夜になって回復してきたみたいだ。

思えば、風邪がまだ治りきっていなかったのに、仕事とスポーツしたのがよくなかったようで
それで本調子にもどるまで一週間かかってしまった。

でもそのあいだ、いつになく、のんびりしたことが退屈にも感じないそんな時間を過ごすことができた。

さあ明日から、また忙しくなる。

日曜日, 2月 11, 2007

「進化しすぎた脳」を読んで

「進化しすぎた脳」

を読んだ。

面白い。著者が素晴らしく賢い人だということは僕にもわかる。
結局実際に優秀な人ほど、物事の本質をわかりやすい平易な言葉で
解説してくれる。

この著書の最初にかいてある「ファイマン物理学」こそ、その典型的な
書物なのだろう。

「進化しすぎた脳」での議論を読むとほとんどの心理学の本より
より具体的に科学的に心の本質にすら迫っているように見える。

それは具体的な脳の構造と動きから、心をその一部として解釈している
ような話し方をするからリアリティーをより高く感じてしまうからだろう。

ただ、意識や心が潜在意識や身体の奴隷に過ぎないという表現(今、手元に
本がないので、正確にそういっていたか自信がないが)に多少の疑問はわいた。

一時的に、短期的に考えれば、そうなのだろう、ところが、意識、心、さらに、
長期的な目標に基づいた意志により行動をコントロールしていけばそれによって
身体も潜在意識も変えらることもできるだろうから、そこまでいける人にとっては
やはり、意識や心が、潜在意識の奴隷と言い切れるのだろうか。

もっともこれだけ、賢い著者がこれだけ噛んで含めるように解説してくれていると
自分の疑問のほうがおかしいような気がしてきてしまうので、自信がもてないが。

僕がこの分野についての興味が高いのは2点の理由がある。

1つは、人間というのはそもそもどんなものかということに今一番、興味深く、説得力の高い説明をしてくれること。

もう1つは、自分のもともとの才能のなさを知る自分にとって、脳の研究資料を読むことは、
スポーツ選手が筋肉の生理学をトレーニングに活かそうする興味と似た興味をもてるということ。

おバカな僕ちゃんでも人並みの知能を持つにはどうすればよいの 教えて教えて、知りたい知りたい。

という興味ですね。

スポーツでも、勉強でも、仕事でも、自分より明らかに優秀な人や組織に、創意工夫、努力、
強い意志で勝てたり、他のやり方でより大きな成果を出せたとき、本当に嬉しいものです。
本当にたまにしかないけど。きっとそんなときこそ、自分の意識、心、意思、それを超えた
魂のようなものが、自分の身体と脳を実際以上の成果を出させたと感じられるからでしょう。

漫画でもそうですね。

「頭文字(イニシャル)D」だって、ライバル達より、性能の劣るマシンで公道レースで勝つところに
醍醐味があるのですから。

まあ、それも滅多におこせないことだから、見果てぬ夢にできるのでしょうね。

スーパーマーケットにて

今日はイトーヨーカドーに行って買い物をしてきた。
ついでに、色々みまわってきた。

どうもイトーヨーカドーをそんなには好きになれない。

物がたくさんありすぎて、なんだか焦点がぼけてしまうような感じだ。

嫌いでもないけど。

そのイトーヨーカドーには以前はゴルフ用品売り場もあったけど、
全然売れてなかった。だれもゴルフ用品をあえてイトーヨーカドーで
買おうとはしない。

靴もみてみると、やっぱ靴の専門店のほうが、ずっと良い靴がそろっているようにみえる。

でも色々なものがいっぺんに見れるから、便利は便利だ。店内もきれいだし。

僕が好きなスーパーマーケットは 生協(今はCOOPに表記を統一したらしい)だ。

素材が結構新鮮で良いような気がする。肉とか魚とか、健康によさそうな
ものもそろっている。店が大きすぎず、一回りするのにちょうどよい。

それと、家のすぐ近所にある、スーパーマーケットともいえないくらいの
小さなお店。

ここには、小さなコーナーだけの魚売り場があって、かなりの年齢(おそらく70はかなり超えてそうな)
おじいさんとおばあさんがその魚の部分はまかされているらしい。おじいさんはおそらく
魚屋さんを長いことやっていたひとなのだと思われる。

