金曜日, 4月 29, 2016
バリ島で発作的にツーリング
FBの方に写真も上げているのでリンクを張ります。
その一
其ノ二
其の参
東南アジアを旅するたびに、現地の人が
バイクに乗っているのをみて俺も乗りたいなあと
思っていたのですが、
今回、滞在したホテルの前の小さなお店のおばちゃんんがレンタルバイクも
やっていて、じっとしていても汗がたれてくる季候とも相まって、
発作的にバイクを借りて、翌日というか深夜午後3時から、
バリ島を走り始めました。
小雨降る、午前3時の、初めて訪れた、バリ島で
走り出す心細さは、胸に募るものがありました。
しかも午前5時には、バリの混雑しそうな
エリアを抜け出たと思ったあたりで、
スロットルワイヤーが切れて全ておしまいかと。
バイク歴は長いので、その瞬間の
終わった感は、昔 XLR250パリダカを
焼きつきで、完全おシャカにしたときを
思い出させるほど、絶望的だったのです。
しょうがないので、道を、バイクを押して歩き続けると、
ガソリンスタンドがあって、
そこにバイクを止めて、助けを、何度も求めるのですが、
まるで相手にしてもらえず。
そもそも、誰も、全く英語を喋れず、
しかも極めて冷たい。
5人くらいのスタッフにそれぞれ一生懸命お願いしても
まるでダメ。
持っていた、スマホも、そもそもWIFIにも繋がらず、
電話をかしてほしいといっても、全くダメ。
おまけに、現地のガイドの人の名刺もそもそも見つからず。
まいったなあと思いながら、夜明けがきました。
それで、そのあたりになにかないかと、周囲を歩いて
助かるチャンスがないか探し始めたのです。
無理だろうなあと思いつつ、一縷の望みを求めて、
そうしたら、しばらく歩いたところに、自動車修理工場があり、
でも寂れた感じで、早朝とは言え、そもそも営業している感じがしません。
そこからさらに歩いていくと、ピカピカに輝くような清潔な
ヤマハのショップがありました。
砂漠でオアシス見つけたようにすら感じました。
そのお店では、一人のスタッフがモップで
床をピカピカに自分が映り込むほど磨き上げてました。
執拗なくらいです。
バリ島では、さっきの冷たいガソリンスタンドみたいな店も多く、
その日本のショップをこえる清潔さは驚きでした。
しかも、僕がその床を歩いて、汚い足跡をつけても、
嫌な顔一つせず、大丈夫という感じで迎え入れてくれました。
この店ならなんとかしてくれそうなので、さっきのガソリンスタンドまで
もどって、バイクを押し歩きしながら、その店までもってきました。
その掃除していた店員に、スロットルが、スカスカになっていることを
つたえると、スロットルの何かが外れているかと思ったらしく
調整してなんとかしようとしています。
でもそれじゃないことには、彼もすぐに気がつきました。
もっと根本的な問題なのですから。
8時くらいまでもたもたして、そこから、
他のスタッフもきて、バイクを見てくれました。
すぐにスロットルワイヤーの問題であることが
明確になりました。
僕がかりていたのは、ホンダのバイクだったので、
ヤマハの部品で大丈夫かなとちらっと思ったのですが、
関係なく修理にはいってくれました。
その店はスタッフがヒンズー教徒で、店の裏にはヒンズー教の
仏壇のようなもの(としか説明できない、ヒンズー壇というべきかもしれないが)
ありました。
スタッフの素晴らしい、モラルの高さは、ヒンズー教への信仰と
関係があるように思われました。
修理中は、えらく可愛い、ハニカミ笑顔がすてきなティナちゃんが
話相手になってくれました。それも写真にでてきてます。
店の経営がとてもうまくいってそうなので、それをきくと
「オーナーがツナですから。」
(経営のうまいマグロ?)
そんなわけないから、前後関係から考えて、
チャイナをツナといっているのかと推測して、
聞きただすとそうだった。
驚いたのはオーナーの中国人は仏教徒なのに、
バリでの店の経営のために、店も自分もヒンズー教にして
それでうまくいっているということらしい。
経営のためには自分の宗教もかえたということらしい。
ティナちゃんは恥ずかしがりのようなハニカミで
それでも色々話しかけてくれて、水持ってきたり
扇風機あててくれたり、えらく可愛い子だった。(写真有り。)
さて修理は終わってよかったのですが、一日でバリ島を一周するということは
時間的にどう考えても無理そうです。
しかも山奥で今回のようなトラブルとなれば、遭難となります。
でもじっとしていられず、バリ島のただただ、西側に向けて海沿いや海に近い
道を走り続けていきました。
125ccのスクーターのエンジンは快調で、
その道で走れるスピードを得るのに十分なパワーがあり、
しかも軽いということから得られる自由度が素晴らしく楽しかったのです。
バイクだと、長時間乗ると必ず尻が耐え難く痛くなりますが、
スクーターだとそれもありませんでした。
僕は地図は、地球の歩き方の大まかな地図、
地名もよくわからない文字で、
このまま遭難しかねない不安の中
ホテルから離れる方向へとただただ走り続けました。
11時くらいに、海岸沿いの素晴らい景色を眺められる、
素敵なデザインのレストランで昼食をとりました。これも写真にあります。
本格的な、シャバシャバでスパイシーなスープカレーのようなカレーと
東南アジアによくある(バリは南半球ですが)、すごく風味のつよいパサパサのコメ
(僕はこのコメ好きです。)
それに好きなオカズを、選んでのっけるのですが、
たまたまのっけた、おそらくタイかタイに近い種類の魚を
唐揚げしたものらしいものが、驚くほどおいしく、これをおかわりしました。(FBのさっきのリンクに写真にあります。)
これだけ食べて、飲んで500円くらいでした。
そこからも、追いかけられるように走り続けました。
街灯もないから、日が沈むまでにホテルの近くまでもどらないと
大変なことになるのに、ホテルと離れる方向に走り続けるこの不安。
しかももう12時。
途中で、えらく飛ばしているダンプに何度も抜かれ、抜き返しをします。
とても危険でした。
でもあとで理由がわかりました。
途中でバイクをとめられて、身元チェックをされたりもしたりもしました。
パスポートをホテルにおいてきたので、日本の免許証とホテルの鍵で
なんとか逮捕されずに済みましたが。
でもこれもあとで理由がわかりました。
道すがら、ドリアンを売っている露店が目に付き、
自分も試食したくなって、ある店で立ち止まります。(FBのさっきのリンクにそれも写真があります。)
初めて食べたドリアンは、味はいいのに、その激しい、
腐敗を連想させる匂いに、うまいのにオエオエと吐きそうになり、
でも売ってくた人のいいおばちゃんの手前、食べ続けるという
最初は拷問みたいでしたが、最後はやっぱりこれうまいんだなと
わかってくるという体験でした。
さてそのあとはしっていくと、いきなり大掛かりなフェリー乗り場です。
そうバリ島の最西端はジャワ島へのフェリー乗り場なのです。
そして、さっきのダンプは、おそらく、フェリーに間に合わなくて
焦って飛ばしていたのでしょう。
とりしまりは、バリからシャワに逃げる人をとりしまっていたのでしょう。
