火曜日, 9月 02, 2008

子供を愛するように自分も愛せれば良いのだろう。水泳と自分の体と性格と

昨日は月曜から仕事で気の滅入ることが続いて、
久しぶりにかなり憂鬱になっちまったので、
また11時くらいからみっちり泳いだ。

泳げば憂鬱なんか消える。 

水泳は僕にとっては宗教のようなものなのかもしれない。

宗教入ったことないけど。

25分の連続キック 

(オリンピックでのマイケルフェルプスの活躍を見てから、キック練習を欠かさずやってきたら、キック最弱スイマーだった自分でもキックをこれだけ続けられるようになった。でも遅いままだが続けられるようになった。)

20分のプル

33分のクロールで1800mを泳いだ。 (自分の距離を覚えて泳ぐなんて何年ぶりだろう。)

多分トータルでは4000m程度泳いだようだ。

そんなわけで長いこと全くことダッシュをしてないので、おそらく短距離は遅くなっていると思う。

ただ、自分の勝手な考えでは、まず持久力を上げてその土台の上に他の泳力をつけないと、
基礎の浅い建築物を作るようになると思っているから、そうならないようにこうしているのである。

バイトで監視員やっている大学生の兄ちゃんが良く話しかけてきて、

「僕もバタフライ上手くなっていつかは勝負を挑みますよ。」

といっているから

「誰に?」

ときいたら

「**さん(私のこと)ですよ。」

というから

「そんなこといっていたら。僕はおじいちゃんになっちゃうよ。」

なんて話していた。

さて、憂鬱になった話。

僕は何回も失敗をしてきたから、それが良い経験になったとしても、
自責の念に駆られたことが何度もある。

放っておくと自己嫌悪になり、憂鬱になり、次の一手をとるのが
億劫になってさらに事態は悪化する。

そんなとき、最近思うのが、子供を愛するように自分自身にも鷹揚な愛情をもちたいということ。

自分は2人の娘が可愛くてしょうがないので、勉強できなくても、いい加減でも、
それを叱ったとしても もちろん子供への愛情は全く変わらない。

自分自身についても一々仕事で失敗したからとか、思うようにできなかったからとか、
一々の出来事で自分を律すべきと判断しても それで一々自分を嫌いになったり
しないで、自分はこういう人間なんだし、それはそれで愛すべきところもあるんだと
自分で納得するように(多少無理にでも)しようと自分の考えを変えていこうとしている。

そういうところで、自分を責めすぎることが今までの自分の心身を痛めつけて
きたことも今になってよくわかる。

病気している自分の身体だって、老化していいっている自分の身体だって
そんな自分の体にも自然に愛情をもてるようにしたい。そうもってゆきたい。

この一週間余りで、自分の心臓の鼓動が安定してきた。

だから昨晩は泳いでいても、全然息が苦しくならなかった。
(とばさなかったせいもあるけど)

自分を好きになれない人は

他人も愛せなければ、
良い仕事もできなければ、
健康を維持するのも難しく、

悪いことだらけらしい。

僕は子供に持てる自分の感情の一部でも自分にも持てるようになりたいと、
今頃思うようになった。

体が壊れても、心が壊れても、金がなくても、何がなくても
自分の魂はそこそこは美しいところもあるんだと
一生信じ続けていられるようにしたいものである。

2 件のコメント:

たつのり さんのコメント...

遅い時間に練習をするといつしか眠っているような感覚に陥りませんか。昨日も9時を過ぎた頃、空腹と心地よさで眠くなってきたので帰ることにしました。案の定、電車の中でもぐっすりです。私は良く妻からナルシストだよねと言われます。自分を愛しているのです。半端な事が嫌いな自分、人から見られていたいと思う自分。だから常に強いものと行動を共にしそのしぐさまでをも真似しています。かつてキックはおばさん以下だと言われた私でしたが、50x8x8セットやりなさいと勧められてやっていたことがありましたよ。強くなりますよ。

masan さんのコメント...

私は、最近、泳ぎながら半分眠ってしまうような経験をしています。先日はそれで右手の指先からコースロープに突っ込んでしまい爪が割れて痛かったので、そこで上がってかえりました。

たつのりさんは(まだ付き合い浅いですが)強いものへの純粋な憧れが強いのかもしれませんね。

キックはもそこそこまではもってくるつもりです。

水泳を長くつづけるためにも、仕事や家庭や疲労しすぎて健康に悪影響でないようにバランスもとりたいところです。