ここの中トロ、大トロは、最高にうまい。うまいだけでなくて見栄えもよい。
刺身のきっつけがきちんとそろって、硬い刺身のように見えるのに
口に入れると、まさしくトロで、均質なトロの脂の旨みが口の中に広がる。

おじいさん、採算度外視でやっているんじゃないかとちょっと心配になるくらいだ。

ある日、その店の終わり間近にいくと、おじいさんがモップで床を拭いていた。
クビをがっくり落として疲れているようにみえた。
中トロが一つ残っていて、おじいさんに

「これおいしいよね?」

ときくと。
おじいさんは急にクビをピンと立てて僕の目の前に右の親指を立てて

「なかなか食べられねえ味だよ」

というのだけど、僕はその機敏な動きに驚いて、言葉を失った。

ああ自分の仕事にプライドもっているんだなあと、それにも言葉を失った。

僕は自分の仕事にプライドもててないなあ。

年末、年始用にそこで刺身を買おうとしたら、もう予約が一杯で
買えなかった。あのおじいさんの刺身のファンは意外に多いらしい。

娘達に女性に共通するものを再認識する

風邪で体調すぐれず、遠出する気にもなれないので、
娘達をつれて、近所のビクトリアとイトーヨーカドーに
いってきた。

ビクトリアでは、娘二人がスキーウェアの試着を始めたら
もうすっかり ”買うのが当然、買うのが自然”という状況に
なり、まあいいかと買ってしまう。俺も甘い親父である。

買ってから、娘達は「パパありがとうねえ」と何度も言って
態度が急にまえより親密になるのであった。

昔、娘を公園につれていくときに、まだ3歳くらいのこどもが
バッグを(必要なくても)もって行きたがったことがある。

そんなことをしたがる男の子はいないだろう。

長いこと、同じようなブランド物の(高い)バックをいくつも
欲しがる女の心理が全くわからないまま、
金がなくても買わされて気持ち悪くなってしまったことも
一体何回あったことだろう。

今でもその心理の理由はわからないが、自分の娘達をみて
わかったのは、それが本能に根ざしたかのような非常に
根源的なものらしいということだ。

ふとこんなことを想像してみた。

あるところに、とても美しい女性がいた。
彼女はつらい過去を背負っていて、その心の傷を癒すように
身障者へのボランティア活動をしていた。

生活は質素そのもので、服装も質素なのだが、
彼女そのものがもっている、心の気高さと
眼差しの真剣さが見るものの心を捕らえてしまう。

男はそんな彼女をみているとこちらから、自発的に何かを
プレゼントしたい気持ちに駆られてしまう。

でも彼女は男からのプレゼントを何も受け取ろうとしない。

そんな女性は、想像の中にしかいないんだろうね。

木曜日, 2月 08, 2007

エステの大先生らしい人

自分がいま一番利用している渋谷のオフィスのとなりの部屋に
ときどきテレビ取材もきている、エステの先生の研究所(といっても一室)がある。

そのエステの先生が、多分、年齢も僕と近そうな女性で、仕事をてきぱき
こなしとてもできる人のようだ。

韓国の一子相伝だか、韓国外には基本的にださない、マッサージ方法だとかも
特別に教えてもらっているらしい。

お客さんには、有名人も多いらしく、特に”小顔”にするのが上手らしい。

自分とは全然違う分野であるが、僕には非常に難しいことの連続だった
(それでも6年間もやったが)韓国とのビジネスを継続しているらしいこと、
またとても需要のある分野で活躍しているらしいことから、僕はとても
この人が気になっている。