バリは人件費も安く、普通の人は飛行機ものれないから
このフェリーで、いききしていることがわかってきました。
僕は、道をちょっと迷っていたことがわかり、引き返して
バリ島西部の国立公園西側を走る道にもどりました。
動物園でしか見たことのないようなサルが群れででてきます。
牛もよくみかけます。すっかり山奥です。雄大な緑のかたまり。
こで、バイクトラブルに見舞われたら、そのまま遭難です。
ただ、道は良くて、スピードは上がりました。
ともかく傾きかける太陽を追いかけるように走り続け、
また海外沿いに出て、バリ島の北西の海岸沿いを
かなりのペースで走り続けました。
日差しがつよく、むき出しの手が焼きついていきます。
バリ島を半周したところで、すでにもう2時半でした。
一周はとても無理とはっきり分かり、そこからバリ島を南北に縦断する
山道に入りました。幹線道路のはずなのに、何度も道別れして
その度に不安で、現地の人に無礼を承知で道をききまくってました。
さて雨が降ってきた。
すぐに、とんでもない土砂降りになった。
日本では瞬間でも経験したことのない土砂降りが、
延々と続くので、僕もある程度いったところで、あきらめて
現地の人達が10人くらい既にいた小屋みたいなところで雨宿りした。
(これも写真有り。)
既に3時くらいになっていて、とてつもない大雨がつづき、
ホテルまではまだ100km以上ありそうで、
かつ山道。街灯もないし、標高のせいか、バリでも寒くなってきた。
しかもずぶ濡れ。
背負っているザックもかなりぬれているが、
ユニクロのコンパクトな防水ヤッケのようなもの持ってたので
それを前面全開で背中だけは守るようにかけることで、
なんとか電子機器類が壊れるギリギリのしめりぐあいになっていて、
まだ、だめになったとは限らないくらいの状態。
心配していてもしょうがないので、雨宿り仲間と話を始めた。
言葉も通じないのに。。(FBのさっきのリンクにそれも写真があります。)
愛嬌のよい、10歳くらいの少年が少しだけ、何故かコミュニケーションとれて、
彼がいうには、毎日のようにこんな雨が降り、3時間ふる、そしてやむ。
というのだけど、にわかには信じがたい、集中豪雨だったし、
そもそも3時間待っていたら、もうこの状況で暗くなって、
どうにもならなくなる。
どこくらい休んだろう。おそらく40分くらい、そして豪雨の中、
走りを再開した。現地の人達は呆れてみていた。
そこからは、僕のバイク経験の中でも、おそらく一番厳しい経験だった。
日本で東北自動車道を台風の中走ったことあるが、
100km以上で台風の中を走るより、
このバリ島の豪雨の中の雨つぶが当たる方が痛いのだ。
一粒一粒がハチに刺された最初のようにちくりといたむ。
道路は川のように水が流れている。
ホテルまでたどり着けそうになかった。
そもそも、借りているバイクは、メーターも最初から動いてないから、
速度も距離もわからない。
たまらない心細さだった。
道も荒れているし、分かれ道もある。
でも人間というのは必死になると、
特殊な勘が働き出すようで、
何とかなってきた。
いつの間にか、下り坂になってきた。
峠を越したらしい。
段々畑やら、なんとものどかな景色もみえてきた。
雨も少し和らいできた。
と思ったら、また強くなってきた。
そんなことを繰り返しながら、標高が下がってくるのに
ともなって、いくらか暖かくなってきたような気もする。
そして、結局、あの少年のいったとおり、3時間後に雨はやんだのだ。
市街地にはいってきて、交通量もふえてきて、
僕はクタビーチのとなりのレギャンビーチにホテルがあるのだけど、
交通標識は、空港でも有名なデンパサールをひたすらめざしてきた。
それがデンパサールに近づいて、目標値設定を
変えなくてはいけなくなったらしい。
まともな地図もないし、道がまたわからない。
喫茶店のようなファーストフードのような店に
入って、女の子に道をきくと困惑している。
でも、おそらく10代後半から20代後半くらいの
女性店員が10人くらいいて、
このずぶ濡れで、ボロバイクの歳とった外人が
一生懸命質問していることに興味を持ってもらえたらしく、
中で少し英語を話せるこが、ある程度説明してくれた。
道は入り組んで、いるので、彼女がおおよそ示してくれた
方角を目指して、いくつもの道を勘で曲がり続けた。
そのうちに、標識にクタがでてきたので、それを目指した。
そうこうするうちに、信号待ちや渋滞で、止まった時に
となりのバイク乗りに、一生懸命きくと、結構親切に
教えてくれることに気がついた。
それを頼りに、なんとかクタに近づいてきた。
そこからもいろきろあったのだが、
交通量がさらに多くなり、
バリでも一番の繁華街が近づくと、
一方通行だらけで、ホテルの近くまで来てから
あたりを遠回りにぐるぐる回り続けた。
途中で疲れて、SkyGardenの前で休んだ。
バリで一番人気のあるクラブだかディスコのようなものだ。
この店の前が一番ひったくり犯罪も起きると聞いていた。
店に入れば、日本人は、スリやポン引きにも引っかかりるとも聞いていた。
ずぶ濡れの、ボロボロの僕に、そんなことをする奴は全くいない。
でも見ていると、日本人が狙われるのは想像がついた。
たまたま、金のある国から来ているというだけで、
平和ボケした顔で、現地の人の月収分くらいは
簡単に使って、スマホで自撮りして喜んでいる。
現地の多少でも不良性や自発性を持った人なら、
こんなやつらから強引に金を奪って何が悪いんだと
思っても全然不思議はない。
スカイガーデンの前には、僕が若い頃だったら
よだれの出そうな、セクシーな女性が、
それをさらに極限まで強調するような
現在風ボディコンシャスファッションで、
看板の横で、入店を誘っていたけど、
ずぶ濡れの僕には、目を合わさないようにしているみたいだった。
さて、もうそこは、さっきまで見てきた、素朴で、
温かいバリ島とは全くの別世界で、多くの
観光客はこのへんで時間を使っているらしい。
なんとかホテルに戻り、
着替えて、真っ先に行きたい場所があった。
バリ島のおふくろの味のレストランだ。
(FBのさっきのリンクにそれも写真があります。)
すぐにそこの店にいく。
でも看板もでてなくて、店の前をウロウロと何度も
通り過ぎてしまう。
でも誰に聞いても、喜んでその店の場所を教えてくれるという
愛されている店だ。
その店で食べながら、店員の女の子と話すと、
(英語も話せないこと共通語のないのにコミュニケーションしているこの不思議)
今日雨が降る前に通り過ぎた、バリ島の北海岸沿いでは一番大きな町の
出身だとわかった。
彼女は暇になると、全身から退屈なオーラをだしながら、街を眺めていた。
ママは、ジャワ島の出身で、バリ島の庶民はジャワ島行く時は
今日僕がみてきたフェリーで渡るそうだ。
それが一番安いんだろう。
たった5時間前に、豪雨の中、まともに前も見れずに、
異国の山の中、不安なままバイクで走っていたのが
もう嘘のようだった。
その日は、泥のように眠った。
愛しきツーリングの日だった。
僕はバリ島の残りの半周を自分の人生で走ることはあるのだろうか?
