月曜日, 5月 14, 2007

母の日の前日に母の話をきいたこと

土曜にバイクで走って、家の近くまでもどってきたら、家に帰っても
どうせ一人だし、ときどき母に会ってないとちょっと心配なので
実家に急にバイクでそのままいってみた。
それで結局また、母に料理を食わせてもらった。

誰でもお袋の味は特別だとはおもうが、自分の母親の場合、
ともかく料理にとてもマメで、何時言っても、それなりのおいしい料理を
だしてくれる。

昨日は、

庭でとれたスナックエンドウを軽くゆでて、マヨネーズをつけたもの
(野菜の甘みが素晴らしくおいしい)

チーズを豚肉で巻いて脂で揚げたもの

秋刀魚と鯖

野菜の炒め物(桜海老をいれてあった風味が良い)

などをたべて、4歳の甥っ子もいたので、ちょっと遊んだ。
愛想を振りまき続け、色々しゃべるようになっていた。

「みんなで食べるとおいしいねえ」

と何回も言っていた。

それから、母の話を聴き 適当に相槌をうち、正直話面白くはないのだけど、
一人暮らしだし色々話たいのだろうと、我慢して聞いていた。

非常に、というかかなり厳しい母だったので、親子喧嘩も
随分したが、今となれば、もう懐かしいようなもんである。

自分がこの歳になってあらためて思うのだが、母親は有難い。
それと一緒に、母親が自分の性格に与えている影響は大きい。

母にしかられ、怒られた記憶は数多いが、褒められた記憶はない。
例えばクラスで一番の成績をとったときそれを見せたら

「それは たまたまできないクラスにいるだけで、そんなことでいい気になってはいけない」

と逆にしかられて、がっかりした記憶がある。

実際、不良が寄せ集められて、暴力の絶えない凄いクラスだった。

「お前一人でいい子ぶってないで、シンナー吸えよ」

といわれて、数人に押さえつけられて無理矢理吸わされそうになったこともあったので、
こっちも全力で喧嘩せざるをえないのだけど、それでも怪我しなかったなあ。

そんなことも、あるいは生まれつきの性格もあってか、僕は自分の良い部分を
認めるのが下手な人間になった。実際あまり良い所がないようにも思うのだが、
本当にそうだとしても、自分の欠点ばかり気にしていたら、楽しくいきられないもんね。

そんなわけで、今でも、自分の長所を見出してそれを伸ばしていきたいという気持ちと
母と反対で、やたらに褒めるのが上手だった父に褒められたもの (水泳とか)が
心の糧となっている。

父にできなかった分の親孝行まで母にしたいものです。

2 件のコメント:

neko さんのコメント...

お母様がお元気でお過ごしとの事、masanさんはお幸せですね。たくさん、お母様に会いに行ってさし上げてください。私は両親とも既に彼岸の人なので、会いたくても会えません。辛い事があると、思い出すのは不思議と母のことなのはなぜかしら。

追伸:ただの日記、再開しちゃいました。

masan さんのコメント...

そういってもらえると、母がまだ元気で生きているということの有難さが良くわかるように思います。でも僕の場合はつらいときほど、父を思い出しても母は思い出しませんね。今の自分の子供より自分が小さなときに亡くなった父のことを思い出すことが多いのは、自分でもなんとも不思議です。

再会、めでたいです。また日記読ませてもらいます。