私にも挨拶してくれているので、今日は僕から切り出して少し話を
してみたけど、とても賢い人らしいなあと、よくわかった。

友達は、韓国人のほうが多くて、もう韓国人の知り合いは200人くらいいるということ。

僕があって、かなり話をしたのは、せいぜい30人くらいの韓国人なので、
それをもって、韓国人をこうだと決め付けてはいけないが、 難しいことが多かった。

おそらく、彼女の賢さ、仕事熱心さが韓国の人にも伝わるし、
彼女の賢さでそれをうまく伝えて良い関係を作り継続できるように
しているのだろう。

こういう人もいるんだなあ。

俺はまだまだ、修行して(オウム真理教かって古すぎだね) 勉強しなくてはと
思いましたです。

ああ僕も小顔にしてもらうともうちょっともてるんでしょうかね。

風邪で冴えない ああ

風邪でも仕事くらいはこなさなくてはいけないが、結局、この一週間風邪が治ってない。
治ったような気がしたのだけど、そのあとすぐに無理をしてしまい、ぶり返してしまい
今日が一番つらい。こんなんじゃしょうがない。

またまたセキがたくさんでてきてしまい。
またまたのど飴に頼っている。
これが一番、単純にきく。

もうたった150日あまりしかない、ジャパンマスターズにでるためには、
自分の場合まず、健康管理が大切だと痛感する。これじゃ練習もできない。
ウェートトレーニングもまだ2回しかしてないのに。これじゃ元の
木阿弥だ。

アホやなあ。毎度、俺って。

健康のために本を探す。

人生通算、入院経験が確か9ヶ月間くらいあるハズの僕は

”ケッ どうせ早死にするんだろうからもうやりたいようにやってやる”

というふてくされた気持ちと

”日常生活から気をつけて、平均寿命以上の人生を全うしてやるんだ”

という気持ちが両方ある。

後者をとって、健康生活をすごす場合どうやったらよいのかも
考えてみることが時々ある。

最近あるある大辞典だかという番組で偽の健康情報が流されたとか
いう問題が大きく報じられているが、そもそも特定の限られた方法を
ひたすら続けて健康になれるなんてことは難しいようにおもう。

所詮はバランスだから。

また多くの健康のために良いという情報が、その根拠となる
統計データーがあまり示されていないことが多い。

何が本当に健康によいか、本当に役に立つ情報が何か、見出すのがそんなに簡単でないのだ。

色々読んでみて僕の目から見て、かなり信頼できそうなデーターをもとのまとめられている
本はこれだった

長寿の謎を解く

根拠となるデーターも示されているし、著者も立派な方だと思う。

ただ、これを読んで、自分が退院後また高血圧になってきたことや
不正脈が完全には治ってないことから、やっぱり、いまのままでは
平均寿命までは難しいのかなとわかるのだ。

多少は血圧高いほうが、身体の動きが良いようなきもするのだが、
そのプロ中のプロみたいなお医者さんにあっさりいわれたのは

「高血圧は、早く死ぬための貯金のようなものですから」

でも高血圧の薬飲むとなんか調子よくないような気がして、飲んでない。

健康のありがたみは失ったときこそよくわかるので、
なんとかたてなおしていきたい。

結局、僕も長くいきていたいらしい。

ベトナムのバイクを自分の目でみて思ったこと

もう、一月前のベトナム旅行でのことだが、まだベトナムのバイクのことをあまり書いてなかった。

ともかく、バイクの台数が多いのです。話にもきいていたし、記事でも読んだことはあったけど、
実際のこのバイクの洪水をみると、特に日本のバイク乗りの僕は、色々感じ考えました。

法律の関係だかで走っているバイクは、見たものは全て100ccから125ccのようでした。
カブの排気量を110ccくらいにしたのが大半でスクーターも増えてきているようです。
一番多く見かけたのが