自分の意志次第なのにそれが僕にはわからないのだった。
今日走った距離はおそらく400km位のハズ。
バイクで走ると、全てのことが、鮮明で新鮮で、心に強く感じられて
一生心に残る。ずっと危険だからと封印していた自分がバカみたいだった。
水曜日, 3月 16, 2016
バイクは歳をとっても男に心に必須なんだ
反射神経も鈍っているし、危険回避能力がどう考えてもかなり落ちているし、
とか無難な判断して乗ってないけど、駐車場でバイク乗り見つけると
話しかけて、すぐに、自分がバイク好きなことが相手に伝わって、
初対面のライダーと長時間話こんだり何回もしてます。
それでね。
GSX-S1000
ついつい調べてみたら、猛烈に、バイクのことをおもいだすようになりました。
まあすっかりひとり暮らしに戻って昔をおもいだしていることも
かなり影響あるようですが。
こんな、軽くて、パワーがあって、トルクもしたから出ていて、ポジションもちょうど良さそうで、
官能的に違いなさそうなバイクがあれば妄想を止められません。
隼HAYABUSA や ZZR1400 は もちろん文句なしに良いバイクですが、
ここまではもうそうひろがらりませんでした。
それは実際に道の上で、パワーを持て余して、ゆっくり走っている
隼やZZR1400を見たことがあって、
かつ、あの車重とポジションだと、自分の腕では思うようには振り回せないのが
ありありと ありありすぎるほど想像できてしまうからです。
もともと僕のバイクの経験は XL250Rパリダカ、XT250、 XLR250バハ
とオフロードバイクから始まっているから、一段と振り回せそうか、
というのが大切なんです。
例えば、前輪が石で思わぬ方向に飛ばされても、立て直せるかとか。
隼やZZR1400だと間違いなく転ぶでしょう。
オフロードバイクなら、今の自分でもなんとかなるかな。
そして、GSX-S1000 これはなんとかなるかもと思わせるところあります。
そしてバイクの妄想にふけるだけで、エロい妄想より元気になれるのだから、
男に、いや、自分に、いや、自分の中の男の部分に バイクは必要だと
わかるのでした。
ところで
投資家列伝 ブログは今もそこそこ書いてます。
木曜日, 12月 31, 2015
別ブログが二つになった件
Airbnbで出会った人々
早速、興味深い女性陣が泊まりに来てくれています。
土曜日, 10月 31, 2015
金曜日, 10月 30, 2015
バイタルサイン まだ生きてます。
土曜日, 3月 01, 2014
それでも 水泳だけはちびちび続けている
マツダのスカイアクティブが、かなり楽しくて、僕も4輪だけの人になってしまっている。
もう50歳なので、 隼やZZR1400みたいなバイクに乗るなら、すぐ乗ったほうがいいとは
思っているし、今もどこでだすこともできない世界最速バイクにのってみたいという憧れだけはあるのだけど。
水泳は、ちびちびとだけど続けている。
でもプールを歩くことが多くなった。
喘息で、息継ぎで咳き込んだりすると連続で泳げなくなるから。
こうなってみると、水泳は、僕にとってともかく大切で、バイクより大切みたい。
ゴルフもずっとずっと、やってない。
まえから、コースにでたことは5回くらいしかなかったんだけど、
練習場にもいってない。
これも、バイクと一緒で、あこがれはもっているけど、
今から300ヤードは無理っぽい。
300kmとか300ヤードになにも合理的な意味はないけど、
なんだか今でもちょっとだけワクワクする感じが残っている。
音楽は最近YouTUBEを連続で再生して、ヘッドホンで聞くことが多い。
音楽も大切だなと、最近また聴き始めて、感じている。
インターネットのおかげで、昔好きだった曲をいくらでも探して聴ける。
そんなわけで、僕はまだ生きている。
月曜日, 9月 17, 2012
8月はそれ以外の全部の日を毎日少しでも屋外プールで泳いだ。
少しづつでも、楽しくても、毎日となると、8月下旬には疲れがたまって、クラクラしていた。
8月31日までなんとか泳ぎきれた。
富士山登ってから、山っていいなあとしみじみ思って、9月1日に立山、9月10日に大菩薩と登った。
富士山、立山と3000m超える山を登れたので、大菩薩は安心していたら、いきなり今までの疲れがでたのか、途中で動けなくなって、座ることもできなくなって、岩場で寝ていた。
危なかった。
バイクにはずっと乗っていない。W650は健気なバイクで、セルモーターも動かなくなっていたけど、
キックでエンジンをかけることはできた。
ただねえ、いくらバイク好きでも、乗るのがつらくなってきた。疲れるのだ。
それと以前ほど、本能的に危険を回避できる感じがしない。
それと、実は、マツダアクセラスカイアクティブが手元にあって、
この自動車は、以前のレガシー以上に、バイクに乗った時みたいな面白さがあるので、
そちらに傾きかけている。
スカイアクティブドライブというダイレクト感の高いATをMTモードで運転して、
下り坂や減速時に、素早く二速まで落としてエンブレきかせるとバイクに似ていて楽しいのである。
ずっとブログ書けないでいたけど、僕は生きている。まだまだ生きる、またバイクに乗るときは
もっと自信をもってバイクに乗れるようにしたい。
土曜日, 1月 07, 2012
木曜日, 11月 17, 2011
日曜日, 10月 09, 2011
木曜日, 8月 18, 2011
水泳のために散歩
これで3日間続いた。
通勤の途中なので、継続しやすいのがよいし、早朝散歩は(家を5時半にでる)
この猛暑でも、気持ちよい。
何でも気持ちよく、継続できることが大切だと、年取るほどしみじみ思う。
これを継続することで、心肺機能を少しずつでも改善して、
水泳も前のように泳ぎ続けることのできる身体になれると信じている。
ずっと億劫で、やってないままだけど、ウェートトレーニングもやろう。
ウェートトレーニングきちんとやれば、僕の短距離の水泳は絶対に速くなるし、
切れが出ると思う。
金曜日, 8月 05, 2011
