日曜日, 1月 24, 2010

限りある人生について

不景気で、その日を生きていいくために精一杯だったり、

実際僕も、冴えない状況を打破できないまま、

投資家列伝ブログのほうに書いているようになんとか
株で収入を作ろうとしても、かなり心細い状況だ。

そんな状況なのに、つい、もっと他のことを考えてしまう。

自分がいつの間にやら、もう人生を半分以上も生きてしまっていること。

一体、どれだけ、自分のやりたいことをやり、

誰かに喜んでもらえることをやれたのだろう。

僕は、何かの役にたったのだろうか?

何に喜べたのだろう。


そして、これからをどう生きていこう。


こういう、ことを考えるのは、若いうちや青春期の特有の
ことかと思っていたのだけど、

苦々しくも、恥ずかしくも、情けなくも、

僕は、今もしょっちゅう考える。

自分の目標が定まらないまま、僕は人生を終えてしまいそうだ。


バイクと水泳で楽しく過ごせた時間だけは、
目標の定まらない人生でも後悔しない時間だった。

これからもそれは大切にしたい。


二人の娘がスクスクとひねくれずに育ってきてくれていることも
僕にとってはとても大きなことだった。

子供達が良い方向にいけるように配慮していきたい。


仕事で成功した瞬間の喜びは、この一瞬のために、今まで苦労してきたんだと
今までの全てを素直に 自然に、 心から 肯定できた。 (でもそれは長く続かなかった)

この人に会えてよかったとしみじみ思える出会いも何度もあった。

さあ、これから何をしよう。


具体的な大きな目標をどうしてもつくれないなら。

こうすれば少しでもましになるということだけでも
みつけてきちんとやっていこうとも思っている。

冴えないけど。

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