HONDA WAVE110

いう奴。

大きな荷物も、子供も、3人乗り、4人乗りもありで、自動車はとても少ない。

バイク乗りは多分僕に限らず、ともかくバイクにたくさん乗っている人に対して
無条件に畏敬の念をもってしまうところがある。

それで、僕は、毎日バイクにのってそうなおばさんにまで畏敬の念を
もってしまうのだった。

”このおばさんは、おばさんだけど、僕よりたくさんのバイク経験をしているんだ”

と。ベトナムでバイクをみていると、バイクなんて125ccまでで実用上、問題なく
それ以上の排気量なんていらないのかなとおもえてくる。

また、どのバイクも、姿勢がとても楽そうだ。上半身をほぼ垂直に立てて乗れるように
なっている。バイクをしょっちゅう、長時間のるという視点で考えたらそれは
基本となるのだろう。やっぱり、レーサーレプリカの前傾姿勢じゃどうしようもない。

バイクをあそこまで実用的に使いこなしているのをみるのは楽しかった。
昔の日本もそうだったんだろうな。

僕は日本でもWAVE110にのればもっとちょっとしたことにもバイクを使いたく
なるんじゃないかと思った。

火曜日, 2月 06, 2007

スポーツに必要なパワーで僕が考えるもの

パワーは馬力です。移動距離と力をかけたものを時間でわったもの。

だからどんなに力があっても移動距離が短いとパワーがあるとはいえない。

実際の身体に置き換えると、力がありながら、柔軟性があって関節の可動域が
大きいことが本当のパワーを得るためには必要だと思っているのです。

今の僕には両方ないので、ウェートトレーニングだけでなく無理のないストレッチもやって
関節可動域を大きくおとれるようにしたい。そこまでできればあとは技術しだいで
水泳は速くなれるはずだ。

でもさらにいうと、速さがかわると、泳ぎもかわるからなあ。

水泳でも、ゴルフのドライバーでも、共通して思ったのは、ゆったりした大きな動きが
一番効率がよく、結局は速く泳げることになり、遠くに飛ぶことになるということ。

それが何故かはうまく説明できないから、自分でも理由はよくわかってないということ
なのだろうけど、それは間違いない。

トレーニングの適正レベルはどうやってさがすのか

7月のジャパンマスターズにでるために練習できる期間は、もう5ヶ月間しかない。
仕事もあるので、時間もとれず、短時間であわてて、ウェイトトレーニングをやり
それも軽く感じたので、先日、インストラクターに作ってもらったばかりの、
メニューに2セットとなっているところを3セットやり、あわてて、泳いで、すぐ
終わらせたら、帰りの電車ではきそうになり、また不整脈にもなっていた。

幸い、今朝は不整脈もおさまっていたが、筋肉痛はさほどでもないが、なにか
全身虚脱感がある。それでも仕事の手を抜いてはいかないと懸命にやっているけど、
ジャパンマスターズにでて納得できる結果をだすというのは、なかなかの挑戦なんだな。

健康にそれほど害なく、仕事もなんとかそれが原因でだめにならないようにして、
かつそこそこ泳げるようになるのは。

つまるところ、僕の考えでは水泳も、パワーと技術が全てなので、

パワーについては
ウェイトトレーニングを無理のない範囲で効果的に定期的に継続すること
食べ物に気おつけて、高たんぱく低カロリーの食事をすること。

技術については
元日本記録保持者が主催する練習会に参加して教えをこうことにしようとおもう。
43歳にして始めて水泳を習おうと思う。今までずっと自己流だもんな。
それとそうやって速い人達の練習会に参加することが、やる気を維持することや
一人ではできないレベルの練習をするために、それを楽しくやるために
一番良い方法だと思う。

とはいえ、不整脈を悪化させてはどうしようもないので、それについては医者にきいてみよう。
慶応病院の心電図のデーターをもっとも把握しているというあの凄く優しく温厚な多分
ぼくよりちょっと若そうな先生に。

不整脈はまずかったが、昨日は今までにないペースで50mを泳げたような気がして、
泳ぎながら、感動してた。