必ず今より泳げるようになる
飲み続けていて、
あんまり身体が重いので、大丈夫かいなと何回も思った。
プールに行く回数もへり、プールに入っても、どうにも連続で
泳げない。
仕事は気合でこなしている。
それがここにきて、脈が安定してきた。
薬のおかげらしい。
希望が少しでもみえてくると、いくらからだだるくても
なんとかしてやろうという気持ちをもっと強く持つことできる。
今の自分にできることは、
体重を減らすこと、
有酸素運動をつづけること、(このだるさをこらえて身体を動かせということ)
きちんと睡眠をとること、
また必ず、気持ちよく連続で泳げる身体に戻すことを
そのときの喜びを想像して、
必ず良くなると信じてやっていく。
泳ぐの好きだからねえ。
土曜日, 6月 18, 2011
それでも泳ぎ続けたい
病院にいって、その薬を処方したお医者さんと話して
調子を聞かれたので、
「この薬を飲み始めてから、とても好きな水泳すらやるきになれないほどダルいです。」
というと
「今は水泳は、いいでしょう。」
とのこと。
実はその診察の日もプールにいってみたが、
ちょっと泳いだだけですぐに息が切れてしまう。
泳ぐのがかなり速いちょっと年上の女性がいて、
少しついていったりもしたが、とても続かない。
「できの悪い、弟が着いていっているみたいですみませんねえ」
とかどうでもよいこといってみたら。
「いいですよ、可愛い弟が着いてきてくるのは」
といわれるので、自分の年齢と風体で可愛いと言われたのに、
”冗談とはいえ”意外すぎて、記憶に残った。
さて、プールにいつまでもとどまっていると、またプールに僕だけになった。
やはり平日の夜の12時近くまでプールにいる人はあまりいないのだ。
そこで、飽きもせず、ゆっくりと泳ぎ始めると、漸く、息を切らさずに
なんとか連続で20分程度泳げた。
呼吸を意識して、一回一回、精一杯深くして、
それでストロークが乱れても気にしないようにして。
泳ぐことで、爽やかな気持になれ、前向きな気持になれるので、
だるくなる薬程度で、水泳をやめないようにしたい。
土曜日, 6月 11, 2011
水泳というより水の感触に癒されるような
そういうものを沢山かいた日の深夜に一人だけの25mプールで
ゆっくりとなだらかに水の中を滑っているような感じて
泳ぐと、何とも癒される。
皮膚を水が撫ぜていくような感じ。
度付きのゴーグルのおかげで、透明度の高いプールの中が良く見える。
ああ、自分は水の中にいるのが好きなんだなあ。
好きというのは理屈抜きに嬉しい、心地よいものなんだなあ。
とそういうことがあるたびに感じてます。
日曜日, 5月 29, 2011
金曜の深夜の一人でのプールの時間を心から愛す
方にばかり書いていて、こちらに全然かけてませんでした。
ただ、水泳は、少しずつですが続けていました。
僕は、今まで、仕事が上手くいかなくなると、水泳で憂さを晴らしているところがありました。
だから、僕が泳ぎ始めると、会社が傾いたり、潰れたり、買収されたり、
転職をせざるを得なくなったりということが多かったのです。
だから、今までは、転職したばかりは泳がないようにしていることが多かったんですよ。
それで、ともかく水泳がすきなので、今回は、このブログを書けない間も、
転職に関係なく、少しづつでも水泳は続けてきたんですよ。
それが、会社が親会社に吸収されることになり、その親会社がまたその親会社の
100%子会社になりと、今回もまた波乱含みとなってきました。
1月頭から、ガンガン、睡眠不足で働きすぎたせいもあるらしく、体調ちょっと崩し気味なので、
水泳は前ほど泳げなくなっています。
それでもともかく、少しつづでも続ける。
いっているスポーツクラブのプールが凄く空いていて、
今や夜の12時までやっています。
金曜の夜、一週間に仕事で書いた、冷や汗、あぶら汗、ともかく気持ち良くない汗も
シャワーで流して、プールに一人だけで、ゆっくり、半分は潜水もしながら、泳ぐと
何ともいえず、気持ちよく心身が安らぎます。
仕事はどうあれ、仮に僕の健康状態が少しくらい悪くなっても
水泳だけは生きている限り続けたいと思っています。
土曜日, 1月 22, 2011
週末スイマー
週末だけでも、水泳を続けようと、
ともか
とにもかくにも
すこしだけでも
水泳を続けようと、
でも今日は疲れがたまっているので、身体休めて夜泳ごうと思っています。
こないだ、深夜のコンビニの駐車場に、SUZUKIの30年くらい前のバイク
GSX250Tがとまっていて、多分もう0度以下の寒い中このバイクに乗っている
猛者は誰かと周りを見ると、50代くらいのおじさんが、(自分もおじさんだが)
いて、話かけると、このくらいの寒さは何でもないと、元気に今までのバイク経験の
ことなど、色々と話してくれました。
水泳でも、バイクでも、その趣味を大切にして、かつそれを長く楽しんでいる人は
良いなあと 素直に、自然に、感じます。
自分も今年から急に忙しくなってしまったけど、
バイクと、水泳は、楽しんで続けられるようにしたい。
それが、僕にとってはとても大切なんだと改めて感じています。
日曜日, 1月 02, 2011
バイクと水泳なしの日々 自己啓発と明るさアピールなんてつまらない
今年を良い年にしたいと強く思っている。
通っているスポーツクラブが今年から元旦営業をしなくなった。
この寒さではバイクに乗る気にも全くなれない。
本当に、自分は水泳とバイクがないとつまらない。
ところで、こうやってブログ書いたりして
ときどき知り合いから意見もらうと、
”暗い”
と言われたりしたこともあります。
まあ、自分の好き勝手に書いているだけなので、
こんなもんでいいかとも思っているのですが、
ちょっと考えてみます。
人は明るく振舞い続けることで、本当に明るく楽しくなれるのでしょうか?
そうなら、自分もそう心がけようと思うのですが。
本屋行くと、最近は、自己啓発本があって、立ち読みしたりするのですが、
考え方をこうすれば、必ずこうなれるみたいな記述が目に付きます。
本当にそうなんでしょうか?
そうかと思えば、昔から、異様に暗い、救いようのないような小説もあります。
感情は一定方向に行き過ぎる傾向があるのかもしれません。
それはそのときの自分の感情を感じ取って、考えすぎるからかもしれないです。
それは、暗い方向に動き出すと、悪循環を生みます。
なんで僕はこんなに不幸で憂鬱なんだなんて気分を気にして
考え込続けたら、さらに憂鬱になっていくだろうから、
そういうときは、あんまりそのことを考えないで、フゥッと力を抜くほうがいい。
でも、自己啓発本やこのインターネットにも溢れているような、
無理やりポジティブアピールしているようにしかみえないような
言葉にも無理があって、そもそも、そんなのあんまり面白くもないです。
やっぱりあるがままで、いいんじゃないかと僕は思っています。
そのあるがままを、他人にどう受け止められるかは、よくわかんないですね。
今年を良い年にして、思いっきり楽しく、充実させたいです。
それをいつも心にとどめていたいです。
木曜日, 12月 30, 2010
失敗して良かったこと
何も良いことなんてあるわけないと若いときは思っていたのだけど、
そうでもない。
記憶をたどると、
嬉しかった記憶も、
辛かった記憶も、
苦しかった記憶も、
そのときの感情の絶対値が大きくて、
その感情の中で挫けずに前に進もうとしている自分が
大切だったんだなあと感じられる。
自分が良い状況にないときの方が、
会った人が心を打明けて、その人の人生で一番記憶に残っている
辛かったこと、嬉しかったことを話してくれる。
苦労してきて、それでも挫けずに頑張っている人ほど、
話に深みがあり、心からの思いやりがあり、
僕を励まそうとして、プライベートなことや秘密の話を
してくれる。
僕より遥かに苦労したことのある人が、
僕程度の人間を励ますために、
今まで話さなかった話をしてくれて、励ましてくれる。
僕は失敗や辛い状況を経験しなければ、
そういう有難い人達の心の優しさに接することも
理解することもできなかった。
他の人の魂を感じるほどに本音で話してもらえる
というのは貴重なことだ。
水曜日, 12月 29, 2010
幸せをつくりだしているようなスイマー
タイムを伸ばし続けている女性スイマーがいる。
同じスポーツクラブだけど、今までお話する機会がなかった。
以前、その方が、水泳雑誌に取り上げられていた。
女手ひとつで、給食の仕事をして、子供を育て上げ、
60歳でやっと自分の時間ができて水泳を始めて
楽しくてしょうがないというような記事だった。
イベントのあるときは、その方がおはぎを作ってきてくれて
先日それを初めて食べたら、それが、とってもおいしかった。
売っているおはぎで、おいしいと評判のおはぎよりおいしい。
自分の母もかなり上手におはぎをつくるがそれよりおいしい。
沢山つくってくれているので、かなりの手間だろうに
それをニコニコしながら、みんなに配ってくれる。
当然、みんなからも好かれている。
本当に素晴らしい、深みのある、幸せな表情をされている。
今のスポーツクラブは、自分にもコーチが熱心に教えてくれるので
ありがたいといっていた。
(他のクラブでは老人にはあまり教えてもらえなかったそうだ。)
ご本人の、心のありようや、それによる行動が、自分を幸せにして、
周囲も良い気持にさせてくれるのだなあと、
自分にはそういうものが足りないなあと、シミジミ思った。
土曜日, 12月 25, 2010
7年間走り続けているライダー
欅並木の道で、綺麗なCB750を見かけた。
綺麗なだけでなくて、カラーリングのセンスもよく
走りこんでいるのに、とても良い状態で綺麗にのっている
ようにみえて、そのバイクはオーラを発しているように見えた。
持ち主らしき人が現れた。頭も薄くなり、残った髪の毛も白髪で
小柄で、姿勢がピシッとしている男性がきたので、
「綺麗なバイクですね」
と話しかけたら、そこから、一時間以上その人の話をきいた。
会社経営を7年前の57歳で引退して、それから
毎日バイクに乗って日本中を旅してきたというのであった。
それも、初めてのったバイクCB72から今まで乗ってきた
16台のバイクを大切に保管しているのだそうだ。
そのための大きな室内駐車場も自分が保有する
ビル(マンション)の一階に用意したとのこと。
ビルを8つもっているのだそうだけど、
一昨日も雪がふってきたからバイクで青森からかえってきたと
普通のことのように話していた。
平均して3ヶ月で1万キロのペースでこの7年間走り続けているのだそうだ。
毎年6月には北海道にいき、6月の北海道が一番良いといっていた。
野宿は一切しないで、旅館と温泉を巡っているのだそうだ。
10代のころのバイクへの憧れをはなしてくれたけど、
きいていると、そのころの憧れがその強さのまま今も持っていて、
そのまま64歳の今も走り続けているようなのだ。
一生、走り続けることを、少しもうたがっていなかった。
ただ、これから、だんだん排気量の小さいバイクにのる
時間を増やしていくといっていた。
もう走ってない国道はないとまで言い切っていた。
それだけ走っても、バイクで走るのが楽しくてしょうがないらしいのだ。
一生懸命頑張ってきたらしい仕事への未練は全然ないとのことだった。
バイクの集まりには一切参加せず、自分で好きなように一人で走り続けたいとのことだった。
土曜日, 12月 18, 2010
寒いと乗らない 大切な記憶
もうバイクに乗る気にならない。
先週末は乗ったのだけど。
水泳もまた練習をサボったまま、明日はリレーフェスティバルと
いうものに出る。
あまり真剣な競技ではないらしいけど、リレーなので迷惑かけそうな
ところが気にはなっている。
おまけに、来月、来年 早々から、かなり忙しくなりそうなので、
水泳もバイクもあまりできなさくなりそう。
バイクこんなに好きでも、以前も平日の仕事で疲れ果てて
休日寝てばかりいて、すっかり乗らなかった時期もあるので。
でも、僕は生きている限り、バイクと水泳とは完全に縁が
切れることはない。
ボーっとしていると今でも、
3歳か4歳のときに、父にカブの前に載せてもらったときの目を瞠る喜びと、
9歳のときに、春に父を亡くして、夏に毎年、父と行っていたプールにいって
水の中で思いっきり涙を流して泳いだことを思い出す。
月曜日, 12月 06, 2010
なぜか自分には新鮮に感じた曲
なぜか、今の僕にはイントロから気持ちよいです。
それにしても、音楽、水泳、バイク と決して若いころよりも、軽くは感じてない。
感じ方が違ってきただけで、むしろ若いころより大切に感じているように思えるくらい。
意外と人間、ボケない限り、死ぬまで、このハラハラするような切ないような感じを
死ぬまで感じ続けるのかもしれない。
土曜日, 12月 04, 2010
逆炬燵現象
上半身は着込んでも、下半身は普通のジーパンで
寒い中長距離を走ると、
もう脚の芯まで冷える。
脚をめぐって、冷めた血が、
全身をめぐって、だんだんと全身が冷えてくる。
ターーマンねー。
もちろん、玉も冷たくなる。
余談だが、私は水温確か約10度で1000m泳いだことがあるのだけど、
筋肉が冷えすぎて、身体が動かなくなってきて、
体温下がるほど寒い思いするのは、やばいことだと
体験したことがある。
一番驚いたのは、冷たい水に入ると、金玉袋が急速にシワシワに縮んでいって
金玉を体内に押し込めることであった。
人体は、生まれてから一度も経験したことのない、強烈な寒さにも(冷たさにも)
ちゃんと対応する仕組みをもっていて、それが、きちんと機能するのである。
バイクでの冷えは、さすがに冷水に飛び込むほど急激なものではない。
でも、時間をかけると芯まで冷える。
それでね。そういう、身体がギリギリの反応をすると、
精神が妙に澄んでくるのです。
滝に打たれる修行とか、サウナ入って冷水にはいってとやるのも
似たようなものかもしれない。
人体には不思議な機能があるけど、冷暖房完備の中で
本来ある機能を全く機能させずに、いると、
精神はただひたすらボンヤリしてきてしまう。
刺激が必要なんですね。
金曜日, 12月 03, 2010
水泳と鬱
ガンガンスポーツやって汗を流している状態って
想像しにくい。
両立しにくいイメージだ。
でも、僕は落ち込みやすくて水泳好きで水泳愛しているから、
わかることがある。
落ち込んでいるときほど、自分のペースでいいからスポーツしたほうが良い。
もう、憂鬱で、憂鬱で、落ち込んで、落ち込んで、考えることは暗いばかり
なんてときは身体も重くて動かしたくなくなるのが自然だけど、
そんなときでもなんとか、だましだましでもプールへ行って
ゆっくりでもいいから泳ぎ続けていると、少しづつでも
身体に力がよみがえってくる。
そして、少しづつでも元気になってくる。
昨晩は、激しい練習会には参加せずに、20代と60代くらいの女性と
ゆっくりインターバルトレーニングと、ロングを泳いだ。
僕は、水泳がなかったら、今より元気がないのは明らかで、
本当に水泳に感謝している。
なんとなく泳ぎたくない気分のときでも
無理しないレベルで、水泳を続けていきたい。
何より、自分のために。
月曜日, 11月 29, 2010
坂本龍馬で泣ける
最初は、龍馬に嫉妬する岩崎弥太郎に
それぞれきっと自分がやるべき仕事があると龍馬が言うシーン。
龍馬伝をみても、竜馬が行くを読んでも、泣けてしまう。
そこに描き出されている竜馬の人格は、本来は自分もそうありたいと強く本能的に望むものだ。
ああ、あんな心で生きられたら、どんなに、自分を好きになれるだろうと。
ところが、現実の世の中で、とてもとてもそうは生きれらてはいない。
むしろ、逆で、せこくて、馬鹿で、気がつくと自分のことしか考えてない自分を
嫌になって、うんざりしている。
それをくりかえすと希望すら持てなくなる。
だから龍馬伝をみたり、竜馬が行くを読んだりすると、
自分の中のわだかまりが、竜馬という理想像に昇華されて涙がでる。
僕の視線は龍馬伝の中の、岩崎弥太郎よりもっと龍馬に憧れ、
同時にああ自分にはなれないという諦めともどかしさを持つ。
美しく生きたいと思う。
感動できるような人生から遠く離れて一段とそう思う。
日曜日, 11月 28, 2010
やせ我慢してバイクに乗らず、水泳でハイになれず
道でバイクを何台も見かけながらも、
もうしばらくバイクに全然乗ってない。
夏にあれだけバイクに乗ってばかりいたのに、
あんまりうまく理屈をつけられないけど、
今はバイクに乗っている場合じゃないという
気持が高まっている。
ところで、最近のバイク雑誌やインターネット上の記事を
みると、BANDIT1250Fへの評価が非常に高い。
僕は、昔このブログでも書いたけど、
2本サスとプログレッシブリンク機能のあるモノサスの
バイクに両方乗ってきた経験があるので、
性能面でモノサスが次元が違うほど良いことを知っている。
日本のネイキッドバイクは2本サスがほとんどだけど、
BANDITはモノサスだ。
ところで、水泳は僕の明るい気持を保つための大切なのだけど、
近頃、その効果が落ちてきている。
それだけ、僕の最近の落ち込み具合の度合いが深いのかもしれないけど、
自分では理由がよくわからない。
どれだけ冴えないときでも、沢山泳いで、ビール飲んで寝れば翌朝
明るい気分で目が覚めたりしたもんなのに、最近はそうでもない。
それでも、今、いっている、スポーツクラブのガラガラで自分しかいない
プールで、泳ぐのは気持ちよいのだけど。
火曜日, 11月 09, 2010
中級コースの練習会に参加
中級には速いスイマーはでないので、僕が先頭で泳ぐことになった。
休みがとれる分、一本一本のスピードが速くなるから、結局、なかなかの強度の練習となった。
この中級コースに出ている人達も熱心に泳いでいた。
昔から、僕の知る限りでは、かなり熱心に泳いでいる人は
かなりの割合で、泳がずにはいられない、何かを抱えている。
日曜日, 11月 07, 2010
娘が読んでくれた話
思春期のせいもあるだろうけど。
中学になって、あまりに勉強できないのに驚いて、
僕がそれを指摘してから、ギクシャクしだした。
それまで、娘のことを何でも肯定してきたから、
急に僕が変わってきたと感じられてしまっているらしい。
替わりに下の娘と話す機会が増えた。
こないだは、国語の音読を聴いてくれというので、
なんだろうと思って聴いていると
エジソンとウォルト・ディズニーと山下清の簡単な紹介の文章を読んでくれた。
例えば、ウォルト・ディズニーは漫画家になろうとしたけど、
なかなか仕事がみつからずに、やっと見つかってもクビになってしまいました。
そして、汚いアパートの壁の小さな穴から出てくるネズミをみて
ミッキーマウスを思いつきました。
という話で、要するに、ショッチュウ落ち込んでばかりいる僕を
励まそうとして一生懸命読んで聞かせてくれているのでした。
下の娘は、不思議なところがあって、例えば、僕が泣きたいような
気分でいるときに、僕の隣で、それを感じ取って、先にポロポロ泣き始めたりします。
また、娘のバイオリンの先生と話したときにも、その先生が言うには
今まで数百人か千人以上もの子供に教えてきたけど、
**ちゃんのような子はいません。
自分がこれを頑張ろうとするとそれをいつまでも飽きずにきちんと頑張り続けるんです。
子供というのは、自分の遺伝子を引継いでいるはずだけど、
全く別に人格なのである。
もしも、僕は娘達と仮に、実は血のつながりがなかったなんてことがあっても、
可愛いなあという気持は全然変わらないと思う。
昨晩も練習会に参加して泳いだ。
確か3200mくらい。
憂鬱で憂鬱でどうしようもないくらいの気持でいながら、
無理やりに3200mをかなりの強度で泳いだ。
これほど、憂鬱で、これほど激しく泳ぐというそのギャップは
今まででも一番だったかもしれない。
一緒に泳いでくれる人がいるからこそできたことだから
水泳仲間に感謝している。
泳がなければ、僕はもっと憂鬱になっていただろうし。
でも僕は、鬱病ですらない、ただ色々、考えると憂鬱になる。
土曜日, 11月 06, 2010
水泳の抗鬱効果
アンケート結果を見たことがある。
一番は
「クヨクヨしなくなった。」
ということでした。
僕の経験でも水泳には、強力な気分を良くする効果があるとわかっている。
ところが、人間、あんまり落ち込んだりすると、
激しい運動なんかしたくなくなったりするものです。
ああ、なんだか、とても泳ぐ気分になれないなあ。
色々問題山積みで、
なんてときほど、最初は気分がのらなくても泳いだほうが良い。
それも、一人ではなかなかできないくらいの強度で泳ぐために
練習会に参加したほうがよい。
そして、そのあと、ビールでも飲めば、
さらに、バーで、美女に、話かけてもらって、話が弾んだりすると(それだけだけど)
かなり楽しい気分になってくるわけです。(おれは何かいているんだ?)
でも、翌朝に問題が何も解決してないことをもちろん、また理解するのです。
でも練習とビールの余韻で、身体も頭もポカポカしていて、
ああ、人生なんとかなるんじゃないかと、かなり楽天的に考えられるのです。
水泳万歳。
ビール万歳。
美女にも万歳。
日曜日, 10月 31, 2010
水泳の練習の強度とその後の気分
水泳好きでいたいので苦しくなるほど激しく泳ぎたくないし、
(なんという怠惰な)
なんだか、色々冴えないこと続くと(俺そんなんばっかりやね)
身体に力入らなくて、どうにも練習会ほどの強度で泳ぐ気にもなれないままだった。
それが、プールでちょっと話した20代の最近水泳始めたという
普通の女の子も練習会に参加して、頑張っていることを知り、
またちょっと苦しいくらいの練習したあとのほうが、爽快な気分も
あることを思い出し、
この一週間で2回練習会に参加してみた。
泳ぐ強度を上げたほうが、泳いだ後や翌日の気分も良いことが
多いことをしりながら、練習会の前には苦しくなるほど泳ぐことを
考えると参加するのが億劫になってしまう。
僕は本当に軟弱なスイマーなのです。
長いこと適当にしか泳いでなかったので、練習会の途中で
息が苦しくなって、身体も重くなって、まとも動かなくなってきて、
ついていけないような感じになったりもしました。
それでも、なんでも、相変わらず、水泳が好きで、
好きという気持を超えて、水泳があるおかげで、
今までなんとかやってこれたのです。
土曜日, 10月 23, 2010
夏の完全な終わり バイクはもう寒い
バイクで Tシャツだけで走ってもともかく暑くて
しかもそんな日がズーーーと続いた。生まれたからもっとも暑い夏だった。
それでも、ちゃんと秋はきて、今日はバイクで山の中にいくともう寒い。
Gパンの中の足が、冷たくなってきた。
ほんの一ヶ月くらい前まであんなに暑かったのに、
もう今はすっかりバイクでは寒い。
あの、永遠に、無茶苦茶暑いことが続くような夏がもう嘘のよう。
夏は冬に憧れて、冬は夏に帰りたい。そんな歌があったなあ。
今頃 ミスターバイクの休刊のこと
佐藤信哉さんと話して嬉しかったこと、生粋で永遠のバイク乗り
Mr.Bikeに掲載されたこと
もう休刊となってから、何ヶ月もたっているミスターバイク。
書くタイミングを失っていた。
あれは、今から1980年代だろうか、
ミスターバイクはともかく多くの人が読み、
バイクそのものだけでなく、バイク文化をつたえるような、
読み応えのある、面白い雑誌だった。
忘れっぽい僕ですら、当時の企画をいくつも覚えているくらいだから。
おそらく、40代以上のバイク好きの世代には、強く思い出にのこるバイク雑誌で
それはバイクだけというより、当時の自分の生活を連動して思い出させるくらいの
影響のある雑誌だったはずだ。
でも、僕も含め、ほとんどの人がいつの間にか、ミスターバイクを読まなくなっていた。
特に、この直近の2年くらいだろうか、雑誌がワイド版で、薄っぺらくなって、
値段があがって、中身が少なくなってからは、とても買う気になれなくなってきた。
ミスターバイクの休刊は、寂しく、郷愁をさそい、昔を思い出させるものだったけど、
実はミスターバイクは長い長い時間をかけて、少しずつ死んでいったのだ。
僕はそう感じていたから、昨年末に、佐藤信哉さんに20年ぶりに再会できて、
昔と変わらない空気で話をしてくれたことが、特別にたまらなく嬉しかったんだとわかる
佐藤信哉さんは、自分を全然飾ることもなく、そして、おそらく、自分でも自分を
すこしもカリスマとは思っていないだろう。
ただ、一時期、有名になりすぎて、かってにそう祭り上げられてしまっただけで、
僕には、バイクがトコトン好きで、バイク乗りが好きで、筋の通せる男でありたいという
ただ、それに対する思いが、もの凄く純粋で強い人で、
そこが、かなり魅力的なのだけど、本人は当たり前の普通で自分のやりたいことをやっている
としか思ってないようにみえました。
そして、おそらく あの思いっきり楽しかったころのミスターバイクで語られていたような
ことのいくつかは、今はブログや、SNSで書かれているのかもしれません。
昔のミスターバイクは大人数が仲間意識をもって読める、なんとも面白い、共感できる、楽しい雑誌でした。
火曜日, 10月 19, 2010
BANDIT1250Fが最近やたらと気になるのは、遠くへ行きたいから
月曜日, 10月 04, 2010
クラブ対抗水泳大会(アクラブマスターズ)初参加
クラブ対抗水泳大会に初参加した。
今までも誘ってもらっていたのだけど、今回が初参加。
あんまり断ってばかりで付き合い悪いのも、一段と付き合い減ってまずいだろうと。
朝の7時に八王子のクラブまえに集合して、バスで、明治大学のプールまで。
個人で2種目に申し込んでいたつもりが、プラス、リレー3種目に個人種目一種目追加で
全部で6種目もでた。
頭の切り替えが下手な僕は、仕事のことなども頭を離れず、
ああ水泳の大会出ている場合じゃないんだよなあとずっと浮かない気分でいた。
ところが5種目くらいでようやく、水泳を楽しめ。
6種目の各クラブ対抗で10人づつ出てくるリレーでは盛り上がって
集中できたことで、初めて楽しい気持ちになれた。
やっぱり集中するということがまず大切だ。
夜は、西八王子の飲み屋で、30人か40人くらいだろうか
飲み放題、食べ放題の打ち上げパーティーで
ビールをジョッキで8杯くらい飲んだとおもう。
それだけ飲むと、頭の中の重苦しいものも結構、一時的には
消えて、家にかえってから、朝までそのまま眠れた。
酔いながら、みなさんの話をきくと、みなさん色々なものを
抱えながら、泳いでいることがわかった。
泳いで、身体を健康にという以上に、
泳ぐことに心の救いを求めているのは、僕だけではないがよくわかる。
土曜日, 10月 02, 2010
バイクと水泳と自分の気分
日曜日, 8月 22, 2010
三浦遠泳大会 3年連続出場
金曜日, 8月 13, 2010
バイクでしか満たせないもの
土曜日, 6月 12, 2010
同じところばかりを何回も走り続ける
金曜日, 5月 21, 2010
バイクと死
日曜日, 4月 18, 2010
桜を楽しんだ。 バイクと水泳は僕の命
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日曜日, 4月 11, 2010
気ままな水泳とバイク
土曜日, 4月 03, 2010
いつも心にバイクと水泳
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水泳もバイクも何にもやってない。
日曜日, 3月 21, 2010
バイクで目が潤む
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日曜日, 3月 14, 2010
超クラシックバイクは

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ライトがなんとアセチレン灯。
初めてモーターサイクルがつくられたころの
工夫が見ているだけで、想像しやすいほど。
オーナーさん達みんなバイクが好きでたまらない
という感じが伝わってくる。
無邪気に理屈なしに嬉しくてしょうがない顔をしている
60代や70代くらいの人がたくさんいた。
ベロセットというブランド、実物見るとなんともかっこよかった。
全体の半分近くはBMWだった。
この人達は自分で部品までつくりだして、
乗り続けているので、愛着と、またそれに載る喜びはとても濃くて強い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%AD%E3%82%BB%...
最近の水泳でやっていること
日曜日, 3月 07, 2010
バイクに乗らず、プールに行かず
土曜日, 2月 27, 2010
バイクと北海道でこれからやりたいこと
水曜日, 2月 24, 2010
泳ぎが変わっている
日曜日, 2月 21, 2010
バイク 水泳のピンチ 2
バイク 水泳のピンチ
火曜日, 2月 16, 2010
また水泳に感謝とこないだの400m
日曜日, 2月 07, 2010
2月14日に400mフリー
火曜日, 2月 02, 2010
いきなり水泳の試合と カブは最強の件
日曜日, 1月 24, 2010
限りある人生について
土曜日, 1月 23, 2010
水泳で時間を忘れる初体験
バイク事故で障害者となったバイク仲間
金曜日, 1月 15, 2010
独自の水泳
月曜日, 1月 04, 2010
泳いでいる場合じゃなくても泳ぐ
木曜日, 12月 31, 2009
泳ぎおさめイベント参加
月曜日, 12月 28, 2009
日曜日, 12月 13, 2009
水泳とビールも復活
土曜日, 12月 12, 2009
回復バイクとゆっくりできるラーメン屋

日曜日, 12月 06, 2009
Mr.Bikeに掲載されたこと
ミスターバイクと佐藤信哉の21年前の思い出
佐藤信哉さんと話して嬉しかったこと、生粋で永遠のバイク乗り
Mr.Bikeに掲載されたこと
Mr.Bikeの1月号をみていたら、自分の酒でふやけた顔が
土曜日, 12月 05, 2009
バイクと水泳を老人になっても楽しむために
水曜日, 11月 18, 2009
できる時に、できることを、できる限りやる
水泳への情熱がもどりかけ でも無理しない
月曜日, 11月 16, 2009
佐藤信哉さんと話して嬉しかったこと、生粋で永遠のバイク乗り
バーンナイトの様子
バーンナイトは朝までやっていた。
佐藤信哉さんと、色々な話ができて、とても楽しかった。
21年前というのは僕の記憶違いで、19年と8ヶ月前だった。
えらくハンドルの曲がったXT250で参加していた
奴がいたことを覚えてくれていた。
そんなことくらいがこんなに嬉しいのは、
結局、男(自分が認める)に覚えてもらっているのは特別なことだからである。
色々な話をしたので、全部は書けない。一番印象的だったことを書く。
佐藤信哉さんのところには、色々なメーカーから、
スポンサーのオファーがくるのだそうだ。
でも彼は、全て断ってしまう。
別に、金が余って困っているわけではない。
オイルメーカーからの宣伝のお願いも断ってしまったのだそうだ。
私「信哉さんが本当に推薦できると思う製品なら、
それを宣伝してくれて全然問題ないじゃないですか。」
信哉さん「例えばさ、ワコーズ(ここのオイルは評判いいらしい)
のオイルをさあ俺が宣伝したとする。
そうするとさあ、俺はワコーズの人間になってしまう。」
それを、もう50代のはずなのに、全く濁りがない瞳と全く少年のような屈託のない
表情の佐藤信哉が話してくれると、シビレタ。
どこの企業からも自由であること。それは佐藤信哉にとって、
金には代えられない価値のあることだということなのだ。
(もっとも、将来どっかの製品宣伝しても、僕は彼を尊敬し続けるけど)
これだけ、世の中のほとんどの人が、金を命の次くらいに大切にしているのに、
佐藤信哉にとっては、自分がどの会社にも依存しないで、自由に思ったことを
発言し続けることのほうが、ずっと大切だということなのだ。
その精神は、バイクにを愛する気持にも通じているのだと思う。
自動車にぶつかれば、圧倒的に不利な立場で、
バイクに乗り続けるのはただ、それが好きだからだ。
損得だけで考えたら、バイクなんていつまでも乗っていられない。
でも好きだから乗り続けるのです。危険でも。
佐藤信哉さんの表情も面構えも、雰囲気も、約20年前と
全然変わってなかった。
若いときからずっと読んできたバイクや林道についての
記事を書いてきてくれた人が、今も昔と同じ、空気のまま
そこにいてくれるだけで、どれだけ嬉しいことだろう。
バイクを通じて知り合った人達と、今は連絡もつかなく
なってしまったり、しているなか、それを強く感じた。
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